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鷹志は、待っていた。
それまでの1年半、鷹志は、葉菜が、完全に服従する様にしつけた。
そして、思い通りになるようになった葉菜が18歳になると、鷹志は、自分の欲望のままに犯した。
博文は、そう考えた。
「…すみません。イヤな事を聞いてしまいましたね」
首を振って、葉菜は、作り笑顔を浮かべたが、とてもぎこちない。
そんな葉菜を見てるのが辛く、博文は、その肩を抱き締めた。
「無理に笑わなくて、良いですから」
優しく髪を撫でられ、背中をゆったりとしたリズムで、ポンポンと叩かれ、葉菜の中で、大きな安心感が芽生えた。
「…おやすみなさい」
気張りすぎていた葉菜は、小さな子供の様に、腕の中で眠ってしまい、博文は、起こさないように、ベットに寝かせてから、そのオデコに小さなキスを落として、自室に戻った。
可哀想よりも、何処か懐かしい。
それが、何故なのかまで、考えられず、博文も、深い寝たりに落ち、起きた時には、鷹志と幸雄は、出掛けていた。
「博文様」
ソワソワする気持ちを落ち着けようと、外で絵を描いていたところに、遼が、小さなバスケットを持ってやって来た。
「はい。なんでしょうか?」
「お食事をお持ちしました」
「すみません。今は、何も…」
遼が耳元に顔を寄せて、小声で呟いた。
「藤崎さんからで御座います」
「…有り難うございます。後で、頂きますので、置いといてもらって良いですか?」
「かしこまりました。こちらに。では、失礼します」
遼が屋敷に戻り、博文は、すぐ側に置かれたバスケットに手を伸ばしたが、指先が、絵具で汚れているのに気付き、エプロンで拭いた。
バスケットには、小さな包みと水筒が入っていた。
包みを広げ、一口サイズのサンドイッチを一つを口に放り込んだ。
水筒から、温かな紅茶を注ぎ、立ち上る香りで、気持ちが解れる様な気がし、一人で、ニコニコと笑っていた。
遼は、そんな姿にクスクス笑い、その2階から、文太は苦笑いし、その隣で、久孝が困った顔をして、幸せそうな博文を見つめていた。
密かな至福を味わい、キリの良い所で、片付けをして、屋敷に戻り、着替えを済ませた。
これから、人生初めての大きな博打が始まる。
予定通り、2時半に鷹志と幸雄が帰宅し、3時になると、遼が、鷹志を呼びに向かった。
「にしても、ここ使うなんて、久々だよな」
一葉が出て行ってから、使われなくなった場所。
裏庭が見えるガラス張りのテラスで、それぞれ、一人掛けのソファーに座り、鷹志が来るのを待っていた。
「なんだ」
「とりあえず、どうぞ、お座り下さい」
仏頂面のまま、鷹志がソファーに座り、その後ろに葉菜が立つと、文太は、遼の方に手を向けた。
「とりあえず、紅茶でも、どうですか?」
顎をしゃくった鷹志を見て、葉菜は、ティーセットが置かれてるテーブルに向かったが、そこには、いつも使ってる一人用のティーポットがない。
「こちらをどうぞ」
遼が差し出したのは、大きめのティーポットで、鷹志のティーポットではない。
どうしようかと、葉菜が視線を向けると、鷹志は、仏頂面のまま、顎をしゃくった。
葉菜は、ニコリと笑う遼を見つめ、戸惑いながらも、その手から、ティーポットを受け取り、茶葉を入れた。
「お手伝いさせて頂きます」
4つのカップを乗せた銀トレーを置き、お湯の入ったポットを持ち、ニッコリ笑う遼に、更に戸惑い、葉菜は、それを受け取ろうとしたが、その手を押し返された。
「火傷されては大変です。私にお任せ下さい」
困ったような笑みを浮かべ、首を振り、葉菜は、また手を伸ばしたが、遼は、それをさせなかった。
「もういい。葉菜」
苛々したような声で、鷹志に呼ばれると、葉菜の肩が小さく揺れ、遼に全てを任せて、元の位置に戻った。
紅茶を淹れ、それぞれの前に、静かにティーカップが置かれ、文太達は、紅茶に舌鼓を打ち、深く息を吐き出した。
