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青は藍より出でて藍より青し
姉の秘密〔1〕
高谷には両親がいない。
どんな事情があるのか聞いたことはなかったが、生まれたときから父親はいなかった。
高谷の母の美枝子は女手一つで高谷と、七歳年の離れた姉の朋子を育てた。
美枝子が死んだのは五年前で、以来、高谷は看護士をしている姉の朋子と小さなアパートで二人で暮らしている。
朋子は最近夜勤が続き、高谷が帰ってくる頃にはすでに家にいない。
朝はまだ帰っていないこともあるし、寝ていることもあり、ほとんどすれ違いの生活で姉弟は一緒に暮らしながら顔も見ない日が続いていた。
高谷にはどうしても朋子に話さなければならないことがあり、その日はまだ日の登らないうちから起き出して、朋子の帰りを待った。
高谷の通う学校は私立の進学校で、両親のいない高谷には不相応なその学校に進学したのは、高谷がバスケットの特待生として入学し、入学金と授業料を免除されたからだ。
ところが、高谷は試合中の怪我がもとでバスケットを諦めなければならなくなった。
1学年の終わりの頃だ。
試合中の怪我ということもあり、学校側は卒業まで授業料は免除すると言ったが、高谷には荷が重かった。
大学もバスケで進学し、将来は実業団に入ることが目標だったので、その夢が潰えたとき、高校生活を続ける意味も失った。
いっそ退学して、働くなり、もっと学費の安い普通の高校に転入したいと考えていた。
春休みの間に決着をつけたかったのだが、朋子に話しそびれている間に新学期になってしまった。
「お帰り」
朋子は高谷が起きていることにひどく慌てた顔をした。
「どうしたの、こんな時間に」
「相談したいことがあるんだ」
「…ごめん、疲れてるの」
確かに朋子は疲れているようだった。
看護士の仕事は重労働で、無理はないと思う。
けれど、朋子の様子はなにかそれとは違っているように見えた。
「朋子!」
高谷の顔を見ないように自分の部屋に入ろうとする姉の腕をつかむと、朋子ははっとしたように体を強張らせ、顔を背けたまま、「ごめんね」と言った。
「俊くん、ごめんね」
驚いて、高谷は腕を離した。
目の前で隙間なく閉じられた襖を見据えて、高谷は姉の身になにが起こっているのか、考えて不安になる。
朋子は、高谷にとってはたった一人の肉親で、美枝子が死んでからは健気に母親代わりになって、自分を育ててくれた。
その朋子になにかが起きている。
ほっておけるはずがなかった。
***
高谷は、朋子が自室で眠ったのを確認して、朋子の勤めている都立病院に向かった。
受付のロビーには、すでに外来の診察時間を待つ患者が大勢いた。
来たのはいいが、これからどうするか迷って患者と一緒に長椅子に腰掛けてると、目の前を見覚えのある年配の看護士が通りかかった。
試合で怪我をしたとき、高谷は姉の勤めるこの病院に入院したので、姉の同僚は見知っていた。
「あら、高谷さんの弟さん?」
高谷は彼女から話を聞く事が出来た。
彼女の話に、高谷は驚いた。
朋子はこの数ヶ月、体調不良を理由に夜勤を断っているという。
日勤もしばしば休むので、心配していると、彼女は表情を曇らせて言った。
「高谷さん、最近ぼうとすることが多くてね。なにか悩み事があるんじゃないかしら」
同僚の看護士はさりげなく高谷に探りを入れてくる。
高谷はそれどころではなかった。
夜勤じゃないとしたら、朋子は毎晩、どこに行ってるのか。
そればかりを考えていた。
どんな事情があるのか聞いたことはなかったが、生まれたときから父親はいなかった。
高谷の母の美枝子は女手一つで高谷と、七歳年の離れた姉の朋子を育てた。
美枝子が死んだのは五年前で、以来、高谷は看護士をしている姉の朋子と小さなアパートで二人で暮らしている。
朋子は最近夜勤が続き、高谷が帰ってくる頃にはすでに家にいない。
朝はまだ帰っていないこともあるし、寝ていることもあり、ほとんどすれ違いの生活で姉弟は一緒に暮らしながら顔も見ない日が続いていた。
高谷にはどうしても朋子に話さなければならないことがあり、その日はまだ日の登らないうちから起き出して、朋子の帰りを待った。
高谷の通う学校は私立の進学校で、両親のいない高谷には不相応なその学校に進学したのは、高谷がバスケットの特待生として入学し、入学金と授業料を免除されたからだ。
ところが、高谷は試合中の怪我がもとでバスケットを諦めなければならなくなった。
1学年の終わりの頃だ。
試合中の怪我ということもあり、学校側は卒業まで授業料は免除すると言ったが、高谷には荷が重かった。
大学もバスケで進学し、将来は実業団に入ることが目標だったので、その夢が潰えたとき、高校生活を続ける意味も失った。
いっそ退学して、働くなり、もっと学費の安い普通の高校に転入したいと考えていた。
春休みの間に決着をつけたかったのだが、朋子に話しそびれている間に新学期になってしまった。
「お帰り」
朋子は高谷が起きていることにひどく慌てた顔をした。
「どうしたの、こんな時間に」
「相談したいことがあるんだ」
「…ごめん、疲れてるの」
確かに朋子は疲れているようだった。
看護士の仕事は重労働で、無理はないと思う。
けれど、朋子の様子はなにかそれとは違っているように見えた。
「朋子!」
高谷の顔を見ないように自分の部屋に入ろうとする姉の腕をつかむと、朋子ははっとしたように体を強張らせ、顔を背けたまま、「ごめんね」と言った。
「俊くん、ごめんね」
驚いて、高谷は腕を離した。
目の前で隙間なく閉じられた襖を見据えて、高谷は姉の身になにが起こっているのか、考えて不安になる。
朋子は、高谷にとってはたった一人の肉親で、美枝子が死んでからは健気に母親代わりになって、自分を育ててくれた。
その朋子になにかが起きている。
ほっておけるはずがなかった。
***
高谷は、朋子が自室で眠ったのを確認して、朋子の勤めている都立病院に向かった。
受付のロビーには、すでに外来の診察時間を待つ患者が大勢いた。
来たのはいいが、これからどうするか迷って患者と一緒に長椅子に腰掛けてると、目の前を見覚えのある年配の看護士が通りかかった。
試合で怪我をしたとき、高谷は姉の勤めるこの病院に入院したので、姉の同僚は見知っていた。
「あら、高谷さんの弟さん?」
高谷は彼女から話を聞く事が出来た。
彼女の話に、高谷は驚いた。
朋子はこの数ヶ月、体調不良を理由に夜勤を断っているという。
日勤もしばしば休むので、心配していると、彼女は表情を曇らせて言った。
「高谷さん、最近ぼうとすることが多くてね。なにか悩み事があるんじゃないかしら」
同僚の看護士はさりげなく高谷に探りを入れてくる。
高谷はそれどころではなかった。
夜勤じゃないとしたら、朋子は毎晩、どこに行ってるのか。
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