追放された大魔導士は魔王と一緒に国をつくる

ビーグル犬のポン太

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交渉

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-King Rayy-



 ハイランド王国のレイは、王として苦しい判断をしなければならなかった。

 リーフ王国から、各国にアリス姫救出を目的としたローデシア掃討作戦への参加を求められたのである。

 昨年から、魔物達がローデシアに集まっていたことは各国とも存知であり、そこに姫がどうして行ったのかはともかく、救出をするから軍を派遣しろとリーフ王国の王に依頼されて断るのはおかしな話となってしまう。

 魔物と通じているのではないかと疑われてしまうのである。

 実際、通じているからレイは困った。ここは、参加するだけして、積極的に戦うことはしないという企みで軍勢を率いた。

 その彼は、ミューレゲイトの名で話し合いを求められていると知り、そこでなんとか収まる道を探そうと期待する。

 リーフ王国のメフィス二世は話し合いすら拒否する勢いであったが、ローランド公国のプラセニ公王が窘め、北方騎士団のオグマ総長がプラセニ公王を支持した為、しかたなく話し合いに応じることを認めた。

 こうして、ゴズ迷宮の東側入り口付近に設置された大きな幕舎へと、各国の代表たる王と総長、アロセル教国からは大司教コクランが入った。

 幕舎の中には、上等な絨毯がしかれていて、人目でドワーフの手によるものとレイにはわかる。そして、自分がドワーフ達に助言したことが繋がっているなと口元を弛めた。

 床几が七つ、用意されていて、上座には当然のようにメフィス二世がおさまる。そして、時計まわりにコクラン、レイ、プラセニ、オグマと座ったところで、ミューレゲイトが姿をみせた。

「集まって頂きかたじけない。ミューレゲイトである」
「魔王!」

 コクランが腰を浮かし、鋭い声と睨みで威嚇するが、魔王は一瞥もせず、空いている席に座ると脚を組んだ。そして、その背後からオーギュスタが現れたところで、コクランが驚きの声をあげる。

「エリーネの訴えは本当であったか」

 これにはプラセニとオグマも同調し、三人は驚きのあまり言葉をうしなっている。

「ローデシアへ近づいてはならぬと、聖女を通じて伝わることを期待していましたが、それは守られていないのですね?」

 オーギュスタの口調に、ミューレゲイトが笑いを堪えた。今は立派なハイエルフを演じてもらわねばならないが、おかしいことこの上ないのだ。

 ハイエルフが、一同を眺めて口を開く。

「メフィス王、プラセニ公、レイ王、何用でローデシアに兵を向けたのか説明してもらいましょう」
「オーギュスタ様、我が娘アリスが、ローデシアに入ってしまったのです。それを見つけ、救い出そうというのは親の務めです。違いますか?」
「しかし、彼女はいません。それとも、どなたかが見たのですか? 姫がローデシアに入るところを」

 ここで、コクラン大司教が口を開く。
「我がアロセル教国の国境を越えて、ローデシアへと向かう姫の目撃情報がある」
「その時に保護すればよかったのに」

 魔王の指摘に、コクランは汗をふきだしていたが、「その時は姫だとわからなかったのだ」ともごもごと言った。

 ミューレゲイトは大司教を相手にするのをやめて、メフィス二世を見つめて口を開く。

「よろしい。では、お前がローデシアに入ることは認めましょう。ですが、他の方々は関係がないはずです。帰りなさい」
「い……いや、そうではなくてですな! コクラン、お前から言え。アロセル教国が予に軍勢をもってローデシアへ入ろうと誘ったのではないか」

 メフィス二世の催促で、大司教が咳払いをして口を開いた。

「王に万が一のことがあってはありませぬゆえ、ここはどうか、護衛をつけさせて頂きたい」

 そこでミューレゲイトが口を開く。

「約束する。そなたの娘はローデシアには来ておらぬ。だが、わらわの言をそちらが信用するかしないかで言えば、信用できぬであろうな? ゆえにそなたの安全を約束するゆえ、存分に捜せばよい。ただし、軍はお断りだ。我が民が脅えるゆえ」
「民? 民?」

 コクランが困惑し繰り返した。そして彼は、許せないとばかりに喚く。

「主神を蔑ろにするおろかしい魔族ごときが民だと!? 馬鹿な! ありえん――」

 彼の発言を遮ったのはレイで、ハイランド王は一瞬の動きで、コクランの腕を掴む所作で相手を制した。

コクランは口を開いたままだまり、周囲の視線を受けて咳払いをすると目を閉じる。

レイが詫びを口にする。

「失礼した」
「いえ、ハイランド王のご配慮、痛み入る」

 ミューレゲイトは微笑むと、そこで黙る。それは、こちらからは言うことはないという意志の表れで、プラセニがメフィス二世に視線を送り、どうするのかと伺う。

 メフィス二世は体面を重んじる人物であり、決断力に欠ける王であるが、こうと決めたということに対しては粘着する性格であることは、アラギウスを追放するに至る裏に彼がいたというエリーネの証言で理解できよう。この時もその彼らしい発言をおこなう。

「王が一人で魔族が群れる場所に入るなど民への裏切りへも等しい行いゆえ認められぬ。そちらがそういう態度であるなら、危険を排除した後にしっかりと姫を捜させてもらうだけのことである」

