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青は藍より出でて藍より青し
姉の秘密〔3〕
気がつくと、高谷は病室にいた。
目を開くのと同時に、意識を失う前のことを思い出して、身体が震えた。
与えられた暴力にではなく、一時、自分の心を支配した強い殺意に高谷は震えた。
あの感覚が身体のどこかにまだ燻ぶっていて、自分が自分ではないような気がした。
「気がつきましたか」
声をかけられて顔を向けると、そこには意外な人間がいた。
「葉月?」
それが彼の名字なのか名前なのか、高谷にはわからない。
綾瀬がそう呼んでいたから、高谷にもそれ以外に呼びようがなかった。
「なんで……」
「等々力組はうちの傘下ではありませんが、小さな組です。筋を通して話をつけました。もう、大丈夫ですよ」
高谷には話がまるで見えなかった。
「大丈夫って…どういうことだよ。朋子は?あの、男は?」
「冴木は刑務所に入ることになると思います。叩けばいくらでも埃が出ますからね。お姉さんとはきっぱり別れさせました」
そう言われても高谷の気持ちの中には釈然としないものがあった。
なぜ朋子はヤクザなんかと付き合ったのか。
信じられないという気持ちと、自分の目で見た真実がぶつかり合う。
そんな高谷の気持ちを見透かしたように葉月が言う。
「お姉さんを責めないほうがいい。お姉さんは冴木がこの病院に入院しているとき、彼と知り合ったそうです。はじめは、ヤクザだとは知らなかった。知ったときはもう遅かった。愛してしまったんですね」
葉月の柔和な甘い顔を、高谷は、まるで睨みつけるようにじっと見ている。
それから、ふっと自嘲するように笑った。
「ヤクザを愛したのか」
「相手はプロです。女を騙すことなんか簡単ですよ」
優しく、品のいい笑顔で言う葉月に、高谷は納得する。
確かに葉月にとっても女を騙すなんて容易いことに違いない。
「誰でも騙せるんだな」
「寂しい女なら」
寂しい女なら。
そう言われて、姉のことを思う。
朋子に何年間も母親代わりを強いてきた自分という存在が、朋子を寂しい女にしたのかもしれない。
高谷の中で、今はもう姉を浅はかな女だと蔑ずむ気持ちはなくなっていた。
「あいつに借りが出来た」
すっきりした表情で高谷がそう言うと、葉月は微笑した。
「綾瀬が、あなたを組に誘ったことなら気にしないでやってください。彼は本当はそんなつもりはないと思いますよ。彼自身が、嫌っている世界ですから」
「嫌なら、継がなければいいだろ」
「そういうわけにはいきません。組には多くの傘下の組があり、多くの構成員とその家族があります。跡目というのは正しい人間が継がないと、必ず諍いが起き、血が流れる。戦争を望んでいる人間はいません」
「だけど、あいつはまだ高校生だろ」
「勿論、将来の話ですよ」
そう言って葉月は笑う。
それにしても、どうして綾瀬はそこまで見込まれているのか、高谷には不思議な気がした。
冷たい雰囲気と並以上の容姿を覗けば、普通の高校生だと思う。
「あいつ、そんなに向いてるのか。喧嘩が強そうには見えないけど」
「暴力団とは言いますが、最近は組織の在り方も変化しています。今までのようなシノギだけでは成り立たない。株を売買したり土地を転がしたり、ほとんど企業と変わりません。まあ、企業と違うところは利益のために多少、手段を選ばないことくらいでしょうか」
「なんだ、商才でもあるのか」
「それだけでもないんですが」
言って、葉月はもったいぶった様子で間をとった。
「綾瀬は十二歳のとき、誘拐されたことがありました」
「誘拐?」
「ええ。抗争相手の組の、手柄を焦ったチンピラにです。しかし彼は気丈だった。保護されたとき、涙一つ見せなかった。そして自分自身で報復した」