鷹志だけは、指を組み、苛立ちを隠さず、向かいに座る文太を睨んだ。
「早くしろ」
「そう焦らないで下さい。今、お話しますから」
カップを置き、文太は、葉菜に視線を向けた。
「今、母さんが、何処にいるのか。知っていますか?」
葉菜の瞳が大きく揺れた時、鷹志は、溜め息混じりに答えた。
「知らんな」
「では、喋らないのは、何故でしょうか?」
葉菜の手が、小刻みに揺れ、何かに怯え始めると、鷹志は、こめかみに指を添えて答えた。
「さぁな」
「君は、今のままで満足か?」
「いい加減にしろ。くだらん」
「俺らは、満足など出来ない。むしろ、不満だ」
「だからなんだ」
「俺らに渡して頂きたい」
鷹志の眉間にシワが寄り、大きな溜め息をついた。
「馬鹿馬鹿しい」
「俺らは本気です。母さんがいなくなってからの5年間、アナタの行動を調べました。その結果、アナタは、俺らにも、会社にも、必要ない存在だ」
鷹志の片眉が、ピクリと動いた。
「母さんが出てったのも、アンタが原因。それから、必死に仕事してるんだと思えば、会社には、ほとんどいなかった」
鷹志の視線が、久孝に移った。
「一葉を探してたんだ。仕方…」
「俺には勉強しろとか、学校行けとか言ってるくせに、ずりぃよな。しかも、アンタが探してたのが、母さんじゃなくて、葉菜ちゃんのママだったなんて、ホント、ふざけてるよな」
「訳の分からん…」
「知ってたんだろ?葉菜ちゃんのママが、入院するからって、母さんに葉菜ちゃんを頼んだの」
「だから、なんだと…」
「アンタ、母さんをどうしたんだよ」
久孝の声が低くなり、鷹志を睨み付けた。
「母さん探してたんだろ?なんで、母さんと一緒じゃねぇんだよ」
「アイツが帰るのを拒んだんだ」
「違う。母さんは、帰れないんだ。アナタに脅されて」
文太は、写真の束をテーブルに置いた。
「苦労しましたよ。アナタが依頼した探偵を探すのは」
写真には、一葉や葉菜、葉菜の母親が写し出され、更には、一葉が、銀行から出て来る所の物もあった。
「母さんは、彼女のお母さんを助けたかった。アナタは、ソレを利用したんだ」
最初は、この屋敷で、葉菜も一緒に生活するはずだったが、一葉は、それをやめた。
「彼女の母親と会った時、アナタは、借用書を書かせようとした」
「ケチなヤツ」
「久孝」
博文の気迫に、久孝が、身震いすると、文太は、そのコピーを出した。
「でも、母さんが、それをさせなかった。当たり前でしょう。葉菜さん達の生活費にしては、桁が違いすぎる。何より、母さんは、ただ助けたかっただけなんですから」
一葉は、屋敷を出て、葉菜との生活を始めた。
葉菜のバイト代と一葉のパートの給料で、細々と生活していたが、二人の収入で、入院費を支払うには、かなり苦しかった。
「そこで、母さんは、足りない分をここから使ってしまった」
通帳のコピーを出すと、葉菜の瞳が大きく揺れた。
「最初は、ほっとくつもりだったが、アナタは、これを使われ、母さんを探す事にしたんだ」
そこで、葉菜の母親が入院してる病院を探し、そこから、一葉を見付けた。
葉菜の実家。
小さなアパートで、一葉を追い詰めた鷹志は、初めて葉菜と出会った。
「そこで、母さんを痛め付けたんじゃないですか?」
博文の視線に、葉菜は、首を振り、否定したが、その瞳には、涙の幕が張っていた。
「何を言って…」
「母さん達を助けたかったら、これにサインしろとでも、言われたんじゃないですか?」
「黙れ!!」
怒鳴り声が響き、鷹志は、文太を睨んだ。
「何が言いたいんだ」
文太は、作り笑みを浮かべた。
「渡して頂きたい」
「何をだ」
「全てですよ」
怒りを露にしていた鷹志の表情が、無になった。
「アナタのやり方には、社員も不満を抱えていましたし、株主の皆様も、それを望んでいます」
株主達の署名を見せ、文太の名前が、記名された2枚の書類をテーブルに置いた。
