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【第三部】戦士恋情
5.悲鳴
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やっと見つけた喫茶店は随分古風な雰囲気で、剣は物珍しそうに店内を見回した。
隅が剥がれかけているかき氷のポスター、棚の上の小さなテレビ、カウンターの上のまねき猫など、まるで昭和時代にタイムスリップしたみたいだ。
最後に、向い側に腰かけてる青年に視線を定めて、成りゆきに戸惑う。
丸顔で、メガネをかけた青年はとても幼い顔つきをしていて、千里と同学年だと聞いても信じられなかった。
「ちーちゃん、今まで、どこで何をしてたの。僕も父さんも母さんも、どれだけ心配したか、わかってるの」
青年は思いつめた真剣な顔で、問い詰めた。
「かっちゃん、ごめん。本当に、ごめん」
千里は大きな身体を小さくして、謝ってばかりいる。
「だから、謝ってほしいわけじゃないんだ。なんで、なんで黙って出て行ったのか、理由を教えてよ」
「かっちゃん、ごめん。本当に、ごめん」
やり取りを黙って聞いていた剣の方がイライラしてきた。
堪え切れず、千里は青年の心をリーディングした。
青年の名前は安西克哉。
どうやら千里は彼の家族と同居していたらしい。
ところが、ある日突然、置き手紙一枚だけ残し、家を出て行った。
その時の驚きと悲しみが、克哉の心を今でも曇らせている。
「千里、おまえ、なんで家出なんかしたんだよ」
思わず剣はそう聞いていた。
克哉は剣が、千里から話を聞いているものだと思っているのか、とくになんのリアクションもしない。
千里のほうは「剣くん、勝手にリードしないでよっ!」と慌てている。
「やっぱり、早紀のことが原因なの」
克哉は目を伏せて、口にするのも辛そうにそう言った。
途端に、剣の中に、あまりに大きな悲しみが傾れ込んできた。
克哉の意識の中に中学生くらいの少女がいる。
少女の身に起きた不幸な出来事を、ビデオの早送り画像のように脳裡に再生させた剣は大きく身震いし、吐き気を抑えるように自分の口を手で塞いだ。
「……千里…誰、なの」
「妹だよ。早紀ちゃんは、かっちゃんの妹で、オレにとっても、妹みたいな存在だった」
千里は諦めたように、剣に身の上話をはじめた。
「オレの両親は、オレがまだ小さい頃に亡くなったんだ。死因について詳しいことは知らない。親戚の人が言うには交通事故らしいけど。よくある話で、オレは親戚の家を転々として、中3のときから、かっちゃんの家に世話になったんだ。かっちゃんのお父さんは、オレの死んだ父さんの親友で、親戚っていうわけでもないのに、オレを引き取ってくれて。おじさんもおばさんもいい人で、すごく、親切にしてくれた。同じ年のかっちゃんともすぐに仲良くなれたし、かっちゃんの妹の早紀ちゃんも、明るくて素直で、すごくいい子だった」
そこまで言って、千里は黙り込んだ。
その先は、聞かなくても剣にはわかっていた。
「早紀が死んだのは、ちーちゃんのせいじゃない」
克哉の言葉に、千里は首を振った。
「オレのせいだよ。あの日に限って、早紀ちゃんを塾に迎えにいってやれなかった。オレが迎えに行ってれば、早紀ちゃんは、あんな目に…合わなかった」
克哉の妹の早紀は、塾の帰り道、複数の男たちに襲われた。
暴行され、殴られたときの内臓出血が原因で、運ばれた病院で亡くなった。
千里も克哉も、病院にかけつけて、処置室に運び込まれる早紀を見た。
早紀はそのときまだ意識があったが、千里と克哉を見て、悲鳴を上げた。
彼女にとってもはや「男」はそれが兄でも、兄と同じように親しい存在でも、ただの野獣だった。
最後に見た生きている早紀の恐怖に引き攣った顔の記憶が何度も何度も剣の中に入ってくる。
千里の意識なのか克哉のなのか、わからなかった。
「だって、ちーちゃんは、店の手伝いで、配達に行ってたんじゃないか。僕がちーちゃんの代わりに行けばよかったんだよ。ちーちゃんが自分のせいだって言うなら、本当はそれは、僕のせいだ」
「違う。かっちゃんは、体調が、悪かったんだから」
「二人とも、やめなよ。それ、違うだろ。早紀ちゃんが亡くなったのは、彼女を死なせた人間がいるからだ」
冷静な声で剣が割って入った。
「犯人は、捕まったの?」
千里と克哉は顔を見合せて、小さく首を振った。
「噂はあった。地元の中高生の不良グループじゃないかって…。だけど、証拠がなかった。だから、ちーちゃんはあいつらのところに、行ったんだろ」
克哉が言った。
「千里、どういうこと?」
千里は膝の上で固く拳を握り、俯いて黙っている。
