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雪の奇跡
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ある雪の降る夜、奇跡が舞い降りた。
それは、優しい神様がくれた小さな奇跡。
幼い頃、火事で家族を亡くした雪代。
そんな雪代を親戚の一人、美子が引き取った。
幼かった一人娘を交通事故で亡くし、病気で夫を亡くした美子。
そんな美子を雪代は、母のように慕った。
自分も辛い思いをしたはずの雪代。
それでも、優しく接する雪代を美子も娘のように育てた。
普通の親子と同じ。
それが二人の目標だった。
悲しい事があれば励ます。
悪い事をすれば怒る。
時にはケンカもする。
悲しい事、辛い事、嬉しい事、楽しい事、何でも二人で分け合った。
そんな二人を近所の人からは、本当の親子だと思い、親戚は姉妹のようだとも言った。
「お母さん」
美子に抱き付いた雪代は、その日の出来事を話した。
雪代が抱き付くと美子は、静かに聞いてくれた。
それが美子にとって、何よりも楽しみだった。
その楽しみは、雪代が、中学生になっても変わらなった。
抱き付く事は、しなくなったが、代わりに手を繋いだ。
そうすると美子は、両手で雪代の手を優しく包んだ。
そんな雪代は、雪が好き。
自分の名前と同じ雪。
だから、美子も、雪が好きになった。
雪が降ると、二人で雪かきをする。
それは、雪代の楽しみだった。
二人の生活が大きく変わったのは、高校一年生の秋だった。
残暑が厳しく、自転車のペダルを踏むと汗が流れ落ちた。
美子に頼まれた夕飯の買い物をして、帰宅した雪代が、駐車場の隅に自転車を置いた。
植木の横を通り抜けて、玄関の戸を開ける。
玄関の戸が開くだけで、いつも出てくる美子。
この日は、その姿がなかった。
「ただいまー!!」
雪代が、家の中に向かって、大声で言ってみた。
それでも美子は、姿を見せなかった。
不思議に思い、首を傾げながら中に入った。
玄関の戸から手を離し、雪代の後ろで自然と戸が閉まった。
靴を脱いで玄関先に敷いてある、マットに乗った。
後ろに向き直り、屈んで靴を下駄箱に仕舞う。
『ちゃんと片付けなさい』
家に帰ると毎回、美子に言われていた。
その為、帰るとすぐに靴を片付けるのが癖になっていた。
リビングの戸を開け、雪代が、中を見渡した。
そんな雪代の目に、ソファーに座った美子の後ろ姿が見えた。
雪代は、その背中に苦笑いした。
「そんな所で寝たら、風邪引くよ?」
リビングを通り抜け、キッチンに向かった雪代がそう言った。
美子からの返事は、返ってこなかった。
キッチンにある、小さなテーブルの上に、買い物袋から中身を出した。
冷蔵庫を開けて、雪代は、食品を仕舞いながら、また、リビングいる美子に向かって言った。
「豚肉、高かったよ」
また、返事がない。
「ねぇ。聞いてる?」
それでも美子からの返事は、なかった。
さすがに、おかしいと思い、冷蔵庫を閉めて、リビングに戻った。
雪代は、ソファーに座る美子の顔を覗き込んだ。
美子は目を閉じ、寝ているようだった。
「ちょっと。お母さん」
そう言った雪代が、美子の肩にそっと触れた。
美子の体は、雪代の手から離れていた。
美子は、そのままソファーの上に倒れた。
雪代は、呆然と美子を見下ろしていた。
「お母さん…お母さん…お母さん!!」
雪代は、両手で、美子の体を強く揺すった。
それでも美子は、目を開けなかった。
「お母さん!!」
大きな声で、呼びながら、更に強く揺すった。
美子が起きる気配がなかった。
