青は藍より出でて藍より青し

フジキフジコ

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朱に交われば赤くなる

4.覚醒

綾瀬が拉致されたホテルの一室を借りて、葉月はそこにこもった。
連絡を受けた高谷が神戸から戻ってくるのに半日かかった。
高谷は部屋に入って来るなりコートも脱がず、真っ直ぐ葉月の元に歩み寄り、応急処置しか施してない血の滲んだ額の包帯も目に入らないというように、葉月の腕を乱暴に掴んだ。

「おまえがついていながら!」
大きな声を出さなくても、高谷の怒りが表情で分かる。
「すみません」
回りの者は息を飲むように成りゆきを見守った。

組織の中で、高谷の立場は微妙かつ特別なものだった。
学生時代を綾瀬の友人として桐生邸に出入りし、その延長で清竜会に入ったときから、高谷は他の若い組員とは別格の扱いだった。
綾瀬の教育係りの葉月と同列の、もしかしたらそれ以上の強い立場が高谷にはある。
すでに綾瀬の友人だからというのは入口に過ぎない。
高谷には、裏の社会で上に立つ人間に必要不可欠な華があり、同時に影があった。
そして綾瀬と似て非なる風格を持っていた。
身についたのか、もともとの資質なのかは計れない。
だが高谷俊介は間違いなくこの世界に生きるべくして生まれた男だった。
今はそれを疑う者はいない。

「綾瀬の居所はつかめたのか」
「今、元鬼島組を探ってます」
「鬼島?」
高谷は葉月の腕を離して、吐き捨てるように言った。
「今更あいつらになにが出来る。葉月、おまえ、思い違いしてないか。他に心当たりを調べろ。すぐに」



***



「…どこ…だ…」
鼻をつく薬品の匂いに、喉が焼けるように痛む。
耳鳴りが、する。
息苦しい。
窒息しそうな胸苦しさを覚えて、綾瀬は目を開いた。

薄暗い室内は、それでも慣れてくると少しづつ様子が見えてきた。
半分ほどしか壁紙の貼られていない、コンクリートが剥き出しの部屋。
新しいペンキの匂い。
未完成ながら豪奢な部屋だということがわかるが、まだまともな照明器具がないらしい。
天井からぶら下がった裸電球が揺れている。

両腕と両脚をロープに縛られているが、どうやら一応ベッドに寝かされているらしい。
ただしシーツもブランケットもない、マットレスだけのベッドだ。

準備のない突然の覚醒に頭が割れるような痛みを訴えた。
視界がクリアーになって、ベッドの端に座る男に気づいた。

「……おまえ、誰、だ」
かすかに見覚えのある、体格のいい中年の男の横顔には同じ世界に住む者だけが持つ独特な匂いがなかった。
「気がついたか」

目の前の男が同業者ではないことを、綾瀬は怪訝に思う。
「…目的は…なんだ」
葉月はどうしたろう。結城は。
自分の居所を探している組が、この男に行き当たる確率を考えた。
思っているよりも時間が、かかるかもしれない。

「目的か」
男は、笑った。
荒んだ、病的な笑いだった。
「簡単なことだ。金だよ。つまり営利誘拐だ。清竜会の跡目の命の値段はどれくらいだろうなあ」
「…金?馬鹿か、てめえ。命が…惜しくないのか」
「命、ねえ…」

斜に構えて、男はじっと綾瀬を睨むように見る。
薄暗い照明の中で、男の顔に複数の痣があるのがわかった。
殴られた傷跡のようだ。
元々は端整な顔立ちをしているようだが、不精ヒゲや目の下の深く刻まれた隈が暗い陰を落としている。
長い前髪の下の鋭い目つきの中には綾瀬に対する憎悪があった。

「…おまえ…この前の…」
数日前に、街中で綾瀬に因縁を吹っかけてきた酔っ払いがいた。
当然、組員に路地裏に連れ込まれ、叩きのめされた。
それを恨んでのことにしては大きなことをし過ぎだ。

「何か…言ってたな、あのとき」
女を返せと、言っていた。
「死んだよ。麻子は死んだ。オレの借金のせいで、風呂に沈められシャブを打たれて死んだ」
清竜会では麻薬の取引はしていない。
だが、末端の組員のしていることまでは管理できない。
ヤクザの組員はシノギは自分の才覚でするしかない。
債務の取立てもそのうちのひとつだ。
男が借金を返せなければ、その女を売ることも珍しいことではない。

「…逆恨み…だな。ヤクザから金を借りて…ただですむと思っていたのか…」
「よく、わかっているさ。おまえの言う通り逆恨みに違いない。オレが、悪かったんだ。でもなあ、オレのようにクズのような男でも、報復くらいできるんだぜ?」

喉の奥でクスクス笑いながら男は綾瀬の顔に手を伸ばした。
それまで男に対して侮蔑を浮かべていた眼差しが、その瞬間、恐怖に変わった。
「さ、触るな!オレに触るな!」
掠れた声で悲鳴のように叫んだ綾瀬に、男は一瞬、手を止める。
「なんだよ。なにを、怖がってんだ」
男は、綾瀬の頬を撫で、髪を掴んだ。
綾瀬の身体がガクガクと小刻みに震えている。
「へえ、おもしれえな」
愉しみを見つけたように、男の瞳の奥が煌いた。


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