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【第三部】戦士恋情
7.裏切り
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民社党元幹事長の笹谷と並木洋介は、ホテルの玄関まで並んで歩いて、少し言葉を交わしただけだった。
その様子からは偶然ロビーで会い、挨拶を交わしただけのようにも見える。
けれど終夜は、並木の意識の中の奇妙な感覚を掴んだ。
それが造反の意志なのか確信はなかったが妙に気になった。
笹谷は女の秘書と一緒に、玄関に横づけされた車に乗り込んで立ち去った。
並木はタクシーに乗る。
終夜は少し迷って並木を追うことにした。
靖国通りを西に向かったタクシーは20分ほどで大通りを外れ、住宅街に入った。
タクシーが止まったのは瀟洒な5階建てのマンションの前だ。
終夜はそこで、意外な人間の意識を補足した。
(九郎か)
呼びかけるとすぐに応えがあった。
(終夜、何してるの)
終夜はタクシーからだいぶ離れて、マンションがギリギリ見える児童公園の横にバイクを止めた。
九郎とコンタクトをとっている間に並木はタクシーを降り、マンションのエントランスでオートロックの玄関を潜って、エレベーターに乗った。
並木が訪れたのは、505号室、最上階の角部屋だった。
(おまえこそ、その男とどういう関係だ)
九郎からの返事はない。
ドアの向こうを透視すると、玄関で靴を脱いだ並木が九郎を抱き寄せ、濃厚に口づけを交わしているのが臨場感溢れる映像で瞼に映った。
(おい!てめえら、昼間っからなにやってんだっ。ちくしょう、やってられっか。九郎、あとはおまえに任せたからな。オレは帰る。ヤルことやったらさっさと基地に戻って来いよ。事情はそのとき聞かせてもらう。その男には造反の疑いがある。どういう関係か知らねーけど、温情かけずに、そいつの正体を探れよ)
終夜は一方的に九郎に思念を送った。
***
「並木の愛人って、やっぱり君たちの仲間だったんだ」
不意に背後から声をかけられて、終夜は飛び上らんばかりに驚いた。
これほど近づかれていて、全く気配も意識も感じ取れなかった。
つまり、尾行にも気付かなかったということだ。
振り返って、終夜は深いため息を吐いた。
「蓮、またおまえか」
涼と同じ顔をしているのに、髪の色が違うだけで印象はだいぶ違う。
はじめて蓮を見たときには、見分けがつかないと思った終夜も、今でははっきり、蓮と涼の違いがわかる。
髪の色よりも、内にある心のありようの相違が双子の外見を隔てたのかもしれない。
「おまえなあ、なんでオレの前にばっか現われるんだ。涼に会え、涼に!そんで、さっさと仲直りしろよ。おまえたちの兄弟喧嘩にはいい加減うんざりだ」
本当にうんざりしたように言う終夜の言葉を無視して、蓮は九郎と並木がいるマンションを見上げた。
「あの男はね、どうしても政治家になりたいんだ。厚労省の官僚をやめて、高美興子の秘書になり、基盤を譲り受けるために自由党の寿家喜一の長女と結婚した。ところが寿家は引退間際になって、やっぱり基盤は自分の実子に譲ると言いだした。勘当していた放蕩息子を呼び戻して今は秘書にしてるんだ。この国じゃ、政治は今だに世襲だからね。当てが外れた並木は、慌てて民社党に鞍替えを考えてるところさ。防衛軍の機密情報を手土産にね」
「おまえ、なんでそんなことまで知っているんだ」
終夜は蓮の並木についての情報量の多さを意外に感じた。
追尾しながら探った並木の意識に、それらはかけらも感じることが出来なかったのである。
「あの男は、意識をリードされないための訓練を受けている」
なんのために?