「お母さん!!お母さん!!お母さん!!」
美子の体を強く揺すり、何度も呼ぶ雪代。
その目には、うっすらと涙が溜まっていた。
そんな事をしていると、偶然、回覧を持って隣のオバさんが来た。
オバさんに言われ、雪代は救急車を呼んだ。
救急病院に搬送されたが、美子が帰っては来る事はなかった。
病院のベットの上、冷たい美子を見下ろした雪代。
その頬を涙が、流れ落ちた。
次第に涙の量は増え、床に膝を着いた。
美子の横、ベットに顔を埋め、雪代は声を上げて泣いた。
雪代が落ち着くまでは、誰も何も言わずにいた。
落ち着いた雪代を付き添いで、来ていたオバさんが家まで送った。
家に帰って来た雪代。
雪代は、リビングのソファーに座った。
完全に脱力した雪代は、冷たくなった美子の姿を思い出した。
雪代の目には、涙が溢れ、頬を伝い、流れ落ちる。
その涙が、手の甲に落ちると雪代は、また声を上げて泣いた。
この瞬間から雪代は、一人ぼっちになってしまった。
棺桶の中、眠るように横たわる美子を雪代が見下ろした。
その目には、また涙が溜まっていた。
「…お母さん」
棺桶に抱き付き、頬を擦り寄せ、雪代は、ゆっくり言った。
「私…頑張るから…ね?…だから…ゆっくり…休んでね…」
雪代の涙が、棺桶を濡らした。
葬儀が終わっても、雪代の涙は、消える事がなかった。
それから雪代は、学校に通いながら働いた。
そして、絶対に泣かなかった。
どんなに辛くても、悲しくても、絶対、涙を流さなかった。
そんな生活をして、二年が過ぎた。
高校三年生の冬。
雪代の就職が、決まってから、暫く経った寒い日の夜。
雪代は、いつものように、自転車を駐車場の隅に置いた。
車がなくなって、広くなった駐車場。
もう枯れてしまったが、美子が手入れをしていた植木。
その植木の横を通り抜け、玄関に向かう途中、白い影が見えた。
驚いて雪代が、立ち止まると、白い影は、玄関の戸に向かって消えた。
フワフワとしていたが、うっすらと、人の形をしていた。
そっと玄関の戸を開け、隙間から中を覗いた。
何もない。
雪代は、戸を大きく開けた。
スイッチを手で探り、電気を点けた。
玄関内を見回したが、何もない。
雪代は、息を大きく吸い込んでから、吐き出した。
玄関の戸を締めて、鍵をかけてから、マットに乗った。
振り返って、いつものように、靴を下駄箱に片付けた時だった。
後ろから、カタンと音がした。
また驚いた雪代。
一瞬、息が止まった。
勢いよく、振り返っても何もない。
雪代は、そのまま動けずにいた。
すると、またカタンと音がした。
それは、二階から聞こえた。
雪代は、大きく息を吸い込んでから、吐き出す。
怖い思いを押し込めて、階段をゆっくり上がる雪代。
階段の途中、二階を見上げていた雪代の目に白い影が見えた。
立ち止まると、白い影は、廊下から部屋に向かって消えた。
一気に階段を駆け上がり、その部屋の前に立った。
そっとドアを開け、隙間から、中を覗き込んだ。
そこは、美子が使っていた部屋。
美子が亡くなってからは、絶対に入らなかった部屋。
隙間から手を入れ、探りながら電気を点けた。
部屋の中が明るくなると、雪代は、ドアを大きく開けた。
部屋の中は、美子が使っていた時のままだった。
雪代が、怖い夢を見た時。
枕を持って部屋の前に立っていた雪代の肩に、優しく手を置いた美子。
『今日は、寒いから一緒に寝ましょうか?』
優しく笑う、美子と一緒に寝た小さなベット。
雪代が、出掛ける時。
数少ない洋服で、雪代に、精一杯のお洒落をさせる美子。
『今度、買いに行きましょうか』
淋しそうに笑う美子が、洋服を取り出したタンス。
雪代が、風邪で休んだ時。
