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【番外編】白い花の家
中編
環境が多少特殊でも綾瀬の日常は普通の中学生と変わりない。
葉月もまた桐生の家から大学に通い、生活は以前とさほど変化がない。
午後の授業のないときには綾瀬の迎えの車に同乗した。
運転手は桐生邸に住み込んでいるテルと呼ばれる若い舎弟で、校門から少し離れたところに車を停めて綾瀬を待つ間、同じ年代の気安さからか助手席の葉月にあれこれと話しかけてくる。
組にいるくらいなのだから、正道から外れた人生を送ってきたはずだが、少し地方の訛りのある口調は明るく屈託もなく、どこにでもいる若者と変わりがないように思える。
テルの口から出る話題は大半が綾瀬のことだった。
「坊ちゃんは女みてーなキレイな顔なのに、頭はキレるし、腕っぷしも強くてすげえんですよ、先生」
そう話しかけられて葉月は苦笑する。
「あのテルさん、その先生っていうのやめてくれませんか。オレはただの学生です」
「でもカシラから、相川組長の息子さんは坊ちゃんの家庭教師だって聞いてるんす。坊ちゃんの先生なら、オレにとっても先生なんで」
もう何度も同じやりとりをしている。
その度にきっぱりとそう言われて、葉月は諦めるしかなかった。
「それに、先生は坊ちゃんが跡をとったときには片腕になるお人だって、みんな言ってます」
桐生の屋敷では、誰もが当たり前のように綾瀬を青竜会の跡取りとして扱う。
まだ中学生の身分でそう思われるのには理由があった。
2年前、敵対関係にあった組のチンピラに誘拐されたとき、綾瀬は自分の手で報復したという。
その事件は、人の口を渡る間に事実を曲げて大きくなっていった。
葉月は父親から聞いてかなり正確な事実を把握していたが、そのことを誰かと話そうとは思わない。
「綾瀬は喧嘩なんかするんですか」
腕っぷしと言うが、綾瀬自身も、綾瀬の取り巻きの少年達も外見からは不良少年には見えない。
どちらかと言えば行儀の良い、上流階級の子息のグループのようだ。
「結構からまれるんすよ。坊ちゃん、有名人だから」
つまらないことを聞いてしまったために、それからしばらく綾瀬の武勇伝を聞かされた。
ただしその話も、2年前の事件と同じように真偽の疑わしい流言のようだった。
綾瀬が車に乗ると、饒舌なテルも途端に無口になる。
ハンドルを握る横顔からは緊張していることが見てとれた。
綾瀬もまた余計なことは一切口にしない。
テルに限らず、桐生邸に住み込んでいる舎弟たちと打ち解けている様子はなかった。
綾瀬の周りには目に見えない氷の膜があるようだ。
その美しさを誰もが無視出来ず、かといって触れることも出来ない。
***
「波多野の件、わかりました。確かに2、3ケ月に一度の割合で東南アジアに行ってます」
夜、綾瀬の部屋で封筒を渡しながら葉月が言った。
「目的も調べたのか」
聞かれて、葉月は少し躊躇った後に「はい」と返事をした。
同時にずっと疑問に思っていたことを聞く。
「綾瀬は、どうして、波多野が東南アジアに通っているとわかったんですか」
「あいつ、オレに言ったんだ。あと5年早く会いたかったって」
「波多野が、あなたに?」
「日本じゃ子供を買うのは難しい」
ほんの少し表情に嫌悪を浮かべ、なんでもないことのように答える。
それだけのことで波多野の弱点と言ってもいい性癖を見抜いた綾瀬の洞察力を、葉月は感心した。
「証拠は集められるか」
「集めようと思えば難しいことではないと思います。それで、どうするんですか。会長にこのことを?」
「親父に協力するつもりはねえよ」
綾瀬の言葉に葉月は驚いた。
「じゃあ、なんのためにこんなことをするんですか」
「オレは」
真っ直ぐな視線で見つめられて、なぜか、落ち着かない気持ちになる。
綾瀬の目は人を惑わせるような色をしている。
「自分が、何者なのか、知りたいだけだ」
息が、止まるかと思った。
葉月も、同じだった。
自分が何者なのか知りたいと、思っている。
父親が死んだとき、母は葉月が組の跡を継ぐことを望まず、生前の父も口癖のように堅気になれと言っていたこともあり、組は信頼の出来る若頭の坂東に譲った。
葉月は自由に生きることが出来た。
それなのに何故、桐生邸に来たのか。
堅気として生きていくことを決めるにはどこかにまだ割り切れない感情があった。
自身の身の振り方はまだなにひとつ決めていない。
桐生には、期限つきという条件のもと、綾瀬の面倒見を頼まれているに過ぎなかった。
綾瀬の生い立ちのことは、父親から聞いた範囲のことしか理解していない。
桐生邸で寝食を共にしている舎弟たちも、会長の家庭の事情までは立ち入らないように気を遣っている。
「3年前まで、金沢にいたっていうのはみんな言ってるんですけどね。その前のこととかはオレらにはわかりません」
テルにしても、綾瀬の過去についてはその程度のことしか知らない。
桐生会長の妻が、幼い子供を連れて家を出たのは9年前、綾瀬が小学校にあがったばかりの頃だった。
会長の妻、佐枝子は、金沢の実家に戻った。
そして3年前、綾瀬は桐生の家に呼び戻された。
