青は藍より出でて藍より青し

フジキフジコ

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【番外編】

BLEED

この道を、もう三年近く、ほとんど月に一度の割合で通っている。
バスを降りるとすぐ目の前には高い塀があって、それが延々と左右に続いている。
石畳の歩道の脇にはケヤキの木が並び、散歩するにはうってつけで、ベビーカーを押した若い母親や、犬を連れたお年寄がよく歩いている。

この塀を挟んで世界はまるで違っている。
日常と、非日常。
バスの停留場はその建物の入口のかなり手前で、塀に沿って入口まで続く道を、春も夏も秋も冬も、いろんなことを考えながら歩いた。
主に彼のことを。
そして、遠いところにいる彼の大切な人のことを。
その合間に自分のこと。

灰色の塀に囲まれた世界の内側を、彼と会わなかったら一生知ることはなかったと思う。
彼と、彼らと会わなければ知らなかったことはそれだけじゃない。
世の中が表と裏の社会で成り立っていること。
望んだわけではなく、裏の社会でしか生きていけない男たちがいること。
まるで価値観の違う世界にいる友人に、与えられた影響は計り知れない。





「おまえ、よほど暇なんだな」
綾瀬は綺麗な顔立ちを裏切って性格も口も悪い。
面会に行く度に、まず彼の口から出るのはそんな言葉だった。
「たまには『よく来てくれた』とかさあ、言えないの?君」
「誰がおまえに来てくれって頼んだよ」

他の囚人と同じ灰色の服を着て、髪を短く切っていても、綾瀬はやっぱり他人とは違う。
本人がそれに気づいていて利用できるだけの器用さがあれば、もっと他の職業に、例えば芸能人とかで成功できそうだ。
もっとも芸能人の綾瀬というのを想像するのは難しい。
芸能人に限らず、他の職業の綾瀬、というのを想像することができない。
綾瀬はやっぱり、生まれながらにしてその道の人なんだと思う。
血統、と言ったりしたら綾瀬は嫌がるだろうけど、綾瀬を見ているとそういうのは確かにあるんだと思う。

「元気そうだね」
わざわざ会いに来ても、本当のことを言えば彼に伝えたいような事柄はなにもない。
オレの日常は平凡で退屈で、彼とはまるで繋がりがない。
「誰でも健康になれるぜ、ここにいれば。おまえもいっぺん、入ってみろ」
「オレさあ、バスケ、やめようと思ってるんだ」

唐突に言うと、綾瀬は急に真剣な顔になった。
言っておきながらオレは、なんで今日、綾瀬に言ってしまったんだろうと、もう後悔している。
いくら、心の中での決心は半年も前についていたとしても、綾瀬に伝えるときは慎重に、外掘りから埋めるようにしないとって、決めていたのに。
でも言ってしまったものは仕方ない。

「バスケっていうか、大学もやめようかと思ってる」
いっそ、肩の荷が降りたように楽な気持ちで僕は言えた。
「篤郎」
綾瀬が服役してから、オレが度々清竜会の事務所や桐生の屋敷に通っていたことを、彼は誰かに聞いて知ってるんだなと感じた。
そんな、顔だった。

だけど、綾瀬は知らない。
オレの中の歪みを、知らない。
裏社会に生きる男たちを知って、オレが容易く共感したことも。
綾瀬の目にはオレはきっと、今でも甘ったれた高校生に見えているに違いない。

「綾瀬の刑期は6年だったよね。でも若頭が、あと2年もすれば出所できるだろうって、言ってたよ。そのときには、オレが、君を迎えに来る。2年もあれば、いろいろ勉強出来る」
ガタン、と大きな音がした。
綾瀬が立ち上がった瞬間に、椅子が倒れた音だった。

「なに言ってんだ、おまえ」
その表情ははっきり、怒りを示していた。
喜んでもらえるとは思ってなかったけど、予想以上の強い拒絶だった。
「冗談や思いつきじゃない。これでも、真剣に考えたんだ」

だけど、理由を訊かれたらうまく説明出来る自信はない。
ただ、繋がりが欲しいだけなのかもしれない。
どんなに近付いても、オレ達には最後に住む世界が違うという壁が、ある。

それとも若い時の憧憬を、いまだに引きずっているだけなのか。
少年の頃、あの人のプレーに憧れた、そんな気持ちの延長なのだろうか。

勝ちたいと、思った。
憧れた日からずっと、あの人に追いつき、いつか勝ちたいと。
その人が、今、綾瀬の側にいない。それがオレには理不尽でならない。
二人は一緒にいなければならない。
彼がいないなら、自分が彼になろうと思う。

いや違う。
本当はただ、自分が、綾瀬の側に在りたいだけだ。

「綾瀬、運命なんだよ。諦めてよ」
綾瀬は目を見開いた。
大きな瞳が、もっと大きくなって、瞬きを忘れたように固まる。
その瞳が潤んで、涙が一筋だけ零れるように落ちた。
アクリルの透明な壁越しにはじめて見た綾瀬の、その涙のわけをそのときは知らなかった。
随分あとになって知った。

運命なんだよ。

はからずもオレが不用意に言ったその言葉は、あの人が綾瀬に言った言葉と同じだったという。



運命なんだよ。
諦めて、オレを手に入れろ。
綾瀬、おまえと会ったときからこうなることは運命だったんだ。



おわり
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