ふと終夜は違和感を感じたが、それは蓮に言っても仕方ない。
「それよりおまえ、オレになんの用だ。ホテルからつけたのか」
「君に興味があるんだ」
「そういうことを、涼と同じ顔で言うなつーの」
「タケル、お願いだから、僕と一緒に来て。来てくれたら、君の望みは叶えてあげる」
「オレの望み?なんだよ、それ」
「僕を、抱いてもいい。いつでも、好きなときに好きなだけ」
「す、すきなときにすきなだけって、おまえなあ」
終夜は頭を抱えて蹲った。
「ああああ!ホント、頭くんなあ、おまえ!」
「君の欲望はわかってる。本当は抱きたいんでしょう。涼と同じ顔と身体を」
終夜の目の前まで歩み寄って、身体を寄せながら蓮は言った。
鳶色の瞳が煌いて、終夜を誘う。
「……蓮」
終夜は、自分より少し背の低い蓮を見下ろして、ゆっくり両手を伸ばし、蓮の頬を挟んだ。
口付けの前のように、目と目で見つめ合う。
口許に甘く優しげな微笑を讃えながら、終夜は言った。
「似てなんかねえよ。涼の目はなあ、こんなに濁ってない」
瞬間、蓮は終夜の頬を力任せに引っぱたいた。
「…っつ。いってぇ…なあ。生理中のオンナか、てめえ。いきなり殴りやがって」
蓮は終夜を叩いた自分の右手を左手で押えて、唇を震わせていた。
自分の行動に自分自身で驚いているようだった。
「蓮…?」
蓮の様子がおかしいことに気づいて、終夜が顔を覗きこむと、きつい目で睨んでくる。
「なんで、なんで涼でなきゃダメなの」
終夜は「はあー」とため息を吐いた。
「そんなのオレにもわかんねーよ。オレの本能に聞け」
蓮は納得いかない、という表情で終夜を睨み続けている。
なんだかなあ、という思いで蓮を見ていた終夜は、ふと考えが浮かんだ。
蓮は自分を組織にスカウトするつもりで、コンタクトをとってきているらしいが、逆に蓮を組織から抜けさせるチャンスかもしれない。
世間知らずで温室育ちの蓮に、組織が提唱していることがどれだけ現実離れしていて空想的で愚かなことか、気づかせてやればいい。
なんなら隙を見て、力づくで拘束してもいい。
「なあ、蓮。ここで会ったのもなにかの縁だ。これからどっか、遊びにいかねえ?」
終夜がそう誘うと蓮は驚いた顔をした。
「どこかって?」
「どこでもいい、ゲーセンとか映画とか」
「人がたくさんいるところはイヤだ」
それもそうだ、と終夜は思った。
おそらく蓮も自分の能力に蓋をすることは出来るだろう。
それでも人の密集する都会の真ん中は、ストレスと悪意の吹き溜まりのようなもので、どんなにガードしていても、無感応ではいられない。
「わかった。じゃあ、人の少ないところに行こう」
終夜は言って、蓮に自分のヘルメットを渡した。
思わず、という様子でそれを受け取った蓮は、戸惑った顔を見せた。
そんな表情は涼はしない。
まるで小さな子供のようで、なぜか終夜の胸は少し痛んだ。
その様子からは偶然ロビーで会い、挨拶を交わしただけのようにも見える。
けれど終夜は、並木の意識の中の奇妙な感覚を掴んだ。
それが造反の意志なのか確信はなかったが妙に気になった。
笹谷は女の秘書と一緒に、玄関に横づけされた車に乗り込んで立ち去った。
並木はタクシーに乗る。
終夜は少し迷って並木を追うことにした。
靖国通りを西に向かったタクシーは20分ほどで大通りを外れ、住宅街に入った。
タクシーが止まったのは瀟洒な5階建てのマンションの前だ。
終夜はそこで、意外な人間の意識を補足した。
(九郎か)
呼びかけるとすぐに応えがあった。
(終夜、何してるの)
終夜はタクシーからだいぶ離れて、マンションがギリギリ見える児童公園の横にバイクを止めた。
九郎とコンタクトをとっている間に並木はタクシーを降り、マンションのエントランスでオートロックの玄関を潜って、エレベーターに乗った。
並木が訪れたのは、505号室、最上階の角部屋だった。
(おまえこそ、その男とどういう関係だ)
九郎からの返事はない。
ドアの向こうを透視すると、玄関で靴を脱いだ並木が九郎を抱き寄せ、濃厚に口づけを交わしているのが臨場感溢れる映像で瞼に映った。
(おい!てめえら、昼間っからなにやってんだっ。ちくしょう、やってられっか。九郎、あとはおまえに任せたからな。オレは帰る。ヤルことやったらさっさと基地に戻って来いよ。事情はそのとき聞かせてもらう。その男には造反の疑いがある。どういう関係か知らねーけど、温情かけずに、そいつの正体を探れよ)
終夜は一方的に九郎に思念を送った。
***
「並木の愛人って、やっぱり君たちの仲間だったんだ」
不意に背後から声をかけられて、終夜は飛び上らんばかりに驚いた。
