青は藍より出でて藍より青し

フジキフジコ

文字の大きさ
93 / 99
【完結編】天に在らば比翼の鳥

9.籠の鳥《前編》

真夜中、居間から話し声が聞こえた。
少し前、屋敷の前に車が止まる音で綾瀬の帰宅を知ったが、一人ではないらしい。

ありすはパジャマの上に上着を羽織って、居間に向かった。

居間の引き戸になっている障子は開けなくても常に庭に面した外廊下に向かって解放されている。
ソファに向かい合うように座っていたのは綾瀬と、クラブ華のママ、紗香さやかだった。
「ありすちゃん、こんばんは。随分夜更かしなのね」

深夜だというのに着物姿で化粧崩れもなく、美しく施されたマネキンのような顔で紗香が言う。

「話し声が煩くて起きちゃったわ」
ありすは剣呑な声で言った。
「あら、ごめんなさいね」
「ありす、失礼だぞ」
綾瀬に言われて、顔を顰める。
「いいのよ。お年頃ですもの、難しい時期よ」

物分かりの良さをアピールするような紗香の態度に我慢出来ず、ありすは「おやすみなさい」と言って、自分の部屋に戻った。
紗香が帰ったのは、それから小一時間ほどたってからだ。



***



「なにをそんなに怒ってるの。三代目だって、大人の男よ。そういう相手は必要よ」
ありすの部屋で、そう諭すのは、少し前から桐生邸に住んでいる、三上香穂だ。
香穂は女子大生で、名目上はありすの家庭教師ということになっている。

香穂は長年青竜会の若頭だった若松が愛人に産ませた娘だ。
若松は5年前に亡くなった。
以来、香穂と母親の生活の面倒は組でみていた。
香穂は、ありすの話し相手として桐生邸に出入りしていたが、最近になって住み込むようになった。

桐生邸には今、井上由紀子という五十代の家政婦も住み込みで働いている。

由紀子は、ありすが初潮を迎えたとき、綾瀬や篤郎に知られないように必要なものを揃えて、的確な指導をしたことで、ありすの信任を得ることが出来た。
また、料理の腕も確かで、桐生邸の食卓クオリティは格段に上がった。

「別に怒ってないわ。ただ、紗香さんのこと、好きじゃないだけよ」
「ありすは三代目に近づく女は、みんな好きじゃないのね」
そう言って香穂は馬鹿にしたようにくすくす笑った。

「でも、綾瀬と紗香さんは、本当になんでもないのよ。綾瀬はただ、家に連れ込んでいるだけ」
「どうしてそんなことがわかるの。ありすの知らないところで、仲良くしているかもしれないわよ」
香穂はありすの耳元で、色っぽく、囁くように言った。
ありすを怒らせて楽しんでいる。
香穂にはそういう意地の悪いところがあった。

「綾瀬は、あの記事のことを気にしてるのよ」
数ヶ月前、週刊誌に綾瀬が血の繋がらないハーフの少女を養女にしてひとつ屋根の下一緒に暮らしていると書かれた。
直接的な言葉ではなかったが、その記事は、独身の綾瀬に少女を性的対象にする趣味があるのではないかという下衆な憶測が含まれていた。

「あの記事は、酷かったわ」
香穂は憤慨したように言った。

綾瀬が気にしているというより、その記事を重く受け止めて騒いだのは篤郎と真琴だった。
二人は、ありすのためにそんな悪評は捨て置けないと綾瀬に詰め寄っていた。

以来、綾瀬は世間に見せびらかすように紗香と外で会ったり、家に連れてきたりしている。
香穂を桐生邸に住まわせたのも、それが原因のひとつかもしれない。

「でも、ありすの推測通りなら、三代目はありすのことを、ちゃんと考えているのね。自分のことなら、外聞なんて気にしない人でしょう」
「そうかしら。綾瀬に、気にかけてもらってる実感なんてないけど」

香穂とお喋りを楽しんでいると、玄関が騒がしくなった。
誰か来たようだ。
廊下を歩く足音に、ありすは部屋を出た。
高谷だった。

「ありすか、久しぶりだな。少しは女らしくなったか」
「イヤらしい目で見ないで」
「口と態度が悪いのは相変わらずか」
「それに先月も会ったわ」
「そうだったか」

高谷はありすに関心なさそうに、足を止めず廊下を歩いていく。
ありすは後を追いかけた。

「昨夜、綾瀬が紗香さんを連れて来たわ」
「それで?」
「それだけよ」
ありすは探るような目で高谷を見た。

綾瀬と紗香は関係を結んでいない。
けれど世間的に青龍会代表の女ということになっている紗香に、言い寄る馬鹿な男はいないだろう。
だとしたら、紗香の相手は誰なのか。
紗香のような女が男に抱かれていないはずがない。
高谷ではないかと、ありすは勘繰っている。

愛情のない肉体関係を不潔だと思うが、歪な関係の原因に自分が関わっていることをありすは苦々しく理解していた。

「ありす、学校の勉強はちゃんとしてるのか」
「勉強して、なんになるの。日本から出られないのに。わたしは籠の鳥。そうでしょ?」
そう言われて、やっと高谷は足を止めた。

ありすは頭が良い。
望めば日本に行けない大学はないレベルだ。
だが、国外に出られないのではどんな職業に就いても一流の道は歩めない。

「そのことは、綾瀬にも考えがある。不貞腐れないで勉強するんだ」
「別に不貞腐れてなんか、ないわ。わたしは日本から出られなくても、平気よ」
それはありすの本心だった。
ありすの世界の中心は、綾瀬のいるこの場所だ。

「なら、いい」

短く言って、高谷は行ってしまった。
行き先は綾瀬の自室だ。

紗香は桐生邸に来ても、綾瀬の個室には入らない。
綾瀬の部屋に入るのは、家政婦を除けば篤郎と高谷くらいだ。
けれど篤郎は長くはいない。
高谷は何時間もいる。

ぴったり閉められた、桐生邸では珍しい洋式のドアを睨んで、「なにをしてるのか、わかったもんじゃないわ」と、ありすは毒づいた。

けれど本当は知っている。
綾瀬と高谷がそういうことをするのは、高谷のマンションでだ。

前に高谷のマンションに行ったとき、高谷の目を盗んで寝室を調べたことがある。
高谷がどんな女をベッドに連れ込んでいるのか興味があっただけだったが、ありすはベッドの枕に嗅ぎ慣れたフレグランスの匂いを発見した。
そこにははっきり綾瀬の痕跡が残っていた。





感想 8

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

元カレに追い出された専門学生がネカフェでP活相手のパパちんぽに理解らせられてトロトロのメロメロになっちゃう話

ルシーアンナ
BL
既婚子持ちバイ×専門学生 Pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27436158 ムーンライトノベルズ https://novel18.syosetu.com/n1512ls/ fujossy https://fujossy.jp/books/31185