勉強が解らなくて、泣きそうになっていた雪代の背中に、手を添えた美子。
『一緒に頑張りましょう』
困ったように笑う美子が、勉強を教えてくれた机。
雪代が、友達の事で悩んでいた時。
部屋で、暗い気持ちになっていた雪代に、カーテンを見せる美子。
『部屋を明るくしましょう』
得意になって笑う美子が、カーテンを付け替えるのに使った椅子。
どれもが、美子との思い出だ。
残像が浮かんでは、消えるを繰り返す。
この部屋には、美子との思い出が溢れていた。
涙を堪えた雪代が、机に近付いた。
その時、後ろでカタンと音がした。
雪代は、急いで振り返った。
そこには、タンスがあるだけ。
雪代が、タンスに近付いて、手を伸ばした。
無意識の内に、雪代は、一番上の小さな引き出しを開けていた。
引き出しの中には、真っ白な封筒。
その一つだけが、置いてあった。
封筒を取り出し、中を見ると、便箋が入っていた。
二つ折の便箋。
雪代は、便箋を取り出して広げた。
それは、美子からの手紙だった。
『大切な宝物へ』
美子の字。
『怖がりな雪代。お洒落な雪代。頑張り屋の雪代。優しい雪代。私の大好きな雪代。私は、そんな雪代とずっと一緒です』
真っ白な便箋に、短く書いてある文章。
雪代は、そのまま、床に座ってしまった。
堪えていた涙が、雪代の頬を伝った。
美子の字が、流れ落ちた涙で滲んだ。
「…お…かあ…さん…」
呟いて、胸に手紙を抱き、雪代は、静かに泣いた。
久々に泣いた雪代。
その背中に、何かが、触れた気がした。
優しくて、暖かい。
振り返ると、白い影が、窓に向かって消えた。
「…お母さん」
呟いて、窓に近付き、外を見ると、空から雪が降ってきた。
雪代の為に、美子が、きっと、神様にお願いした雪。
雪代は、窓の外をフワフワと舞う白い雪を見上げた。
「ありがとう…お母さん」
美子からの最初で、最後の手紙。
美子から最後の贈り物。
背中に触れたのは、きっと、美子が、最後に、大切な雪代を励ます為。
そして、休みの日。
雪代は、美子の部屋を掃除した。
引きっぱなしの布団を干した。
タンスの中の洋服も洗った。
新しいカーテンに付け替えた。
最後に、掃除機をかけていた時、ベットの下に箱があった。
箱を引っ張り出し、開けると、小学生の時に、雪代が、描いた絵が入っていた。
画用紙、いっぱいに描いた美子の顔。
『お母さん』
その横に、書いてある汚い字。
「へったくそ」
雪代が、手に持った画用紙に向かって、独り言を呟いた。
それを床に置き、また箱の中を見た。
次に出てきたのは、卒業文集だった。
『お母さんみたいになる事』
将来、何になりたいと言う欄には、それだけだった。
ページをめくり、雪代の文集を読んだ。
そこには、美子との事が、沢山、書いてあった。
『私は、ずっと、お母さんと一緒にいます』
最後は、そう締め括られていた。
「私のバ~カ」
雪代は、また、独り言を呟いていた。
次から次へ、出てくる雪代の作品。
それは、どれもが、大切にされていた。
美子にとって、雪代は、本当に大切な宝物。
箱の中を見ていたら、フッと、時間が気になった。
雪代は、美子から貰った腕時計を見た。
「やばっ!!」
床に、散らばる作品を急いで箱に片付けた。
布団を取り入れて、ベットに綺麗に敷いた。
次に、洗濯物を取り入れ、丁寧に畳む。
それをタンスに、綺麗に仕舞う
最後に、掃除機を片付けてから、着替えた。
その服は、美子に褒められた服。
雪代は、ウキウキしながら家を出た。
さっきまで晴れていた空から、また、フワフワと、雪が降り始めた。
空を見上げた雪代は、苦笑いした。
「今日は、何を話そうかな」