「会社の権利書。この屋敷と土地の所有権。その譲渡書類です。ここに、署名して頂ければ、後の手続きは、こちらでやります」
無表情だった鷹志は、暫く、文太を見据えていたが、急に笑い出した。
「長々と無関係な話をしてたと思えば…署名しろだと?ふざけるな。大体、誰のおかげで、飯が食えてると思ってる。私が会社を大きくしたから、美味い飯も食える。良い学校にも行けてる。やりたい事も出来る。全部、私のおかげだろう」
「母さんにも、そう言ったんだろ。そしたら、俺らみたいに、反論されて。だから、葉菜ちゃんの前で殴ったんだろ」
「だからなんだ。契約書に、自らサインしたのは、葉菜の方だ」
「だが、この契約書は無効だ」
文太の言葉で、鷹志の動きが止まった。
「半年前から、この契約書は、ただの紙切れになってるんですよ」
「デタラメな…」
「彼女の母親は、もう亡くなってる。病院の先生が、よく覚えてましたよ」
ICレコーダーから、葉菜の良く知ってる声が聞こえた。
『藤崎さんでしたら、良く覚えてますよ。とても明るい方で、良く、娘さんの事話してました。その娘さんも、そっくりなんですよ。優しくて、気立てが良くて。作りすぎちゃったんで、良かったら、皆さんで、食べて下さい。って、お菓子とか頂きました』
楽しそうに話す女性の声。
その声が暗くなり、本当に悲しそうな声色になった。
『亡くなった時、本当は、娘さんに連絡したかったんですよ。でも、教えてもらってた番号に掛けたら、使われてなかったんです』
葉菜の視線が向けられたが、鷹志は、知らん顔で、レコーダーを見据えていた。
『看護師から、相談されまして。本当は、娘さんに来て頂きたかったんですけど。こちらとしても、どうする事も出来ず、仕方なく、ご友人に連絡する事にしました』
低い男性の声が、悲しそうに話した。
『本当は、ちゃんと、娘さんに来て頂きたかったのですが、ご友人の方も、連絡が取れないとの事でしたので、その方にお任せする事にしました』
母親の主治医と担当看護師。
二人の声で、葉菜は、膝から崩れそうになり、博文に支えられた。
「もう良いんですよ」
力が抜け、虚ろな瞳が、博文を見上げた。
「辛い時は、大声で泣いても良いんですよ。そしたら、きっと、気持ちも晴れますから」
葉菜は、大粒の涙が頬を濡らし、小さな子供の様に大声で泣いた。
その背中に腕を回し、博文は、葉菜を抱き寄せ、その背中を撫で続けた。
その時、鷹志は、大声で笑い始めた。
「こんな作り物で、騙されるなんてオメデタイ奴だ」
立ち上がり、冷たい視線を向けられ、博文は、葉菜の肩を抱く腕に力が入った。
「そんな女くれてやる。私の前から消えろ。お前達もだ」
鷹志が出て行き、張り詰めていた空気が、一気に緩み、久孝は、大きな溜め息をついた。
「あーーーしんど」
「休んでる暇はないぞ。遼君。準備は出来てるかい?」
「はい。すぐにでも、出発して頂けます」
「あ~。もうちょっと、ゆっくりしたかったんだけどな」
「仕方ないだろ」
「だけどさ~」
「文句言うな」
ブツブツ、小言を言いながら、久孝は、文太に連れられ、遼と幸雄の後から、泣いている葉菜を支えて、博文も、テラスから出ると、真っ直ぐ玄関に向かった。
「大丈夫ですか?」
小さく頷いた葉菜は、一人で立てるようになった。
「ちょっと待ってて下さいね?」
葉菜や久孝達を置いて、文太と博文が、ガレージから車とバイクに乗って来ると、久孝が車に乗り込み、遼は、葉菜の背中を押した。
「藤崎さんは、博文様の方に乗って下さい」
博文から受け取ったメットを葉菜は、被せられ、遼を見上げた。
「大丈夫ですから。行って下さい」
恐る恐る葉菜が、バイクの後ろに乗ると、文太の車が走り出し、それを追うように、博文のバイクも走り始めた。
「ちゃんと捕まって下さいね?」
ガクンと体が揺れ、慌てて、博文の背中にしがみつくと、優しく葉菜の手に触れた。