「ちーちゃんは、そのグループのリーダー格だった男のところに、自首するように、説得に行ったんだ。逆に、相手の親が怒って、名誉毀損で訴えるって…。だから、ちーちゃんは、家を出たんだろ?うちに、迷惑かけないように」
「千里、そうなの?」
剣の問いかけに千里は頷いた。
「それだけじゃないよ。オレは、自分が情けなくて。早紀ちゃんを助けることが出来なかった自分が…」
「そんなのちーちゃんだけじゃない。僕だって、父さんだって、自分のこと責めてる。ずっと、責めてる…」
そう言って、何かを迷ったように口を噤んだ克哉が、顔をあげて言った。
「実はね、ちーちゃん。また、起きたんだ。女子高生が、襲われた」
「本当に?!殺されたの!?」
「命は助かったけど、重症らしい」
「重症…」
痛ましい顔で呟いた千里は「でも、生きてるなら、犯人を証言出来るんじゃない?」と言った。
克哉は首を振った。
「精神的ショックのせいか、しゃべれないって。っていうか…心が元に戻らないって」
千里は息を吐いた。
視線を握った自分の拳の上に落とす。
「なんで、なんで警察はやつらを捕まえられないんだろう。なんで、罪もない女の子が傷つけられなきゃ、ならないだろう」
千里の怒りは静かだった。
声を荒げもしなければ、テーブルに拳を叩きつけることもない。
それは、自分の内に内に溜め込むような怒りだった。
「千里!」
突然、剣が叫んで立ち上がった。
「どうしたの、剣くん?」
「おまえ、聞こえない?悲鳴だよ、女の子の悲鳴が聞こえる」
千里も立ち上がって、剣に言った。
「行こう、剣くん。助けなきゃ!」
店を出て行こうとする剣と千里を、慌てて克哉が追いかけてきた。
「待ってよ、ちーちゃん!どうしたの?何が聞こえるの?何も聞こえないよ」
「かっちゃん、説明してる暇はないんだ。どこかで女の子が襲われてる。助けなきゃ」
「どこかって、どこで」
「剣くん、場所はわかる?」
剣は軽く瞼を閉じて、左手の人さし指と中指を自分の額にあて、精神を集中させている。
「見つけた…山の方だ…。開けた土地に、別荘みたいなコテージが建っている…」
「剣くん、急ごう」
「待ってよ!なんだかわからないけど、僕も行く」
千里の腕にしがみつくように、克哉が言った。
「かっちゃんはダメだ。危ないから、ここにいて」
「だけど!道案内が必要だろ?その人が言った場所なら心当たりがある」
千里が剣の顔を見た。
剣は頷いた。
「わかったよ。じゃあ、一緒に行こう」
隅が剥がれかけているかき氷のポスター、棚の上の小さなテレビ、カウンターの上のまねき猫など、まるで昭和時代にタイムスリップしたみたいだ。
最後に、向い側に腰かけてる青年に視線を定めて、成りゆきに戸惑う。
丸顔で、メガネをかけた青年はとても幼い顔つきをしていて、千里と同学年だと聞いても信じられなかった。
「ちーちゃん、今まで、どこで何をしてたの。僕も父さんも母さんも、どれだけ心配したか、わかってるの」
青年は思いつめた真剣な顔で、問い詰めた。
「かっちゃん、ごめん。本当に、ごめん」
千里は大きな身体を小さくして、謝ってばかりいる。
「だから、謝ってほしいわけじゃないんだ。なんで、なんで黙って出て行ったのか、理由を教えてよ」
「かっちゃん、ごめん。本当に、ごめん」
やり取りを黙って聞いていた剣の方がイライラしてきた。
堪え切れず、千里は青年の心をリーディングした。
青年の名前は安西克哉。
どうやら千里は彼の家族と同居していたらしい。
ところが、ある日突然、置き手紙一枚だけ残し、家を出て行った。
その時の驚きと悲しみが、克哉の心を今でも曇らせている。
「千里、おまえ、なんで家出なんかしたんだよ」
思わず剣はそう聞いていた。
克哉は剣が、千里から話を聞いているものだと思っているのか、とくになんのリアクションもしない。
千里のほうは「剣くん、勝手にリードしないでよっ!」と慌てている。
「やっぱり、早紀のことが原因なの」
克哉は目を伏せて、口にするのも辛そうにそう言った。
途端に、剣の中に、あまりに大きな悲しみが傾れ込んできた。
克哉の意識の中に中学生くらいの少女がいる。
少女の身に起きた不幸な出来事を、ビデオの早送り画像のように脳裡に再生させた剣は大きく身震いし、吐き気を抑えるように自分の口を手で塞いだ。
「……千里…誰、なの」
「妹だよ。早紀ちゃんは、かっちゃんの妹で、オレにとっても、妹みたいな存在だった」
千里は諦めたように、剣に身の上話をはじめた。