これほど近づかれていて、全く気配も意識も感じ取れなかった。
つまり、尾行にも気付かなかったということだ。
振り返って、終夜は深いため息を吐いた。
「蓮、またおまえか」
涼と同じ顔をしているのに、髪の色が違うだけで印象はだいぶ違う。
はじめて蓮を見たときには、見分けがつかないと思った終夜も、今でははっきり、蓮と涼の違いがわかる。
髪の色よりも、内にある心のありようの相違が双子の外見を隔てたのかもしれない。
「おまえなあ、なんでオレの前にばっか現われるんだ。涼に会え、涼に!そんで、さっさと仲直りしろよ。おまえたちの兄弟喧嘩にはいい加減うんざりだ」
本当にうんざりしたように言う終夜の言葉を無視して、蓮は九郎と並木がいるマンションを見上げた。
「あの男はね、どうしても政治家になりたいんだ。厚労省の官僚をやめて、高美興子の秘書になり、基盤を譲り受けるために自由党の寿家喜一の長女と結婚した。ところが寿家は引退間際になって、やっぱり基盤は自分の実子に譲ると言いだした。勘当していた放蕩息子を呼び戻して今は秘書にしてるんだ。この国じゃ、政治は今だに世襲だからね。当てが外れた並木は、慌てて民社党に鞍替えを考えてるところさ。防衛軍の機密情報を手土産にね」
「おまえ、なんでそんなことまで知っているんだ」
終夜は蓮の並木についての情報量の多さを意外に感じた。
追尾しながら探った並木の意識に、それらはかけらも感じることが出来なかったのである。
「あの男は、意識をリードされないための訓練を受けている」
なんのために?
ふと終夜は違和感を感じたが、それは蓮に言っても仕方ない。
「それよりおまえ、オレになんの用だ。ホテルからつけたのか」
「君に興味があるんだ」
「そういうことを、涼と同じ顔で言うなつーの」
「タケル、お願いだから、僕と一緒に来て。来てくれたら、君の望みは叶えてあげる」
「オレの望み?なんだよ、それ」
「僕を、抱いてもいい。いつでも、好きなときに好きなだけ」
「す、すきなときにすきなだけって、おまえなあ」
終夜は頭を抱えて蹲った。
「ああああ!ホント、頭くんなあ、おまえ!」
「君の欲望はわかってる。本当は抱きたいんでしょう。涼と同じ顔と身体を」
終夜の目の前まで歩み寄って、身体を寄せながら蓮は言った。
鳶色の瞳が煌いて、終夜を誘う。
「……蓮」
終夜は、自分より少し背の低い蓮を見下ろして、ゆっくり両手を伸ばし、蓮の頬を挟んだ。
口付けの前のように、目と目で見つめ合う。
口許に甘く優しげな微笑を讃えながら、終夜は言った。
「似てなんかねえよ。涼の目はなあ、こんなに濁ってない」
瞬間、蓮は終夜の頬を力任せに引っぱたいた。
「…っつ。いってぇ…なあ。生理中のオンナか、てめえ。いきなり殴りやがって」
蓮は終夜を叩いた自分の右手を左手で押えて、唇を震わせていた。
自分の行動に自分自身で驚いているようだった。
「蓮…?」
蓮の様子がおかしいことに気づいて、終夜が顔を覗きこむと、きつい目で睨んでくる。
「なんで、なんで涼でなきゃダメなの」
終夜は「はあー」とため息を吐いた。
「そんなのオレにもわかんねーよ。オレの本能に聞け」
蓮は納得いかない、という表情で終夜を睨み続けている。
なんだかなあ、という思いで蓮を見ていた終夜は、ふと考えが浮かんだ。
蓮は自分を組織にスカウトするつもりで、コンタクトをとってきているらしいが、逆に蓮を組織から抜けさせるチャンスかもしれない。
世間知らずで温室育ちの蓮に、組織が提唱していることがどれだけ現実離れしていて空想的で愚かなことか、気づかせてやればいい。
なんなら隙を見て、力づくで拘束してもいい。
「なあ、蓮。ここで会ったのもなにかの縁だ。これからどっか、遊びにいかねえ?」
終夜がそう誘うと蓮は驚いた顔をした。
「どこかって?」
「どこでもいい、ゲーセンとか映画とか」
「人がたくさんいるところはイヤだ」
それもそうだ、と終夜は思った。
おそらく蓮も自分の能力に蓋をすることは出来るだろう。
それでも人の密集する都会の真ん中は、ストレスと悪意の吹き溜まりのようなもので、どんなにガードしていても、無感応ではいられない。
「わかった。じゃあ、人の少ないところに行こう」
終夜は言って、蓮に自分のヘルメットを渡した。
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そんな表情は涼はしない。
まるで小さな子供のようで、なぜか終夜の胸は少し痛んだ。
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