追放された大魔導士は魔王と一緒に国をつくる

ビーグル犬のポン太

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複雑な関係

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 ドワーフ達が訪ねてきたということで、一層まで戻ったアラギウスは、五名のドワーフがただ者ではないことをすぐに察した。

「ハイランドの、ドワーフ……それも王族か、あるいは近いか……」

 大魔導士は意外さに戸惑いながら、またどういう用件なのかと疑問を抱いて彼らの前に立つ。

「アラギウス・ファウスだ。ローデシアで評議員をしている」
「ほぉ……アラギウス……おぬしがそうか。儂はカリフ山地のドワーフを統べるベルジフの伯父ヌドンベレだ。ハイランドのレイ王から、儂らが抱えている問題を、ローデシアなら解決できるかもしれぬという話があり、こうして参った」
「そちらの問題?」
「落ち着いて話をしないか? ちょっといいか?」

 ヌドンベレが周囲を伺い、アラギウスは無礼を詫びた。

「失礼した。すぐに座れる場所を用意します」
「いや、ここにちょっと広げさせてもらうよ?」

 ヌドンベレの指示で、ドワーフ達がその場に絨毯を広げ、その脇に石を並べ袋から枯れ木の屑や枝を並べ、火をおこした。鍋を吊るし、水が沸いたところで杯に茶葉を入れ、湯を注ぐとアラギウスへとヌドンベレが差し出す。

 紅茶だった。

「ありがとうございます」

 感謝を示す大魔導士は、ドワーフ達に誘われて絨毯へと靴を脱ぎあがり、彼らを輪になるように腰をおろした。

「坑道の中で一服するのはここよりもずっと美味い」

 ヌドンベレはそう言うと、煙管に煙草をつめながら話を続ける。

「カリフでの我々はちぃと人数が増えすぎてな」
「ハイランドでは、新たな移住先は見つからないのですか?」
「もともとが貧しい土地だからな。エルフたちは儂らが森に入るを嫌う。儂らは製鉄もするからな。森が燃えたら困るいうてね」
「ローデシアの森でもダークエルフ達は反対するでしょうね……」
「……やはりそうかな?」
「我々としては、そちらをお迎えしたい気持ちはありますが、かといってダークエルフ達の反対を押しきるとなると軋轢が生じますので……」

 アラギウスは悩むように腕を組み、無意識に頭上を見上げた。そして、一層の天井を眺めて、はたと気付く。

「ヌドンベレ殿、ここは?」
「ここ?」

 目を点にしたドワーフに、大魔導士は言う。

「ここです。この地下都市……」
「……ここか!」

 ヌドンベレは思わずといった体で立ちあがると、そわそわとその場で手足を動かし、ぐるぐると回り始め、一人でぶつぶつと呟き始める。

「古いが……建物は今のものを修復して……水を確かめねば……木材は山のものを使うか? 何人が住める? 食料はどうするか……アラギウス殿!」

 ドワーフがアラギウスを見る。

「はい?」
「真面目に検討してもよろしいか?」
「是非。ただ、この迷宮の一層は、ローデシアと東側諸国の玄関のようなものですから、通行を認めて頂きたいのです」
「それは……そうですな。移住できるとなり現実味を帯びれば、それは重要な問題になります……今のうちにはっきりさせましょう。儂がその承知をベルジフから得られれば、移住を認めてくれるか?」
「こちらとしてはミューレゲイト、オーギュスタの承認を受けておきましょう」

 ドワーフとの話し合いは、それぞれの近況報告へと移る。

 ここで、ヌドンベレが途中で聞いた話をアラギウスに伝えた。

「それはそうと、そなたはリーフ王国で追放解除となっておるの知っておらんのか?」
「は? 解除?」
「どうやら、そなたの罪は冤罪だったそうだぞ?」

 アラギウスは反応に困る。

 困惑し、動揺し、会話どころではなくなったアラギウスは、断りをいれて席を立つと、一人、迷宮の二層へと降りた。

 わざと暗闇に身をおく。

(冤罪? ……冤罪だと?)

 あらゆる感情の後、生まれたのは怒りだった。



-Arahghys Ghauht-



 アラギウスはグーリットに入っていた。

 追放から一年が過ぎ、農園の収穫量も増えてきた頃だが、食料の買付は継続せねばならない。その仕事と、もうひとつ、確認したいことがあり、この町に入ったのである。

「先生は冤罪だったと、王家が発表しました。そして、先生には帰ってきて欲しいとも公布していますよ」

 ヨハンの言葉に、アラギウスは思うところを口にしていた。

「そして、今度はエリーネを追放処分にするだと? ふざけるのもいい加減にしろ! あの国は!」

 そうなのだ。

 大聖女エリーネは、アラギウスが国家への反逆を企てていた証拠を捏造していた罪で死罪となるところを、王太子の助命嘆願で追放処分になっていたのである。

 エリーネが追放されたのは、大陸の外で、すでに船は出ている。彼女には、三人の聖女が監視としてつき、封印の魔術で力を封じられて追放先まで運ばれると聞いた。

「ざまぁみろと思いませんか? 俺ならそう思いますが?」
「ヨハン、俺も人だ。だからその気持ちはあるが、それをして俺に何の得がある? 気持ちがはれる? はれて何か俺は得られるか? 何もない」
「リーフに帰れば宮廷の魔導士に戻れますよ?」
「そしてまた追放されるまでこき使われる? 馬鹿らしい」