文太の車を追い、博文の運転するバイクが。離れて行くのを見送り、遼と幸雄は、屋敷に戻った。
「じゃ、2時間後に裏口で」
その後、遼は、執務室に向かい、幸雄は、自室で残りの仕事を片付け始めた。
「失礼します」
一足先に、仕事を終らせた幸雄が、鷹志の部屋をノックした。
「確認をお願いします」
「置け」
デスクの上に、書類の束を置くと、一番上には、株主や社員の署名が記入されていた。
「なんだこれは」
「確認書類の一つです」
「こんな物のいらん」
書類を捨てようと、一枚を取ると、その下から、譲渡しないなら、保有株を売却すると書かれ、多くの株主の署名があった。
「これは、どうゆう事だ」
「それだけ、社長のやり方に不満があるのでしょう」
鷹志の眉間のシワが消え、無表情になった。
「お前もグルか」
「俺も、社長のやり方には、不満がありますから」
「そうか。さっさと、荷物をまとめて出て行け」
「分かりました。失礼します」
幸雄は、自室に戻り、用意していた荷物を持って、ガレージに向かい、車に積み込むと、裏口に車を回した。
それを二階から確認した遼は、鷹志の部屋をノックした。
「失礼します。旦那様。お暇を頂きます」
「なんだと?」
幸雄の事で、イライラしていた鷹志は、遼を睨み付けた。
「ふざけてるのか?」
「いえ」
「何の為だ」
「用事が出来まして。一晩、出掛けなければならなくなりました」
「アイツらか」
「はい」
「お前も、私のやり方が気に入らないんだな」
「はい」
怒りに任せて、デスクを叩くと、鷹志は、気味悪い笑いを始めた。
「そうか。休みが欲しいか。なら、くれてやる。一生休んでろ!!次の仕事など与えてやらんからな!!覚えておけ!!」
「分かりました。それでは、失礼します」
納得した様子で、遼は、返事をして、部屋を出ると、すぐに裏口に向かって、幸雄の車に乗り込んだ。
「よし。次に行くぞ」
「あぁ」
次の目的地に向かい、車は走り出した。
それまでの1年半、鷹志は、葉菜が、完全に服従する様にしつけた。
そして、思い通りになるようになった葉菜が18歳になると、鷹志は、自分の欲望のままに犯した。
博文は、そう考えた。
「…すみません。イヤな事を聞いてしまいましたね」
首を振って、葉菜は、作り笑顔を浮かべたが、とてもぎこちない。
そんな葉菜を見てるのが辛く、博文は、その肩を抱き締めた。
「無理に笑わなくて、良いですから」
優しく髪を撫でられ、背中をゆったりとしたリズムで、ポンポンと叩かれ、葉菜の中で、大きな安心感が芽生えた。
「…おやすみなさい」
気張りすぎていた葉菜は、小さな子供の様に、腕の中で眠ってしまい、博文は、起こさないように、ベットに寝かせてから、そのオデコに小さなキスを落として、自室に戻った。
可哀想よりも、何処か懐かしい。
それが、何故なのかまで、考えられず、博文も、深い寝たりに落ち、起きた時には、鷹志と幸雄は、出掛けていた。
「博文様」
ソワソワする気持ちを落ち着けようと、外で絵を描いていたところに、遼が、小さなバスケットを持ってやって来た。
「はい。なんでしょうか?」
「お食事をお持ちしました」
「すみません。今は、何も…」
遼が耳元に顔を寄せて、小声で呟いた。
「藤崎さんからで御座います」
「…有り難うございます。後で、頂きますので、置いといてもらって良いですか?」
「かしこまりました。こちらに。では、失礼します」
遼が屋敷に戻り、博文は、すぐ側に置かれたバスケットに手を伸ばしたが、指先が、絵具で汚れているのに気付き、エプロンで拭いた。
バスケットには、小さな包みと水筒が入っていた。
包みを広げ、一口サイズのサンドイッチを一つを口に放り込んだ。
水筒から、温かな紅茶を注ぎ、立ち上る香りで、気持ちが解れる様な気がし、一人で、ニコニコと笑っていた。
遼は、そんな姿にクスクス笑い、その2階から、文太は苦笑いし、その隣で、久孝が困った顔をして、幸せそうな博文を見つめていた。
