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青は藍より出でて藍より青し
真夏の夜の倦怠〔1〕
流行の最先端の曲が大音量で流れ、ドライアイスのスモークと煙草の紫煙が混ざって揺らぐ空間に犇めき合うように身を委ねる。
こんなところでささやかな自由を満喫できる人間を羨ましいと綾瀬は思う。
さっきから壁に張り付いて自分を見つめる視線を煩わしそうに避けながら、綾瀬は少しも楽しんでいない自分を知っていた。
「綺麗なお兄さん。どうしたの、踊らないの」
酔った勢いで若い男が声をかけてくる。
綾瀬のことを見かけだけで判断して気安く声をかけてくる人間はたくさんいた。
大抵の人間は綾瀬がその特徴的な瞳でひと睨みすればそれで諦めた。
直感が危険を知らせる。
この人間には関わらないほうがいいと。
まれに鈍感な者もいて、今夜の男がまさにそれだった。
「ねえねえ。一緒に楽しもうよ」
腕を取られて綾瀬は乱暴に振り払った。
「なんだよ、てめえ。ちょっと綺麗な顔してると思ってお高くとまりやがって」
男は綾瀬を恫喝しながら、強引に身体を寄せてくる。
綾瀬はわざと相手に手を出させた。
気がつくと壁際にいたスーツ姿の二人の男が、綾瀬に絡んだ男の腕をねじ上げていた。
「な、なっ、なん…だよ」
「坊ちゃん、どうします」
「遊んでやれ」
綾瀬は無感情に男の運命を告げて、組の者が男を外に連れていくのを冷ややかに眺めていた。
その隙をつくように、裏口から外に出る。
束の間だとしてもこれで多少は自由になった。
そう思った途端に腕を捕まれた。
「なんで一人で出てくんだよ」
ムッとした表情で立っていたのは高谷だった。
***
「このところ組織から分裂した鬼島組に物騒な動きがあるんだ。そのせいでどこに行くにもガードをつけられる。うんざりだ」
高谷と夜の街を歩きながら、綾瀬は鬱積した不満を口にした。
「それって内輪揉めってやつ?」
「ヤクザの抗争なんかほとんどが内輪揉めだ。仁義だ面子だって、あいつら世界が狭いんだよ」
綾瀬は高谷にはあまり組織の内情を話さない。
部外者だから当然といえば当然だが、高谷に組織の中での自分を知られたくないという節がある。
はじめて口を聞いたとき、高谷に組に入れと言ったくせに、付き合っていくうちに、綾瀬自身が跡目を継ぐことに抵抗していることがわかってきた。
「で、子守りがいなくなってどこに行きたいんだ」
茶化して笑いながら言う高谷を、綾瀬は睨んだ。
「行きたいとこなんかあるか」
「そうか、じゃあゲーセンでも行くか」
高谷はクラブもゲーセンも好きではない。
綾瀬に付き合って夜の街をフラフラしても、なにが楽しいのかわからなかった。
それに綾瀬だって少しも楽しんでいないことを知っている。
もしかしたら街を埋め尽くすこの洪水のような人間もみんな、同じなのかもしれない。
ただ時間を潰す。
そのために歓楽街は存在する。
***
「誰かと思えば綾瀬さんじゃないですか」
嫌な感じの口調に呼び止められて、二人は振り返った。
高谷には見覚えのない顔の若い男が4人、安っぽい薄笑いを顔に張り付けて近付いてくる。
「誰?」
隣の綾瀬に小声で聞く。
険悪な雰囲気を察していた。
「去年までK高にいたヤンキーグループ」
「カッコいいお兄さん連れて、デートですか」
あきらかに絡んでいる。
まるで待ち伏せされていたか後をつけられていたような、薄暗い路地の前だった。
4人は前を塞いでジリジリと路地の中に綾瀬と高谷を追いつめた。
「荒木、なんの真似だ」
「なんの真似だはないでしょう。綾瀬さんには散々世話になってるじゃないですか。お返しさせてもらえる機会をずっと待ってたんですよ、楽しみにね」
「こんなことして、どうなるかわかってるよな」
