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【完結編】天に在らば比翼の鳥
10.籠の鳥《中編》
高谷は30分ほどで綾瀬の部屋から出てきた。
廊下で待ち構えていたありすが、
「随分早いじゃない」と言うと、高谷は「綾瀬は頭が痛いそうだ。そっとしといてやれよ」と言う。
綾瀬が頭痛や体調不良を口実に自室にこもることはよくあるので、ありすは気にしない。
良いことを思いついた、というように明るい顔を見せた。
「だったら、食事に連れて行って。香穂さんも一緒に」
「今忙しいんだ、それどころじゃない」
組が、長年諍いの続いていた享和会と手打ちをすることが決まったことは、ありすの耳にも聞こえている。
その件で高谷は忙しいのだ。
「じゃあ、車で送ってくれるだけでいいわ。そのくらいなら、いいでしょう」
高谷は承諾して、ありすと香穂を車に乗せた。
「悪いが、新宿の事務所に寄らせてもらうぞ」
高谷の運転する車の中で、香穂はかしこまっていた。
香穂は高谷に好意を持っている。
ありすはそのことを知っていて、香穂に協力しているつもりなのだ。
少し年齢差はあるが、香穂は美人で頭もいい。
高谷とお似合いだとありすは思っている。
新宿の事務所に着いて、ありすと香穂も、高谷と一緒にビルの中に入った。
組員たちは喜んだ。
ありすは若い組員たちの人気者だ。
8歳のとき桐生邸に来て7年経つ。
ありすの成長を間近で見てきた者も、多い。
痩せぽっちで目ばかり大きな金髪の少女は、今や見違えるように美しくなった。
容貌にはまだあどけない子供っぽさが残っているが、あと数年経てば、スーパーモデルのようになるだろう。
真琴の見立ては正しかった。
「オレは篤郎に話がある。なにか飲んで、ここで待っててくれ」
高谷がそう言い残し、エレベーターで上に上がっていった直後だった。
爆発音のような音と大きな振動がビルを襲った。
正面入り口を破って、ダンプカーが突っ込んできたということは、後になって知った。
あらゆる物が宙を飛び破壊され、砂塵が舞い上がり、数人がダンプの直撃を受けて倒れた。
絶叫、怒号、罵声が飛び交う。
ありすの額には飛んできたガラスの破片が掠った。
真っ赤な血がありすの顔を流れる。
「ありす!!!」
誰かが、大声で名前を呼んだ。
ありすの脳裏に、子供の頃に見た凄惨な光景が浮かぶ。
一面に広がる焼け跡に転がる手や足、人の頭。異臭。
ありすは崩れるように意識を失った。
***
少し前から目は覚めていて、病室にいる大人たちの会話を聞いていた。
視界にはベッドをぐるっと囲う薄水色のカーテンしか見えない。
手打ち…反対…小林組…造反
10針…縫った…額
傷…残る…
死人…いない…
…殺せ…ダメだ…
はじめ断片的にしか聞こえなかった声は、意識が鮮明になって声の主までわかるほど、はっきりありすの耳に届いた。
「せっかく、手打ちまであと一歩だった。享和会との手打ちには、準備に何年もかけてきた。いい加減に終わらせるべきだ」
そう言ったのは高谷だ。
「関係ない、殺せと言っている」
綾瀬の声。
冷たい、というより感情が感じられない。
怒りさえも、感じとることは出来なかった。
「高谷さん、今回はオレも三代目に賛成です。こんなことされて、引き下がれない」
「篤郎、冷静になれ」
大人達は冷静さを欠いて、声を荒げている。
ありすはゆっくりベッドを降りた。
薄いカーテンを開けて、叫ぶように言った。
「やめて!」
そこには綾瀬と高谷と篤郎がいて、三人はありすを見た。
「いい加減にして!こんな小さな島国で、いったい、なにをしているの。あなたたちは小っぽけな世界で義のない殺し合いをしてるだけよ!」
「おまえは口を出すな」
綾瀬はありすを睨んで恫喝するように言った。
綾瀬に叱責されることはよくあるが、こんなに冷たい目で見られたことは一度もなかった。
けれどありすは怯まなかった。
「いやよ!わたしは口を出す。さっさと手打ちをして。もう、こんなことは終わりにするのよ!」
「三代目の娘に一生消えない傷をつけられたんだ。許せるわけないだろう」
篤郎ですら、厳しい顔をしている。
物分りの悪い子供に言い聞かせるように言った。
ありすは、醒めた眼差しを篤郎に向けた。
「傷?傷がなによ」
自分で頭に巻かれた包帯を解き、額の縫合の上のガーゼをむしるように、とる。
「ありす!やめろ」
篤郎が言った。
「わたしが育った国にはね、手足のない子供や、顔が半分もない人だっていたわ。こんなの、傷だなんて、笑わせないで」
まだ縫ったばかりの傷痕から、血が滲んで、ありすのこめかみを流れた。
目尻を経由した流れる鮮血は、まるで深紅の涙のようだった。
ありすは再びその場に崩れるように昏倒した。