どんな事情があり、双方にどんな条件が整ったのかは、葉月にもわからない。
葉月もまた桐生の家から大学に通い、生活は以前とさほど変化がない。
午後の授業のないときには綾瀬の迎えの車に同乗した。
運転手は桐生邸に住み込んでいるテルと呼ばれる若い舎弟で、校門から少し離れたところに車を停めて綾瀬を待つ間、同じ年代の気安さからか助手席の葉月にあれこれと話しかけてくる。
組にいるくらいなのだから、正道から外れた人生を送ってきたはずだが、少し地方の訛りのある口調は明るく屈託もなく、どこにでもいる若者と変わりがないように思える。
テルの口から出る話題は大半が綾瀬のことだった。
「坊ちゃんは女みてーなキレイな顔なのに、頭はキレるし、腕っぷしも強くてすげえんですよ、先生」
そう話しかけられて葉月は苦笑する。
「あのテルさん、その先生っていうのやめてくれませんか。オレはただの学生です」
「でもカシラから、相川組長の息子さんは坊ちゃんの家庭教師だって聞いてるんす。坊ちゃんの先生なら、オレにとっても先生なんで」
もう何度も同じやりとりをしている。
その度にきっぱりとそう言われて、葉月は諦めるしかなかった。
「それに、先生は坊ちゃんが跡をとったときには片腕になるお人だって、みんな言ってます」
桐生の屋敷では、誰もが当たり前のように綾瀬を青竜会の跡取りとして扱う。
まだ中学生の身分でそう思われるのには理由があった。
2年前、敵対関係にあった組のチンピラに誘拐されたとき、綾瀬は自分の手で報復したという。
その事件は、人の口を渡る間に事実を曲げて大きくなっていった。
葉月は父親から聞いてかなり正確な事実を把握していたが、そのことを誰かと話そうとは思わない。
「綾瀬は喧嘩なんかするんですか」
腕っぷしと言うが、綾瀬自身も、綾瀬の取り巻きの少年達も外見からは不良少年には見えない。
どちらかと言えば行儀の良い、上流階級の子息のグループのようだ。
「結構からまれるんすよ。坊ちゃん、有名人だから」
つまらないことを聞いてしまったために、それからしばらく綾瀬の武勇伝を聞かされた。
ただしその話も、2年前の事件と同じように真偽の疑わしい流言のようだった。
綾瀬が車に乗ると、饒舌なテルも途端に無口になる。
ハンドルを握る横顔からは緊張していることが見てとれた。
綾瀬もまた余計なことは一切口にしない。
テルに限らず、桐生邸に住み込んでいる舎弟たちと打ち解けている様子はなかった。
綾瀬の周りには目に見えない氷の膜があるようだ。
その美しさを誰もが無視出来ず、かといって触れることも出来ない。
***
「波多野の件、わかりました。確かに2、3ケ月に一度の割合で東南アジアに行ってます」
夜、綾瀬の部屋で封筒を渡しながら葉月が言った。
「目的も調べたのか」
聞かれて、葉月は少し躊躇った後に「はい」と返事をした。
同時にずっと疑問に思っていたことを聞く。
「綾瀬は、どうして、波多野が東南アジアに通っているとわかったんですか」
「あいつ、オレに言ったんだ。あと5年早く会いたかったって」
「波多野が、あなたに?」
「日本じゃ子供を買うのは難しい」
ほんの少し表情に嫌悪を浮かべ、なんでもないことのように答える。
それだけのことで波多野の弱点と言ってもいい性癖を見抜いた綾瀬の洞察力を、葉月は感心した。
「証拠は集められるか」
「集めようと思えば難しいことではないと思います。それで、どうするんですか。会長にこのことを?」
「親父に協力するつもりはねえよ」
綾瀬の言葉に葉月は驚いた。
「じゃあ、なんのためにこんなことをするんですか」
「オレは」
真っ直ぐな視線で見つめられて、なぜか、落ち着かない気持ちになる。
綾瀬の目は人を惑わせるような色をしている。
「自分が、何者なのか、知りたいだけだ」
息が、止まるかと思った。
葉月も、同じだった。
自分が何者なのか知りたいと、思っている。
父親が死んだとき、母は葉月が組の跡を継ぐことを望まず、生前の父も口癖のように堅気になれと言っていたこともあり、組は信頼の出来る若頭の坂東に譲った。
葉月は自由に生きることが出来た。
それなのに何故、桐生邸に来たのか。
堅気として生きていくことを決めるにはどこかにまだ割り切れない感情があった。
自身の身の振り方はまだなにひとつ決めていない。
桐生には、期限つきという条件のもと、綾瀬の面倒見を頼まれているに過ぎなかった。
綾瀬の生い立ちのことは、父親から聞いた範囲のことしか理解していない。
桐生邸で寝食を共にしている舎弟たちも、会長の家庭の事情までは立ち入らないように気を遣っている。
「3年前まで、金沢にいたっていうのはみんな言ってるんですけどね。その前のこととかはオレらにはわかりません」
テルにしても、綾瀬の過去についてはその程度のことしか知らない。
桐生会長の妻が、幼い子供を連れて家を出たのは9年前、綾瀬が小学校にあがったばかりの頃だった。
会長の妻、佐枝子は、金沢の実家に戻った。
そして3年前、綾瀬は桐生の家に呼び戻された。
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