密かな至福を味わい、キリの良い所で、片付けをして、屋敷に戻り、着替えを済ませた。
これから、人生初めての大きな博打が始まる。
予定通り、2時半に鷹志と幸雄が帰宅し、3時になると、遼が、鷹志を呼びに向かった。
「にしても、ここ使うなんて、久々だよな」
一葉が出て行ってから、使われなくなった場所。
裏庭が見えるガラス張りのテラスで、それぞれ、一人掛けのソファーに座り、鷹志が来るのを待っていた。
「なんだ」
「とりあえず、どうぞ、お座り下さい」
仏頂面のまま、鷹志がソファーに座り、その後ろに葉菜が立つと、文太は、遼の方に手を向けた。
「とりあえず、紅茶でも、どうですか?」
顎をしゃくった鷹志を見て、葉菜は、ティーセットが置かれてるテーブルに向かったが、そこには、いつも使ってる一人用のティーポットがない。
「こちらをどうぞ」
遼が差し出したのは、大きめのティーポットで、鷹志のティーポットではない。
どうしようかと、葉菜が視線を向けると、鷹志は、仏頂面のまま、顎をしゃくった。
葉菜は、ニコリと笑う遼を見つめ、戸惑いながらも、その手から、ティーポットを受け取り、茶葉を入れた。
「お手伝いさせて頂きます」
4つのカップを乗せた銀トレーを置き、お湯の入ったポットを持ち、ニッコリ笑う遼に、更に戸惑い、葉菜は、それを受け取ろうとしたが、その手を押し返された。
「火傷されては大変です。私にお任せ下さい」
困ったような笑みを浮かべ、首を振り、葉菜は、また手を伸ばしたが、遼は、それをさせなかった。
「もういい。葉菜」
苛々したような声で、鷹志に呼ばれると、葉菜の肩が小さく揺れ、遼に全てを任せて、元の位置に戻った。
紅茶を淹れ、それぞれの前に、静かにティーカップが置かれ、文太達は、紅茶に舌鼓を打ち、深く息を吐き出した。
鷹志だけは、指を組み、苛立ちを隠さず、向かいに座る文太を睨んだ。
「早くしろ」
「そう焦らないで下さい。今、お話しますから」
カップを置き、文太は、葉菜に視線を向けた。
「今、母さんが、何処にいるのか。知っていますか?」
葉菜の瞳が大きく揺れた時、鷹志は、溜め息混じりに答えた。
「知らんな」
「では、喋らないのは、何故でしょうか?」
葉菜の手が、小刻みに揺れ、何かに怯え始めると、鷹志は、こめかみに指を添えて答えた。
「さぁな」
「君は、今のままで満足か?」
「いい加減にしろ。くだらん」
「俺らは、満足など出来ない。むしろ、不満だ」
「だからなんだ」
「俺らに渡して頂きたい」
鷹志の眉間にシワが寄り、大きな溜め息をついた。
「馬鹿馬鹿しい」
「俺らは本気です。母さんがいなくなってからの5年間、アナタの行動を調べました。その結果、アナタは、俺らにも、会社にも、必要ない存在だ」
鷹志の片眉が、ピクリと動いた。
「母さんが出てったのも、アンタが原因。それから、必死に仕事してるんだと思えば、会社には、ほとんどいなかった」
鷹志の視線が、久孝に移った。
「一葉を探してたんだ。仕方…」
「俺には勉強しろとか、学校行けとか言ってるくせに、ずりぃよな。しかも、アンタが探してたのが、母さんじゃなくて、葉菜ちゃんのママだったなんて、ホント、ふざけてるよな」
「訳の分からん…」
「知ってたんだろ?葉菜ちゃんのママが、入院するからって、母さんに葉菜ちゃんを頼んだの」
「だから、なんだと…」
「アンタ、母さんをどうしたんだよ」
久孝の声が低くなり、鷹志を睨み付けた。
「母さん探してたんだろ?なんで、母さんと一緒じゃねぇんだよ」
「アイツが帰るのを拒んだんだ」
「違う。母さんは、帰れないんだ。アナタに脅されて」
文太は、写真の束をテーブルに置いた。
「苦労しましたよ。アナタが依頼した探偵を探すのは」
写真には、一葉や葉菜、葉菜の母親が写し出され、更には、一葉が、銀行から出て来る所の物もあった。
