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狭き門より入れ
2.再会
「なんで、ロスに?一人で来たのか?」
家の中に招いて、コーヒーを煎れながら高谷が聞いた。
日本にいたときは、短くして前髪を後ろに撫でつけていた髪は、高校生の一時期にそうしていたように、肩まで伸ばして後ろでひとつにまとめている。
ラフなシャツにジーンズ姿の高谷は、このロサンゼルスの風景に溶け込んでいるように見えた。
「足、もういいのか」
自分の質問には答えない綾瀬に苦笑を浮かべて、高谷は「雨が降ると痛むくらいだよ。歩くのには、問題ない」と答えた。
「そうか」
そう言って俯いた綾瀬は心底安心しているようだった。
「悪かったな。連絡もしないで」
綾瀬は首を振った。
7年前、高谷が損傷した脊髄の手術を受けるために渡米したその日に、綾瀬は殺人未遂の容疑で逮捕され、有罪が確定してその後5年間、服役していた。
出所してからは仕事に奔走した。
高谷のことを気にかけることが出来なかったのは自分の方だ。
けれど、出所してから連絡を取れなかったのは、5年立っても帰ってこない高谷の、帰れない理由を探り出したくなかったからかもしれない。
日本語で会話をする、父親とその友人を物珍しそうに見ながら椅子に腰掛けてる少年に視線をやって、「母親は」と綾瀬は聞いた。
褐色の肌は異国の人間を感じさせたが、よく見れば彼の多弁な純白の瞳や眦には、間違いなく東洋の血が混じっている。
「事情があって、今はいない」
「そうか」
ここには自分が知らない高谷の7年間がある。
日本で、高谷の知らない自分の7年間があったように。
「ロスにはしばらく、いられるのか」
「…多分」
「そうだ綾瀬。明日、優吾を呼んでバーベキューでもしよう」
「優吾?」
有島優吾は2年前からニューヨークに住んでいると聞いている。
綾瀬がそう言うと、
「あいつ、風来坊だからさ、半年くらい前からこの近くの高級アパートに住んでるよ」
優吾の絵は、アメリカでも高い評価を得ていると高谷は説明した。
ますます有島コンツェルンの後継ぎからは縁遠くなっているらしい。
綾瀬は滞在しているホテルの名前を告げて、明日また来ると言って帰っていった。
***
「綾瀬さん!久しぶり!会えて嬉しいよ!」
会うなりそう言って抱きついて来た優吾の大きな身体を、綾瀬は迷惑そうに避けた。
「おまえ、すっかりかぶれたな」
短髪を完全にブロンドに染め、服装も上から下までメイドインUSAの優吾は、その大柄な体格からも、ちょっと見た感じでは日本人には見えない。
「なんとでも言って。アメリカ最高!アメリカ万歳!アメリカブラボー!」
優吾のような型にはまらない感性の持ち主には、日本という国は窮屈すぎたのかもしれない。
表情は2年前よりずっと伸び伸びして、生きていることを喜んでいるように輝いていた。
「綾瀬さんはロスになにしに来たの。マフィアと商談?密輸とか」
声を潜めて、綾瀬の耳元で聞く。
綾瀬は「アホか」と優吾の顔を離した。
「バカンスだよ、悪いか」
「へえ、ヤクザ屋さんでもバカンスとかするんだ」
二人のやり取りを笑って眺めながら、高谷は庭でバーベキューの用意をした。
マイケルがはしゃいで、高谷の足元を走り回っている。
子供と高谷という、その馴染めない風景をどうしても違和感を持って眺めてしまう。
けれど、簡単なことだ。
要するにあの少年が高谷の『帰れない事情』なのだ。
「びっくりしたでしょ、あの子」
急に声をひそめて、優吾は言った。
「まさか、あの高谷さんがアメリカ人と子供つくっちゃうなんてね。だから日本に帰ってこなかったのかな」
「母親はどうしたんだ」
「さあ、僕がここに来た時からいなかったよ」
「ユウゴ!」
マイケルに手を引かれて、優吾は庭の中央に連れていかれた。
しょっちゅう家に来ている優吾はすっかりマイケルに懐かれている。
優吾とマイケルのおかげで、ささやかなホームパーティは笑い声が堪えなかった。
「仕事はどうしてるんだ」
優吾がマイケルを寝かせるために室内に消えたあと、綾瀬と高谷は玄関の前に置かれたベンチに並んで腰掛けて話した。
「病院でリハビリしているときに世話になった日本人が、日系企業相手のコンサルティングをしていて、しばらくはその仕事を手伝っていた。いまはコンピューターを使って株の売買をしてる。誰でもできるサイドビジネスだ。家でも出来るし、調度いい」
「おまえが、株の売買?」
高谷は照れたように笑った。
「組が毎月送金してくれる金で生活するなら充分だけどな。組には、随分世話になった。もう、送金も断ろうと思っていたとこだ」
それは、戻る意思がないと、そう言ってるのと同じだった。
そんなことはわざわざここに来るまでもなく、わかっていた。
帰って来ないことが高谷の答えなんだから。
「綾瀬」
俯いていると、名前を呼ばれた。
顔を向けると、高谷が穏やかに笑っている。
「来てくれて嬉しかった」
見つめあっていると、離れていた7年間という時間が嘘のようだった。
前より少し痩せて頬が精悍になっている。
でも日焼けした肌は健康的で、なにより目は昔よりずっと穏やかだ。
高谷はこれでいい、と綾瀬は思う。
こうして離れていれば、失うことに怯えなくてもすむ。
