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7 深見 鉄心
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落ち込んだ心を回復するために借りた映画だが、三島 早織と話してからは気持ちは晴れていた。借りてきた映画三本を連続で楽しんだ、笑った、興奮した、感動した。
古川 晴一は気力が戻った、恋愛耐性が向上した、表現力が身についた、人を思いやる気持ちが芽生えた、ネガティブな気持ちが少し削れた、人としての魅力がアップした、なんて事には成らなかったが、気分はかなり晴れた。
まずTOEICの点数850点以上に到達したらもう一度、就職活動をちゃんとしよう、それから必死に恋人を作ろうと思う。850は少し高いかもしれないが。なるべく今年中に。今はとりあえず、借りてきた映画を返却して遅くなった夕飯を食べよう。
DVDを返却に行く途中、踏切の前で電車が通り過ぎるのを待っていた。踏切電車の向こうに川が、その川に面して割と広い公園がある。川に面してはフェンスで仕切られているので公園の中は見える。もう夜なので誰も遊んでいる人影は見えない。
この公園には少年野球の練習が出来る位の広さのフェンスと網で囲まれたグラウンドが公園横に有り、DVDの返却にはこのグラウンドを斜めに横切った方が断然近道になる。公園側には外灯が幾つかは有るのだが、グラウンドの方は夜に明かりが殆どなく練習など誰もしていない。精々、端っこで中高生が素振りをしているくらいだ。
遮断機が上がり、すれ違う人が公園の方を気にしている様子だった。公園を見ても変わった様子はなくグラウンドを横切るためにフェンスの入り口まで来ると怒号が聴こえた。さっきすれ違った人が公園の方を気にしていた訳が解った。
それは俺が常日頃から絶対に関わり合いたくないと思うような輩三人に、グラウンドの真ん中でサラリーマンのおじさんが取り囲まれて怒鳴られているからだ。三人とも背はそこまで高くはないが、全員がアロハシャツ、がっしりした体格でその中の一人サラリーマンの胸倉を掴んでいる男はがっしりを超えてでっぷりと太っていた。
残念だが今回ばかりは、俺の手には負えない。俺に出来る事は、せいぜい警察に通報して、後は離れたところから展開を見守る位だろう。
「ちょっと助けてくれないか、君! 」
胸倉を掴まれながらおじさんが俺の方に向かって叫んだ。
「僕ですか? 」
俺しかいないのは、判ってはいたのだが一応とぼけて聞き返した。一瞬、いったいどういうつもりで、このおじさんはこんな無理な事を俺に頼む事が出来るのだろうと、冷静に考えてしまった。そして今の一言で三人に俺の存在が気づかれてしまった。
映画を返却しに来ただけなのに何でこういう事に巻き込まれるのかと、ため息が出た。俺は出来るだけゆっくりと丁寧に状況を訊ねた。
「いったい、どうしたんですか? 」
「お前にはカンケーねえからどっか行ってろ! 」一人が俺に向かって命令した。
「はいはい。今警察呼びますからね。ちょっと待ってください」
高校から恭也の揉め事によく巻き込まれていたせいでこういう事にはあまり動揺はしなくなった。慣れたという程度であって余裕という訳ではないが。恭也なら全員を殴り飛ばして終わりにするのだろうが俺にはそんな度胸も能力も無い。
「関係ないくせにシャシャリ出てくると、お前もついでに殺すぞ! 」
おじさんの胸倉を掴んでいるデブが凄むと、あとの二人が勢いよく俺に向かって来た。
俺は勢いよく踵を返しダッシュで逃げた。
「ちょ、おい待てよ! お前! 」
一気にグラウンドの外まで逃げ、大通りに出た所で振り返ると二人はもう追いかけては来ていなかった。
あのおじさん、逃げる事は出来たかなと思いながら、念の為にもう一度、違う入り口からグラウンドに戻ると(フェンスの出入り口は四つある)、おじさんと先程、俺に凄んでいたデブの二人きりだった。おじさんは男に正座させられている。仕方が無いのでもう一度二人に近づいた。
「オジサンなんで逃げなかったんですか? 」
