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番外編
初夜 *男女の性描写があります*
関係者を集めて執り行われた仰々しい挙式披露宴が済んですでに一月経つが、高谷とありすは同居しておらず、顔も合わせない日々が続いていた。
ありすは変わらず桐生邸に住み、大学に通っている。
高谷は以前から住んでいる西新宿のマンションを引き払っていない。
だが、昨年まで続いた抗争の後処理に追われ日本中を飛び回っていて、ほとんど東京にいなかった。
ありすが帰宅すると、住み込みの家政婦の由紀子が玄関まで迎えに来て「四代目がいらしてますよ。今夜はお泊まりになるそうです」と、嬉しそうに報告する。
ありすは「聞いてないわ」と驚いて、狼狽した。
「どうしよう、どうしたらいい?由紀子さん」
「大丈夫ですよ、旦那様にお任せになればいいんです」
ありすと高谷の婚約は、綾瀬の四十九日法要が済んだ後、公にされた。
同時に高谷は青竜会四代目を襲名したが、ありすとの婚約は、四代目襲名を内外に納得させる工作でもあった。
婚約期間は2年に及び、ありすが成人したのを機に入籍と挙式を済ませたのだが、二人はまだ肉体的に結ばれていなかった。
ありすが広間に顔を出すと、青龍会の幹部連中が顔を揃え、寛いだ身内の宴席の最中だった。
幹部の他に若い組員たちも控えていて、ありすに「姐さん、お帰りなさい」などと畏って挨拶するので、ありすは赤面した。
年上の厳つい男達に「姐さん」と呼ばれることにはまだ慣れない。
「ありす、帰りが遅いぞ。いったい何時だと思ってるんだ。遅くなる時は迎えにいかせるから、連絡しろって言ってるだろ」
上座で、高谷の隣に座っていた篤郎が言った。
最近、篤郎は口煩い。
「私だって忙しいのよ、遊んでるわけじゃないわ」
ありすは大学の研究室をかけもちしていて、本当に忙しい。
「飯は?食ったのか」
高谷が聞く。
ありすは、高谷をチラッと見たが、目を合わせようとはしない。
夫になった途端に変に意識している自分にうんざりしながら、「すませたわ。あんまり飲み過ぎないで」と、ぶっきらぼうに言って、席を外した。
夜半になって宴会もお開きとなり、高谷は入浴をすませ、桐生邸に泊まるときに寝床にしている客間に向かった。
襖を開くと分厚いダブルサイズの布団が敷いてあり、布団の横に寝巻き用の浴衣を着たありすが澄まして座っていた。
「なんのつもりだ」
高谷が言う。
「なにって、初夜よ」
気丈にそう口にしながら、ありすは畳の目でも数えているように、顔を伏せて高谷を見ようとしない。
「無理するな」
からかうような口調で言われて、「別に無理なんかしてないわ!」と怒りながら高谷を見上げた。
由紀子が用意したのだろう、高谷も温泉旅館で着るような濃紺色の浴衣を着ていた。
高身長で肩幅が広く、胸板の厚い高谷は和装が似合う。
適当に着崩した浴衣姿も様になっていて、ありすは不覚にも少しの間、見惚れてしまった。
「形だけじゃなかったのか」
掛け布団をめくって布団の上に胡座をかいて座りながら高谷が言った。
形だけでいいから、婚約して。
形だけでいいから、結婚して。
確かにありすはそう言って、高谷に婚約と結婚を迫ったのだった。
篤郎を共犯者にして。
綾瀬は、ありすと篤郎には道筋を示唆しながら、肝心の高谷にはなにも言ってなかった。
おかげでありすは高谷に婚姻を承諾させることに苦労した。
綾瀬は、自分の才覚で高谷を手に入れろと、挑発したつもりだったのかもしれない。
ありすは、返事をしないで、おもむろに立ち上がった。
そして、高谷の目の前で浴衣の帯を乱暴な所作で解く。
袖から腕を抜き、身体を纏っていた布を落とした。
浴衣の下にはなにも身につけていない。
豊かなバスト、引き締まった腰、すらりとまっすぐ伸びた美しい長い足。
見事なプロポーションの瑞々しい裸体を、夫となった男に見せつけた。
「篤郎が言ってたわ。四代目は据え膳は食う主義だって」
ありすは、恥ずかしさを誤魔化すように、挑戦的に言った。
「おまえは据え膳なのか」
