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朱に交われば赤くなる
16【完】別離
「なんで、行かないの」
真琴は、怒ったように言った。
「6時半って、言ってたよ。まだ間に合う」
6時半、それは高谷の乗る飛行機が成田を立つ時間だった。
結局、綾瀬は高谷の意識が戻ってから一度も高谷に会っていなかった。
会えなかった。
どこかで自分自身に区切りをつけなければ、いつまでも高谷を手放せない。
だから会うわけにはいかなかった。
「行こう」と言った真琴に、首を振った。
「会わない」
「どうして。もう会えないかもしれないのに」
高谷の脚が治り、立って日本に戻ってこれる確立と、一生半身が不自由なままの確立は今の状況では五分五分だ。
そしてもし治らなかったら、高谷は綾瀬の元には二度と戻らないだろう。
「何を拘ってるのか知らないけど、僕は清竜会の跡目として高谷さんを見送れって言ってるんじゃないよ。君個人として、綾瀬尚紀として、どうして会いに行かないの」
「おまえになにがわかる。オレの気持ちの、なにがわかるんだ、真琴」
綾瀬の声は冷ややかで、他者を拒絶している。
「わかんないよ!わかるわけないだろ。君は誰にもわかって欲しくないんだから。高谷さん以外には、心を開こうとしないじゃないか」
真琴は声を荒げた。
真琴が、こんなふうに感情を剥き出しにすることはない。
綾瀬は、驚いた。
「真琴…」
「君たちはズルイよ。二人だけで理解し合って、それでいいなんて思って。だいたいなんなの最近の君は。力を見せつけて、僕たちとは違う人間みたいな顔してさ。いっとくけどね、僕は君なんか怖くもなんともないからね!ヤクザがなんだ。跡取りとか、そんなの関係あるか。くそっ」
思わずこぼれ落ちた涙を乱暴に手の甲で拭って、真琴は散々に綾瀬を詰った。
綾瀬は大人しく真琴の言葉を聞いていた。
そして、諦めたように笑った。
「わかったから。もう、いい。行く。高谷に会う。それで、いいんだろう?」
「自分が会いたいくせに、人のせいなんかにするな!」
真琴はまだ怒っていたが、安堵しているのも、わかった。
椅子の背に掛かっていたジャンバーを羽織り、綾瀬はドアに手をかける。
「真琴、サンキュ」
今まで聞いたことのなかったそのセリフと、吹っ切れたような表情に、真琴は涙に濡れた目を丸く見開いて、驚いた。
いつになくラフな格好をした綾瀬は普段とはまるで違って、私服の高校生のように見える。
そう、まるで、大事な友達を見送りにいくどこにでもいる学生のようだ。
けれど高谷を見送ったあと、綾瀬にはもう子供でいることは許されない過酷で厳しい世界が待っている。
生きるために相手を殺すか、殺されるか。
そんな血生臭い世界が。
一端心を決めた綾瀬の行動は早かった。
車を呼び、玄関に向かう。
空はまだ暮れていない。
間に合う。きっと、高谷に会える。
身体を治せと、伝えよう。
必ず治して、戻ってこいと。
待っている、と。
門に向かって伸びる飛び石を歩いていると、外から歩いてくる男たちと鉢合わせた。
「桐生尚紀さん?」
尻上がりのイントネーションで問いかけられて、綾瀬は顔をあげた。
返事はしなかった。
「渋谷のクラブでの銃撃による殺人未遂容疑で逮捕する」
「なにを」
「話は署で聞く。同行願おうか」
屋敷から、殺気立った組員が次々に飛び出してくる。
しかし、逮捕状を持つ警察相手に手は出せない。
怒号と罵声だけが飛び交った。
真琴も飛び出してきた。
「綾瀬!!」
回りの喧騒を余所に、綾瀬はゆっくり空を見上げた。
綾瀬の回りだけ、ぽっかり時が止まったようだった。
綾瀬が見ている初夏の高い空は抜けるようにどこまでも青が広がり、細い雲が一筋だけ流れている。
まだ、高谷の乗る飛行機の見える時刻にはなっていない。
目を瞑ると、懐かしい顔が浮んだ。
最後に車の中で微熱のこもった視線を交わしたときの、表情に似ていた。
高谷、しばらくの間、お別れだ。
綾瀬はポケットに手を入れて、肩越しに真琴を振り返った。
その顔は、どこか満足気に微笑っていた。
□完□
NEXT→狭き門より入れ
次回は7年後のお話になります
