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青は藍より出でて藍より青し
同類の男〔1〕
選挙が近くなると、桐生邸には客が絶えない。
門前に止まるのは高級車ばかりだ。
「他人の金をたかるのが商売なのはヤクザより政治家だな」
庭の池の側に立ち、綾瀬は葉月にうんざりしたような口調で言った。
「この社会は表と裏、両方の力が均衡してやっと保てるんですよ」
「極道も必要悪って言いたいんだろ。詭弁だ」
「これから、この世界も益々変わります。あなたには政治や経済をもっと勉強してもらわないといけませんね」
葉月を睨むため肩だけで振り返ると、門と正面玄関を結ぶ飛石を、スーツ姿の数人の男たちが歩いていた。
綾瀬は形ばかり頭を下げる。
男たちの一団の最後尾に、自分と年齢の変わらない若い男が歩いているのを気に止めた。
すらっとした痩身に、柔かくウエーブした黒髪が印象的な青年だ。
青年も綾瀬に気づいて軽く会釈する。
顔を上げたときに、男が意味ありげに微笑した気がした。
「誰だ」
「代議士の保科先生ですよ。次の内閣では間違いなく入閣するでしょうね」
「大臣先生様か。一番後ろにいたのは」
「息子さんですね。確かまだあなたと同じ高校生だったはずですが、もう父親について勉強してるんですね。感心な坊ちゃんだ」
「おまえ、うるせえよ」
それから綾瀬は客間に呼ばれ、父親から代議士の保科とその息子を紹介された。
「ほほう。噂のご子息ですな。噂通り、いい目をしている」
「なに、不祥の息子ですよ。保科先生こそ、立派な息子さんをお持ちだ。将来はやはり議員ですかな」
「末永くお付き合いいただければ幸いです」
狸同士で白々しい話をしている、と綾瀬はつまらなそうに足を組んで横を向いていた。
ふと視線を感じて目をやると、代議士の息子が綾瀬をじっと見ている。
口許が意味ありげに緩く綻んでいた。
「尚紀。真琴君を部屋に案内してやりなさい。若い者は若い者同士の方が話が弾むだろう」
心の中で桐生の思惑を探りながらも綾瀬はなにくわぬ顔で席を立ち、真琴に「ぜひ」とだけ言った。
真琴も立ちあがって、綾瀬のあとを追う。
綾瀬の部屋につくまで二人は無言で長い廊下を歩いた。
「どうぞ」
向かい合うソファーをすすめて、綾瀬も腰を下ろす。
けれど話題があるわけもない。
葉月が呼びにくるまで、座らせとけばいいと綾瀬は思った。
接待する義理も義務もない。
しかしなにを思ったのか、真琴はすぐに席を立ち窓際に歩みよった。
「素晴らしい庭ですね。とくにあの梅の木は見事だ。季節にはさぞ見応えがあるでしょう」
見え透いた世辞をスラスラと口にする真琴を綾瀬は軽蔑するように無視した。
返事のないことなど気にしないというように、真琴は言葉を続ける。
「綾瀬さんは、組を継ぐのを嫌がってらっしゃる、とか。なぜですか。あなたは頭も切れ、若くてそのうえ綺麗だ。あなたがその気になれば裏の世界で最高峰まで登れるでしょう」
「汚い世界ですよ」
「政治の世界よりはマシですよ。いや、同じかな。政治家もヤクザも権力を欲しがる。でも結局は金がものを言う社会です」
含み笑いをしながら、言う。
綾瀬ははじめて本気で保科真琴に意識を向けた。
「地位も財産も才能も持たないで生まれてくる人間が大半なのに、あなたは生まれながらにすべてのものを持っていた。あなたの組の構成員は関東を中心に全国で一万は下らないと聞きます。とくに最近湾岸地区に台頭し、政府の開発に乗じてその勢力は拡大の一途だとか。ウォーターフロントに目をつけたのはあなたの指図だと聞きました。つまり、あなたには跡目に相応しい器量もある。どうしてそれを否定するのか、僕には理解できません」
「保科さんはどうなんです」
「真琴、でいいですよ。僕のが年下です」
「……」
「僕は、父の跡を継ぐつもりです。政治家にも基盤というものがある。今どき親の職業を継がなければならないなんて、歌舞伎役者か政治家くらいでしょうね。それと、極道?」
綾瀬の反応を伺うように、振り返って目を細めた。
「逃げても仕方のないことだ。僕が考えなくてはいけないのは、与えられた特権をどう有効に使うかです」
真琴はソファーに腰掛ける綾瀬の側に歩んで、上から見下ろすように見つめる。
「逆らわないことです。無理をしないで。楽に生きたらいい」
聞き分けのない子供を優しく諭すように言って、自分の左手を肘掛の上の綾瀬の手に重ね、右手で綾瀬の尖った顎を持ち上げた。
「あなたは…本当に綺麗ですね」
あまりに手馴れた動作で唇を重ねられて、綾瀬は身じろぎも出来なかった。
重なって、ほんの少しだけ舌先が触れ合い唇が離れてから、綾瀬は真琴を睨みつけた。
「おまえホモか」
「綺麗な人が好きなだけです」
黒目がちの不思議な瞳に見つめられても綾瀬の心はなにも感じない。
真琴はクスっと笑って、綾瀬の向かいのソファに腰をおろした。
「綾瀬さん。将来僕は政界でトップまで上るつもりです。あなたも裏の社会でぜひトップに立つ人間になってください。二人でこの国を動かしたら少しは気が晴れませんか」
「馬鹿馬鹿しい。政治家より小説家になれよ、おまえ」
うんざりして、綾瀬は繕うのをやめた。
「僕たちはきっと理解し合えますよ。他の誰よりも」