高谷は笑いながら言う。
「見て欲しいの、高谷に」
「立派な肉体だ」
ありすは、高谷の感想を「そうじゃない」というように首を振る。
そして、解いた長い髪を左肩に寄せて後ろを向き、背中を見せた。
そこには龍を背にした観世音菩薩、龍頭観音が棲んでいた。
「ありす!」
ありすの名前を呼んだ高谷の声には、驚きよりもあきらかに怒りの方が勝っていた。
「何の真似だ、これは」
その反応は予想していたものだったけれど、ありすは悲しかった。
「一年かかったわ。綾瀬の背中に刺青を入れた彫り師はもう亡くなっていたの。これは、彼のお弟子さんに入れて貰ったのよ。よく描けてるでしょう。すごく、痛かった。でも、痛みを感じているときだけ、寂しさが紛れたの。それに、身体に色を入れるたびに、綾瀬が私の中に戻ってきてくれるみたいで嬉しかった。ねえ、高谷。私を、愛してくれなくてもいいから、綾瀬だと思って、抱いて。お願い」
背中を向けたままそう言うありすの声は、震えていた。
高谷が何も言わないせいで、ありすはしくしく泣き出した。
「もう泣くな。おまえの泣き声は、聞き飽きた」
うんざりしたように、高谷は言う。
綾瀬が逝ったとき、ありすは何日も泣き続けた。
通夜でも葬儀でも、初七日の法要のときも泣いていた。
篤郎は放心状態で使い物にならず、高谷はその時も多忙で、ありすに構っている余裕はなかった。
ありすは放置され、好きなだけ泣いたあと、背中に刺青を入れることを決めた。
綾瀬と同じ絵柄の刺青を。
高谷は、わざとらしいため息を吐いて言った。
「わかった。来い、抱いてやる」
ありすは泣きながら首を振る。
「いや、怒ってる」
「ああ、怒ってる」
背中を見せて立ったまま泣いているありすに焦れて、高谷は立ち上がるといきなりありすを横抱きに抱えた。
「きゃあっ」
高谷はありすをそっと、布団の上に下ろした。
体重をかけないように腕を立てて、真上から至近距離でありすの顔を見ながら、真顔で「はじめてか」と聞く。
デリカシーの欠片もない質問に、ありすはツンと顎を反らして答える。
「失礼ね。そんなはずないでしょ、ボーイフレンドなんてたくさんいたわ」
「なら、遠慮しなくていいな」
「えっ、ちょっと待っ…」
唇を塞がれて、言葉を奪われる。
堅く閉じた唇はやすやすと割られて、口内に舌の侵入を許すと、ありすはもうどうしていいかわからずに、ただ口を開いて高谷に任せるしかない。
舌を捕らえられ、絡められ、強く、緩く吸われる。
口付けだけで、もう翻弄されている。
呼吸が苦しくなって、ありすが音を上げると、察したように高谷の唇が離れ、間髪置かず首筋に移る。
肌を吸われながら乳房をやんわりと揉まれ、ありすは、声が漏れるのを防ぐように手の甲で自分の口を塞いだ。
高谷の唇が乳首を捕らえると、耐えきれないような甘やかな吐息が漏れた。
舌先で転がされたり、強くしゃぶられたり、執拗にそこを嬲られているうちに、下半身に異変を感じて足を閉じたが、見透かされたように強引に股を開かされる。
高谷の指が秘部に触れ、思わず目を閉じた。
「…あっ…」
乳房を揉まれ、乳首を舌で舐られながら、そこに、指が入ってきた。
痛みがほとんどないのは、充分潤んでいるからだ。
身体の中を弄られ、そこから鈍痛のような快感が腰周りに広がる。
高谷が中で指を動かすたびに水音がして、ありすは恥ずかしさにじっとしていられず、身を捩った。
その感覚に慣れた頃、指が抜かれて足を広げられた。
薄く目を開くと、開かされた太腿の内側に唇が当てられていた。
柔らかな肉を強く吸われる。
そんなところにも感覚はある。
当たり前のように高谷の舌は、ありすの一番隠しておきたい部分に触れる。
見ていられなくて、ありすは、自分の両手で顔を覆った。
男と女の肉体の交わりがこういうものだということは、知っている。
けれどその快感は、ありすの予想以上だった。
「あっ!あ…っ、や…いやっ!」
小さな突起を吸われ、割れ目を押し開くように、中まで舌で舐められる。
ありすはシーツを掴んで、背中を浮かせた。
散々舌で愛撫されたそこは熱を持ったようにジンジン痺れている。