真琴は、怒ったように言った。
「6時半って、言ってたよ。まだ間に合う」
6時半、それは高谷の乗る飛行機が成田を立つ時間だった。
結局、綾瀬は高谷の意識が戻ってから一度も高谷に会っていなかった。
会えなかった。
どこかで自分自身に区切りをつけなければ、いつまでも高谷を手放せない。
だから会うわけにはいかなかった。
「行こう」と言った真琴に、首を振った。
「会わない」
「どうして。もう会えないかもしれないのに」
高谷の脚が治り、立って日本に戻ってこれる確立と、一生半身が不自由なままの確立は今の状況では五分五分だ。
そしてもし治らなかったら、高谷は綾瀬の元には二度と戻らないだろう。
「何を拘ってるのか知らないけど、僕は清竜会の跡目として高谷さんを見送れって言ってるんじゃないよ。君個人として、綾瀬尚紀として、どうして会いに行かないの」
「おまえになにがわかる。オレの気持ちの、なにがわかるんだ、真琴」
綾瀬の声は冷ややかで、他者を拒絶している。
「わかんないよ!わかるわけないだろ。君は誰にもわかって欲しくないんだから。高谷さん以外には、心を開こうとしないじゃないか」
真琴は声を荒げた。
真琴が、こんなふうに感情を剥き出しにすることはない。
綾瀬は、驚いた。
「真琴…」
「君たちはズルイよ。二人だけで理解し合って、それでいいなんて思って。だいたいなんなの最近の君は。力を見せつけて、僕たちとは違う人間みたいな顔してさ。いっとくけどね、僕は君なんか怖くもなんともないからね!ヤクザがなんだ。跡取りとか、そんなの関係あるか。くそっ」
思わずこぼれ落ちた涙を乱暴に手の甲で拭って、真琴は散々に綾瀬を詰った。
綾瀬は大人しく真琴の言葉を聞いていた。
そして、諦めたように笑った。
「わかったから。もう、いい。行く。高谷に会う。それで、いいんだろう?」
「自分が会いたいくせに、人のせいなんかにするな!」
真琴はまだ怒っていたが、安堵しているのも、わかった。
椅子の背に掛かっていたジャンバーを羽織り、綾瀬はドアに手をかける。
「真琴、サンキュ」
今まで聞いたことのなかったそのセリフと、吹っ切れたような表情に、真琴は涙に濡れた目を丸く見開いて、驚いた。
いつになくラフな格好をした綾瀬は普段とはまるで違って、私服の高校生のように見える。
そう、まるで、大事な友達を見送りにいくどこにでもいる学生のようだ。
けれど高谷を見送ったあと、綾瀬にはもう子供でいることは許されない過酷で厳しい世界が待っている。
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そんな血生臭い世界が。
一端心を決めた綾瀬の行動は早かった。
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間に合う。きっと、高谷に会える。
身体を治せと、伝えよう。
必ず治して、戻ってこいと。
待っている、と。
門に向かって伸びる飛び石を歩いていると、外から歩いてくる男たちと鉢合わせた。
「桐生尚紀さん?」
尻上がりのイントネーションで問いかけられて、綾瀬は顔をあげた。
返事はしなかった。
「渋谷のクラブでの銃撃による殺人未遂容疑で逮捕する」
「なにを」
「話は署で聞く。同行願おうか」
屋敷から、殺気立った組員が次々に飛び出してくる。
しかし、逮捕状を持つ警察相手に手は出せない。
怒号と罵声だけが飛び交った。
真琴も飛び出してきた。
「綾瀬!!」
回りの喧騒を余所に、綾瀬はゆっくり空を見上げた。
綾瀬の回りだけ、ぽっかり時が止まったようだった。
綾瀬が見ている初夏の高い空は抜けるようにどこまでも青が広がり、細い雲が一筋だけ流れている。
まだ、高谷の乗る飛行機の見える時刻にはなっていない。
目を瞑ると、懐かしい顔が浮んだ。
最後に車の中で微熱のこもった視線を交わしたときの、表情に似ていた。
高谷、しばらくの間、お別れだ。
綾瀬はポケットに手を入れて、肩越しに真琴を振り返った。
その顔は、どこか満足気に微笑っていた。
□完□
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