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朱に交われば赤くなる
12.手術
高谷が、自分と同じ世界を選んだときから、こんなことになるんじゃないかといつも怯えていたような気がする。
まだ子供だった頃、屋敷の中の奥まった一室では毎夜のように賭博が行われていて、そこにドスや日本刀を持った男たちが押し入ったことがあった。
耳を劈くような怒声や罵声に部屋を飛び出した綾瀬の目に映ったのは、刃を交え殺し合う男たちの壮絶な姿だった。
襖に飛び散る鮮血。
畳の上をのた打ち回る苦悶した男の表情。
人間の血が生臭いものだと、そのとき知った。
人が殺し合う光景は地獄絵図だ。
あとで、そのときの襲撃では一人も死人が出なかったことを聞いたが、だからと言って、その光景を忘れることは出来なかった。
いつでも死は、自分の身近なところにあった。
高谷が組に入ることを、もっと反対すればよかったのだろうか。
けれど、自分には高谷が必要だった。
手放せなかった。側にいて欲しかった。
なぜ、それが高谷でなければならなかったのか、理由はわからない。
高谷の側にいるときだけ、自分で自分を許すことが出来た。
高谷になら、ありのままの自分を、受け入れてもらえるような気がした。
そんな存在を望んだ日から、失う日の来ることを知っていたはずなのに。
***
綾瀬は、病院の手術室の前の長椅子に意思のないマネキンのように掛けていた。
ニュースを見て病院に駆け付けた真琴は声をかけることが出来なかった。
こんな綾瀬を見たことはない。
憔悴なんてものじゃない。
魂が感じられない、まるで抜け殻のようだ。
綾瀬の方こそ、今すぐになにか医学的な処置が必要なんじゃないか。
そう心配になるほど、顔は色を失っている。
そのとき、手術室のドアが開いて医者が一人出てきた。
「関係者の方ですか?血液が足りません。輸血をしたいのでご協力願いたい」
「はい」
と、答えたのは真琴だった。
「…O型だ…高谷は」
長椅子に座ったまま、抑揚のない声で綾瀬が言う。
「じゃあ、僕と同じだ。先生、お願いします」
チラッと綾瀬の方を気にして、「様態は?」と聞くと、医者は眉を寄せて「出血が多過ぎて、非常に危険な状態です」と返事を返す。
耳に入っただろうに、綾瀬の表情は変わらない。
それから、真琴と同じようにTVのニュースで見たと言って優吾と篤郎が一緒に駆けつけた。
篤郎も輸血に協力するために、真琴と一緒に処置室に入る。
優吾は綾瀬の様子を伺うように横に座った。
綾瀬は誰とも口を聞こうとしなかった。
テルは無事だったが、銃弾が掠った腕に応急処置をした状態で、警察に連行された。
高谷の身体には1発の弾丸が埋まっていた。
摘出手術は、延々6時間にも及んだ。
「一命はとりとめたと思います。しかし、脊椎に損傷があります」
手術が終って説明を受けるための部屋に通された綾瀬に、歩けるようになるかどうか…と医者は表情を曇らせて言った。
「……半身不随ということですか」
「まだ断言は出来ませんが、覚悟はしてください」
「覚悟……?」
綾瀬の口許が笑ったように歪んだ。
次の瞬間には、膝の上に置いた両手に顔を埋める。
肩が大きく震えている。
泣いているのかと思ったが、聞えてきたのは哄笑だった。
医者は顔を顰めた。
「…ふっ…はっ、はははは」
ヤクザ同士の抗争だと聞いている。
そんなことに関わって命を落としたり怪我をしたりする人間は馬鹿馬鹿しくてつきあっていられない。
自分ではどうにもならない病気や、不慮の事故で命を失う人間が大勢いるのだ。
歩けなくなったとしても誰のせいでもない、自業自得の結果だろう。
医者は顔を覆って笑っている綾瀬を侮蔑したように見下ろして、黙って部屋を出て行った。
一人残された綾瀬はソファーから崩れるように床に、膝をつく。
狂ったように笑いながら、その顔は冷たい涙で濡れていた。
まだ子供だった頃、屋敷の中の奥まった一室では毎夜のように賭博が行われていて、そこにドスや日本刀を持った男たちが押し入ったことがあった。
耳を劈くような怒声や罵声に部屋を飛び出した綾瀬の目に映ったのは、刃を交え殺し合う男たちの壮絶な姿だった。
襖に飛び散る鮮血。
畳の上をのた打ち回る苦悶した男の表情。
人間の血が生臭いものだと、そのとき知った。
人が殺し合う光景は地獄絵図だ。
あとで、そのときの襲撃では一人も死人が出なかったことを聞いたが、だからと言って、その光景を忘れることは出来なかった。
いつでも死は、自分の身近なところにあった。
高谷が組に入ることを、もっと反対すればよかったのだろうか。
けれど、自分には高谷が必要だった。
手放せなかった。側にいて欲しかった。
なぜ、それが高谷でなければならなかったのか、理由はわからない。
高谷の側にいるときだけ、自分で自分を許すことが出来た。
高谷になら、ありのままの自分を、受け入れてもらえるような気がした。
そんな存在を望んだ日から、失う日の来ることを知っていたはずなのに。
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綾瀬は、病院の手術室の前の長椅子に意思のないマネキンのように掛けていた。
ニュースを見て病院に駆け付けた真琴は声をかけることが出来なかった。
こんな綾瀬を見たことはない。
憔悴なんてものじゃない。
魂が感じられない、まるで抜け殻のようだ。
綾瀬の方こそ、今すぐになにか医学的な処置が必要なんじゃないか。
そう心配になるほど、顔は色を失っている。
そのとき、手術室のドアが開いて医者が一人出てきた。
「関係者の方ですか?血液が足りません。輸血をしたいのでご協力願いたい」
「はい」
と、答えたのは真琴だった。
「…O型だ…高谷は」
長椅子に座ったまま、抑揚のない声で綾瀬が言う。
「じゃあ、僕と同じだ。先生、お願いします」
チラッと綾瀬の方を気にして、「様態は?」と聞くと、医者は眉を寄せて「出血が多過ぎて、非常に危険な状態です」と返事を返す。
耳に入っただろうに、綾瀬の表情は変わらない。
それから、真琴と同じようにTVのニュースで見たと言って優吾と篤郎が一緒に駆けつけた。
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優吾は綾瀬の様子を伺うように横に座った。
綾瀬は誰とも口を聞こうとしなかった。
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高谷の身体には1発の弾丸が埋まっていた。
摘出手術は、延々6時間にも及んだ。
「一命はとりとめたと思います。しかし、脊椎に損傷があります」
手術が終って説明を受けるための部屋に通された綾瀬に、歩けるようになるかどうか…と医者は表情を曇らせて言った。
「……半身不随ということですか」
「まだ断言は出来ませんが、覚悟はしてください」
「覚悟……?」
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次の瞬間には、膝の上に置いた両手に顔を埋める。
肩が大きく震えている。
泣いているのかと思ったが、聞えてきたのは哄笑だった。
医者は顔を顰めた。
「…ふっ…はっ、はははは」
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そんなことに関わって命を落としたり怪我をしたりする人間は馬鹿馬鹿しくてつきあっていられない。
自分ではどうにもならない病気や、不慮の事故で命を失う人間が大勢いるのだ。
歩けなくなったとしても誰のせいでもない、自業自得の結果だろう。
医者は顔を覆って笑っている綾瀬を侮蔑したように見下ろして、黙って部屋を出て行った。
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