青は藍より出でて藍より青し

フジキフジコ

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青は藍より出でて藍より青し

それぞれの春〔3〕

帰り道、川の流れを見ながら桜並木のある土手を歩いていると下の道路に車が止まった。
綾瀬が立ち止まると助手席から葉月が降りてきて、車はそのまま走り去った。

「今日は一人ですか。高谷さんは」
笑った顔で嫌味を言うのは葉月のお得意だ。
「……四六時中一緒にいるわけじゃねえよ」
「また親父さんとやりあったそうですね」
そう言って葉月は手を伸ばして綾瀬の唇の端に触った。
「顔に傷は作らないでください。若い者たちが心配します」
「親父に言え」
葉月は原因を聞こうとはしない。
いつだって、原因なんかあってないようなものだ。
時々、制御できなくなって感情が暴走する。
父親は、綾瀬のそういう甘えた態度を許さない。

「それより、おまえこそどうしたんだ。芝浦の方は片付いたのか」
「それが残念ながら。計画の焼き直しのためにいったん引き上げました」
「頼りにならねえな、まったく」

組はこのところ、芝浦の土地の買収を巡って恒心会と揉めている。
「三羽組を介入させろ。最近恒心会とは揉めてるって話だ。三羽組の仕業と見せかけて、喧嘩でもけしかけてやるんだな。うまくいけば共倒れしてくれる。悪くても時間は稼げる。その間に代議士の下川に賄賂でも送っとけ。なにがなんでもあそこの土地は押さえろよ」
「なるほど。さすがですね」
「おまえらが抜けてんだよ」
まったく使えない部下は頭痛の種だ、と漏らす。
けれど綾瀬の嫌味が葉月に通用したためしはない。
葉月は笑みを崩さずに「もうあなたには教えることはなさそうですね」と言う。
綾瀬は葉月を睨んだ。
葉月が、期限つきで自分の側にいることを綾瀬は知っている。

「それでおまえはどうするんだ。極道なんかやめて、自由になるか、葉月」
いずれ葉月は、亡くなった父親が望んだ通り、堅気として生きていくのだ。
自分を、汚い世界に置いて、一人で行ってしまう。
違う、と綾瀬は首を振った。
今だって、葉月は桐生に恩義を感じて組にいるだけだ。
好きで綾瀬の世話を焼いているのではない。

「あなたがいろと言う間はあなたの側にいます」
おまえに側にいてくれと望んでるわけじゃない、そう思うのに言葉には出来なかった。
「…恩だ義理だって、おまえもしょせん極道だ」
そう、もう子供じゃない。
葉月が自分の側にいることの理由がわかる今は、下手な期待なんかしないし、裏切られたといって悲しんだりしない。

「ところで。彼、知り合いですか」
葉月が後ろを歩いている男子生徒をちらっと見て聞いた。
言われて振り返ると、昼間、高谷に声をかけてきた新入生だった。
新入生は十メートル後ろに立ち止まって、綾瀬と葉月の話がつくのを待っている様子だった。

「おまえ…なんでオレに着いてくんだよ。おまえが用があんのは高谷だろうが、ええ!」
怒鳴ってやっても、新入生はまったく怯まない。
「あんただろ。あんたのせいで高谷さんはバスケやめたんだろ。なんで高谷さんからバスケを取り上げるんだよ!」
「……うるせえな」
「オレ…オレ、あの人に憧れて、高谷さんと一緒にバスケやりたくてこの高校に入ったんだよ。通学には2時間以上かかるし、住民票も移さなきゃなんなくて…それでも一緒にやりたかったから!」

勝手なことだ、唾棄するように綾瀬は思う。
試合で高谷を見たと言う。
瞬間に憧れる。近付きたいと思う。一緒にバスケがしたい。
何のために。
同じ喜びや怒りや悲しみを共感するために。
くだらない。
なぜ人はそんなことを望むのだろう。
他人となにかを分かち合いたいだなんて。
そんなこと、生きていく上でなんのたしにもならない。
けれど綾瀬には篤郎の気持ちが、まったく同じその気持ちが手に取るように理解できてしまう。
それを苦いことのように思い出す。

