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狭き門より入れ
5.休暇の終わり
朝はとくに言葉を交わすことはなかった。
綾瀬と一緒に家の外に出ると、垣根の前にいつからそこにあるのか、車が一台止まっている。
二人の姿を確認して、車から降り立ったのは篤郎だった。
これから仕事に向かうビジネスマンのようにきちんとスーツを着込んでいる。
物腰は高校生のときと違いすっかり落ちつき、眼差しだけは鋭くなった風貌からは昔の面影はまったくない。
三代目、と綾瀬のことを呼んだ。
「車の中に入ってください」
「こんなとこまでオレの命をとりにくる暇なヤツがいるかよ」
そう文句を言いながらも綾瀬は篤郎の言葉に従って、後部座席に座った。
車に乗り込む前、ほんの数秒、高谷に視線をやった。
別れは、それだけだった。
綾瀬が完全に車に乗ったことを目で追って確認したあとで、篤郎は高谷の方に歩みよる。
「高谷先輩」
高谷に対しての呼びかけは昔のまま、表情も懐かしい後輩のままだった。
「なに、あいつ。なんかヤバイのか」
篤郎は笑みを崩した。
久しぶりに会った高谷の、変らない口調が懐かしかった。
「いえ。もう三下が安々と手を出せるような人じゃありませんから」
「そうか。篤郎、おまえが側にいたんだな」
そう言う声に、どんな種類の感情が伴っているのか篤郎にはわからない。
本当なら、誰よりも綾瀬の側にいるのは高谷のはずだった。
高谷のかわりのように、高谷のいなかった7年間綾瀬の側にいた自分を、高谷は羨んでいるのだろうか。
それとも、憎んでいるのか。
高谷さん、ともう一度、篤郎は高谷を呼んだ。
「オレ、高谷さんに憧れて、ずっと高谷さんを追いかけてました。綾瀬を知ってからは、二人の関係に憧れたんだと思う。オレは、高谷さんになりたかったのかもしれない」
「そんな半端な気持ちで、命は張れないさ。おまえはおまえとして、綾瀬を守ってきたんだろ。そして、これからもな」
はっとしたように、篤郎は高谷を見た。
不意に、綾瀬と高谷が一緒にいた姿を思い出す。
同じ制服を来て、同じ速度で並んで歩いていた。
二人の間には独特の空気があった。
はじめから対でいることが決められていたような、美しい調和が。
そして、高谷の傍らにあるときだけに見せる綾瀬の顔も、思い出す。
篤郎は、もう一度、あの顔を見たいと思う。
「高谷さん、帰ってきてくれるんでしょう?」
感傷を振り払うように、笑顔で聞く。
高谷は曖昧に笑って見せるだけだ。
「帰ってきてください。オレは、あの人を守るためなら命も惜しくないけど、あなたの代わりにはなれませんでした。ずっと、この7年間、誰も…」
それだけ言って深く頭を下げてから篤郎も車に乗り込む。
エンジンをかけた車が発車する前に、マイケルを肩車した優吾が歩いてくるのがバックミラーに映った。
「挨拶していきますか」
助手席から篤郎が聞いたが、綾瀬は首を振った。
マイケルが道路を駆けて、高谷の足元に縋りつく。
高谷が小さな身体を抱き上げる。
優吾と、高谷と、マイケルと。
三人の影を鏡越しに見送って、綾瀬の短い休暇は終った。
綾瀬と一緒に家の外に出ると、垣根の前にいつからそこにあるのか、車が一台止まっている。
二人の姿を確認して、車から降り立ったのは篤郎だった。
これから仕事に向かうビジネスマンのようにきちんとスーツを着込んでいる。
物腰は高校生のときと違いすっかり落ちつき、眼差しだけは鋭くなった風貌からは昔の面影はまったくない。
三代目、と綾瀬のことを呼んだ。
「車の中に入ってください」
「こんなとこまでオレの命をとりにくる暇なヤツがいるかよ」
そう文句を言いながらも綾瀬は篤郎の言葉に従って、後部座席に座った。
車に乗り込む前、ほんの数秒、高谷に視線をやった。
別れは、それだけだった。
綾瀬が完全に車に乗ったことを目で追って確認したあとで、篤郎は高谷の方に歩みよる。
「高谷先輩」
高谷に対しての呼びかけは昔のまま、表情も懐かしい後輩のままだった。
「なに、あいつ。なんかヤバイのか」
篤郎は笑みを崩した。
久しぶりに会った高谷の、変らない口調が懐かしかった。
「いえ。もう三下が安々と手を出せるような人じゃありませんから」
「そうか。篤郎、おまえが側にいたんだな」
そう言う声に、どんな種類の感情が伴っているのか篤郎にはわからない。
本当なら、誰よりも綾瀬の側にいるのは高谷のはずだった。
高谷のかわりのように、高谷のいなかった7年間綾瀬の側にいた自分を、高谷は羨んでいるのだろうか。
それとも、憎んでいるのか。
高谷さん、ともう一度、篤郎は高谷を呼んだ。
「オレ、高谷さんに憧れて、ずっと高谷さんを追いかけてました。綾瀬を知ってからは、二人の関係に憧れたんだと思う。オレは、高谷さんになりたかったのかもしれない」
「そんな半端な気持ちで、命は張れないさ。おまえはおまえとして、綾瀬を守ってきたんだろ。そして、これからもな」
はっとしたように、篤郎は高谷を見た。
不意に、綾瀬と高谷が一緒にいた姿を思い出す。
同じ制服を来て、同じ速度で並んで歩いていた。
二人の間には独特の空気があった。
はじめから対でいることが決められていたような、美しい調和が。
そして、高谷の傍らにあるときだけに見せる綾瀬の顔も、思い出す。
篤郎は、もう一度、あの顔を見たいと思う。
「高谷さん、帰ってきてくれるんでしょう?」
感傷を振り払うように、笑顔で聞く。
高谷は曖昧に笑って見せるだけだ。
「帰ってきてください。オレは、あの人を守るためなら命も惜しくないけど、あなたの代わりにはなれませんでした。ずっと、この7年間、誰も…」
それだけ言って深く頭を下げてから篤郎も車に乗り込む。
エンジンをかけた車が発車する前に、マイケルを肩車した優吾が歩いてくるのがバックミラーに映った。
「挨拶していきますか」
助手席から篤郎が聞いたが、綾瀬は首を振った。
マイケルが道路を駆けて、高谷の足元に縋りつく。
高谷が小さな身体を抱き上げる。
優吾と、高谷と、マイケルと。
三人の影を鏡越しに見送って、綾瀬の短い休暇は終った。
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