青は藍より出でて藍より青し

フジキフジコ

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【番外編】Tomorrow is another day

後編

2日後、綾瀬はなにもなかったような顔をして、登校してきた。
そしてその日の帰り、珍しく、綾瀬の方から高谷のクラスに顔を出した。

「ちょっと行きたいところがある。付き合え」
「いいけど、具合はもういいのか」
「平気だ」

綾瀬と一緒に校門を出ると、少し離れた場所に黒のベンツが止まっていた。
綾瀬のあとに続いて後部座席に乗り込むと、運転していたのは葉月ではなく、助手席にも葉月の姿はなかった。
あらかじめ行き先は決まっているようで、車は綾瀬が何も言わなくてもスムーズに動き出す。
高谷はどこにいくのかとは聞かず、車中では綾瀬が休んでいたとき、佐伯たちに絡まれた話や、付き合っていた女と別れた話をした。

「どいつもこいつも、まるでオレがおまえに気があるみたいに言う。最近の常識はどうなってるんだ」
綾瀬は面白そうに高谷のボヤキを聞いていた。
そして「そう見られる要因が、おまえにあるんじゃねえの」と、噂を高谷のせいにした。
「はあ?それを言うならおまえだろ!うさん臭い噂にはことかかないくせに」
「他人がどう考えようが興味ない」
「そういうタイプだよな、おまえは。オレもだんだんわかって来たよ」
高谷は諦めたように言った。

車は都心に向かい、大通りのパーキングに止まった。
車から降りた高谷は横に建つ有名百貨店を見上げて「なんだ、ここで買い物でもするのか」と聞いた。

綾瀬は百貨店には入ろうとせずに歩き始めた。
高谷はその後を着いて歩く。
大通りから2、3本奥の道を進むと、嘘のように喧騒が遠のいた。
ブランドショップとクラシックな喫茶店やレストランが品良く並ぶ通りで綾瀬は足を止めた。

同時に高谷は、10メートル先に、知っている顔を認めた。
葉月が、古風なたたずまいのホテルから出て来たところだった。
一人ではなく、女性を伴い、タクシーに乗り込むところのようだった。
まさか偶然のはずはないよな、と高谷が思った瞬間、綾瀬が再び歩きはじめた。
明らかに、葉月の方に向かっている。
「おい、綾瀬」
高谷は慌てた。
こういう場合は見なかったふりでそっとしておくのが礼儀だろう。
葉月が二人に気付いて顔を向ける。
驚いているようだった。

「綾瀬、どうしてここに」
目の前まで来た綾瀬に、困惑を隠せない様子で聞く。
綾瀬は葉月にではなく、一緒にいた女に向かって言った。

「葉月に付き纏うなと言ったはずだ」
女は青ざめて、唇を震わせている。
「綾瀬!やめてください」
「そんなに男が欲しいなら金で買え。ただし、加山かやまにバレないように用心しろよ。自分の身のためにな」
「綾瀬!」
後ろから高谷が綾瀬の腕を掴んだ。
「やめろよ、その人、泣いてるじゃないか」
綾瀬が高谷を振り返っている間に、葉月は女性をタクシーに乗せ、運転手に行き先を告げて車を出させた。

タクシーのテールランプが見えなくなって、やっと葉月が口を開いた。
「どういうつもりですか」
「おまえこそ、どういうつもりだ。加山の女と知ってて付き合ってるのか」
葉月は返事をためらっているようだった。
その様子から、綾瀬には事情が汲めたらしい。
「加山から、因果を含まれたわけか。立派な心がけだな」
「組の中にいる限り、オレにはオレの、果たさなければならない役割があります」
「おまえは正式な組員じゃない。いずれ、堅気に戻ろうと思うなら、薄汚いやり方で女をハメるような真似はやめろ」
「あなたが思っているようなことにはなりませんよ。紗江子さえこさんは、聡明な女性ですから、穏便にことはすむと思います」
「へえ、あの女に情でも移ったのか。加山に捨てられる女を、おまえ、引き受けるつもりでもあるのか」
語尾を強めて綾瀬は詰問した。
「ある、と言ったら?」
「認めない」

そう答えると綾瀬は葉月に背を向け、来た道を戻りはじめた。
高谷は慌てて綾瀬の後を追う。
「どういうことだよ」
修羅場に突き合わされたのだ。聞く権利はあると思った。
「あの女は加山組の組長の愛人だ。もとは財務省にいて、キャリア官僚と不倫騒動の末、財務省をやめて銀座でホステスをしていたという変わった女で、頭がいいんで加山は組の経理を任せていた。そのせいで、あの女は知らない方がいいことを知り過ぎてしまった。要らなくなった女の処分に困った加山は、葉月に、女を誘惑するように頼んだんだろ。不貞を理由に女が一生口を割らないように痛めつけることが出来る」
「そんなこと、なんで葉月が頼まれたんだ」
「そういうことに適任だと思われているんだろ」
確かに葉月のような男に口説かれればたいていの女なら靡くだろう。
しかし残酷な話ではある。

ベンツに乗り込むと、綾瀬は何も言わなくなった。
横顔を見ながら高谷は綾瀬はなにが気に入らなかったのだろうと考えた。
少なくとも葉月が女を騙すことを非難したのではないだろう。
残念ながら綾瀬にはそういうモラルや良識、正義感などは感じられないし、だいいち、綾瀬が、葉月が加山から頼まれていたことを確信したのは、ついさっきだ。
それまでは綾瀬は、葉月が付き合ってはいけない女と危険な恋愛をしていると心配していたのだろうか。
もっと単純な見方をすれば、葉月の交際相手に嫉妬しているだけのようにも見えた。

「なんだよ」
高谷の視線を感じた綾瀬が、不機嫌な声で言う。
「なんでもねーよ」
そう答えながら高谷の胸の中はざわついていた。

綾瀬と葉月の間に流れる複雑な感情の交流を、どう解釈すべきか。
そしてそれは自分に関係しているのかいないのか。
あるいは、いつか、関係するのか。

気がつくと高谷は、綾瀬の横顔を凝視していた。
風邪のせいか、頬の線が少しシャープになったと感じる。
衣替えが終わり詰襟を脱いだシャツの襟元に続くその首は細くて長い。
そして呆れるほど白い。
熱を測るため、葉月の指がその白い首に触れていたことを思い出す。
あれは、そう、とても艶めかしい光景だった。
だから自分は目を逸らした。

厄介だと、高谷は思った。
綾瀬と健全な友情を築いていくのは思いのほか、難しそうだ。
綾瀬は、違い過ぎる。
高谷は今頃になってやっと、誰にとってもたやすく「特別」になりうる稀な存在感を無視出来ない距離まで、近づいてしまった自分に気づいた。

視線が煩わしい、という目で高谷を振り返った綾瀬と、目と目が合う。
高谷はため息を吐いてもう一度「なんでもない」と言った。

最近すっかり日が伸びて、夕刻だというのに外はまだ明るい。
二人が出会った頃から二か月、春から夏に、季節がひとつ変わりはじめていた。





おわり

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