「いやぁ、面目ない」正座のまま何故か照れるオジサン。
「お前はいったい、なん何だよ! 」男はオジサンを無視してゆっくり俺に向かって来る。
「うるせえ、アロハチンピラ! 」俺は、男に大声で怒鳴った。
「殺す! 」チンピラと呼ばれてデブ男は狂ったように跳びかかって来た。デブ男の動きは緩慢だったが勢いだけはあった。
デブ男がこちらに到達する前に当然俺は逃げ出したのだが、目指す目的の出口から先程撒いてやった二人が入って来た。少し焦ったが、グラウンドをぐるっと、廻り違う出口を目指すと、おじさんがその出口から公園に逃げようとしていた。フェンスに扉などが有れば良かったのだが、そういった物はない。
結局、おじさんと一緒の出口を出て公園の中を二人で逃げたが、おじさんは走るのがとにかく遅い。もうじき公園を出られそうだが追いかけてきた二人はもうフェンスの辺りまで迫っていた。デブ男の姿はなかった。
恐らくグラウンドで疲れていることだろう。このままではじきに追いつかれてしまうと思った矢先、踏切が鳴り出した。
「おじさん、何とかあそこまで急いで! 」
ゼエゼエと息切れをしているおじさんを励ましながら踏切をギリギリで渡ることが出来た。幸運にも遮断機の電車の矢印は左右両方が光っていた。後から来た二人は悔しそうに何か叫んでいたが、踏切と電車の通過音に彼らの叫び声はかき消された。夜の踏切の音とネオンがこんなにも心強く、感じられたことは今まで無なかった。
「いやあ、助かったよ。ありがとう。本当にどうなることかと思ったよ」
俺達はホッとしながらも一旦、水笠神社の裏に隠れ時間を潰してから帰る事にした。真っ暗な神社の裏でおじさんは深見 鉄心と名乗った。凄まじくかっこいい名前に吹き出しそうになった、ニヤついた顔を暗がりのお陰で見られなくて良かったと思った。
逃げ切れた事への安堵感と緊張からの解放感からか深見さんを昔からの知り合いみたいに親しみ深く感じた。吊り橋効果って奴か、いや、お互いに男同士だから戦友効果とでも言うのだろうか。
「しかし何故あいつらに絡まれていたんですか? 」
俺はどうしても聞かずにいられなかった。
事の発端は回転寿司店で深見さんが三度、間違えて三人の皿を取ってしまったそうだ。
「だけど怒るかなあ、それぐらいで」
と深見さんは不思議そうに首を傾げている。
「怒るんですよ! この時期にアロハなんて着ているような奴らは! 」
アロハのことは完全に俺の勝手な偏見なのだが。
ただ三回やられればは流石に誰でも怒るだろう。寧ろ二度まで堪えた彼らの方が偉いと思う。
深見さんが、助けてくれたお礼に回転寿司を奢ってくれる事になった。流石に今ならあいつ等と出くわすことはないだろうが、案外神経の図太い人だなと思った。
深見さんと食べたお寿司は美味しかった。それから俺のアパートで一緒にお酒を飲むことにした。俺の現状に対する愚痴を聞いてもらった。
深見さんの会社と家庭の話も興味深かった。流石に恭也の会社などの事はぼかして説明したのだが、会ったその日に自分の悩みなどを話すほど仲良くなるとは思ってもみなかった。流石は戦友効果。
深見さんは今年で五十三歳になる。奥さんと大学生の娘さんが一人の三人家族だそうだ。深見さんに名刺を貰い、その名刺には公認会計士と書いてあった。
深見さんは月一回か二回ほど、土曜日に俺の住む百川駅周辺の事務所に来て仕事があるらしい。隔週出張みたいなものなのだろうか。途中コンビニに寄り酎ハイを大量に買い込んだ。深見さんも意外にも酎ハイが大好きだそうだ。俺は勝手にウイスキーや日本酒みたいな渋いのが好きなんだろうなと思っていたのだけれども。
「僕は出張の時は大概一人でこの辺で晩飯を食べて、一人で飲みに行って最終電車で帰るんだよ。ところでそれ、その袋レンタルビデオでしょ。何か面白そうな映画でも借りたの? 」
「ああ、これ良かったら今、観ますか? それとも僕の持っているDVDで何か観たいものでもありますか? 」
「うん、僕は映画が大好きでねぇ。若い頃は今の奥さんとよく映画を観に行ったなあ」
深見さんは懐かしそうに天井を見上げた。