 ヨハンが苦笑し、食料の伝票をアラギウスに渡した。

「単価が安くなったな? 交渉がうまくいったのだな?」
「ええ、先生の指示通り、年間契約に切り替える交渉をしたので、単価が下がりました」
「自給自足が一番だが、おそらく無理だ」
「無理? 農園が軌道にのれば」
「いや、農園を広げるには森を削るしかない。だがそれはしたくない」
「ダークエルフが反対するからで?」
「そうじゃない。あの森は水を溜めている。それが海へと流れていく……森がなくなれば、山脈からの水がローデシアへと一気に流れ出て土壌を流し、土地は枯れるだろう。目先の収穫量を求めれば、治水事業に金がかかる。土地も失う。意味がない」
「では、今の農園だけでは食料自給率は満たせないのですね?」
 
 アラギウスは頷き、戸籍管理を始めたことで正確な人口、それも種族別、世代別、男女別でわかるようになったからこそ把握できたと言い、説明を続ける。

「これらから、現在のローデシアが抱えられる数は五〇〇〇人だった。だが今はもう七〇〇〇人を超えている。人間社会よりも食料の消費は激しいからな」
「……たしかに、すごそう」
「ドワーフの移住も始まっている。五〇〇人ほどが地下都市に引っ越すとなると……またその噂を聞いて、他からの移民も増える……食料は継続して購入しなければならない」

 ここで店にグーリットの商工会から新聞が届いた。

 ヨハンが受け取り、アラギウスに手渡す。

「商工会発行の新聞です。これ見てください」

 ヨハンが見出しをアラギウスに示した。

『リーフ王国、大部隊をローデシアに派遣決定。アリス姫救出作戦』

「はぁ?」

 アラギウスの間の抜けた声に、ヨハンは笑うと記事を読んだ。

「リーフ王国の王位継承権第三位アリス姫が行方不明になっていた事件の続報は、衝撃の展開となった。彼女の侍女であるベロニカが拷問によって口を割り、アリス姫はローデシアへと向かったことが発覚したのだ。ローデシアは現在、魔物達が移動している先であり、不気味な組織が活動をしているとも報告があがっている不浄の地である。また、冤罪で追放されたアラギウスが潜んでいる土地でもある。姫がどうしてローデシアに向かったのか謎であるが、リーフ王国の王家はこの侍女の告白を事実と断定し、姫捜索から救出へと方針を切り替えたのである……ですって」

 大魔導士はアリスの身を案じて、本当にローデシアに入ったのであればアルビルが気付くはずだとわかっているから、彼女はローデシアには来ていないことをヨハンに伝えた。

「彼女はいない。もし仮に彼女がローデシアに来たのであれば、迷宮の……お前も知っている魔人が気付く。そして追い返しているだろう。だからローデシアには入っていない」

 ヨハンが「これは想像ですが」と前置きして考えを述べた。

「万が一、彼女がローデシアを目指して、入れなかった場合、どこにいるんでしょう? もしかしたら、山脈越えを?」
「……それなら可能性はあるが、ローデシアには入っていない。これは間違いない」
「山脈で迷っているか、それとも別の場所にいるか……仮にそうなら、行方不明になったのは先月のことだから、けっこうヤバくないですか?」
「その時に教えろよ」
「……たまにしか来ないですもん」
「……」
「先生、どうします?」
「とにかく食料の件、よろしく。いつものカラスでこういう情報も定期的にファウスに送ってくれ」
「了解です」

 アラギウスは店を出て、グーリットの冒険者組合を目指す。アリスが一人でローデシアを目指すとは思えない彼は、きっと必ず協力者を雇うはずだと思ったのである。そしてそれはタリンガルではバれるので、グーリットだろうと予想した。また、タリンガルよりもグーリットのほうが冒険者の質がいいのは常識であるから、こちらだろうと考えたのである。

「ローデシア方面への護衛の仕事? うーん……ないですよ、そんなもの」

 冒険者組合の受付はそういうと、手元の帳簿をアラギウスにも見せた。

「ないでしょ? 護衛案件はいくらかありますが、依頼者は皆、この町の商人で行先は別です」

 手掛かりなしとなり、アラギウスはどうしたものかと悩みつつヨハンのいる店へともどり馬に乗るとグーリットを発った。

 ファウスに帰る途中、探ってみようと決めていたのである。



-Arahghys Ghauht-



 アラギウスがファウスへと帰るまでに、アリスに関する情報でめぼしいものはなかった。だが、アルビルの証言は重要かもしれないと彼は思う。

「そんな人、この迷宮には来ていないよ」

 アルビルはこう答えたのである。三度、確認したアラギウスに、アルビルは三度、同じ回答をして、「絶対に間違いなく来ていない」と断言した。

 もしかしたらと、山越えをしてローデシアに運よく入れたのかと考えたが、ローデシア内に似顔絵をかき、この人を見たら保護してアラギウスに知らせよと公布しても反応は三日後の今日まで一件もない。

 彼はミューレゲイトに相談した。

「そんなに大事な女なのか?」

(何故……睨まれるのだ?)