報復、という耳慣れない言葉に高谷は目を見開く。
「殺したのか」
「まさかそこまでは」
笑顔でそういう葉月に、ではどこまでやったのかとは、怖くて聞けかなかった。
「実際にやったのは若い者ですよ。けれど綾瀬は現場で、その一部始終を見ていた。その話にいろいろ尾ひれがついて一種の伝説のようになってしまいましてね、あの年でもう、跡目を継ぐのは綾瀬以外ないと、直系組員の幹部はみんなそう確信しているんです」
高谷にとっては壮絶な逸話だ。
目の前で人が暴力を受けるのを、顔色も変えずに眺める少年。
脳裏に浮んで、背筋がぞっとした。
けれど多分、「狂気」は誰もが持っている。
それを実感したばかりの高谷は、そのときの綾瀬のことが、不思議と理解出来る気がした。
「彼のことを、誤解しないでやってください。綾瀬は、なに不自由のない環境に生まれながら、本当に欲しいものは手に入らないことを知っているような子供でした。だからなのか、自分からなにかを欲しがったことがない。欲しがり方を知らないんです」
高谷の脳裏に、いつも面白くなさそうに校内を歩いている綾瀬の姿が浮んだ。
取巻きに囲まれて歩く綾瀬。
校内の人間は生徒も教師も綾瀬を避けるように、彼の前で道を開ける。
けれど彼らは綾瀬を恐れているわけではない。
綾瀬の背後の、よくわからないが手を出さないほうがいいに決まってる、ヤクザ組織というものを恐れているのだ。
それをわかっているかのように、綾瀬は周囲の人間のすべてを侮蔑しているような目をしている。
あれは、葉月の言うように、欲しいものがないという目なのかもしれない。
それが満たされているせいか、飢え過ぎているせいか、人は考えようともしないで綾瀬という人間を判断している。
そして、自分もそうだったと高谷は思う。
「肋骨にヒビが入ってるそうです。いい機会です。ゆっくり休んでください」
それだけ言って、葉月は病室を出ていった。
「なにがいい機会だ…もう入院は真っ平だったのに」
葉月が消えてから、高谷は毒ついた。
目を開くのと同時に、意識を失う前のことを思い出して、身体が震えた。
与えられた暴力にではなく、一時、自分の心を支配した強い殺意に高谷は震えた。
あの感覚が身体のどこかにまだ燻ぶっていて、自分が自分ではないような気がした。
「気がつきましたか」
声をかけられて顔を向けると、そこには意外な人間がいた。
「葉月?」
それが彼の名字なのか名前なのか、高谷にはわからない。
綾瀬がそう呼んでいたから、高谷にもそれ以外に呼びようがなかった。
「なんで……」
「等々力組はうちの傘下ではありませんが、小さな組です。筋を通して話をつけました。もう、大丈夫ですよ」
高谷には話がまるで見えなかった。
「大丈夫って…どういうことだよ。朋子は?あの、男は?」
「冴木は刑務所に入ることになると思います。叩けばいくらでも埃が出ますからね。お姉さんとはきっぱり別れさせました」
そう言われても高谷の気持ちの中には釈然としないものがあった。
なぜ朋子はヤクザなんかと付き合ったのか。
信じられないという気持ちと、自分の目で見た真実がぶつかり合う。
そんな高谷の気持ちを見透かしたように葉月が言う。
「お姉さんを責めないほうがいい。お姉さんは冴木がこの病院に入院しているとき、彼と知り合ったそうです。はじめは、ヤクザだとは知らなかった。知ったときはもう遅かった。愛してしまったんですね」
葉月の柔和な甘い顔を、高谷は、まるで睨みつけるようにじっと見ている。
それから、ふっと自嘲するように笑った。
「ヤクザを愛したのか」
「相手はプロです。女を騙すことなんか簡単ですよ」
優しく、品のいい笑顔で言う葉月に、高谷は納得する。
確かに葉月にとっても女を騙すなんて容易いことに違いない。
「誰でも騙せるんだな」
「寂しい女なら」