これ以上はもう耐えられない、ありすがそう思ったとき、愛液に湿ったそこに高谷の先端があてがわれた。
ありすの身体が強張った。
「ありす、力を抜くんだ」
高谷の低い声はいつもより艶を含んで濡れている。
ありすは言われたとおり、深く息をして力を抜いた。
高谷はゆっくり腰を落とすように、ありすの中に挿ってくる。
身体を裂かれるような鮮烈な痛みを、ありすは唇を噛んでたえた。
愛なんてなくても、抱かれることは出来ると思っていた。
この痛みは、自分が望んで手に入れたものだ。
全部挿いったのか、高谷は動きを止めて、ありすの身体に自分の身体を重ねた。
高谷はいつのまにか浴衣を脱いでいて、触れ合う素肌の体温を全身で感じる。
乱れた息遣いも、心臓の鼓動も。
繋がった部分は脈打つような熱を持ち、痛みや圧迫感もあるが、こんな風に繋がってはじめて、自分の中に虚があったことを知ったような、不思議な充実感があった。
どこにそんな気持ちがあったのかわからない、切ない想いが溢れてくる。
無意識に高谷の背中に腕を回して、大きくて広い背中にしがみつく。
人には、愛より大事なものがある。
それは高谷も同じであるはずだと、ありすは共感を信じている。
高谷が身動ぎし、腰を浮かせた。
ありすは引き止めるように、腕に力を入れた。
「いや、動かないで…」
高谷は、ふっと喉の奥で笑って「動かないと、終わらない」と言った。
「大丈夫だ、力を抜いてろ」
ありすは、頷いた。
高谷は、ゆっくり、小刻みに腰を動かす。
ありすはただ、高谷の作る波に揺さぶられている。
「あっ、痛いっ…痛いわ…」
「痛いだけか?ここは、どうだ」
言って、高谷が角度を変えて突いてくる。
「あっ!なにっ…これ…いやっ…あっん」
痛いと感じたすぐあとにゾクゾクするような心地良さが交ざり、時々声を出さずにいられない強い快感が来る。
痛みと快感は複雑に絡み合って、ありすを苛んだ。
高谷は、荒い呼吸と喘ぎを紡ぐありすの唇に唇を合わせて、あやすように口づけた。
ありすの膣がきゅっと締まってオーガズムに達したことがわかると、ペニスを抜いて射精した。
***
シーツに散った処女の印を、ありすは気まずそうに、見ている。
高谷は気にしてないようだ。
ありすが未経験だったことなどわかっていたか、どうでもいいというように。
「見せてみろ」
高谷に言われて、背中のことだとわかって、ありすは布団の上にうつ伏せになった。
「よく見ると、微妙に違うな」
掌で、ありすの背中の極彩色の模様を撫でながら、高谷が言った。
「嘘よ、同じ絵図だわ」
「綾瀬の菩薩はもっと高慢で、色気があった」
ありすは息を飲んだ。
綾瀬が逝ってから、高谷が綾瀬の話を自分にしたのは、はじめてだった。
喪失の痛みは感じない、穏やかな声だった。
それだけで、泣きそうになる。
「色気がなくて悪かったわね。でも、こうなったからには、もう他の女は抱かないで」
涙をこらえて強気に言ったら、高谷は嘲笑った。
「綾瀬は嫉妬深かったが、束縛はしなかったぞ」
「残念ね、私は束縛するの」
高谷が、ありすの頭の上に手を置いた。
「おまえは綾瀬とは違う。それで、いい」
随分な言い草だと思う。
誰もがありすを綾瀬に似てると言い、綾瀬の代わりを求めている。
ありす自身もそうあることを望んでいたが、高谷に抱かれて痛みと快感の余韻が微熱を帯びたように残るこの肉体は紛れもなくありすの肉体であり、洪水のように押し寄せるとめどない感情を受け止め切れない頼りない心もありすのものだった。
枕に顔をつけて、ありすは泣いた。
なぜ、泣いているのか自分でもわからなかった。
高谷はもう泣くなとは言わず、ただ黙ってありすの側にいた。
***
翌朝早く、高谷はまた出かけて行った。
行き先は北陸で、戻りはいつになるかわからないという。
甘い新婚生活などはあり得ない。
ありすはランドリールームで、血痕のついたシーツを苦心して手洗いしていた。
血液は時間が経つと落ちにくい。
そこに、洗濯物を持った由紀子が入ってきて「まあ」と、驚きの声を上げた。
「ありすさん、私がやりましょうか」
