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朱に交われば赤くなる
8.有望な後輩
「先輩!高谷先輩!」
夜の街中で、そんなふうに声をかけてくる人間は一人しかいない。
渋谷のクラブの入口で、綾瀬は額を押さえながら振り返った。
「篤郎、街中で気安く声をかけるなと言ってるだろ」
「…だって…オレ、はあ、はあ…綾瀬のことは呼んでないし…はあ」
息を切らして走ってきた篤郎は、それでも憎まれ口を叩くのを忘れない。
「おまえ、なあ」
篤郎は2年前まで自分たちが着ていたのと同じ制服を着て、脇にスポーツバックを抱えている。
「ここ、入るの?奢ってよ」
綾瀬と高谷が入ろうとしていたクラブを指差して篤郎は言う。
「バーカ。コウコウセイがなに言ってんだ。だいたいおまえなあ、こんなとこフラフラしてる暇あんのかよ。進路、決まったのか」
「だからさ、それを報告したいわけよ。ね、先輩。さあ、さあ」
三人のやり取りを、案内するために入口で待っていたクラブのマネージャーは目を丸くして見ていた。
清竜会の御曹司とその右腕は、渋谷では丁重に扱わなければならない人物のVIP中のVIPだ。
彼らの扱いについては前のマネージャーからの引継ぎ事項の最重要項目にあげられていた。
月に一度の割合で訪れる二人は、若いが、確かに渋谷を支配する組の重要人物だということが納得できるだけの威圧感を持っていた。
だが、突然飛びこんできた背の高い、いかにもスポーツマンといった爽やかな高校生が若いヤクザの二人を、どこにでもいる青年に変えてしまったような錯覚にとらわれる。
やっと我に返って、彼は自分の仕事を思い出す。
「こちらへ、どうぞ」
3人を申し送り通りに丁寧に、案内した。
***
通されたVIPルームは、フロアが足下に見下ろせる2階にあって壁の一面はガラス貼りになっていた。
篤郎は珍しそうに、そこに立って下で蠢く若い男女を眺めている。
DJブースでは黒人の若い男が流暢な英語でMCを入れながら神業のような手つきで盤を回している。
見映えのいいウエイターが、銀の盆にきらめくグラスを乗せて魚の群れの中を泳ぐような動作で動き回っている。
店は若者向けではあったが渋谷のこの界隈にあるクラブはどこも高級で、学生の身分でこられるようなところじゃない。
篤郎は興奮して目を見張った。
「すっげえ。オレ、こんなとこ入ったのはじめて」
振り返ると、二人は腰掛けたら三十センチは沈みそうな皮のソファーに足を組んで腰かけ、高谷が綾瀬に目で確認して、部屋まで案内したボーイに飲み物を注文している。
なにをするにもこの二人は一連の法則に従って行動しているように呼吸が合う。
無理がない。
はじめて二人を見たときに、強烈な嫉妬を覚えたことを篤郎は思い出した。
高谷に、あるいは綾瀬に、嫉妬したのではなく、そんな相手を見つけた二人に、嫉妬した。
憧れていた高谷俊介からバスケを奪った(と篤郎は今でもそう思いこんでいる)綾瀬に、はじめは猛烈に反発したが、最初に突っかかったのが悪かったのか良かったのか、学校中の人間が怖がっているように、綾瀬を怖いとは思えず、校内で見かければ気安く声をかけに駆け寄った。
近くで言葉を交わせば、綾瀬本人は顔が人より綺麗なだけで、自分と同じ高校生に過ぎなかった。
無愛想で、人並みの優しさや思いやりなど少しも持ち合わせていない綾瀬を、何故だか篤郎は気にいった。
今まで、綾瀬のような気性の人間に会ったことがなかったからかもしれない。
そして単純に、美しい顔を近くで見られる特典を楽しんだ。
そのうちに、綾瀬ともそしていつもその横にいた高谷とも、親しい間柄になった。
「ねえ、こんなふうに、人の頭の上に立つのってどういう気分なの?」
綾瀬は呆れたように篤郎を見た。
「つまんねえこと、聞くな。それよりおまえだよ、進路の話があるんだろ」
「いやあ、おかげさまで大学に進学することに決まりました」
「どこだよ」
と、はじめて高谷が聞いた。
「K大」
「すげえじゃん」
高谷が「すごい」と形容したことの意味を訊くように、綾瀬が高谷に視線を移した。
「バスケの強いとこだよ。推薦だろ?だけど、あそこでレギュラーとるのは難しいぞ」
「それなんだよねえ」
ため息を吐きながら、篤郎は二人の側に腰を下ろした。
高谷を追いかけて同じ高校に入学した篤郎は、その肝心の高谷がバスケをやめたことを知ったあとも、バスケットを続けた。
意外にこつこつと努力するタイプで実力をつけ、2年の後半からつい先日引退するまでキャプテンをしていた。
「レギュラー取れれば卒業して実業団だけどさ、取れなかったらどうするって話」
篤郎の進んで行く道は、もしかしたら高谷が進んだかもしれない道だった。
そんなことを考えて、綾瀬は高谷の横顔を伺う。
悔いはないのだろうか。高谷は。
「せいぜい頑張れよ」
「もし実業団が駄目だったら、綾瀬の組で経理に雇ってくれない?オレ、ちゃんと経済とか経営とか勉強すっし」
「バカっ!組と会社を一緒にすんなっ!」
高谷は二人のやり取りに我慢できないというように吹き出した。
なかなかいいコンビだと思う。
綾瀬をこんなふうに狼狽させたり、素面にさせることの出来る人間は他にいない。