「僕も映画が大好きで、本当は映画の事を話せる友人が欲しかったんです。いや年上の深見さんの事を友人なんて言ったら失礼でしょうけど」
俺は映画に関して感動した事や自分なりの評価、自分の思った事を誰かと語り明かしたいと常日頃から思っていた。
「いや僕も嬉しいよ。映画の事を語り明かす友人が欲しかったんだよ」
酒を呑んでいるからだろうけど深見さんが俺の事を友人と言ってくれるのは、それでも嬉しいような恥ずかしいような気持ちだ。
「そういえば何かの映画で、どん底まで下に落ちたら後は上に行くだけって言っていたよ」
深見さんは梅酎ハイを美味しそうに呑みながら更に続けた。
「でもまあ僕が言いたいのはだね、泥沼の底まで行ったら上に上がれるかは分からないけども、やれることは一つ、とにかくもがくだけって事だよ。だからハルくん今は辛いけどやることは決まっているでしょ。兎に角もがくしかないよ」
笑顔の深見さんの顔を見て、恐らく俺を励まそうとしているのだろうということは判った。
「けど底なし沼だったら永遠にどこまでも沈んでいくねぇ。なんてねアハハハハハ」
深見先輩は笑いながら、俺をドキリとさせた。
「だけど、どん底の底にいる気分って言っていたけど、正社員ではないけど働く場所もあるわけだし、借金がある訳じゃないし何より若いんだし、友人もいるんだし、僕から言わせれば全然幸せな方だと思うけど。
まあこれからずっとこのままの生活じゃあ辛くなるかもしれないけど生活は出来ているんだから。
ただ単に今は友人達に差を開けられたから落ち込んでいるだけでしょ。
ただし絶対に諦めちゃだめだよ。年とってから絶対に後悔するから、年をとると頑張りたくても頑張れる場所が無くなるのよ。
年食ってから本当によく思うよ、あの時もっと頑張っていればって、本当にこれだけは間違いなく言えるよ。一生懸命、精一杯やらなきゃ後で絶対後悔するから、今は分らないかもしれないけど」
一生懸命に俺を励ましてくれようとしている深見さんの落ち着いた喋り方に何だか勇気が湧いて来た。
深見さんは俺を真っ直ぐ見て一気に喋った後、酎ハイをゴクゴク、グビグビ呑んだ。これだけ流暢に話す事が出来たら面接は楽だろうなと、思わず感心して聞き入ってしまった。勿論内容を聞いていなかった訳ではないが。
年を重ねてから後悔すると言うのは何となく解る。高校生活は二人の友人と過ごして楽しかったけれども、もっと部活や勉強、恋愛など真剣に向き合っていればよかったと、高校生活を精一杯生きればよかったと後悔しているくらいなのだから。
「僕も若い内にいろんなことに挑戦すればよかったっていまだに後悔ばっかりだよ。今ハルくんはちょうどいろんなことに挑戦するべき時期なのかもしれないよ。だから仕事が見つかるまで色々やってみたらどうだい。
仕事が決まったらもう他の事は出来ないからね。逆に今がチャンスなんだよ。
今だけなんだよ、色んな事をしたりできるのは。英語をもっとがんばるのもいいし、他の資格を取得したりしてもいいし、今の内だよ。最悪この僕もちっぽけな力だけど就職探しのことを協力するよ。
努力しても報われるかどうかは判らないけど、努力しないと成功はしないよ。
なんだか宝くじのコマーシャルみたいな事言っちゃったけど」
本当にありがたい言葉だった。深見さんの話しで俺にも希望が湧いて来た。初めて会った人にここまで勇気づけられるなんて、お酒が入っているせいもあって涙がでそうになったのを隠すため冷蔵庫に新しい酎ハイの缶を取りに行った。
深見さんが、眠くなったらいつでも寝られるように深見さんの布団を敷いてから映画を観ることにした。
お互いに、映画の話で朝方まで語り明かして朝一番の電車で深見さんは帰って行った。映画の話といっても評論をする訳ではなく、お互いに好きな映画や好きなシーン、セリフで盛り上がっただけなのだけれど。
「またこっちに仕事がある時遊びに来てもいいかな? 」
「もちろん、是非、また映画を一緒に見ましょう」
深見さんが帰った後、一旦、昼過ぎまで寝てから今度こそ本当に映画を返却しに行くことにした。昨日のことを思い出して運良く助かったなとしみじみと思った。運が悪ければ三人に捕まりボコボコにされていたかもしれないと思うと再びゾっとした。
