青は藍より出でて藍より青し

フジキフジコ

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【完結編】天に在らば比翼の鳥

5.教育《後編》

篤郎は、綾瀬に言われ、ありすを連れて、青龍会若頭の若松の自宅に来ていた。
若松は胃がんの手術をして、退院したばかりで、自宅の広々とした和室に入れた介護用のベッドに横になっていた。
胃の3分の1を摘出する大手術だったと聞いている。
すっかり痩せて、ひと回りは小さくなったように見えるが、ありすを葉月の娘だと紹介すると、愛好を崩した。

「そうか、そうか。葉月の娘か。だったら、オレの孫も同然だ。ほら、もっと近くに来て、じいじに顔を見せてくれ」

ありすは物怖じも人見知りもしない。
言われるまま、ベッドの側に寄って、若松の顔を見た。

「たしかに、葉月によく似てるなあ。将来はべっぴんさんになるだろう。なあ、篤郎、三代目にも、これくれえの子供がいても、おかしくねえってことだよなあ」

篤郎は苦笑した。
「親父さん、まだ三代目の結婚、諦めてなかったんですか。あの人に結婚生活が送れるとは思えませんけど」
「まぁなあ。いや、子供だけでもいいんだけどな。どっかで、作ってねえかなあ。おまえ、探してみろ」
「いませんって」

若松が元気で、桐生邸を仕切っていたときには、若くて美しい女が屋敷を出入りしていた。
若松としては綾瀬がその気になることを期待していたのだが、野望は叶わなかった。

篤郎はそんな若松の小細工が、時折、気の毒になる。
徒労とわかっているからだ。

「おい、篤郎、ありすと三代目はどれくらい違うんだ」
「違うって、年齢ですか?えーと、ありすは8歳だから、23か24歳差ですかね。そう思うと、確かに三代目の娘でもおかしくないですけど」

篤郎は若松の諦めの悪さに同情するように答えたが、若松は別の算段を思いついたようだ。
「女はいくつで結婚出来る?」
「16じゃないですか」
「ってことは、ありすが16まで、あと8年。三代目はまだ、40そこそこ、男盛りじゃねえか。おい、いけるな」
「はあ?いけるって、どういう…」

篤郎が唖然としていると、若松はありすに向かって言った。
「ありす、おまえ、大人になったらな、三代目と結婚してやってくれねえか?」
「ちょっと、親父さん!幼女こどもになに言ってるんですか!」

篤郎は狼狽した。
しかし、ありすの方はといえば、顔を赤らめて、こくんと頷くのだった。
「おめえは、いい子だなあ。絶対、いい女になる」
若松が、痩せて骨ばった手で、ありすの頭を撫でた。

篤郎は、若松とありす、二人に呆れながらも、なぜか、胸の奥が熱くなった。

長い間、若松は綾瀬の父親代わりでもあった。
綾瀬の結婚を望むのは、組の行く末を案じているというよりは、肉親の情の薄い綾瀬を、心配しているだけのように思えた。

そんな若松の命が残り少ないと感じて、篤郎の胸を熱くしたのかもしれない。



***



帰路の車の中で、篤郎は物思いに耽っていた。
若松に、三代目を説得して、高谷を若頭にするようにと言われたことを、考えていたのだ。

「それは無理だと思います。三代目はそういう古い呼称を嫌がりますし」
若松には、正直に篤郎の見解を伝えた。

最近は、暴力団も世間や警察の目を気にして、昔からあった任侠の世界の序列や、役職名をあえて使わない組も多い。
幹部は単に理事だったり、若頭にあたるのは専務理事だったりする。
けれど、若松は拘った。

その理由も、篤郎にはわかる。
青龍会には多くの傘下の組があるが、ヤクザのシノギは多くなく、シノギが被れば縄張りも被る。
常にいざこざが絶えない。
若松がしてきた大きな仕事は、そういった傘下の組の揉め事の仲裁だ。
しかし、口を出すには権威がいる。

綾瀬にいくら権威があっても、綾瀬はそんなデリケートで面倒な仕事はしない。
なんなら、揉めたあげく、潰れたっていいと思っているだろう。

いま、若松に代わり、そういう役割をしているのは高谷だった。

高谷に発言力があるのは、組の内外の誰もが、高谷を綾瀬の片腕だと認めているからだ。
二人は、衆目の前で仲の良さを見せつけるようなことはないし、いつも一緒にいるわけではない。
むしろ、綾瀬の私設秘書のようなことをしているのは篤郎で、篤郎の方が綾瀬と一緒にいることのが多いくらいだった。

稀に綾瀬と高谷が揃ってフォーマルな席に出たりすると、それだけで人目を引き、話題になった。

それでも、この世界の人間は、もし高谷になにかあれば、綾瀬の逆鱗に触れることを承知している。

それは過去に綾瀬が、高谷の報復のために、何年も刑務所に収監されたことを、皆が知っているからだ。
あのとき、綾瀬は人にやらせることも出来たのに、あえて自分の手を汚した。

