青は藍より出でて藍より青し

フジキフジコ

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瑠璃も玻璃も照らせば光る

2.たかが恋愛

シャワーを浴びて部屋に戻ると、腰にバスタオルを巻いただけの格好の篤郎が、ソファに座ってノートパソコンを開いていた。
「飽きれた、まだ仕事してるの?」
ホテルのバスローブ姿で髪を拭きながら、そう言ったのは真琴だ。

「ちょっと気になることがあるんだ。すぐ終わるから、少し待って」
「忙しそうだね」
「真琴さんほどじゃないけどね。新人代議士の先生は夜も忙しいんだろ。今夜は大丈夫だったの?」
「息抜きは必要だよ」
ペリエを片手に篤郎の向かいに腰かけて、真琴が言う。

「へえ、真琴さんにとってオレと会うのは、息抜きなんだ」
「ごめん。気を悪くした?」
「ううん、オレも似たようなものだね。オレたち、恋人同士ってわけじゃないし」
「そう言えば、篤郎君は特定の人を作らないね。いないの、いいなと思う子は」
「うーん、顔が好みだとかスタイルが好きとか、身体の相性がいいなと思う子はいないわけじゃない。だけど、しょっちゅう会いたいかって言ったらそうでもないし、ずっと一緒にいたいとは思わない」
「クールだね」
「これって絶対、あの二人のせいだと思うんだ」
「あの二人って、あの二人?」

ノートパソコンの電源を切って、蓋を閉じた篤郎が大きく頷いた。
「うん、綾瀬と高谷さん」
「どうして」
「あの二人みたいに、他の誰も代わりにならない絶対的な相手を見つけられる自信がないから」
真琴は魅力的に微笑んだ。
「たかが恋愛にそこまで求めるほうがおかしいよ」
「そうか、確かに、たかが恋愛だ」
二人は顔を見ながら笑った。

「高谷さんと言えば、まだ大阪から戻って来ないの?」
「もう半年近く行きっぱなしだよ。おかげでオレが忙しい」
「それじゃあ、綾瀬、寂しいだろうね」
「寂しいって、なにが?」
「一人寝がさ。僕が、慰めてあげようかな」
真琴の言葉に、篤郎は冷やかなため息を吐いた。
「呆れた。真琴さん、まだ綾瀬のこと、諦めてないのか。無駄だよ、あの人、潔癖症だから。だいたい綾瀬はねえ、淡泊だと思うな。性欲とか、ないんじゃない。抱いても、つまんないよきっと」
なにがおかしいのか真琴はくすくす笑った。

「篤郎君は、毎日綾瀬の側にいて欲情したりしないの?」
「しないね。綾瀬をそういう目では見れない。だいいちオレ、ノーマルだよ?」
手の中に握ったペリエの瓶をテーブルに置いて、真琴が立ちあがった。
「へえ、じゃあどうして僕と、寝るの」

篤郎の前に立って、謎めいた微笑を口元に浮かべながら聞く。
真琴の黒目の勝った切れ長の瞳を、美しいと篤郎は思う。
細面の繊細な顔立ちにとても似合っている。

真琴のことは随分前から知っているのに、どうしてそのことに気づかなかったのだろうかと、この頃よく考える。
保科真琴には善人なのか悪人なのか、風貌からは図れない不可思議な魅力があった。
そしてなにより、真琴にはシンパシーを感じる。

篤郎は、真琴の手を握って、自分の方に引き寄せた。
意図を察した真琴は篤郎の膝の上に、跨ぐように座った。
「おかしなことを聞くね。君に、誘惑されたんじゃなかったっけ」
バスローブの上から真琴の二の腕を撫でながら、目を見つめて言う。
真琴は、篤郎の裸の胸を指でなぞった。
「じゃあ、今夜も誘惑してあげる」
クスクスと忍び笑いを漏らす唇が重なって、互いに相手の身体を引き寄せて抱き合った。



***



「ねえ、篤郎君、気になることって、北海開発の巨額詐欺事件のこと?」
「そう、よくわかったね。アレで捜ニが綾瀬を引っ張ろうとしている」
気持ち良く汗を流したあと、並んでベッドに横になって寝物語にしては重い話題を選んだ。

「でもあの事件は多山興産を筆頭にすでに15名以上の逮捕者がいるよね。青竜会傘下の組が経営する会社の代表も何人かいたじゃない。すっかり解決したと思ってたよ」
「被害総額20億の事件だからね、桜田門はまだ気が済まないらしい。けど、あの土地に空港を作る計画は確かにあったんだ。政府はおそまつな情報漏洩で土地の値段が急激に上がったことや、計画が頓挫して黄金の土地が元の原っぱに戻ったことにも責任を放棄して、利益を上げた人間だけを罰しようとしてる。呆れるね、まったく」
「本当に綾瀬は関わってないの?」
篤郎はストレートな問いかけに苦笑した。
「空港を作る計画は実在したんだ。ただの原っぱを黄金に変える、実現するはずのない青写真だけの計画が。そんな魔法を使える人間が、そんなにいると思う?」
「綾瀬は情報を持っていたってこと?」
「綾瀬のシノギは土地とか株とか言われてるけど、本当は『情報』なんだよ。綾瀬は情報を金に換える天才ってこと」
綾瀬に対する篤郎の評価は真琴も納得の出来るものだった。
「綾瀬はどこから情報を入手してるの」
真琴の無邪気な問いに、篤郎は声に出して笑った。
「企業秘密だよ、聞かないでくれる?でもま、政財界にも綾瀬に心酔してる人間はわりといるよ。オレも、綾瀬の情報源のすべてを知ってるわけじゃないけど」
そこから、綾瀬の関わりが漏れることはないのかと、真琴は心配になる。
「間違ってもクロになることは、ないんだろうね。綾瀬をまた塀の中にとられるのは、我慢ならないよ」
篤郎を軽く睨んで、真琴が言った。
「オレたちの仕事にリスクはつきものだから仕方ない。だいいち、合法と非合法の境界のグレーゾーンには旨みが多いんだ。でも正直言って、今の青竜会は利益を上げるためになにもそこに手を出す必要はないんだよ。それなのに、綾瀬は時々、あえて危ない橋を渡ろうとする」
「ああ、確かに彼には昔からそういうところがあるね。でも、それが綾瀬の魅力だ」

篤郎は真琴の意見に同意するように頷いた。
綾瀬の生き方は無鉄砲で刹那的だ。
まるで破滅を望んでいるように見えることがある。
だから目が離せない。

「綾瀬は、早く終わらせたがっているように見える」
「終わらせるって、なにを?」
「なにをって…。なんだろう…人生かな」
「綾瀬が死にたがってるってこと?」
「そうじゃないよ。まあ、とにかく、綾瀬にいなくなられると困る人間、オレとかが、必死で綾瀬に難問を押しつけるわけだ」
「関西進出もそのひとつってことか。でも、どうして、高谷さんが行ってるの?」
「高谷さんは、親分たちに人気があるんだよ。同じ美男子でも、綾瀬みたいな、今風のビジュアル系ヤクザと違って、あの人は、ほら、昔ながらって言うかさ、完璧だから」
「そうだね、彼は完璧で、美しい極道だ」

まったく違った個性を持つ綾瀬と高谷の二人の結びつきを、長年に渡って近くで見てきた二人には、確かに共有出来る想いがある。
けれど肌を合せるに至った経緯は、それだけでは説明がつかなかった。



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