そう言う由紀子の声は嬉しげに弾んでいた。
「いいの、自分でやるから」
「良かったですね」
何を良かったと言われているかわかるありすは、顔を赤らめた。
「篤郎の言ってた通り。裸の女が目の前にいたら、抱く主義なのよ。私の夜這いが成功しただけ」
なかなか落ちない染みに苛々したようにありすは言うが、照れ隠しのようでもあった。
高谷と結婚する計画は、篤郎だけでなく、由紀子もまた協力者だった。
ありすもこの家政婦には心を許し、何でも相談して頼りにしている。
形だけでいいと高谷に迫りながら、ありすも由紀子も、形だけにするつもりは最初からなかった。
名実共に、高谷俊介の妻にならなければ意味がない。
「変ですね」
由紀子が言う。
「昨夜、四代目はお風呂から上がったあと、私に言ったんですよ。ありすさんを部屋に呼んでくれって」
ありすは、忙しく動かしていた手を止めた。
そして前よりもっと顔を赤くする。
泣きながら抱いてと懇願する必要はなかった?
高谷も、昨夜、ありすを抱くつもりだったのだ。
「ひどいわ…」
高谷に、揶揄われ、いいように弄ばされていたことに気付いて憤慨しながら、心の一部が安堵していた。
愛されてもいないのに、高谷相手に自分だけが意地になっているような惨めな気持ちがないわけではなかった。
ありすは再び手を動かして、なんとか白さを取り戻したシーツを広げた。
これで、いい。
自分の成果に満足した。
天に還るまでは、私のものよ。
それでいいのよね、綾瀬。
心の中に在る綾瀬に、言った。
■完■
ありすは変わらず桐生邸に住み、大学に通っている。
高谷は以前から住んでいる西新宿のマンションを引き払っていない。
だが、昨年まで続いた抗争の後処理に追われ日本中を飛び回っていて、ほとんど東京にいなかった。
ありすが帰宅すると、住み込みの家政婦の由紀子が玄関まで迎えに来て「四代目がいらしてますよ。今夜はお泊まりになるそうです」と、嬉しそうに報告する。
ありすは「聞いてないわ」と驚いて、狼狽した。
「どうしよう、どうしたらいい?由紀子さん」
「大丈夫ですよ、旦那様にお任せになればいいんです」
ありすと高谷の婚約は、綾瀬の四十九日法要が済んだ後、公にされた。
同時に高谷は青竜会四代目を襲名したが、ありすとの婚約は、四代目襲名を内外に納得させる工作でもあった。
婚約期間は2年に及び、ありすが成人したのを機に入籍と挙式を済ませたのだが、二人はまだ肉体的に結ばれていなかった。
ありすが広間に顔を出すと、青龍会の幹部連中が顔を揃え、寛いだ身内の宴席の最中だった。
幹部の他に若い組員たちも控えていて、ありすに「姐さん、お帰りなさい」などと畏って挨拶するので、ありすは赤面した。
年上の厳つい男達に「姐さん」と呼ばれることにはまだ慣れない。
「ありす、帰りが遅いぞ。いったい何時だと思ってるんだ。遅くなる時は迎えにいかせるから、連絡しろって言ってるだろ」
上座で、高谷の隣に座っていた篤郎が言った。
最近、篤郎は口煩い。
「私だって忙しいのよ、遊んでるわけじゃないわ」
ありすは大学の研究室をかけもちしていて、本当に忙しい。
「飯は?食ったのか」
高谷が聞く。
ありすは、高谷をチラッと見たが、目を合わせようとはしない。
夫になった途端に変に意識している自分にうんざりしながら、「すませたわ。あんまり飲み過ぎないで」と、ぶっきらぼうに言って、席を外した。
夜半になって宴会もお開きとなり、高谷は入浴をすませ、桐生邸に泊まるときに寝床にしている客間に向かった。
襖を開くと分厚いダブルサイズの布団が敷いてあり、布団の横に寝巻き用の浴衣を着たありすが澄まして座っていた。
「なんのつもりだ」
高谷が言う。
「なにって、初夜よ」
気丈にそう口にしながら、ありすは畳の目でも数えているように、顔を伏せて高谷を見ようとしない。
「無理するな」
からかうような口調で言われて、「別に無理なんかしてないわ!」と怒りながら高谷を見上げた。
由紀子が用意したのだろう、高谷も温泉旅館で着るような濃紺色の浴衣を着ていた。
高身長で肩幅が広く、胸板の厚い高谷は和装が似合う。