映画を返却した帰り道に、昨日の深見さんの一言で頑張ろう、もがくしかないとは思っていたのだけれど、俺には一つ解決しなければならないどうしても気になる問題がある。
古川 晴一は気力が戻った、恋愛耐性が向上した、表現力が身についた、人を思いやる気持ちが芽生えた、ネガティブな気持ちが少し削れた、人としての魅力がアップした、なんて事には成らなかったが、気分はかなり晴れた。
まずTOEICの点数850点以上に到達したらもう一度、就職活動をちゃんとしよう、それから必死に恋人を作ろうと思う。850は少し高いかもしれないが。なるべく今年中に。今はとりあえず、借りてきた映画を返却して遅くなった夕飯を食べよう。
DVDを返却に行く途中、踏切の前で電車が通り過ぎるのを待っていた。踏切電車の向こうに川が、その川に面して割と広い公園がある。川に面してはフェンスで仕切られているので公園の中は見える。もう夜なので誰も遊んでいる人影は見えない。
この公園には少年野球の練習が出来る位の広さのフェンスと網で囲まれたグラウンドが公園横に有り、DVDの返却にはこのグラウンドを斜めに横切った方が断然近道になる。公園側には外灯が幾つかは有るのだが、グラウンドの方は夜に明かりが殆どなく練習など誰もしていない。精々、端っこで中高生が素振りをしているくらいだ。
遮断機が上がり、すれ違う人が公園の方を気にしている様子だった。公園を見ても変わった様子はなくグラウンドを横切るためにフェンスの入り口まで来ると怒号が聴こえた。さっきすれ違った人が公園の方を気にしていた訳が解った。
それは俺が常日頃から絶対に関わり合いたくないと思うような輩三人に、グラウンドの真ん中でサラリーマンのおじさんが取り囲まれて怒鳴られているからだ。三人とも背はそこまで高くはないが、全員がアロハシャツ、がっしりした体格でその中の一人サラリーマンの胸倉を掴んでいる男はがっしりを超えてでっぷりと太っていた。
残念だが今回ばかりは、俺の手には負えない。俺に出来る事は、せいぜい警察に通報して、後は離れたところから展開を見守る位だろう。
「ちょっと助けてくれないか、君! 」
胸倉を掴まれながらおじさんが俺の方に向かって叫んだ。
「僕ですか? 」
俺しかいないのは、判ってはいたのだが一応とぼけて聞き返した。一瞬、いったいどういうつもりで、このおじさんはこんな無理な事を俺に頼む事が出来るのだろうと、冷静に考えてしまった。そして今の一言で三人に俺の存在が気づかれてしまった。
映画を返却しに来ただけなのに何でこういう事に巻き込まれるのかと、ため息が出た。俺は出来るだけゆっくりと丁寧に状況を訊ねた。
「いったい、どうしたんですか? 」
「お前にはカンケーねえからどっか行ってろ! 」一人が俺に向かって命令した。
「はいはい。今警察呼びますからね。ちょっと待ってください」
高校から恭也の揉め事によく巻き込まれていたせいでこういう事にはあまり動揺はしなくなった。慣れたという程度であって余裕という訳ではないが。恭也なら全員を殴り飛ばして終わりにするのだろうが俺にはそんな度胸も能力も無い。
「関係ないくせにシャシャリ出てくると、お前もついでに殺すぞ! 」
おじさんの胸倉を掴んでいるデブが凄むと、あとの二人が勢いよく俺に向かって来た。
俺は勢いよく踵を返しダッシュで逃げた。
「ちょ、おい待てよ! お前! 」
一気にグラウンドの外まで逃げ、大通りに出た所で振り返ると二人はもう追いかけては来ていなかった。
あのおじさん、逃げる事は出来たかなと思いながら、念の為にもう一度、違う入り口からグラウンドに戻ると(フェンスの出入り口は四つある)、おじさんと先程、俺に凄んでいたデブの二人きりだった。おじさんは男に正座させられている。仕方が無いのでもう一度二人に近づいた。
「オジサンなんで逃げなかったんですか? 」
「いやぁ、面目ない」正座のまま何故か照れるオジサン。
「お前はいったい、なん何だよ! 」男はオジサンを無視してゆっくり俺に向かって来る。
「うるせえ、アロハチンピラ! 」俺は、男に大声で怒鳴った。
