青は藍より出でて藍より青し

フジキフジコ

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瑠璃も玻璃も照らせば光る

3.接触

ホテルのロビーで場違いな大声で名前を呼ばれて振り返った。
自分を呼んだ男の顔を見て篤郎は驚く。

「松本?」
「佐久間!久しぶりじゃないか。こんなところで会うなんて、奇遇だな」
駆け寄って来た男は、篤郎と同じくらい長身で肩幅が広く、いかにもスポーツで鍛えた体つきをしていた。

松本久嗣まつもとひさしは、篤郎が高校時代にバスケット部に所属していたときに、ライバル校のエースだった男だ。
大学時代は試合で戦うことはなかったが、高校時代には何度も戦い、時に勝ち、時に負けた相手だ。

会うのは10年以上ぶりになるが、満面の笑顔には若い頃と変わらない明るい無邪気さがあった。
ロビーの一角にあるコーヒーラウンジに誘われるまま、篤郎は席に着いた。

ひとしきり過去の話で盛り上がったあと、「今、なにをしてるんだ」と言う篤郎の問いかけに、松本は頭をかきながら答えた。
「…ん、似合わないと言われそうだけど、警官になった」
「おまえが警官?制服?どこの管轄?」
「一応私服だ。先月までは所轄にいたけど、本庁に配属になった」
驚いたあと、篤郎は困ったような顔をした。

「本庁…警視庁か。栄転だな。おめでとうって言いたいところだけど、だったら、オレとこういう形で会うのはマズイんじゃないか。それとも」
松本の顔をじっと見て、言う。
「偶然じゃない、ってことか」
「佐久間…」

笑顔から、真剣な表情に変わった松本が身を乗り出す。
「おまえが青竜会の三代目の片腕って言うのは、本当なのか。なにかの、間違いじゃなくて」
「片腕って、そんな大層なもんじゃないけど、まあ、秘書みたいなことはしてる。マル暴には組の幹部だって言われてるけど、そういう肩書はオレにはないんだ」
松本は頷いた。
「青竜会は表向き完全な会社組織を作ってるからな。おまえも、代表取締になってる会社を2つ持ってる」
「そういうこと。最近じゃあ税金だってきちんと払ってるんだから、もう少し丁寧に扱って欲しいもんだね」

篤郎の軽口にも、松本の固い表情は崩れない。
「佐久間、なんで関わったりしたんだ、綾瀬尚樹と」
「なんでって、出会っちゃったから、としか言えないなあ」
松本は顔を顰めた。
篤郎の言葉を非難しようとして言いかけた言葉を飲みこみ、別の言葉を選んだ。

「この前、綾瀬を見たよ。なんていうか、驚いた。あれがヤクザの組長かって。あの男にある種の魅力があることは認める」
「見たって、どこで」
「クラブ綾の前だ」
「そうか。ウチのボス、カッコいいだろ」
松本が同意するように頷いたので、篤郎は満足そうに笑んだ。

「でも、あれは綾瀬の一面でしかない。ああ見えて、結構だらしないところもあるんだ。口も性格も悪いし、気まぐれで我儘で、扱い難い人だよ」
「ヤツのこと、随分、楽しそうに話すんだな」
「大好きなんだ」
「おまえって、そっちの趣味あったっけ」
「やだなあ、オレ、ホモじゃないよ。もっとも最近、自信ないけど」
後半は一人ごとのように、呟いた。

「で、松本はなにが目的なんだ?所属は?まさかマル暴とか言わないよな」
「いや、捜査二課」
「捜二?今、オレが一番、会いたくない人間だ」
天を仰いでボヤくように言った篤郎に、松本は真剣な顔で向き合った。

「佐久間、綾瀬には逮捕状が出る、必ず」
松本の顔を見つめる篤郎は、ただ懐かしい友を見るときのような顔をしている。
そこに複雑なものなどなにも存在しないように。
「足を洗うなら、今しかない。佐久間…」

松本の言葉を奪うように、篤郎は言った。
「オレが、大学を辞めて組に入ろうと思ったのは3年の夏だったんだ。その年になにがあったか、おまえ、覚えてる?」
「3年の夏…。おまえの大学がリーグ戦を辞退した年か」
「辞退の理由は知ってるか」
「噂は聞いた。チームの何人かが、キャバクラの女の子をレイプしたって。だけど、事件にはならなかったんだろ」
「その子が告訴しなかったからな。やったヤツの一人の親が経済界の大物だった。金と権力で解決したってこと」
「その事件とおまえと、関係があるのか?」
「やったのは3人で、そのうちの一人はオレの親友だったんだ。少なくともオレは親友だと思っていた。オレはそいつが許せなくて、そいつを殴ったんだ。そのとき、オレは自分が意外と暴力的な人間なんだってわかった」
「そんなこと、当然じゃないか。女性をレイプするなんて最低だ」

篤郎は笑った。似合わない酷薄な笑顔だった。
「オレが許せなかったのはそんなことじゃない。そいつが、チームを、裏切ったことだ。おまえならわかるだろ。大学の部活でどんな思いでレギュラーになって試合に出るのを待ち望んでいたか」
「だからって、なんで大学を辞めて、ヤクザの組事務所に入ろうなんて思うんだよ。飛躍しすぎだ。意味がわからない」
「そいつはオレを訴えるって騒いだ。けど、結局、告訴はしなかった。その頃オレは、時々、組の事務所に遊びに通うようになっていて、事情を知った組が、手を回したんだ」
「恩が出来たってわけか。ヤクザがよく使う手だな」
「そうじゃない。オレはどっちでも構わなかった。訴えられても仕方ないと思っていたよ」
「じゃあ、なんだよ」
「そのことがある前から、オレは警察に目をつけられてたんだ。ヤクザの事務所に遊びに行く学生が気に入らなかったんだろうな、歩いてるだけで頻繁に職質受けたし、何度かは言いがかりをつけられて署まで引っ張られた。そういうことの間に、オレは少しづつ向こう側の人間の心理に近づいていたんだと思う。ごく、自然に。そんな時期にその事件があって、オレは親友と、バスケに対する情熱を失ったんだよ」

淡々とそう語る篤郎を、松本は痛ましいものを見るような同情のこもった眼差しを向ける。
「佐久間、だけど、おまえ、昔と少しも変わってない。今は、なにかの間違いでそこにいるだけだ。まだ遅くない、やり直せる。足を洗えよ。オレに出来ることがあれば、なんでもする」
篤郎は笑っただけで、何も答えなかった。






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