予言のように真琴は言った。
門前に止まるのは高級車ばかりだ。
「他人の金をたかるのが商売なのはヤクザより政治家だな」
庭の池の側に立ち、綾瀬は葉月にうんざりしたような口調で言った。
「この社会は表と裏、両方の力が均衡してやっと保てるんですよ」
「極道も必要悪って言いたいんだろ。詭弁だ」
「これから、この世界も益々変わります。あなたには政治や経済をもっと勉強してもらわないといけませんね」
葉月を睨むため肩だけで振り返ると、門と正面玄関を結ぶ飛石を、スーツ姿の数人の男たちが歩いていた。
綾瀬は形ばかり頭を下げる。
男たちの一団の最後尾に、自分と年齢の変わらない若い男が歩いているのを気に止めた。
すらっとした痩身に、柔かくウエーブした黒髪が印象的な青年だ。
青年も綾瀬に気づいて軽く会釈する。
顔を上げたときに、男が意味ありげに微笑した気がした。
「誰だ」
「代議士の保科先生ですよ。次の内閣では間違いなく入閣するでしょうね」
「大臣先生様か。一番後ろにいたのは」
「息子さんですね。確かまだあなたと同じ高校生だったはずですが、もう父親について勉強してるんですね。感心な坊ちゃんだ」
「おまえ、うるせえよ」
それから綾瀬は客間に呼ばれ、父親から代議士の保科とその息子を紹介された。
「ほほう。噂のご子息ですな。噂通り、いい目をしている」
「なに、不祥の息子ですよ。保科先生こそ、立派な息子さんをお持ちだ。将来はやはり議員ですかな」
「末永くお付き合いいただければ幸いです」
狸同士で白々しい話をしている、と綾瀬はつまらなそうに足を組んで横を向いていた。
ふと視線を感じて目をやると、代議士の息子が綾瀬をじっと見ている。
口許が意味ありげに緩く綻んでいた。
「尚紀。真琴君を部屋に案内してやりなさい。若い者は若い者同士の方が話が弾むだろう」
心の中で桐生の思惑を探りながらも綾瀬はなにくわぬ顔で席を立ち、真琴に「ぜひ」とだけ言った。
真琴も立ちあがって、綾瀬のあとを追う。
綾瀬の部屋につくまで二人は無言で長い廊下を歩いた。
「どうぞ」
向かい合うソファーをすすめて、綾瀬も腰を下ろす。
けれど話題があるわけもない。
葉月が呼びにくるまで、座らせとけばいいと綾瀬は思った。
接待する義理も義務もない。
しかしなにを思ったのか、真琴はすぐに席を立ち窓際に歩みよった。
「素晴らしい庭ですね。とくにあの梅の木は見事だ。季節にはさぞ見応えがあるでしょう」
見え透いた世辞をスラスラと口にする真琴を綾瀬は軽蔑するように無視した。
返事のないことなど気にしないというように、真琴は言葉を続ける。
「綾瀬さんは、組を継ぐのを嫌がってらっしゃる、とか。なぜですか。あなたは頭も切れ、若くてそのうえ綺麗だ。あなたがその気になれば裏の世界で最高峰まで登れるでしょう」
「汚い世界ですよ」
「政治の世界よりはマシですよ。いや、同じかな。政治家もヤクザも権力を欲しがる。でも結局は金がものを言う社会です」
含み笑いをしながら、言う。
綾瀬ははじめて本気で保科真琴に意識を向けた。
「地位も財産も才能も持たないで生まれてくる人間が大半なのに、あなたは生まれながらにすべてのものを持っていた。あなたの組の構成員は関東を中心に全国で一万は下らないと聞きます。とくに最近湾岸地区に台頭し、政府の開発に乗じてその勢力は拡大の一途だとか。ウォーターフロントに目をつけたのはあなたの指図だと聞きました。つまり、あなたには跡目に相応しい器量もある。どうしてそれを否定するのか、僕には理解できません」
「保科さんはどうなんです」
「真琴、でいいですよ。僕のが年下です」
「……」
「僕は、父の跡を継ぐつもりです。政治家にも基盤というものがある。今どき親の職業を継がなければならないなんて、歌舞伎役者か政治家くらいでしょうね。それと、極道?」
綾瀬の反応を伺うように、振り返って目を細めた。
「逃げても仕方のないことだ。僕が考えなくてはいけないのは、与えられた特権をどう有効に使うかです」
真琴はソファーに腰掛ける綾瀬の側に歩んで、上から見下ろすように見つめる。
「逆らわないことです。無理をしないで。楽に生きたらいい」
聞き分けのない子供を優しく諭すように言って、自分の左手を肘掛の上の綾瀬の手に重ね、右手で綾瀬の尖った顎を持ち上げた。
「あなたは…本当に綺麗ですね」
あまりに手馴れた動作で唇を重ねられて、綾瀬は身じろぎも出来なかった。
重なって、ほんの少しだけ舌先が触れ合い唇が離れてから、綾瀬は真琴を睨みつけた。
「おまえホモか」
「綺麗な人が好きなだけです」
黒目がちの不思議な瞳に見つめられても綾瀬の心はなにも感じない。
真琴はクスっと笑って、綾瀬の向かいのソファに腰をおろした。
「綾瀬さん。将来僕は政界でトップまで上るつもりです。あなたも裏の社会でぜひトップに立つ人間になってください。二人でこの国を動かしたら少しは気が晴れませんか」
「馬鹿馬鹿しい。政治家より小説家になれよ、おまえ」
うんざりして、綾瀬は繕うのをやめた。
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予言のように真琴は言った。
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