適当に着崩した浴衣姿も様になっていて、ありすは不覚にも少しの間、見惚れてしまった。
「形だけじゃなかったのか」
掛け布団をめくって布団の上に胡座をかいて座りながら高谷が言った。
形だけでいいから、婚約して。
形だけでいいから、結婚して。
確かにありすはそう言って、高谷に婚約と結婚を迫ったのだった。
篤郎を共犯者にして。
綾瀬は、ありすと篤郎には道筋を示唆しながら、肝心の高谷にはなにも言ってなかった。
おかげでありすは高谷に婚姻を承諾させることに苦労した。
綾瀬は、自分の才覚で高谷を手に入れろと、挑発したつもりだったのかもしれない。
ありすは、返事をしないで、おもむろに立ち上がった。
そして、高谷の目の前で浴衣の帯を乱暴な所作で解く。
袖から腕を抜き、身体を纏っていた布を落とした。
浴衣の下にはなにも身につけていない。
豊かなバスト、引き締まった腰、すらりとまっすぐ伸びた美しい長い足。
見事なプロポーションの瑞々しい裸体を、夫となった男に見せつけた。
「篤郎が言ってたわ。四代目は据え膳は食う主義だって」
ありすは、恥ずかしさを誤魔化すように、挑戦的に言った。
「おまえは据え膳なのか」
高谷は笑いながら言う。
「見て欲しいの、高谷に」
「立派な肉体だ」
ありすは、高谷の感想を「そうじゃない」というように首を振る。
そして、解いた長い髪を左肩に寄せて後ろを向き、背中を見せた。
そこには龍を背にした観世音菩薩、龍頭観音が棲んでいた。
「ありす!」
ありすの名前を呼んだ高谷の声には、驚きよりもあきらかに怒りの方が勝っていた。
「何の真似だ、これは」
その反応は予想していたものだったけれど、ありすは悲しかった。
「一年かかったわ。綾瀬の背中に刺青を入れた彫り師はもう亡くなっていたの。これは、彼のお弟子さんに入れて貰ったのよ。よく描けてるでしょう。すごく、痛かった。でも、痛みを感じているときだけ、寂しさが紛れたの。それに、身体に色を入れるたびに、綾瀬が私の中に戻ってきてくれるみたいで嬉しかった。ねえ、高谷。私を、愛してくれなくてもいいから、綾瀬だと思って、抱いて。お願い」
背中を向けたままそう言うありすの声は、震えていた。
高谷が何も言わないせいで、ありすはしくしく泣き出した。
「もう泣くな。おまえの泣き声は、聞き飽きた」
うんざりしたように、高谷は言う。
綾瀬が逝ったとき、ありすは何日も泣き続けた。
通夜でも葬儀でも、初七日の法要のときも泣いていた。
篤郎は放心状態で使い物にならず、高谷はその時も多忙で、ありすに構っている余裕はなかった。
ありすは放置され、好きなだけ泣いたあと、背中に刺青を入れることを決めた。
綾瀬と同じ絵柄の刺青を。
高谷は、わざとらしいため息を吐いて言った。
「わかった。来い、抱いてやる」
ありすは泣きながら首を振る。
「いや、怒ってる」
「ああ、怒ってる」
背中を見せて立ったまま泣いているありすに焦れて、高谷は立ち上がるといきなりありすを横抱きに抱えた。
「きゃあっ」
高谷はありすをそっと、布団の上に下ろした。
体重をかけないように腕を立てて、真上から至近距離でありすの顔を見ながら、真顔で「はじめてか」と聞く。
デリカシーの欠片もない質問に、ありすはツンと顎を反らして答える。
「失礼ね。そんなはずないでしょ、ボーイフレンドなんてたくさんいたわ」
「なら、遠慮しなくていいな」
「えっ、ちょっと待っ…」
唇を塞がれて、言葉を奪われる。
堅く閉じた唇はやすやすと割られて、口内に舌の侵入を許すと、ありすはもうどうしていいかわからずに、ただ口を開いて高谷に任せるしかない。
舌を捕らえられ、絡められ、強く、緩く吸われる。
口付けだけで、もう翻弄されている。
呼吸が苦しくなって、ありすが音を上げると、察したように高谷の唇が離れ、間髪置かず首筋に移る。
肌を吸われながら乳房をやんわりと揉まれ、ありすは、声が漏れるのを防ぐように手の甲で自分の口を塞いだ。
高谷の唇が乳首を捕らえると、耐えきれないような甘やかな吐息が漏れた。
