青は藍より出でて藍より青し

フジキフジコ

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青は藍より出でて藍より青し

真夏の夜の倦怠〔2〕

麻酔のせいか、意識が戻っても身体を動かすことができなかった。
瞼を閉じたまま、綾瀬が誰かと話してる声が、聞くつもりはないのに耳に入る。

「荒木だ。絶対逃がすな。殺せ」
なんて冷たい声だろう。
これが、綾瀬の本性なんだろうか。
広域暴力団青竜会を継ぐ男。
高谷は付き合うようになってからそういう目で綾瀬を見ていない自分に気がついた。
噂でしか綾瀬のことを知らなかったときの方が、綾瀬の立場を理解していたのかもしれない。

「お言葉ですが、名分が足りません。あなたが怪我をさせられたなら、殺ります。しかし、高谷さんは組とは関係のない人です。その人の仇のために、組員一人を務所に送りますか。親父さんがなんと言うか」
話してる相手は葉月のようだった。
「上等だ。だったらオレが殺ってやる」

駄目だ、と思った。
そんなことをしたら駄目だ。
おまえは組の跡目なんか継ぎたくないんだろ。
自分から手を汚すような真似をしちゃだめだ。

「落ち着いて。あなたらしくないですね。報復ですか。あんなに嫌っていた極道の流儀ですよ。自分の立場を、認めるんですね」
「違う!私怨だ。組なんか関係ねえんだよ!」

興奮している綾瀬の声が気になって、高谷は意思の力をふりしぼり重い瞼を開いた。
ぼんやりとした視界に、葉月に抱きすくめられた綾瀬が映る。
「綾瀬!興奮しないで。落ち着いて。さあ、息をして。吐いて、吸って。ゆっくり。そう」

綾瀬は、まるで空気に溺れているように、葉月のシャツをつかんで、必死に呼吸をしている。
「後始末はオレがします。あなたは高谷さんの側にいてください」

葉月と綾瀬、二人の姿が高谷には引っ掛かった。
以前からこの二人の間には、艶っぽさを含んだ親密さがあると感じていた。

もう一度瞼を閉じると、荒木に切りつけられた瞬間がフラッシュバックする。
あのとき。
高谷は自然に、綾瀬の前に飛び出していた。
綾瀬を守るのが、当たり前のように。
それが自分の決められていた役割のように。

綾瀬は、死を恐れていなかった。
むしろそれを望んで、荒木を挑発していたようだった。
なぜ、だ。

自分自身の行動の意味、予感、綾瀬の心の中-----。
考えようとするのを邪魔するように、身体のダルさがそれ以上の思考能力を奪う。
傷口が焼けるような痛みを訴えはじめると、また誘い込まれるように眠りに落ちた。


***



腕の傷はかなり深かったが、幸い神経にまでは届いていなかった。
二日ほど高熱に苦しんだが、一週間の入院で済んだ。
短期間に三度も入院した病院では、散々医師や看護士に苦言を言われ、居心地は最悪だった。

退院したあと、あとの顛末を綾瀬は一切語らなかった。
荒木を殺せ、と言ったあの姿を高谷には見せようとしない。
桐生邸に行くと、以前はよく見かけて高谷とも気安い口を聞いていた若い舎弟の一人がいない。
あいつはどうしたと聞くと、別の舎弟が「おつとめ」と答えた。

ヤクザ同士がいくら喧嘩しようが一般人が巻きこまれない限り世間ではたいして話題にもならないので、高谷は結局詳しいことはわからないままだった。
綾瀬の組の若い男が一人刑務所に入った。
高谷にわかるのはそれだけだ。

綾瀬も、高谷も、そして綾瀬の日常も以前と少しも変わらない。
今夜も時間を潰すために歓楽街に繰り出し、また一人増えたボディガードに悪態をつきながら暑苦しい真夏の夜と倦怠をやり過ごしている。


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