青は藍より出でて藍より青し

フジキフジコ

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【番外編】Tomorrow is another day

前編

最近訪ねることの多くなった教室の入口から中を覗くと、探している姿はいつもの席に見当たらない。
帰り仕度をしていた入口から一番近い席の男子生徒に「綾瀬は」と聞くと、男子生徒は視線も向けずに「休みだけど」と答えた。
「休み?なんで」
そう聞くと、鞄に筆記用具を詰めていた生徒はその手を止めて、高谷を見上げた。
度のきつい黒ぶちメガネをかけた、見るからに優等生風の男は、迷惑そうな表情を隠そうとしなかった。
「知らないよ」
綾瀬がいないのであれば用はなかったので、高谷は踵を返した。
窓際に屯っていた男子が3人、その高谷の後を追った。

綾瀬の教室は建物の端にある。
教室から高谷を追って出て来た3人は、高谷を廊下の突き当たり、ロッカーの前に誘導した。
剣呑な雰囲気を察した生徒たちが4人からそれとなく離れていく。
高谷を囲んだ3人は綾瀬の取り巻きだった。
文武両道を掲げる名門私立高に札付きの不良はいない。
綾瀬の取り巻きたちも、制服を着崩し、校則違反の髪型をしてはいたが、どこか甘やかされて育てられた金持ちの子供のような雰囲気が抜けず、暴力的な空気はなかった。
それでも他の生徒にとっては、綾瀬も含めて近づきたくないグループではある。

「おまえ、最近やけに綾瀬に付きまとってるな。なにが目的だ」
3人の中で一番背の高い、痩せた男が言った。
短くカットした髪にところどころ金のメッシュが入っている。
「目的?」
問い返しながら高谷は、男の名前を思い出していた。
確か、佐伯和哉さえきかずやといった。
父親は誰でも知っている電気機器メーカーの副社長だと聞いたことがあった。
綾瀬との付き合いは親の関係からなのか、個人的な趣味か、ふと高谷は佐伯の「目的」を想像した。

その世界では有名だというヤクザの組のトップの一人息子である綾瀬尚紀と関わるようになって2か月、気がむけば高谷は綾瀬と下校を共にし、一緒に街に出たり、綾瀬の家に寄ったりしている。
そういう場合はたいてい、高谷が綾瀬のクラスに寄った。
綾瀬は高谷の姿を認めると、一緒にいた取り巻きに「先に帰る」と言って、一人で教室を出て来る。
残された彼らからは威圧的な視線を向けられていたので、彼らにとって自分の存在が気に食わないらしい、ということは承知していたし、いつかはなにかしらのアクションをしてくるだろうと予想もしていた。

「おまえ、綾瀬に気があるのか」
高谷が黙っていると佐伯はそんなことを言った。
「綾瀬と、やりてえだけなんだろ」
品の良い小顔で精一杯、下卑た表情を作って言う。
高谷はその発想に驚いた。
「やりたいって、あいつ、男だろ」
言い返すと佐伯はムッとして「関係ねえだろ」と言う。
「や、関係あるだろ」
「じゃあ、なんで綾瀬に付きまとう。おまえ、目触りなんだよ」
返事の内容よりも、少しも怯えた様子のない高谷の態度に、佐伯は苛立っているようだった。
けれど「なんで」と言われても、高谷には答えられない。
自分自身が、わからないのだ。
しかし付きまとっている、と言われるのはあまりに心外だ。
「オレが気に食わないなら、あいつに言えよ。もとはと言えば、オレがあいつにナンパされたんだ。ああ、そうか。もしかしたら、あいつがオレとやりてえのかもな」
からかうようにそう答えると、佐伯は高谷の胸ぐらを掴んだ。
「調子にのんなよ」
それでも高谷の表情は変わらない。
「やるのか。かまわないけど、場所は変えたほうがよくないか」
静かな口調でそう言った。

佐伯は自分より頭一つ分背の高い高谷を精一杯睨みつけたあと、掴んでいた手を渋々離した。
3対1なら勝てると踏んだのだろうが、高谷の尊大な態度と体格差に、勝算を計算し直したらしい。
「話がすんだなら帰っていいか」
「勝手にしろっ」
思ったほど面倒にならなかったことにむしろ拍子抜けした。
喧嘩の経験は対外試合のときに数回あった乱闘程度しかなかったが、多少の殴り合いくらいは覚悟していた。
そう考えたとき、綾瀬のためにそんな理不尽な事態を受け入れる用意が自分の中にあったことを不思議に思った。
口許に自然に浮かんだ苦笑を佐伯に気付かれた。
「なんだよ」
「いや、べつに」
言って3人に背を向けて歩き出した高谷は、少し行って立ち止まると振り返った。
男たちは硬直した。
「なあ、今日綾瀬、なんで休んだんだ?」
「知らねえよっ!」
返事は優等生と同じだった。


***


厄災は続くものだと決まっている。
綾瀬の取り巻きから解放された高谷は下駄箱のところで、女生徒に呼び止められた。
「高谷君」
2か月前から「付き合っている」ことになっている飯島美樹いいじまみきだった。
「飯島」
「どうして電話くれないの」
「悪い、時間がなかった」
「じゃあ今日は?もう帰るんでしょ。これからどこか行かない?」
「今日はだめなんだ。行くところがある」
会ったときから険しかった美樹の表情がますます厳しくなった。
「高谷君は私と付き合う気があるの?」

そんな類の話をこんな場所で唐突にはじめるのは気がすすまない。
しかし、逃げるのは難しそうだった。
高谷は諦めて、飯島美樹に向き合った。
問題を先送りにしても仕方ない。
高谷の中では、結論はすでに用意されていた。
「悪いけど、飯島とは付き合えそうにない」
飾り気のない単刀直入な言葉に美樹は息を飲んだ。
「ひどい」
「ごめん」

部活をやめたせいで、急にありあまるように空いた時間を、高谷は女の子と付き合うことで過ごそうと試みた。
結果的に短い期間に数人の女の子と別れを繰り返すことになったのだが、原因が自分にあるという自覚はあった。
どうやら自分には女の子との付き合いを持続させようとする努力が足りないらしい。
別れるときに面と向かってそう言われたことがあり、ひどく納得してしまった。
肉体的な接触を含んだ異性との付き合いは刺激的でそれなりに楽しくはあったが、バスケに向けた情熱に代えられるものではなかった。
高谷はもうそのことに気付いていた。

「綾瀬君のせいなの」
今や大きな目いっぱいに涙を浮かべた美樹が、言った。
「なにが?」
「だから!高谷君は私より、綾瀬君がいいんでしょ?みんな、そう言ってるわ」
美樹は両手で顔を覆って泣き出した。
通りかかった女生徒のグループが顔をしかめ、高谷に非難のまなざしを残していく。
「まさか。飯島と綾瀬を比べてるんじゃない。今はまだ、そういう気持ちにならないだけで」
こんな場面で綾瀬の名前を出されるとは思ってもいなかった。
どうやら、自分が思う以上に、自分と綾瀬とのことは校内で格好の噂になっているようだ。
しかし、男女交際と同じ意味合いで噂されるのはどういうことか、高谷は理解に苦しんだ。
しばらく他の女の子とも付き合うつもりはないということを説明すると美樹はなんとなく納得し、別れを承諾した。

高谷はその足で、桐生邸に向かった。
美樹に「行くところがある」と言ったときは思ってもいなかったが、二度も綾瀬の名前を聞かされたせいか、綾瀬のことがいやに気になった。


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