「母さんは、彼女のお母さんを助けたかった。アナタは、ソレを利用したんだ」
最初は、この屋敷で、葉菜も一緒に生活するはずだったが、一葉は、それをやめた。
「彼女の母親と会った時、アナタは、借用書を書かせようとした」
「ケチなヤツ」
「久孝」
博文の気迫に、久孝が、身震いすると、文太は、そのコピーを出した。
「でも、母さんが、それをさせなかった。当たり前でしょう。葉菜さん達の生活費にしては、桁が違いすぎる。何より、母さんは、ただ助けたかっただけなんですから」
一葉は、屋敷を出て、葉菜との生活を始めた。
葉菜のバイト代と一葉のパートの給料で、細々と生活していたが、二人の収入で、入院費を支払うには、かなり苦しかった。
「そこで、母さんは、足りない分をここから使ってしまった」
通帳のコピーを出すと、葉菜の瞳が大きく揺れた。
「最初は、ほっとくつもりだったが、アナタは、これを使われ、母さんを探す事にしたんだ」
そこで、葉菜の母親が入院してる病院を探し、そこから、一葉を見付けた。
葉菜の実家。
小さなアパートで、一葉を追い詰めた鷹志は、初めて葉菜と出会った。
「そこで、母さんを痛め付けたんじゃないですか?」
博文の視線に、葉菜は、首を振り、否定したが、その瞳には、涙の幕が張っていた。
「何を言って…」
「母さん達を助けたかったら、これにサインしろとでも、言われたんじゃないですか?」
「黙れ!!」
怒鳴り声が響き、鷹志は、文太を睨んだ。
「何が言いたいんだ」
文太は、作り笑みを浮かべた。
「渡して頂きたい」
「何をだ」
「全てですよ」
怒りを露にしていた鷹志の表情が、無になった。
「アナタのやり方には、社員も不満を抱えていましたし、株主の皆様も、それを望んでいます」
株主達の署名を見せ、文太の名前が、記名された2枚の書類をテーブルに置いた。
「会社の権利書。この屋敷と土地の所有権。その譲渡書類です。ここに、署名して頂ければ、後の手続きは、こちらでやります」
無表情だった鷹志は、暫く、文太を見据えていたが、急に笑い出した。
「長々と無関係な話をしてたと思えば…署名しろだと?ふざけるな。大体、誰のおかげで、飯が食えてると思ってる。私が会社を大きくしたから、美味い飯も食える。良い学校にも行けてる。やりたい事も出来る。全部、私のおかげだろう」
「母さんにも、そう言ったんだろ。そしたら、俺らみたいに、反論されて。だから、葉菜ちゃんの前で殴ったんだろ」
「だからなんだ。契約書に、自らサインしたのは、葉菜の方だ」
「だが、この契約書は無効だ」
文太の言葉で、鷹志の動きが止まった。
「半年前から、この契約書は、ただの紙切れになってるんですよ」
「デタラメな…」
「彼女の母親は、もう亡くなってる。病院の先生が、よく覚えてましたよ」
ICレコーダーから、葉菜の良く知ってる声が聞こえた。
『藤崎さんでしたら、良く覚えてますよ。とても明るい方で、良く、娘さんの事話してました。その娘さんも、そっくりなんですよ。優しくて、気立てが良くて。作りすぎちゃったんで、良かったら、皆さんで、食べて下さい。って、お菓子とか頂きました』
楽しそうに話す女性の声。
その声が暗くなり、本当に悲しそうな声色になった。
『亡くなった時、本当は、娘さんに連絡したかったんですよ。でも、教えてもらってた番号に掛けたら、使われてなかったんです』
葉菜の視線が向けられたが、鷹志は、知らん顔で、レコーダーを見据えていた。
『看護師から、相談されまして。本当は、娘さんに来て頂きたかったんですけど。こちらとしても、どうする事も出来ず、仕方なく、ご友人に連絡する事にしました』
低い男性の声が、悲しそうに話した。
『本当は、ちゃんと、娘さんに来て頂きたかったのですが、ご友人の方も、連絡が取れないとの事でしたので、その方にお任せする事にしました』
母親の主治医と担当看護師。
二人の声で、葉菜は、膝から崩れそうになり、博文に支えられた。