廊下で待ち構えていたありすが、
「随分早いじゃない」と言うと、高谷は「綾瀬は頭が痛いそうだ。そっとしといてやれよ」と言う。
綾瀬が頭痛や体調不良を口実に自室にこもることはよくあるので、ありすは気にしない。
良いことを思いついた、というように明るい顔を見せた。
「だったら、食事に連れて行って。香穂さんも一緒に」
「今忙しいんだ、それどころじゃない」
組が、長年諍いの続いていた享和会と手打ちをすることが決まったことは、ありすの耳にも聞こえている。
その件で高谷は忙しいのだ。
「じゃあ、車で送ってくれるだけでいいわ。そのくらいなら、いいでしょう」
高谷は承諾して、ありすと香穂を車に乗せた。
「悪いが、新宿の事務所に寄らせてもらうぞ」
高谷の運転する車の中で、香穂はかしこまっていた。
香穂は高谷に好意を持っている。
ありすはそのことを知っていて、香穂に協力しているつもりなのだ。
少し年齢差はあるが、香穂は美人で頭もいい。
高谷とお似合いだとありすは思っている。
新宿の事務所に着いて、ありすと香穂も、高谷と一緒にビルの中に入った。
組員たちは喜んだ。
ありすは若い組員たちの人気者だ。
8歳のとき桐生邸に来て7年経つ。
ありすの成長を間近で見てきた者も、多い。
痩せぽっちで目ばかり大きな金髪の少女は、今や見違えるように美しくなった。
容貌にはまだあどけない子供っぽさが残っているが、あと数年経てば、スーパーモデルのようになるだろう。
真琴の見立ては正しかった。
「オレは篤郎に話がある。なにか飲んで、ここで待っててくれ」
高谷がそう言い残し、エレベーターで上に上がっていった直後だった。
爆発音のような音と大きな振動がビルを襲った。
正面入り口を破って、ダンプカーが突っ込んできたということは、後になって知った。
あらゆる物が宙を飛び破壊され、砂塵が舞い上がり、数人がダンプの直撃を受けて倒れた。
絶叫、怒号、罵声が飛び交う。
ありすの額には飛んできたガラスの破片が掠った。
真っ赤な血がありすの顔を流れる。
「ありす!!!」
誰かが、大声で名前を呼んだ。
ありすの脳裏に、子供の頃に見た凄惨な光景が浮かぶ。
一面に広がる焼け跡に転がる手や足、人の頭。異臭。
ありすは崩れるように意識を失った。
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少し前から目は覚めていて、病室にいる大人たちの会話を聞いていた。
視界にはベッドをぐるっと囲う薄水色のカーテンしか見えない。
手打ち…反対…小林組…造反
10針…縫った…額
傷…残る…
死人…いない…
…殺せ…ダメだ…
はじめ断片的にしか聞こえなかった声は、意識が鮮明になって声の主までわかるほど、はっきりありすの耳に届いた。
「せっかく、手打ちまであと一歩だった。享和会との手打ちには、準備に何年もかけてきた。いい加減に終わらせるべきだ」
そう言ったのは高谷だ。
「関係ない、殺せと言っている」
綾瀬の声。
冷たい、というより感情が感じられない。
怒りさえも、感じとることは出来なかった。
「高谷さん、今回はオレも三代目に賛成です。こんなことされて、引き下がれない」
「篤郎、冷静になれ」
大人達は冷静さを欠いて、声を荒げている。
ありすはゆっくりベッドを降りた。
薄いカーテンを開けて、叫ぶように言った。
「やめて!」
そこには綾瀬と高谷と篤郎がいて、三人はありすを見た。
「いい加減にして!こんな小さな島国で、いったい、なにをしているの。あなたたちは小っぽけな世界で義のない殺し合いをしてるだけよ!」
「おまえは口を出すな」
綾瀬はありすを睨んで恫喝するように言った。
綾瀬に叱責されることはよくあるが、こんなに冷たい目で見られたことは一度もなかった。
けれどありすは怯まなかった。
「いやよ!わたしは口を出す。さっさと手打ちをして。もう、こんなことは終わりにするのよ!」
「三代目の娘に一生消えない傷をつけられたんだ。許せるわけないだろう」
篤郎ですら、厳しい顔をしている。
物分りの悪い子供に言い聞かせるように言った。
ありすは、醒めた眼差しを篤郎に向けた。
「傷?傷がなによ」
自分で頭に巻かれた包帯を解き、額の縫合の上のガーゼをむしるように、とる。
「ありす!やめろ」
篤郎が言った。
「わたしが育った国にはね、手足のない子供や、顔が半分もない人だっていたわ。こんなの、傷だなんて、笑わせないで」
まだ縫ったばかりの傷痕から、血が滲んで、ありすのこめかみを流れた。
目尻を経由した流れる鮮血は、まるで深紅の涙のようだった。
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