「殺す! 」チンピラと呼ばれてデブ男は狂ったように跳びかかって来た。デブ男の動きは緩慢だったが勢いだけはあった。
デブ男がこちらに到達する前に当然俺は逃げ出したのだが、目指す目的の出口から先程撒いてやった二人が入って来た。少し焦ったが、グラウンドをぐるっと、廻り違う出口を目指すと、おじさんがその出口から公園に逃げようとしていた。フェンスに扉などが有れば良かったのだが、そういった物はない。
結局、おじさんと一緒の出口を出て公園の中を二人で逃げたが、おじさんは走るのがとにかく遅い。もうじき公園を出られそうだが追いかけてきた二人はもうフェンスの辺りまで迫っていた。デブ男の姿はなかった。
恐らくグラウンドで疲れていることだろう。このままではじきに追いつかれてしまうと思った矢先、踏切が鳴り出した。
「おじさん、何とかあそこまで急いで! 」
ゼエゼエと息切れをしているおじさんを励ましながら踏切をギリギリで渡ることが出来た。幸運にも遮断機の電車の矢印は左右両方が光っていた。後から来た二人は悔しそうに何か叫んでいたが、踏切と電車の通過音に彼らの叫び声はかき消された。夜の踏切の音とネオンがこんなにも心強く、感じられたことは今まで無なかった。
「いやあ、助かったよ。ありがとう。本当にどうなることかと思ったよ」
俺達はホッとしながらも一旦、水笠神社の裏に隠れ時間を潰してから帰る事にした。真っ暗な神社の裏でおじさんは深見 鉄心と名乗った。凄まじくかっこいい名前に吹き出しそうになった、ニヤついた顔を暗がりのお陰で見られなくて良かったと思った。
逃げ切れた事への安堵感と緊張からの解放感からか深見さんを昔からの知り合いみたいに親しみ深く感じた。吊り橋効果って奴か、いや、お互いに男同士だから戦友効果とでも言うのだろうか。
「しかし何故あいつらに絡まれていたんですか? 」
俺はどうしても聞かずにいられなかった。
事の発端は回転寿司店で深見さんが三度、間違えて三人の皿を取ってしまったそうだ。
「だけど怒るかなあ、それぐらいで」
と深見さんは不思議そうに首を傾げている。
「怒るんですよ! この時期にアロハなんて着ているような奴らは! 」
アロハのことは完全に俺の勝手な偏見なのだが。
ただ三回やられればは流石に誰でも怒るだろう。寧ろ二度まで堪えた彼らの方が偉いと思う。
深見さんが、助けてくれたお礼に回転寿司を奢ってくれる事になった。流石に今ならあいつ等と出くわすことはないだろうが、案外神経の図太い人だなと思った。
深見さんと食べたお寿司は美味しかった。それから俺のアパートで一緒にお酒を飲むことにした。俺の現状に対する愚痴を聞いてもらった。
深見さんの会社と家庭の話も興味深かった。流石に恭也の会社などの事はぼかして説明したのだが、会ったその日に自分の悩みなどを話すほど仲良くなるとは思ってもみなかった。流石は戦友効果。
深見さんは今年で五十三歳になる。奥さんと大学生の娘さんが一人の三人家族だそうだ。深見さんに名刺を貰い、その名刺には公認会計士と書いてあった。
深見さんは月一回か二回ほど、土曜日に俺の住む百川駅周辺の事務所に来て仕事があるらしい。隔週出張みたいなものなのだろうか。途中コンビニに寄り酎ハイを大量に買い込んだ。深見さんも意外にも酎ハイが大好きだそうだ。俺は勝手にウイスキーや日本酒みたいな渋いのが好きなんだろうなと思っていたのだけれども。
「僕は出張の時は大概一人でこの辺で晩飯を食べて、一人で飲みに行って最終電車で帰るんだよ。ところでそれ、その袋レンタルビデオでしょ。何か面白そうな映画でも借りたの? 」
「ああ、これ良かったら今、観ますか? それとも僕の持っているDVDで何か観たいものでもありますか? 」
「うん、僕は映画が大好きでねぇ。若い頃は今の奥さんとよく映画を観に行ったなあ」
深見さんは懐かしそうに天井を見上げた。
「僕も映画が大好きで、本当は映画の事を話せる友人が欲しかったんです。いや年上の深見さんの事を友人なんて言ったら失礼でしょうけど」
俺は映画に関して感動した事や自分なりの評価、自分の思った事を誰かと語り明かしたいと常日頃から思っていた。