あの日、偶然体育館の前を通ったとき、はじめて高谷を見た。
潔いくらい短く切った髪の下の額に玉のような汗を浮べて真剣な目でボールを追いかけていた。
コートを自由自在に走り、跳び、ゴールを決める。
高谷はそのとき、自分のまわりのなにもかもを支配しているように見えた。
こんなに自由は人間はいない、そう思って高谷の動きから目が離せなくなった。
時間になっても現われない綾瀬を探しに来た葉月に、綾瀬は目で高谷を追いかけたまま「あいつのこと、調べてくれ」と言った。

調べてどうするというつもりはなかった。
友達付き合いの出来る相手ではないということはわかっている。
自分とあの男とは住む世界が違いすぎる。
共感できるものなんてなにもない。
だけど、知りたいと思ったのだ。
彼を知りたいと。
その先にあるのは、この新入生と同じ感情かもしれない。

「間抜けだな。住民票を移す前にあいつがバスケやってるかどうかくらい調べとけよ。言っとくけど、ほんとにオレのせいじゃないからな。オレがあいつと係わったとき、高谷はもうリタイアしてた。オレはあいつを拾っただけだ」
もし高谷がバスケをリタイアしなければ綾瀬は永遠に高谷に声をかけることはなかったと思う。
怪我をして、学校に戻ってきたとき、高谷は表面上はなにもかわっていなかった。
他人の同情を笑顔で流せるくらい高谷は大人だった。
けれど、次々と女を変え遊んでいる高谷を目にするたびに、綾瀬は誰にともなく無性に腹が立った。

助けてやろうなんて思ったわけじゃない。
落ちたいのなら、とことん落としてやろうかと思った。
だが高谷を待ち伏せして、はじめて真近に彼を見たとき、そんな気持ちは失せていた。
高谷が、自棄にもなっていなければ流されてもいないとわかったからだ。
誰がどうやって介入しても汚せないような目を、凛とした意思の強い目を、高谷は持っていた。
動機も忘れて、高谷を欲しいと綾瀬は思った。

「あんただよ。オレにはわかる。あんたのせいだ。あんたがいなければ、高谷さんはきっとまたバスケやったよ」
篤郎は綾瀬の言うことなんか信じないというように首を振って言った。
そうだとしても、そんなものに価値があるか。
トッププレイヤーだった高谷が、それより低い位置でバスケをやって意味があるのか。
これくらいの力なら、これくらいの位置でなら、そんなふうに妥協しながらゴールを目指すのか。
だったらオレは奪ってやる。何度でも高谷を根こそぎ奪ってやる。

「オレの方が執着が強かったってことだ」
篤郎は「え?」というように顔を上げた。
葉月も、真顔で綾瀬を見た。
二人に見つめられて、綾瀬はふっと息を漏らすように笑いながら、思う。

高谷がバスケを必要とするのより、自分が高谷を必要としたんだ。
その執着の強さで自分は勝った。
目の前の新入生が自分より強い執着を高谷に持って高谷にぶつかっていけば、あるいはこの男は望みを叶えられるかもしれない。
だけど、自分ほど高谷を必要としている人間はいないだろう。

「愛し合ってるんだよ、オレたち。邪魔すんな」
ニッコリ笑って言ってやると、篤郎は泣いてるような笑っているような気色の悪そうな複雑な顔をした。
綾瀬は振り向いて肩で笑いながら篤郎からも葉月からも離れた。
かなり歩いてから篤郎が大声で罵ってる声が聞こえてきたが、面白いのでほっておいた。
自分を通り抜ける春の匂いを含んだ風を疎ましく思いながらもその心地よさに慰められている。
自分にとって高谷俊介とこの風は似ていると、そんなことを綾瀬は思った。




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