 ミューレゲイトの隣で、オーギュスタが危険な笑みを浮かべ、人間達を嘲笑した。驚く彼らを前に、ハイエルフは唇を舌で舐めると言葉を紡ぐ。

「そなたらの本心はどこにあるか? 姫か? 殺戮か? どうしてそこまでローデシアに攻め入りたい?」

 プラセニとオグマは、リーフ王に頼まれては断れぬと言い、レイを見る。

 お前も何か言えという顔をされて、レイも口を開いた。

「ハイランドとしては、リーフ王国の呼びかけにはせ参じただけのこと。相手が魔族、姫を助ける。このふたつが理由と聞いていたが……ここで改めて確認したいのだが、姫はローデシアにおらぬのだな?」

 レイの問いに、ミューレゲイトが頷く。

「何度でも答えよう。おらぬ。わらわの名にかけて答える」

 ここで、オーギュスタが同意を示した。

「わたしも同意よ。いないものはいない。ハイエルフのオーギュスタとして答えます。いないものはいないのよ。おわかり?」

 レイは頷くと、同胞たちを眺めて提案した。

「当事者同士では対立が深まる可能性がありますゆえ、ここは我がハイランドが預かります。我が国からローデシアに調査団を派遣し、ひとつき、姫を捜索します。それでいないと証明できれば、お二人の名誉を汚した詫びとして、各国がそれぞれ五億リーグずつをローデシアに支払う。どうですか?」
「五億!? 五億だと!?」

 コクランが驚き、メフィス二世は目を白黒とさせた。だが、この二人はレイの意図に気付いていない。他の者達は、ハイランド王の狙いがわかったがゆえに、それぞれに反応を返す。

 プラセニは「五億は無理だ。調査での証明は不要。撤退する」と答え、オグマも「それがしも同意する。魔王はともなく、オーギュスタ様の名に泥をなげるわけにはいかん」と言った。

 ミューレゲイトは、レイと知り合っておいて良かったと胸中で感謝しながらも冷静な表情を保つ。

 レイは仕方ないという表情で、メフィス二世とコクランを見た。

「陛下、コクラン卿、我がハイランドも調査は不要と考えるが、お二方が望まれるのであれば致し方ないことだと思う。如何?」

 沈黙が続く。

 ここで、幕舎の外から声がかけられた。

「アラギウス・ファウス、入ります」

 メフィス二世が目を限界まで開き、コクランは思わず立ち上がった。

 プラセニはその二人を見て苦笑し、オグマは大魔導士がどうして? と呟くと登場を待つ。

 アラギウスは、一礼とともに幕舎に入り、一人の女性を皆の前に通した。

 メフィス二世が狼狽える。

「ば……ばかな……どうしてお前が」
「エリーネ・リュートでございます。皆様、わたしがここにいますことを、説明させて頂きます」

 彼女はそう言うと、メフィス二世の命令でアラギウスに罪を着せたこと、彼を追放したこと、そして今度は自分が追放される身となったが、王はアラギウス追放の裏側を知る彼女を殺そうと、船に刺客をのせていた。これで彼女は彼らと戦いになり、その影響で船は沈没、流れ着いたのはローデシアの砂浜で、アラギウスとミューレゲイト、そして魔物達に命を救われたと話すと、腹部の傷を皆に見せた。

「わたしは身をもって、ミューレゲイトどのは信用に足る方と知っており、メフィス二世は信用できぬ者とも知っております。ご賢明な王皆様、大司教様、騙されてはなりません! この王は、姫がローデシアにいないことを知ってなお、軍を率いて攻めいろうと企んだに違いありません!」
「小娘ぇ! クソが! 庶民の分際でなんだ貴様はぁ! 高貴な血を流す予に向かってなんだ貴様はぁ!」

 メフィス二世が激昂し、エリーネに掴みかかろうとしたが、レイに遮られる。ハイランド王はそのまま、目配せをアラギウスに送ると、喚き散らすリーフ王を羽交い締めにして、その場を辞した。

「撤退ですな」

 プラセニが、同意を求めるようにオグマを見る。

「承知」

 北方騎士団の総長も異論ないと答え、二人で同時に席を立った。

 コクランが、大聖女を睨みながら幕舎から出る。

 ミューレゲイトが、エリーネを見て笑った。

「礼を言う。大聖女どの」
「いえ、これで貸し借りなしです。では、明朝には離れますので……」

 エリーネは言い一礼すると、アラギウスにだけ聞こえる声を出した。

「姫の居所……おそらくアロセルよ。大司教の顔……つまり、そういうことよ。王とグルね」

 アラギウスが怪訝となる。

(どうして行方不明だと?)

 エリーネは微笑みを残して、その場を辞した。

 ミューレゲイトが、アラギウスを労う。

「お前のおかげだ。アラギウス。この日時に開催として、彼女を連れて来たのは正解だったな」
「ええ」
「協力しないと言ったらどうするつもりだったのだ?」
「無理矢理に連れて来ましたよ」

 魔王が破顔し、ハイエルフが肩をすくめて口を開いた。

「怪我人に無茶させたら駄目よ。次からはね」

 アラギウスは笑みを返し、幕舎を出る。

(アロセル教国に……姫が? どういうことだ?)

 彼は、調べてみるしかないなと歩を速めた。
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