高谷は密かに胸の中で篤郎の将来を決定させた。
もっとも綾瀬は反対するに違いない。
夜の街中で、そんなふうに声をかけてくる人間は一人しかいない。
渋谷のクラブの入口で、綾瀬は額を押さえながら振り返った。
「篤郎、街中で気安く声をかけるなと言ってるだろ」
「…だって…オレ、はあ、はあ…綾瀬のことは呼んでないし…はあ」
息を切らして走ってきた篤郎は、それでも憎まれ口を叩くのを忘れない。
「おまえ、なあ」
篤郎は2年前まで自分たちが着ていたのと同じ制服を着て、脇にスポーツバックを抱えている。
「ここ、入るの?奢ってよ」
綾瀬と高谷が入ろうとしていたクラブを指差して篤郎は言う。
「バーカ。コウコウセイがなに言ってんだ。だいたいおまえなあ、こんなとこフラフラしてる暇あんのかよ。進路、決まったのか」
「だからさ、それを報告したいわけよ。ね、先輩。さあ、さあ」
三人のやり取りを、案内するために入口で待っていたクラブのマネージャーは目を丸くして見ていた。
清竜会の御曹司とその右腕は、渋谷では丁重に扱わなければならない人物のVIP中のVIPだ。
彼らの扱いについては前のマネージャーからの引継ぎ事項の最重要項目にあげられていた。
月に一度の割合で訪れる二人は、若いが、確かに渋谷を支配する組の重要人物だということが納得できるだけの威圧感を持っていた。
だが、突然飛びこんできた背の高い、いかにもスポーツマンといった爽やかな高校生が若いヤクザの二人を、どこにでもいる青年に変えてしまったような錯覚にとらわれる。
やっと我に返って、彼は自分の仕事を思い出す。
「こちらへ、どうぞ」
3人を申し送り通りに丁寧に、案内した。
***
通されたVIPルームは、フロアが足下に見下ろせる2階にあって壁の一面はガラス貼りになっていた。
篤郎は珍しそうに、そこに立って下で蠢く若い男女を眺めている。
DJブースでは黒人の若い男が流暢な英語でMCを入れながら神業のような手つきで盤を回している。
見映えのいいウエイターが、銀の盆にきらめくグラスを乗せて魚の群れの中を泳ぐような動作で動き回っている。
店は若者向けではあったが渋谷のこの界隈にあるクラブはどこも高級で、学生の身分でこられるようなところじゃない。
篤郎は興奮して目を見張った。
「すっげえ。オレ、こんなとこ入ったのはじめて」
振り返ると、二人は腰掛けたら三十センチは沈みそうな皮のソファーに足を組んで腰かけ、高谷が綾瀬に目で確認して、部屋まで案内したボーイに飲み物を注文している。
なにをするにもこの二人は一連の法則に従って行動しているように呼吸が合う。
無理がない。
はじめて二人を見たときに、強烈な嫉妬を覚えたことを篤郎は思い出した。
高谷に、あるいは綾瀬に、嫉妬したのではなく、そんな相手を見つけた二人に、嫉妬した。
憧れていた高谷俊介からバスケを奪った(と篤郎は今でもそう思いこんでいる)綾瀬に、はじめは猛烈に反発したが、最初に突っかかったのが悪かったのか良かったのか、学校中の人間が怖がっているように、綾瀬を怖いとは思えず、校内で見かければ気安く声をかけに駆け寄った。
近くで言葉を交わせば、綾瀬本人は顔が人より綺麗なだけで、自分と同じ高校生に過ぎなかった。
無愛想で、人並みの優しさや思いやりなど少しも持ち合わせていない綾瀬を、何故だか篤郎は気にいった。
今まで、綾瀬のような気性の人間に会ったことがなかったからかもしれない。
そして単純に、美しい顔を近くで見られる特典を楽しんだ。
そのうちに、綾瀬ともそしていつもその横にいた高谷とも、親しい間柄になった。
「ねえ、こんなふうに、人の頭の上に立つのってどういう気分なの?」
綾瀬は呆れたように篤郎を見た。
「つまんねえこと、聞くな。それよりおまえだよ、進路の話があるんだろ」
「いやあ、おかげさまで大学に進学することに決まりました」
「どこだよ」
と、はじめて高谷が聞いた。
「K大」
「すげえじゃん」
高谷が「すごい」と形容したことの意味を訊くように、綾瀬が高谷に視線を移した。
「バスケの強いとこだよ。推薦だろ?だけど、あそこでレギュラーとるのは難しいぞ」
「それなんだよねえ」
ため息を吐きながら、篤郎は二人の側に腰を下ろした。
高谷を追いかけて同じ高校に入学した篤郎は、その肝心の高谷がバスケをやめたことを知ったあとも、バスケットを続けた。
意外にこつこつと努力するタイプで実力をつけ、2年の後半からつい先日引退するまでキャプテンをしていた。
「レギュラー取れれば卒業して実業団だけどさ、取れなかったらどうするって話」
篤郎の進んで行く道は、もしかしたら高谷が進んだかもしれない道だった。
そんなことを考えて、綾瀬は高谷の横顔を伺う。
悔いはないのだろうか。高谷は。
「せいぜい頑張れよ」
「もし実業団が駄目だったら、綾瀬の組で経理に雇ってくれない?オレ、ちゃんと経済とか経営とか勉強すっし」
「バカっ!組と会社を一緒にすんなっ!」
高谷は二人のやり取りに我慢できないというように吹き出した。
なかなかいいコンビだと思う。
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