今度別れたら、もう会うことはないだろう。
今、同じ場所にいて同じものを見ているこの瞬間を愛しむように、綾瀬はぎこちなく笑い返した。
家の中に招いて、コーヒーを煎れながら高谷が聞いた。
日本にいたときは、短くして前髪を後ろに撫でつけていた髪は、高校生の一時期にそうしていたように、肩まで伸ばして後ろでひとつにまとめている。
ラフなシャツにジーンズ姿の高谷は、このロサンゼルスの風景に溶け込んでいるように見えた。
「足、もういいのか」
自分の質問には答えない綾瀬に苦笑を浮かべて、高谷は「雨が降ると痛むくらいだよ。歩くのには、問題ない」と答えた。
「そうか」
そう言って俯いた綾瀬は心底安心しているようだった。
「悪かったな。連絡もしないで」
綾瀬は首を振った。
7年前、高谷が損傷した脊髄の手術を受けるために渡米したその日に、綾瀬は殺人未遂の容疑で逮捕され、有罪が確定してその後5年間、服役していた。
出所してからは仕事に奔走した。
高谷のことを気にかけることが出来なかったのは自分の方だ。
けれど、出所してから連絡を取れなかったのは、5年立っても帰ってこない高谷の、帰れない理由を探り出したくなかったからかもしれない。
日本語で会話をする、父親とその友人を物珍しそうに見ながら椅子に腰掛けてる少年に視線をやって、「母親は」と綾瀬は聞いた。
褐色の肌は異国の人間を感じさせたが、よく見れば彼の多弁な純白の瞳や眦には、間違いなく東洋の血が混じっている。
「事情があって、今はいない」
「そうか」
ここには自分が知らない高谷の7年間がある。
日本で、高谷の知らない自分の7年間があったように。
「ロスにはしばらく、いられるのか」
「…多分」
「そうだ綾瀬。明日、優吾を呼んでバーベキューでもしよう」
「優吾?」
有島優吾は2年前からニューヨークに住んでいると聞いている。
綾瀬がそう言うと、
「あいつ、風来坊だからさ、半年くらい前からこの近くの高級アパートに住んでるよ」
優吾の絵は、アメリカでも高い評価を得ていると高谷は説明した。
ますます有島コンツェルンの後継ぎからは縁遠くなっているらしい。
綾瀬は滞在しているホテルの名前を告げて、明日また来ると言って帰っていった。
***
「綾瀬さん!久しぶり!会えて嬉しいよ!」
会うなりそう言って抱きついて来た優吾の大きな身体を、綾瀬は迷惑そうに避けた。
「おまえ、すっかりかぶれたな」
短髪を完全にブロンドに染め、服装も上から下までメイドインUSAの優吾は、その大柄な体格からも、ちょっと見た感じでは日本人には見えない。
「なんとでも言って。アメリカ最高!アメリカ万歳!アメリカブラボー!」
優吾のような型にはまらない感性の持ち主には、日本という国は窮屈すぎたのかもしれない。
表情は2年前よりずっと伸び伸びして、生きていることを喜んでいるように輝いていた。
「綾瀬さんはロスになにしに来たの。マフィアと商談?密輸とか」
声を潜めて、綾瀬の耳元で聞く。
綾瀬は「アホか」と優吾の顔を離した。
「バカンスだよ、悪いか」
「へえ、ヤクザ屋さんでもバカンスとかするんだ」
二人のやり取りを笑って眺めながら、高谷は庭でバーベキューの用意をした。
マイケルがはしゃいで、高谷の足元を走り回っている。
子供と高谷という、その馴染めない風景をどうしても違和感を持って眺めてしまう。
けれど、簡単なことだ。
要するにあの少年が高谷の『帰れない事情』なのだ。
「びっくりしたでしょ、あの子」
急に声をひそめて、優吾は言った。
「まさか、あの高谷さんがアメリカ人と子供つくっちゃうなんてね。だから日本に帰ってこなかったのかな」
「母親はどうしたんだ」
「さあ、僕がここに来た時からいなかったよ」
「ユウゴ!」
マイケルに手を引かれて、優吾は庭の中央に連れていかれた。
しょっちゅう家に来ている優吾はすっかりマイケルに懐かれている。
優吾とマイケルのおかげで、ささやかなホームパーティは笑い声が堪えなかった。
「仕事はどうしてるんだ」
優吾がマイケルを寝かせるために室内に消えたあと、綾瀬と高谷は玄関の前に置かれたベンチに並んで腰掛けて話した。
「病院でリハビリしているときに世話になった日本人が、日系企業相手のコンサルティングをしていて、しばらくはその仕事を手伝っていた。いまはコンピューターを使って株の売買をしてる。誰でもできるサイドビジネスだ。家でも出来るし、調度いい」
「おまえが、株の売買?」
高谷は照れたように笑った。
「組が毎月送金してくれる金で生活するなら充分だけどな。組には、随分世話になった。もう、送金も断ろうと思っていたとこだ」
それは、戻る意思がないと、そう言ってるのと同じだった。
そんなことはわざわざここに来るまでもなく、わかっていた。
帰って来ないことが高谷の答えなんだから。
「綾瀬」
俯いていると、名前を呼ばれた。
顔を向けると、高谷が穏やかに笑っている。
「来てくれて嬉しかった」
見つめあっていると、離れていた7年間という時間が嘘のようだった。
前より少し痩せて頬が精悍になっている。
でも日焼けした肌は健康的で、なにより目は昔よりずっと穏やかだ。
高谷はこれでいい、と綾瀬は思う。
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