 アラギウスは意味不明な緊張を強いられて困りつつ、リーフ王国で唯一、信用できる人物だと説明した。

「よい御方なのだ。あの姫が婿をとりリーフ王国の王位になればと期待するほど、あの王家にあってまともな方なんだ」
「人捜しなら、オーギュスタに頼めば?」

(何故……怒っているのだ?)

 アラギウスは退散し、監査院のオーギュスタを頼った。

 これまでの経緯を説明したアラギウスに、オーギュスタは大笑いする。

「あーはっはっはっは! あのおっぱいお化けは嫉妬で怒ってんのよ、わかりなさい、童貞!」
「ちが……ええ?」
「あんたね、なんとも思わない男を、それも人間を、同じ屋根の下で暮らさせるような魔王だと思う?」
「……思いません」
「一応、説明しておくけどね……あのケツデカ、竜とサキュバスのハーフだから、人間とハメハメはできるのよ? 知ってた?」
「……ひとつ賢くなりました。ありがとうございます……オーギュスタ様、そうやって私をからかって楽しいですか?」
「楽しいわ! 楽しいのよ! で、人捜しね? あんたが公布していた例の顔ね?」

 彼女はアラギウスが書いた似顔絵の写しを、一枚もっていた。

「彼女です」
「リーフの姫がもう大人にねぇ……赤ん坊の時に見たことあったわ……人間は瞬きしてる間に大人になってるのよねぇ……」

 オーギュスタは、そこで窓へと近づき、外の木々に話しかける。

「ねぇ、ちょっと頼まれてくれない? ローデシアの皆に尋ねてほしいのよ。この女を見たかどうかを?」

 アラギウスは黙って見守る。

 すると、すぐにオーギュスタが溜息をついた。

「ローデシアには近づきもしていないわね。木々が見ていないのよ」
「……近づいてもいない?」
「そう。だから、途中のどこかにずっといるものだと思うわよ?」

 アラギウスはオーギュスタに礼を言い、建物の外に出ると馬に乗った。

 ファウスの町は、大通りは石畳を敷き詰めて馬車の揺れを小さくしている。食料を満載した荷馬車をすれ違った彼は、ホビット達の挨拶に挨拶を返し、アリスのことを心配しながら、ファウスの町の南側へと馬を走らせた。

 宿場町を整備しているのだ。

 ここで、馬車の車輪を直したり、馬を替えたり休ませたり、魔物も休憩ができるようにと設備を整えている。

 工事の進捗を確認し、再びファウスへと帰れば陽が暮れていた。

 評議会館に馬を返した彼は、大樹の家へと帰る。

「ただいま」

 帰宅したアラギウスは、意外そうに自分を見る魔王と目があった。

「おかえり……なさい。お前、捜しに行かなかったのか?」
「捜しに? ああ、姫をか? 手掛かりがない」
「……手掛かりがあれば、捜しに行くのか?」
「行く。心配だ」
「そうか」

(その目が恐いんだよ)

 アラギウスは脅えながら部屋の隅、自分の毛布をつかむと壁に背をあて伸びをした。そして、近くの泉で身体を洗おうと思い立つも、疲労でしばらくこのままでいたいという欲求に負けた。

 会話がない空間は静かだった。

(静かなこの部屋、初めてかもしれない)

 アラギウスは苦笑し、魔王を見る。

 ミューレゲイトは、ツンとして彼を見ない。そして、本を読んでいるかのように見えて、読んでいない。

 オーギュスタの余計な入れ知恵が蘇った。

 アラギウスは、確認しておいたほうがいいのかもしれないと感じる。それは、このまま自分がミューレゲイトと一緒に仕事をするうえで、避けては通れないものかもしれないと察したからだ。

「ミューレゲイト」
「ん?」
「俺がアリス姫を心配するのが嫌か?」
「わらわが? そんなことはないぞ」

(そんなことあるって目なんだよ!)

 アラギウスはつっこみたいところを我慢して、言葉を選んだ。

「その……お前にとって俺はなんだ?」
「……」

 魔王が、アラギウスを見つめる。

 彼も彼女を見つめた。

 ミューレゲイトは、視線を彷徨わせると、言葉を選んだ。

「わらわ……にとってお前は親友だ。それでは駄目か?」
「……いや、そうだな……そうだ。俺達は親友だ」
「ああ……」
「ミューレゲイト、酒、飲まないか?」
「うん、飲もう。だが、その前に身体を洗って来い。臭いぞ」

 アラギウスは肩を落として立ちあがり、泉へと向かう。

 その背に、ミューレゲイトの声が届いた。

「着替え、そこに出しておいてやるからな」

 アラギウスは、片手をあげる仕草で応えるにとどめた。
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