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第三部

6.入院

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権藤は下町の小さな開業医だった。
現在は入院患者はないが、過去に入院患者が病室として使っていた2階にタケシは「入院」することになった。

権藤医院は、病院と自宅が繋がっていて、ルイは古い木造平屋の自宅の方に居候することになった。
独身で一人暮らしの権藤は、「行くところがないならうちにいればいい」と何の問題もなく言ってくれた。

タケシの世話は日中は、一人だけいる通いの年配の看護士の橋本が、忙しい外来診察の合間に見てくれた。
「ここ、内科なんですよ。外科の患者さん見るの久しぶりだから、手際が悪くてごめんなさいね」
そう笑いながら、苦心しながら包帯や湿布を替えてくれた。
本来は彼女の仕事ではなかったが、タケシとルイの食事の世話もしてくれた。

ルイは2日程顔を見せなかったが、タケシがひどく様子を気にしていることを橋本から聞いたのか、3日目に気まずそうな表情で病室に来て、傍らに座って話をした。

「病院の方はクーラーあるけど、家の方にはないんだぜ。暑くてたまんねえよ」
文句を並べるルイを、タケシは嬉しそうに眺めた。
ベッドに横になっていることしか出来ない生活の、色のない病室の中、ルイだけが花のように輝いて見えた。

はじめはベッドから起き上がることも出来なかったが、一週間もしないうちに、松葉杖を使って歩けるようになった。
タケシは昼間は権藤の家の方で、橋本の手伝いをして食事の支度を手伝ったり、ルイと一緒にテレビを見たり、縁側に座って庭の草木を眺めたりして過ごした。
二人とも、先のことについては話さなかった。
これからどうするべきか、話すことが出来なかった。

「よーし、もう退院していいぞ」
権藤にそう言われて、「本当ですかあ?!」と喜んだあと、我に返ってタケシは「退院って言っても、行くとこないっすよ。もうちょっと、いさせてくださいよ」と泣きついた。

「なにも出て行けとは言ってねえよ。家の方に寝泊りすりゃいいだろ、別に。病室はもう橋本さんが片付けてる」
「ええっ?家の方って、先生の寝室に寝かせてくれるんですか?」
「俺の寝室はベッドだからダメ。それともおまえ、俺と抱き合って寝たいのか?ああ?それならそれで、考えてやってもいいぞ」
タケシはブンブンと首を振った。
権藤は「フン」と鼻を鳴らしたあと、
「だったら客間で、櫻井ルイの隣に布団敷けよ。二人分くらい敷けるから」
「や、それは、その…」

言葉に詰まっていると、権藤は無精ヒゲの残った顎を撫でながら、訳知り顔になって言う。
「タケシ、悔いは残さない方がいいぞ。惚れた相手に惚れたと伝えられる機会なんか滅多にないもんだ。その機会を生かすも殺すも男気次第だぜ」
的があっているのか外れているのかわからないアドバイスを言われて、タケシは困ったように項垂れた。

病室を追い出されて、自宅の方に行くと、ルイが縁側に腰掛けてぼんやり庭を眺めていた。
「ルイさん、あの、俺、退院しちゃいまして、今日からこっちで寝ろって…先生に」
しどろもどろにそう説明すると、ルイは頷いたあと、「タケシ」と真剣な顔でタケシを呼んだ。
「はい?」
「明日、神が迎えに来ることになった」


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