「組が黙っちゃいない、か?残念だな。生憎オレたちもバックなしにヤクザの息子敵に回すほど抜けちゃいない」
相手の余裕がどこから来るのか綾瀬は考えた。
「どうせ鬼島あたりに知恵つけられたんだろうけど、おまえらは利用されてるだけだ。極道を甘く見過ぎだ」
「なんだとっ」
「だいたいおまえらが退学になったのはオレのせいじゃない。自分で汚したケツくらい、自分で始末つけるんだな」
「てめえ!」
激昂した荒木は、ポケットからサバイバルナイフを出して構えた。
「綾瀬!」
驚いて、綾瀬の側に近寄ろうとした高谷は男二人に後ろから羽交い締めにされた。
「離せ!」
綾瀬はというと、荒木の前で微動だにせず、立っている。
無防備に見えるが、その表情には余裕があった。
高谷には、むしろ、状況を楽しんでいるような顔に見えた。
「荒木、それを、どうするんだ。本当にオレをやれるのか」
挑発するように言って、綾瀬の方から、一歩、荒木に近づく。
「なっ!」
荒木の方が焦っているのは、誰の目にも明白だった。
「いいから、やれよ。荒木…」
荒木との距離はもう、腕の長さよりも短い。
綾瀬は、口元に薄い笑みを浮かべ、瞳を輝かせて、まるで誘うように荒木に迫る。
「オレを殺せるなら、殺せ」
高谷はたまらなく、いやな感じがした。
綾瀬は楽しんでいる。
自分の命を賭けて。
むしろ、殺されたがっているようにも見える。
荒木は唸るような声をあげた。
「うっわあああああ!」
「綾瀬!」
高谷は自分を掴んでいる腕を振り払い、綾瀬の元に駆け寄った。
綾瀬は、振り返って高谷を見た。
刹那、荒木がナイフを持った右手を振り上げた。
「危ない!」
高谷は、綾瀬を突き飛ばす。
荒木のナイフは、高谷の右腕を切り裂いた。
「高谷!」
高谷の腕を真っ赤な血が溢れるように流れ落ち、地面にポタポタと滴り落ちる。
それを見た綾瀬は逆上した。
「おまえら…許さない」
押し殺しても底から滲み出る怒りが綾瀬の全身を包んでいる。
荒木たちは武器も手にしていない華奢な男の迫力にたじろいで、後ずさりした。
綾瀬のボディガードをしていた組員が駆けつけてくるのを見て、荒木たちは走り去った。
こんなところでささやかな自由を満喫できる人間を羨ましいと綾瀬は思う。
さっきから壁に張り付いて自分を見つめる視線を煩わしそうに避けながら、綾瀬は少しも楽しんでいない自分を知っていた。
「綺麗なお兄さん。どうしたの、踊らないの」
酔った勢いで若い男が声をかけてくる。
綾瀬のことを見かけだけで判断して気安く声をかけてくる人間はたくさんいた。
大抵の人間は綾瀬がその特徴的な瞳でひと睨みすればそれで諦めた。
直感が危険を知らせる。
この人間には関わらないほうがいいと。
まれに鈍感な者もいて、今夜の男がまさにそれだった。
「ねえねえ。一緒に楽しもうよ」
腕を取られて綾瀬は乱暴に振り払った。
「なんだよ、てめえ。ちょっと綺麗な顔してると思ってお高くとまりやがって」
男は綾瀬を恫喝しながら、強引に身体を寄せてくる。
綾瀬はわざと相手に手を出させた。
気がつくと壁際にいたスーツ姿の二人の男が、綾瀬に絡んだ男の腕をねじ上げていた。
「な、なっ、なん…だよ」
「坊ちゃん、どうします」
「遊んでやれ」
綾瀬は無感情に男の運命を告げて、組の者が男を外に連れていくのを冷ややかに眺めていた。
その隙をつくように、裏口から外に出る。
束の間だとしてもこれで多少は自由になった。
そう思った途端に腕を捕まれた。
「なんで一人で出てくんだよ」
ムッとした表情で立っていたのは高谷だった。
***
「このところ組織から分裂した鬼島組に物騒な動きがあるんだ。そのせいでどこに行くにもガードをつけられる。うんざりだ」
高谷と夜の街を歩きながら、綾瀬は鬱積した不満を口にした。
「それって内輪揉めってやつ?」
「ヤクザの抗争なんかほとんどが内輪揉めだ。仁義だ面子だって、あいつら世界が狭いんだよ」