綾瀬にとって特別な存在だからというだけでなく、高谷は組に戻ってから短期間で多くの実績をあげていたし、傘下の組のトップからの信認も厚い。
もはや、若松の跡を継ぐのは高谷以外には考えられない。
けれど綾瀬は旧態然とした、若頭などという冠を、高谷にかぶせたくないだろう。

「三代目は、青龍会を解散させてえのかもなあ」
若松は、珍しく篤郎に弱気なことを言った。

「いえ、三代目は、自分の代では組を潰すようなことはしないと思います。ああ見えて、見捨てることは出来ない人ですから」

若松を慰めるためにそう言ったわけじゃない。
篤郎は本気で、そう思っている。
勝手に潰れる組は潰れろと手を差し伸べることはしなくても、積極的に自分で壊すことはしない。

綾瀬は、担がれて玉座に、嫌々座っている。
いつだって降りることは出来たのに、それでもその場所に居続けているのだ。
その心情は、篤郎には計り知れないが、綾瀬なりの理由があるのだろう。
それを詮索するつもりはない。
綾瀬がそこにいる限り、自分はただ、側にいるつもりだ。

信号待ちで車を停止して、助手席に座るありすを見ると、つん、とすまして大人しく座っている。

綾瀬から、ありすは4歳のときから中東やアフリカを転々としたと聞いていたが、この少女は、窓の外の見慣れない近代的な都会の風景に感嘆も関心も、しない。
自分が座っている高級車も、こんな車には前から乗り慣れてますが、なにか?というような様子だ。
なんだか、この幼い少女の、矜持、のように見える。

「ありすは、なんで綾瀬のことを好きなの。綾瀬は別に優しくもないし、親切でもないのに」

単純な興味から篤郎が、聞くと、ありすは篤郎の顔をじっと見た。

「篤郎は、なんで綾瀬のこと、好きなの。優しくも、親切でもないのに」

少女の答えに、篤郎は驚いて、目を見開いた。
そして、声を出して笑った。

「そうか、愚問だったな」

信号が青に変わって、篤郎はアクセルを踏んだ。
ありすともう少し、話をしてみたくなり、前を向いて運転しながら、言う。

「オレは、ありすのパパのことは、何度か見かけたことがあるくらいで、話したことはないんだけど、すごくカッコいい人だなあって思ってたよ。いつも、綾瀬の側にいた」

あの頃、相川葉月は影のように、綾瀬の側にいた。
とてもヤクザには見えない、柔らな雰囲気のイケメンだった。
もし、今、葉月が組にいたら、高谷は随分助かっているだろう。
綾瀬の機嫌をとることも、葉月なら自分よりはるかに上手くやると思う。
葉月がどうして綾瀬の側を離れて、挙句に中東なんかに行ったのか、篤郎にはまったく、理解出来なかった。

「パパが言ったの」
ぼんやりと、あまりよく知らない相川葉月のことを考えていたら、唐突にありすが言った。

「え、なんて?」
「ありすはきっと、綾瀬のことを好きになるよ、って。だから日本に、行きなさいって」

葉月は、自分が事件に巻き込まれることを予見して、娘に言い聞かせていたのだろうか。

「そうなんだ。パパは、なんでありすが綾瀬を好きになるって、わかったんだろね」
「パパとわたしは、好きなものが同じなの」
「へえ、ありすはなにが好きなの」
「えーとね、砂漠の月と白いお花。あとね、ピアノの音楽。モーツァルト!」
珍しく、元気のいい子供らしい声でありすは言った。

「それと、パパが作るオムレツ」
ありすの声はだんだん小さくなった。
篤郎はしまった、と思った。
父親のことを思い出してしまったのだろう。

ちょうど、車が桐生邸に着いて、篤郎は門前に横付けして、出迎えに出た若い男に鍵を渡し車庫入れを頼んだ。

「三代目は?」
ありすを助手席から降りしながら篤郎が聞くと、「庭にいます」と答えが返ってきた。

それを聞いて、ありすは地面に足をつけるやいなや駆け出した。
篤郎が慌てて追いかけると、ありすは池の側に立っていた綾瀬の足にしがみついていた。

「ベタベタするなと言ってるだろ」
そう、言いながら、綾瀬はありすの頭にそっと手をおいた。

事情など知らなくても、少女の寂しさは、伝わったらしい。

「パパは綾瀬のことを、すごく好きなの」
自分と同じだから、と言いたいのだろう。

綾瀬は急に脈絡のないことを言い出したことの意味を聞かないで、ただ、「そうか」と、言った。

西陽に照らされた池のほとりで、思いがけない美しい光景を目にした篤郎は、そっと二人に背中を向けて、暮れはじめた空を見上げた。
瞳の奥から込み上げてきた涙を、落とさないために。


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