寂しい女なら。
そう言われて、姉のことを思う。
朋子に何年間も母親代わりを強いてきた自分という存在が、朋子を寂しい女にしたのかもしれない。
高谷の中で、今はもう姉を浅はかな女だと蔑ずむ気持ちはなくなっていた。
「あいつに借りが出来た」
すっきりした表情で高谷がそう言うと、葉月は微笑した。
「綾瀬が、あなたを組に誘ったことなら気にしないでやってください。彼は本当はそんなつもりはないと思いますよ。彼自身が、嫌っている世界ですから」
「嫌なら、継がなければいいだろ」
「そういうわけにはいきません。組には多くの傘下の組があり、多くの構成員とその家族があります。跡目というのは正しい人間が継がないと、必ず諍いが起き、血が流れる。戦争を望んでいる人間はいません」
「だけど、あいつはまだ高校生だろ」
「勿論、将来の話ですよ」
そう言って葉月は笑う。
それにしても、どうして綾瀬はそこまで見込まれているのか、高谷には不思議な気がした。
冷たい雰囲気と並以上の容姿を覗けば、普通の高校生だと思う。
「あいつ、そんなに向いてるのか。喧嘩が強そうには見えないけど」
「暴力団とは言いますが、最近は組織の在り方も変化しています。今までのようなシノギだけでは成り立たない。株を売買したり土地を転がしたり、ほとんど企業と変わりません。まあ、企業と違うところは利益のために多少、手段を選ばないことくらいでしょうか」
「なんだ、商才でもあるのか」
「それだけでもないんですが」
言って、葉月はもったいぶった様子で間をとった。
「綾瀬は十二歳のとき、誘拐されたことがありました」
「誘拐?」
「ええ。抗争相手の組の、手柄を焦ったチンピラにです。しかし彼は気丈だった。保護されたとき、涙一つ見せなかった。そして自分自身で報復した」
報復、という耳慣れない言葉に高谷は目を見開く。
「殺したのか」
「まさかそこまでは」
笑顔でそういう葉月に、ではどこまでやったのかとは、怖くて聞けかなかった。
「実際にやったのは若い者ですよ。けれど綾瀬は現場で、その一部始終を見ていた。その話にいろいろ尾ひれがついて一種の伝説のようになってしまいましてね、あの年でもう、跡目を継ぐのは綾瀬以外ないと、直系組員の幹部はみんなそう確信しているんです」
高谷にとっては壮絶な逸話だ。
目の前で人が暴力を受けるのを、顔色も変えずに眺める少年。
脳裏に浮んで、背筋がぞっとした。
けれど多分、「狂気」は誰もが持っている。
それを実感したばかりの高谷は、そのときの綾瀬のことが、不思議と理解出来る気がした。
「彼のことを、誤解しないでやってください。綾瀬は、なに不自由のない環境に生まれながら、本当に欲しいものは手に入らないことを知っているような子供でした。だからなのか、自分からなにかを欲しがったことがない。欲しがり方を知らないんです」
高谷の脳裏に、いつも面白くなさそうに校内を歩いている綾瀬の姿が浮んだ。
取巻きに囲まれて歩く綾瀬。
校内の人間は生徒も教師も綾瀬を避けるように、彼の前で道を開ける。
けれど彼らは綾瀬を恐れているわけではない。
綾瀬の背後の、よくわからないが手を出さないほうがいいに決まってる、ヤクザ組織というものを恐れているのだ。
それをわかっているかのように、綾瀬は周囲の人間のすべてを侮蔑しているような目をしている。
あれは、葉月の言うように、欲しいものがないという目なのかもしれない。
それが満たされているせいか、飢え過ぎているせいか、人は考えようともしないで綾瀬という人間を判断している。
そして、自分もそうだったと高谷は思う。
「肋骨にヒビが入ってるそうです。いい機会です。ゆっくり休んでください」
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