独り言を呟きながら、雪代は、美子のお墓に向かった。
大好きな美子の楽しみの為に…。
それは、優しい神様がくれた小さな奇跡。
幼い頃、火事で家族を亡くした雪代。
そんな雪代を親戚の一人、美子が引き取った。
幼かった一人娘を交通事故で亡くし、病気で夫を亡くした美子。
そんな美子を雪代は、母のように慕った。
自分も辛い思いをしたはずの雪代。
それでも、優しく接する雪代を美子も娘のように育てた。
普通の親子と同じ。
それが二人の目標だった。
悲しい事があれば励ます。
悪い事をすれば怒る。
時にはケンカもする。
悲しい事、辛い事、嬉しい事、楽しい事、何でも二人で分け合った。
そんな二人を近所の人からは、本当の親子だと思い、親戚は姉妹のようだとも言った。
「お母さん」
美子に抱き付いた雪代は、その日の出来事を話した。
雪代が抱き付くと美子は、静かに聞いてくれた。
それが美子にとって、何よりも楽しみだった。
その楽しみは、雪代が、中学生になっても変わらなった。
抱き付く事は、しなくなったが、代わりに手を繋いだ。
そうすると美子は、両手で雪代の手を優しく包んだ。
そんな雪代は、雪が好き。
自分の名前と同じ雪。
だから、美子も、雪が好きになった。
雪が降ると、二人で雪かきをする。
それは、雪代の楽しみだった。
二人の生活が大きく変わったのは、高校一年生の秋だった。
残暑が厳しく、自転車のペダルを踏むと汗が流れ落ちた。
美子に頼まれた夕飯の買い物をして、帰宅した雪代が、駐車場の隅に自転車を置いた。
植木の横を通り抜けて、玄関の戸を開ける。
玄関の戸が開くだけで、いつも出てくる美子。
この日は、その姿がなかった。
「ただいまー!!」
雪代が、家の中に向かって、大声で言ってみた。
それでも美子は、姿を見せなかった。
不思議に思い、首を傾げながら中に入った。
玄関の戸から手を離し、雪代の後ろで自然と戸が閉まった。
靴を脱いで玄関先に敷いてある、マットに乗った。
後ろに向き直り、屈んで靴を下駄箱に仕舞う。
『ちゃんと片付けなさい』
家に帰ると毎回、美子に言われていた。
その為、帰るとすぐに靴を片付けるのが癖になっていた。
リビングの戸を開け、雪代が、中を見渡した。
そんな雪代の目に、ソファーに座った美子の後ろ姿が見えた。
雪代は、その背中に苦笑いした。
「そんな所で寝たら、風邪引くよ?」
リビングを通り抜け、キッチンに向かった雪代がそう言った。
美子からの返事は、返ってこなかった。
キッチンにある、小さなテーブルの上に、買い物袋から中身を出した。
冷蔵庫を開けて、雪代は、食品を仕舞いながら、また、リビングいる美子に向かって言った。
「豚肉、高かったよ」
また、返事がない。
「ねぇ。聞いてる?」
それでも美子からの返事は、なかった。
さすがに、おかしいと思い、冷蔵庫を閉めて、リビングに戻った。
雪代は、ソファーに座る美子の顔を覗き込んだ。
美子は目を閉じ、寝ているようだった。
「ちょっと。お母さん」
そう言った雪代が、美子の肩にそっと触れた。
美子の体は、雪代の手から離れていた。
美子は、そのままソファーの上に倒れた。
雪代は、呆然と美子を見下ろしていた。
「お母さん…お母さん…お母さん!!」
雪代は、両手で、美子の体を強く揺すった。
それでも美子は、目を開けなかった。
「お母さん!!」
大きな声で、呼びながら、更に強く揺すった。
美子が起きる気配がなかった。
「お母さん!!お母さん!!お母さん!!」
美子の体を強く揺すり、何度も呼ぶ雪代。
その目には、うっすらと涙が溜まっていた。
そんな事をしていると、偶然、回覧を持って隣のオバさんが来た。