「オレの両親は、オレがまだ小さい頃に亡くなったんだ。死因について詳しいことは知らない。親戚の人が言うには交通事故らしいけど。よくある話で、オレは親戚の家を転々として、中3のときから、かっちゃんの家に世話になったんだ。かっちゃんのお父さんは、オレの死んだ父さんの親友で、親戚っていうわけでもないのに、オレを引き取ってくれて。おじさんもおばさんもいい人で、すごく、親切にしてくれた。同じ年のかっちゃんともすぐに仲良くなれたし、かっちゃんの妹の早紀ちゃんも、明るくて素直で、すごくいい子だった」
そこまで言って、千里は黙り込んだ。
その先は、聞かなくても剣にはわかっていた。
「早紀が死んだのは、ちーちゃんのせいじゃない」
克哉の言葉に、千里は首を振った。
「オレのせいだよ。あの日に限って、早紀ちゃんを塾に迎えにいってやれなかった。オレが迎えに行ってれば、早紀ちゃんは、あんな目に…合わなかった」
克哉の妹の早紀は、塾の帰り道、複数の男たちに襲われた。
暴行され、殴られたときの内臓出血が原因で、運ばれた病院で亡くなった。
千里も克哉も、病院にかけつけて、処置室に運び込まれる早紀を見た。
早紀はそのときまだ意識があったが、千里と克哉を見て、悲鳴を上げた。
彼女にとってもはや「男」はそれが兄でも、兄と同じように親しい存在でも、ただの野獣だった。
最後に見た生きている早紀の恐怖に引き攣った顔の記憶が何度も何度も剣の中に入ってくる。
千里の意識なのか克哉のなのか、わからなかった。
「だって、ちーちゃんは、店の手伝いで、配達に行ってたんじゃないか。僕がちーちゃんの代わりに行けばよかったんだよ。ちーちゃんが自分のせいだって言うなら、本当はそれは、僕のせいだ」
「違う。かっちゃんは、体調が、悪かったんだから」
「二人とも、やめなよ。それ、違うだろ。早紀ちゃんが亡くなったのは、彼女を死なせた人間がいるからだ」
冷静な声で剣が割って入った。
「犯人は、捕まったの?」
千里と克哉は顔を見合せて、小さく首を振った。
「噂はあった。地元の中高生の不良グループじゃないかって…。だけど、証拠がなかった。だから、ちーちゃんはあいつらのところに、行ったんだろ」
克哉が言った。
「千里、どういうこと?」
千里は膝の上で固く拳を握り、俯いて黙っている。
「ちーちゃんは、そのグループのリーダー格だった男のところに、自首するように、説得に行ったんだ。逆に、相手の親が怒って、名誉毀損で訴えるって…。だから、ちーちゃんは、家を出たんだろ?うちに、迷惑かけないように」
「千里、そうなの?」
剣の問いかけに千里は頷いた。
「それだけじゃないよ。オレは、自分が情けなくて。早紀ちゃんを助けることが出来なかった自分が…」
「そんなのちーちゃんだけじゃない。僕だって、父さんだって、自分のこと責めてる。ずっと、責めてる…」
そう言って、何かを迷ったように口を噤んだ克哉が、顔をあげて言った。
「実はね、ちーちゃん。また、起きたんだ。女子高生が、襲われた」
「本当に?!殺されたの!?」
「命は助かったけど、重症らしい」
「重症…」
痛ましい顔で呟いた千里は「でも、生きてるなら、犯人を証言出来るんじゃない?」と言った。
克哉は首を振った。
「精神的ショックのせいか、しゃべれないって。っていうか…心が元に戻らないって」
千里は息を吐いた。
視線を握った自分の拳の上に落とす。
「なんで、なんで警察はやつらを捕まえられないんだろう。なんで、罪もない女の子が傷つけられなきゃ、ならないだろう」
千里の怒りは静かだった。
声を荒げもしなければ、テーブルに拳を叩きつけることもない。
それは、自分の内に内に溜め込むような怒りだった。
「千里!」
突然、剣が叫んで立ち上がった。
「どうしたの、剣くん?」
「おまえ、聞こえない?悲鳴だよ、女の子の悲鳴が聞こえる」
千里も立ち上がって、剣に言った。
「行こう、剣くん。助けなきゃ!」
店を出て行こうとする剣と千里を、慌てて克哉が追いかけてきた。
「待ってよ、ちーちゃん!どうしたの?何が聞こえるの?何も聞こえないよ」
「かっちゃん、説明してる暇はないんだ。どこかで女の子が襲われてる。助けなきゃ」
「どこかって、どこで」
「剣くん、場所はわかる?」
剣は軽く瞼を閉じて、左手の人さし指と中指を自分の額にあて、精神を集中させている。
「見つけた…山の方だ…。開けた土地に、別荘みたいなコテージが建っている…」
「剣くん、急ごう」
「待ってよ!なんだかわからないけど、僕も行く」
千里の腕にしがみつくように、克哉が言った。
「かっちゃんはダメだ。危ないから、ここにいて」
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千里が剣の顔を見た。
剣は頷いた。
「わかったよ。じゃあ、一緒に行こう」
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