舌先で転がされたり、強くしゃぶられたり、執拗にそこを嬲られているうちに、下半身に異変を感じて足を閉じたが、見透かされたように強引に股を開かされる。
高谷の指が秘部に触れ、思わず目を閉じた。
「…あっ…」
乳房を揉まれ、乳首を舌で舐られながら、そこに、指が入ってきた。
痛みがほとんどないのは、充分潤んでいるからだ。
身体の中を弄られ、そこから鈍痛のような快感が腰周りに広がる。
高谷が中で指を動かすたびに水音がして、ありすは恥ずかしさにじっとしていられず、身を捩った。
その感覚に慣れた頃、指が抜かれて足を広げられた。
薄く目を開くと、開かされた太腿の内側に唇が当てられていた。
柔らかな肉を強く吸われる。
そんなところにも感覚はある。
当たり前のように高谷の舌は、ありすの一番隠しておきたい部分に触れる。
見ていられなくて、ありすは、自分の両手で顔を覆った。
男と女の肉体の交わりがこういうものだということは、知っている。
けれどその快感は、ありすの予想以上だった。
「あっ!あ…っ、や…いやっ!」
小さな突起を吸われ、割れ目を押し開くように、中まで舌で舐められる。
ありすはシーツを掴んで、背中を浮かせた。
散々舌で愛撫されたそこは熱を持ったようにジンジン痺れている。
これ以上はもう耐えられない、ありすがそう思ったとき、愛液に湿ったそこに高谷の先端があてがわれた。
ありすの身体が強張った。
「ありす、力を抜くんだ」
高谷の低い声はいつもより艶を含んで濡れている。
ありすは言われたとおり、深く息をして力を抜いた。
高谷はゆっくり腰を落とすように、ありすの中に挿ってくる。
身体を裂かれるような鮮烈な痛みを、ありすは唇を噛んでたえた。
愛なんてなくても、抱かれることは出来ると思っていた。
この痛みは、自分が望んで手に入れたものだ。
全部挿いったのか、高谷は動きを止めて、ありすの身体に自分の身体を重ねた。
高谷はいつのまにか浴衣を脱いでいて、触れ合う素肌の体温を全身で感じる。
乱れた息遣いも、心臓の鼓動も。
繋がった部分は脈打つような熱を持ち、痛みや圧迫感もあるが、こんな風に繋がってはじめて、自分の中に虚があったことを知ったような、不思議な充実感があった。
どこにそんな気持ちがあったのかわからない、切ない想いが溢れてくる。
無意識に高谷の背中に腕を回して、大きくて広い背中にしがみつく。
人には、愛より大事なものがある。
それは高谷も同じであるはずだと、ありすは共感を信じている。
高谷が身動ぎし、腰を浮かせた。
ありすは引き止めるように、腕に力を入れた。
「いや、動かないで…」
高谷は、ふっと喉の奥で笑って「動かないと、終わらない」と言った。
「大丈夫だ、力を抜いてろ」
ありすは、頷いた。
高谷は、ゆっくり、小刻みに腰を動かす。
ありすはただ、高谷の作る波に揺さぶられている。
「あっ、痛いっ…痛いわ…」
「痛いだけか?ここは、どうだ」
言って、高谷が角度を変えて突いてくる。
「あっ!なにっ…これ…いやっ…あっん」
痛いと感じたすぐあとにゾクゾクするような心地良さが交ざり、時々声を出さずにいられない強い快感が来る。
痛みと快感は複雑に絡み合って、ありすを苛んだ。
高谷は、荒い呼吸と喘ぎを紡ぐありすの唇に唇を合わせて、あやすように口づけた。
ありすの膣がきゅっと締まってオーガズムに達したことがわかると、ペニスを抜いて射精した。
***
シーツに散った処女の印を、ありすは気まずそうに、見ている。
高谷は気にしてないようだ。
ありすが未経験だったことなどわかっていたか、どうでもいいというように。
「見せてみろ」
高谷に言われて、背中のことだとわかって、ありすは布団の上にうつ伏せになった。
「よく見ると、微妙に違うな」
掌で、ありすの背中の極彩色の模様を撫でながら、高谷が言った。
「嘘よ、同じ絵図だわ」
「綾瀬の菩薩はもっと高慢で、色気があった」
ありすは息を飲んだ。
綾瀬が逝ってから、高谷が綾瀬の話を自分にしたのは、はじめてだった。
喪失の痛みは感じない、穏やかな声だった。
それだけで、泣きそうになる。
「色気がなくて悪かったわね。でも、こうなったからには、もう他の女は抱かないで」