オバさんに言われ、雪代は救急車を呼んだ。
救急病院に搬送されたが、美子が帰っては来る事はなかった。
病院のベットの上、冷たい美子を見下ろした雪代。
その頬を涙が、流れ落ちた。
次第に涙の量は増え、床に膝を着いた。
美子の横、ベットに顔を埋め、雪代は声を上げて泣いた。
雪代が落ち着くまでは、誰も何も言わずにいた。
落ち着いた雪代を付き添いで、来ていたオバさんが家まで送った。
家に帰って来た雪代。
雪代は、リビングのソファーに座った。
完全に脱力した雪代は、冷たくなった美子の姿を思い出した。
雪代の目には、涙が溢れ、頬を伝い、流れ落ちる。
その涙が、手の甲に落ちると雪代は、また声を上げて泣いた。
この瞬間から雪代は、一人ぼっちになってしまった。
棺桶の中、眠るように横たわる美子を雪代が見下ろした。
その目には、また涙が溜まっていた。
「…お母さん」
棺桶に抱き付き、頬を擦り寄せ、雪代は、ゆっくり言った。
「私…頑張るから…ね?…だから…ゆっくり…休んでね…」
雪代の涙が、棺桶を濡らした。
葬儀が終わっても、雪代の涙は、消える事がなかった。
それから雪代は、学校に通いながら働いた。
そして、絶対に泣かなかった。
どんなに辛くても、悲しくても、絶対、涙を流さなかった。
そんな生活をして、二年が過ぎた。
高校三年生の冬。
雪代の就職が、決まってから、暫く経った寒い日の夜。
雪代は、いつものように、自転車を駐車場の隅に置いた。
車がなくなって、広くなった駐車場。
もう枯れてしまったが、美子が手入れをしていた植木。
その植木の横を通り抜け、玄関に向かう途中、白い影が見えた。
驚いて雪代が、立ち止まると、白い影は、玄関の戸に向かって消えた。
フワフワとしていたが、うっすらと、人の形をしていた。
そっと玄関の戸を開け、隙間から中を覗いた。
何もない。
雪代は、戸を大きく開けた。
スイッチを手で探り、電気を点けた。
玄関内を見回したが、何もない。
雪代は、息を大きく吸い込んでから、吐き出した。
玄関の戸を締めて、鍵をかけてから、マットに乗った。
振り返って、いつものように、靴を下駄箱に片付けた時だった。
後ろから、カタンと音がした。
また驚いた雪代。
一瞬、息が止まった。
勢いよく、振り返っても何もない。
雪代は、そのまま動けずにいた。
すると、またカタンと音がした。
それは、二階から聞こえた。
雪代は、大きく息を吸い込んでから、吐き出す。
怖い思いを押し込めて、階段をゆっくり上がる雪代。
階段の途中、二階を見上げていた雪代の目に白い影が見えた。
立ち止まると、白い影は、廊下から部屋に向かって消えた。
一気に階段を駆け上がり、その部屋の前に立った。
そっとドアを開け、隙間から、中を覗き込んだ。
そこは、美子が使っていた部屋。
美子が亡くなってからは、絶対に入らなかった部屋。
隙間から手を入れ、探りながら電気を点けた。
部屋の中が明るくなると、雪代は、ドアを大きく開けた。
部屋の中は、美子が使っていた時のままだった。
雪代が、怖い夢を見た時。
枕を持って部屋の前に立っていた雪代の肩に、優しく手を置いた美子。
『今日は、寒いから一緒に寝ましょうか?』
優しく笑う、美子と一緒に寝た小さなベット。
雪代が、出掛ける時。
数少ない洋服で、雪代に、精一杯のお洒落をさせる美子。
『今度、買いに行きましょうか』
淋しそうに笑う美子が、洋服を取り出したタンス。
雪代が、風邪で休んだ時。
勉強が解らなくて、泣きそうになっていた雪代の背中に、手を添えた美子。
『一緒に頑張りましょう』
困ったように笑う美子が、勉強を教えてくれた机。
雪代が、友達の事で悩んでいた時。