「もう良いんですよ」
力が抜け、虚ろな瞳が、博文を見上げた。
「辛い時は、大声で泣いても良いんですよ。そしたら、きっと、気持ちも晴れますから」
葉菜は、大粒の涙が頬を濡らし、小さな子供の様に大声で泣いた。
その背中に腕を回し、博文は、葉菜を抱き寄せ、その背中を撫で続けた。
その時、鷹志は、大声で笑い始めた。
「こんな作り物で、騙されるなんてオメデタイ奴だ」
立ち上がり、冷たい視線を向けられ、博文は、葉菜の肩を抱く腕に力が入った。
「そんな女くれてやる。私の前から消えろ。お前達もだ」
鷹志が出て行き、張り詰めていた空気が、一気に緩み、久孝は、大きな溜め息をついた。
「あーーーしんど」
「休んでる暇はないぞ。遼君。準備は出来てるかい?」
「はい。すぐにでも、出発して頂けます」
「あ~。もうちょっと、ゆっくりしたかったんだけどな」
「仕方ないだろ」
「だけどさ~」
「文句言うな」
ブツブツ、小言を言いながら、久孝は、文太に連れられ、遼と幸雄の後から、泣いている葉菜を支えて、博文も、テラスから出ると、真っ直ぐ玄関に向かった。
「大丈夫ですか?」
小さく頷いた葉菜は、一人で立てるようになった。
「ちょっと待ってて下さいね?」
葉菜や久孝達を置いて、文太と博文が、ガレージから車とバイクに乗って来ると、久孝が車に乗り込み、遼は、葉菜の背中を押した。
「藤崎さんは、博文様の方に乗って下さい」
博文から受け取ったメットを葉菜は、被せられ、遼を見上げた。
「大丈夫ですから。行って下さい」
恐る恐る葉菜が、バイクの後ろに乗ると、文太の車が走り出し、それを追うように、博文のバイクも走り始めた。
「ちゃんと捕まって下さいね?」
ガクンと体が揺れ、慌てて、博文の背中にしがみつくと、優しく葉菜の手に触れた。
文太の車を追い、博文の運転するバイクが。離れて行くのを見送り、遼と幸雄は、屋敷に戻った。
「じゃ、2時間後に裏口で」
その後、遼は、執務室に向かい、幸雄は、自室で残りの仕事を片付け始めた。
「失礼します」
一足先に、仕事を終らせた幸雄が、鷹志の部屋をノックした。
「確認をお願いします」
「置け」
デスクの上に、書類の束を置くと、一番上には、株主や社員の署名が記入されていた。
「なんだこれは」
「確認書類の一つです」
「こんな物のいらん」
書類を捨てようと、一枚を取ると、その下から、譲渡しないなら、保有株を売却すると書かれ、多くの株主の署名があった。
「これは、どうゆう事だ」
「それだけ、社長のやり方に不満があるのでしょう」
鷹志の眉間のシワが消え、無表情になった。
「お前もグルか」
「俺も、社長のやり方には、不満がありますから」
「そうか。さっさと、荷物をまとめて出て行け」
「分かりました。失礼します」
幸雄は、自室に戻り、用意していた荷物を持って、ガレージに向かい、車に積み込むと、裏口に車を回した。
それを二階から確認した遼は、鷹志の部屋をノックした。
「失礼します。旦那様。お暇を頂きます」
「なんだと?」
幸雄の事で、イライラしていた鷹志は、遼を睨み付けた。
「ふざけてるのか?」
「いえ」
「何の為だ」
「用事が出来まして。一晩、出掛けなければならなくなりました」
「アイツらか」
「はい」
「お前も、私のやり方が気に入らないんだな」
「はい」
怒りに任せて、デスクを叩くと、鷹志は、気味悪い笑いを始めた。
「そうか。休みが欲しいか。なら、くれてやる。一生休んでろ!!次の仕事など与えてやらんからな!!覚えておけ!!」
「分かりました。それでは、失礼します」
納得した様子で、遼は、返事をして、部屋を出ると、すぐに裏口に向かって、幸雄の車に乗り込んだ。
「よし。次に行くぞ」
「あぁ」
次の目的地に向かい、車は走り出した。
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