「いや僕も嬉しいよ。映画の事を語り明かす友人が欲しかったんだよ」
酒を呑んでいるからだろうけど深見さんが俺の事を友人と言ってくれるのは、それでも嬉しいような恥ずかしいような気持ちだ。
「そういえば何かの映画で、どん底まで下に落ちたら後は上に行くだけって言っていたよ」
深見さんは梅酎ハイを美味しそうに呑みながら更に続けた。
「でもまあ僕が言いたいのはだね、泥沼の底まで行ったら上に上がれるかは分からないけども、やれることは一つ、とにかくもがくだけって事だよ。だからハルくん今は辛いけどやることは決まっているでしょ。兎に角もがくしかないよ」
笑顔の深見さんの顔を見て、恐らく俺を励まそうとしているのだろうということは判った。
「けど底なし沼だったら永遠にどこまでも沈んでいくねぇ。なんてねアハハハハハ」
深見先輩は笑いながら、俺をドキリとさせた。
「だけど、どん底の底にいる気分って言っていたけど、正社員ではないけど働く場所もあるわけだし、借金がある訳じゃないし何より若いんだし、友人もいるんだし、僕から言わせれば全然幸せな方だと思うけど。
まあこれからずっとこのままの生活じゃあ辛くなるかもしれないけど生活は出来ているんだから。
ただ単に今は友人達に差を開けられたから落ち込んでいるだけでしょ。
ただし絶対に諦めちゃだめだよ。年とってから絶対に後悔するから、年をとると頑張りたくても頑張れる場所が無くなるのよ。
年食ってから本当によく思うよ、あの時もっと頑張っていればって、本当にこれだけは間違いなく言えるよ。一生懸命、精一杯やらなきゃ後で絶対後悔するから、今は分らないかもしれないけど」
一生懸命に俺を励ましてくれようとしている深見さんの落ち着いた喋り方に何だか勇気が湧いて来た。
深見さんは俺を真っ直ぐ見て一気に喋った後、酎ハイをゴクゴク、グビグビ呑んだ。これだけ流暢に話す事が出来たら面接は楽だろうなと、思わず感心して聞き入ってしまった。勿論内容を聞いていなかった訳ではないが。
年を重ねてから後悔すると言うのは何となく解る。高校生活は二人の友人と過ごして楽しかったけれども、もっと部活や勉強、恋愛など真剣に向き合っていればよかったと、高校生活を精一杯生きればよかったと後悔しているくらいなのだから。
「僕も若い内にいろんなことに挑戦すればよかったっていまだに後悔ばっかりだよ。今ハルくんはちょうどいろんなことに挑戦するべき時期なのかもしれないよ。だから仕事が見つかるまで色々やってみたらどうだい。
仕事が決まったらもう他の事は出来ないからね。逆に今がチャンスなんだよ。
今だけなんだよ、色んな事をしたりできるのは。英語をもっとがんばるのもいいし、他の資格を取得したりしてもいいし、今の内だよ。最悪この僕もちっぽけな力だけど就職探しのことを協力するよ。
努力しても報われるかどうかは判らないけど、努力しないと成功はしないよ。
なんだか宝くじのコマーシャルみたいな事言っちゃったけど」
本当にありがたい言葉だった。深見さんの話しで俺にも希望が湧いて来た。初めて会った人にここまで勇気づけられるなんて、お酒が入っているせいもあって涙がでそうになったのを隠すため冷蔵庫に新しい酎ハイの缶を取りに行った。
深見さんが、眠くなったらいつでも寝られるように深見さんの布団を敷いてから映画を観ることにした。
お互いに、映画の話で朝方まで語り明かして朝一番の電車で深見さんは帰って行った。映画の話といっても評論をする訳ではなく、お互いに好きな映画や好きなシーン、セリフで盛り上がっただけなのだけれど。
「またこっちに仕事がある時遊びに来てもいいかな? 」
「もちろん、是非、また映画を一緒に見ましょう」
深見さんが帰った後、一旦、昼過ぎまで寝てから今度こそ本当に映画を返却しに行くことにした。昨日のことを思い出して運良く助かったなとしみじみと思った。運が悪ければ三人に捕まりボコボコにされていたかもしれないと思うと再びゾっとした。
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