部屋で、暗い気持ちになっていた雪代に、カーテンを見せる美子。
『部屋を明るくしましょう』
得意になって笑う美子が、カーテンを付け替えるのに使った椅子。
どれもが、美子との思い出だ。
残像が浮かんでは、消えるを繰り返す。
この部屋には、美子との思い出が溢れていた。
涙を堪えた雪代が、机に近付いた。
その時、後ろでカタンと音がした。
雪代は、急いで振り返った。
そこには、タンスがあるだけ。
雪代が、タンスに近付いて、手を伸ばした。
無意識の内に、雪代は、一番上の小さな引き出しを開けていた。
引き出しの中には、真っ白な封筒。
その一つだけが、置いてあった。
封筒を取り出し、中を見ると、便箋が入っていた。
二つ折の便箋。
雪代は、便箋を取り出して広げた。
それは、美子からの手紙だった。
『大切な宝物へ』
美子の字。
『怖がりな雪代。お洒落な雪代。頑張り屋の雪代。優しい雪代。私の大好きな雪代。私は、そんな雪代とずっと一緒です』
真っ白な便箋に、短く書いてある文章。
雪代は、そのまま、床に座ってしまった。
堪えていた涙が、雪代の頬を伝った。
美子の字が、流れ落ちた涙で滲んだ。
「…お…かあ…さん…」
呟いて、胸に手紙を抱き、雪代は、静かに泣いた。
久々に泣いた雪代。
その背中に、何かが、触れた気がした。
優しくて、暖かい。
振り返ると、白い影が、窓に向かって消えた。
「…お母さん」
呟いて、窓に近付き、外を見ると、空から雪が降ってきた。
雪代の為に、美子が、きっと、神様にお願いした雪。
雪代は、窓の外をフワフワと舞う白い雪を見上げた。
「ありがとう…お母さん」
美子からの最初で、最後の手紙。
美子から最後の贈り物。
背中に触れたのは、きっと、美子が、最後に、大切な雪代を励ます為。
そして、休みの日。
雪代は、美子の部屋を掃除した。
引きっぱなしの布団を干した。
タンスの中の洋服も洗った。
新しいカーテンに付け替えた。
最後に、掃除機をかけていた時、ベットの下に箱があった。
箱を引っ張り出し、開けると、小学生の時に、雪代が、描いた絵が入っていた。
画用紙、いっぱいに描いた美子の顔。
『お母さん』
その横に、書いてある汚い字。
「へったくそ」
雪代が、手に持った画用紙に向かって、独り言を呟いた。
それを床に置き、また箱の中を見た。
次に出てきたのは、卒業文集だった。
『お母さんみたいになる事』
将来、何になりたいと言う欄には、それだけだった。
ページをめくり、雪代の文集を読んだ。
そこには、美子との事が、沢山、書いてあった。
『私は、ずっと、お母さんと一緒にいます』
最後は、そう締め括られていた。
「私のバ~カ」
雪代は、また、独り言を呟いていた。
次から次へ、出てくる雪代の作品。
それは、どれもが、大切にされていた。
美子にとって、雪代は、本当に大切な宝物。
箱の中を見ていたら、フッと、時間が気になった。
雪代は、美子から貰った腕時計を見た。
「やばっ!!」
床に、散らばる作品を急いで箱に片付けた。
布団を取り入れて、ベットに綺麗に敷いた。
次に、洗濯物を取り入れ、丁寧に畳む。
それをタンスに、綺麗に仕舞う
最後に、掃除機を片付けてから、着替えた。
その服は、美子に褒められた服。
雪代は、ウキウキしながら家を出た。
さっきまで晴れていた空から、また、フワフワと、雪が降り始めた。
空を見上げた雪代は、苦笑いした。
「今日は、何を話そうかな」
独り言を呟きながら、雪代は、美子のお墓に向かった。
大好きな美子の楽しみの為に…。
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