涙をこらえて強気に言ったら、高谷は嘲笑った。
「綾瀬は嫉妬深かったが、束縛はしなかったぞ」
「残念ね、私は束縛するの」
高谷が、ありすの頭の上に手を置いた。
「おまえは綾瀬とは違う。それで、いい」
随分な言い草だと思う。
誰もがありすを綾瀬に似てると言い、綾瀬の代わりを求めている。
ありす自身もそうあることを望んでいたが、高谷に抱かれて痛みと快感の余韻が微熱を帯びたように残るこの肉体は紛れもなくありすの肉体であり、洪水のように押し寄せるとめどない感情を受け止め切れない頼りない心もありすのものだった。
枕に顔をつけて、ありすは泣いた。
なぜ、泣いているのか自分でもわからなかった。
高谷はもう泣くなとは言わず、ただ黙ってありすの側にいた。
***
翌朝早く、高谷はまた出かけて行った。
行き先は北陸で、戻りはいつになるかわからないという。
甘い新婚生活などはあり得ない。
ありすはランドリールームで、血痕のついたシーツを苦心して手洗いしていた。
血液は時間が経つと落ちにくい。
そこに、洗濯物を持った由紀子が入ってきて「まあ」と、驚きの声を上げた。
「ありすさん、私がやりましょうか」
そう言う由紀子の声は嬉しげに弾んでいた。
「いいの、自分でやるから」
「良かったですね」
何を良かったと言われているかわかるありすは、顔を赤らめた。
「篤郎の言ってた通り。裸の女が目の前にいたら、抱く主義なのよ。私の夜這いが成功しただけ」
なかなか落ちない染みに苛々したようにありすは言うが、照れ隠しのようでもあった。
高谷と結婚する計画は、篤郎だけでなく、由紀子もまた協力者だった。
ありすもこの家政婦には心を許し、何でも相談して頼りにしている。
形だけでいいと高谷に迫りながら、ありすも由紀子も、形だけにするつもりは最初からなかった。
名実共に、高谷俊介の妻にならなければ意味がない。
「変ですね」
由紀子が言う。
「昨夜、四代目はお風呂から上がったあと、私に言ったんですよ。ありすさんを部屋に呼んでくれって」
ありすは、忙しく動かしていた手を止めた。
そして前よりもっと顔を赤くする。
泣きながら抱いてと懇願する必要はなかった?
高谷も、昨夜、ありすを抱くつもりだったのだ。
「ひどいわ…」
高谷に、揶揄われ、いいように弄ばされていたことに気付いて憤慨しながら、心の一部が安堵していた。
愛されてもいないのに、高谷相手に自分だけが意地になっているような惨めな気持ちがないわけではなかった。
ありすは再び手を動かして、なんとか白さを取り戻したシーツを広げた。
これで、いい。
自分の成果に満足した。
天に還るまでは、私のものよ。
それでいいのよね、綾瀬。
心の中に在る綾瀬に、言った。
■完■
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完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
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閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
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fujossy https://fujossy.jp/books/31185
ミケ様
感想ありがとうございます。かなり間が開きながらの連載でしたのに、最後まで読んでいただけて、本当に嬉しいです。
私としては、はじめから(美し過ぎる)綾瀬は長生きしないと思いながら書いていたのですが、読んでくださった方にとっては残念な終わり方だったかもしれません。ううっ、すみません。
いつか、警察官高谷と、(やっぱり)ヤクザの綾瀬という、別世界の二人を書けたら書きますので、良かったまた読んで下さい。
久しぶりの更新、ありがとうございます!
読んでくださって、ありがとうございます。
久々の更新、ありがとうございます!