綾瀬は高谷にはあまり組織の内情を話さない。
部外者だから当然といえば当然だが、高谷に組織の中での自分を知られたくないという節がある。
はじめて口を聞いたとき、高谷に組に入れと言ったくせに、付き合っていくうちに、綾瀬自身が跡目を継ぐことに抵抗していることがわかってきた。
「で、子守りがいなくなってどこに行きたいんだ」
茶化して笑いながら言う高谷を、綾瀬は睨んだ。
「行きたいとこなんかあるか」
「そうか、じゃあゲーセンでも行くか」
高谷はクラブもゲーセンも好きではない。
綾瀬に付き合って夜の街をフラフラしても、なにが楽しいのかわからなかった。
それに綾瀬だって少しも楽しんでいないことを知っている。
もしかしたら街を埋め尽くすこの洪水のような人間もみんな、同じなのかもしれない。
ただ時間を潰す。
そのために歓楽街は存在する。
***
「誰かと思えば綾瀬さんじゃないですか」
嫌な感じの口調に呼び止められて、二人は振り返った。
高谷には見覚えのない顔の若い男が4人、安っぽい薄笑いを顔に張り付けて近付いてくる。
「誰?」
隣の綾瀬に小声で聞く。
険悪な雰囲気を察していた。
「去年までK高にいたヤンキーグループ」
「カッコいいお兄さん連れて、デートですか」
あきらかに絡んでいる。
まるで待ち伏せされていたか後をつけられていたような、薄暗い路地の前だった。
4人は前を塞いでジリジリと路地の中に綾瀬と高谷を追いつめた。
「荒木、なんの真似だ」
「なんの真似だはないでしょう。綾瀬さんには散々世話になってるじゃないですか。お返しさせてもらえる機会をずっと待ってたんですよ、楽しみにね」
「こんなことして、どうなるかわかってるよな」
「組が黙っちゃいない、か?残念だな。生憎オレたちもバックなしにヤクザの息子敵に回すほど抜けちゃいない」
相手の余裕がどこから来るのか綾瀬は考えた。
「どうせ鬼島あたりに知恵つけられたんだろうけど、おまえらは利用されてるだけだ。極道を甘く見過ぎだ」
「なんだとっ」
「だいたいおまえらが退学になったのはオレのせいじゃない。自分で汚したケツくらい、自分で始末つけるんだな」
「てめえ!」
激昂した荒木は、ポケットからサバイバルナイフを出して構えた。
「綾瀬!」
驚いて、綾瀬の側に近寄ろうとした高谷は男二人に後ろから羽交い締めにされた。
「離せ!」
綾瀬はというと、荒木の前で微動だにせず、立っている。
無防備に見えるが、その表情には余裕があった。
高谷には、むしろ、状況を楽しんでいるような顔に見えた。
「荒木、それを、どうするんだ。本当にオレをやれるのか」
挑発するように言って、綾瀬の方から、一歩、荒木に近づく。
「なっ!」
荒木の方が焦っているのは、誰の目にも明白だった。
「いいから、やれよ。荒木…」
荒木との距離はもう、腕の長さよりも短い。
綾瀬は、口元に薄い笑みを浮かべ、瞳を輝かせて、まるで誘うように荒木に迫る。
「オレを殺せるなら、殺せ」
高谷はたまらなく、いやな感じがした。
綾瀬は楽しんでいる。
自分の命を賭けて。
むしろ、殺されたがっているようにも見える。
荒木は唸るような声をあげた。
「うっわあああああ!」
「綾瀬!」
高谷は自分を掴んでいる腕を振り払い、綾瀬の元に駆け寄った。
綾瀬は、振り返って高谷を見た。
刹那、荒木がナイフを持った右手を振り上げた。
「危ない!」
高谷は、綾瀬を突き飛ばす。
荒木のナイフは、高谷の右腕を切り裂いた。
「高谷!」
高谷の腕を真っ赤な血が溢れるように流れ落ち、地面にポタポタと滴り落ちる。
それを見た綾瀬は逆上した。
「おまえら…許さない」
押し殺しても底から滲み出る怒りが綾瀬の全身を包んでいる。
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