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【第四部】戦士邂逅
2.密会
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平日の昼下がり、都心にある高層のオフィスビルの5階に位置する空中公園には、休憩をとるサラリーマンや、ブランドショップがテナントに入っているため、買い物客などの姿も目立つ。
商業施設とホテル、オフィスフロアを兼ね揃えた複合ビルには、平日の午後でも観光や買い物目当ての一般客が多い。
ビルの5階とは思えない緑の多い空間に、ベンチに腰かけた人々は一様に寛いだ様子だ。
涼は、ビルの建ち並ぶ狭い空を見上げ、心を彷徨わせていた。
「お待たせしました」
隣に、男が腰掛けた。
「あなたの方から呼び出していただけるなんて、光栄ですね」
眼鏡の奥の涼やかな瞳に親愛の情を浮かべて男は言う。
会社務めをしているわけでもないのに、相変わらず、身体の線にぴったり合わせたような仕立ての良いスーツにネクタイ姿と、身形を整えている。
風にのって、仄かにフレグランスの香りが漂う。
完璧な出来だ。
だが涼は男の容姿にも、格好にも関心はなかった。
「蓮に会いたい。会わせて欲しい」
そう、要件だけを、口にした。
「それは、防衛軍をやめて、私たち組織に加わってくれると考えていいんですか」
涼は返事を躊躇った。
「…蓮と、話してからだ」
決めるのは、連と会って話してからだと言う。
「いいでしょう。どちらにしろ、あなたには戻る場所はなくなった。そうではないですか」
それまで足の間で結んだ自分の両手を見つめていた涼が、はじめて男を、北城を見た。
「スパイでも送っているのか」
「それくらいは常識でしょう」
涼はそのことには、驚かない。静かに、北城を見つめた。
「あなたを解任するなんて、防衛軍は愚かですね。あなたが今までどれだけ貢献してきたのか、わかっていない。あなたの価値も、見誤っている。地球を守るなんて口先だけで、本当は目先の、自分たちの利益しか求めていない。愚かな人類と同じなんですよ」
「価値を認めて欲しくて防衛軍にいるわけじゃない」
「また、正義ですか。あなたはもっと、考える必要がある。支配を拒む権利を持つものは、秩序を守れるものだけです。今の人類に、それが出来ますか。出来ない。誰もが我欲ばかり貫こうとする。そして、弱い者が、犠牲になる」
涼は討論しようとはせず、ただ口許に笑みを浮かべた。
「よくしゃべるな」
言われて、北城は不意を突かれたような顔をした。
そして、熱く語り過ぎたことを恥じたように俯く。
「あなたが、しゃべらな過ぎるんですよ」
その時、急に公園の一角がざわついた。
涼と北城は顔を見合せて、騒ぎの起きている方に向かった。
野次馬をかき分けて前に出ると、若い女がフェンスを乗り越えて、立っていた。
どうやら、飛び降りようとしているようだ。
「誰か警察に通報したのかしら」
「したんじゃないか、誰かが」
野次馬の中からヒソヒソと囁き合うような声がした。
中には携帯を取り出して、カメラで撮影する者もいた。
飛び降り自殺を目の前にして、ひどく乾いた反応だった。
涼はビルの真下を透視した。
下にはまだ事態の情報が伝わっていないようで、平然と通行人が歩いている。
今、女が飛び下りれば、女だけではなく、下を歩いている人間が巻き添えになる。
「どうします?」
涼の隣で、北城が聞いた。
「彼女の意識に働きかけて、動きを封じる。それしかない」
「しかし、彼女の精神の波動はかなり乱れていますよ。他者の干渉を受け付けるでしょうか」
北城の言うとおりだった。
さっきからすでに涼は彼女の意識をコントロールするべく集中していたが、とりとめのない思考と、強い強迫観念に支配された女の意識に、触れることが出来なかった。
女は唇を動かして、しきりになにか呟いていた。
「憎い…憎い…憎い…?」
女の意識の表層を涼が読み取ったそのとき、女はフェンスから手を離し、自身の身体を宙に放った。
「まずい!」
涼は咄嗟に女の後を追った。
右手一本をかけただけで高いフェンスをひらりと飛び越え、フェンスの向こうに着地すると、すぐさま、ビルから飛び降りた。
冷やかに見ていた見物人も、さすがに2度悲鳴を上げた。
涼は、空中で女の身体を抱き込んで回転し、体操選手が鉄棒から飛び降りるように、20M下の地面に立ったまま、着地した。
ありえない光景を目の当たりにした通行人は息を止めた。
自分が今、目にしたものの正体を、経験を元に頭の中で忙しく考える。
普通の人間が、ビルの5階から飛び降り、両脚で立ったまま着地することはありえるか?
誰もが、「ない」と答えを出す。
では、今、目の前にいる、自分たちとは違う能力を見せつけた人間は「普通」ではないということになる。
そうだ、出来るわけがない。
こんなことが可能なのは、超人か化け物だ。
バケモノだ。
「キャ、キャアーーーーー!」
いち早く答えを出した者が、奇異な目で涼を見て、叫んだ。
「この人、なに?!人間じゃないわ!」
その声に呼応するように、涼を、人々が囲んだ。
オマエハ、ナニモノダ。ニンゲンジャナイ、バケモノダ。
涼は立ち竦んだ。
冷静な判断力があれば、目撃者の記憶を改ざんする意識操作をして、速やかに立ち去るべきだ。
なぜか涼にはそれが出来なかった。
飛んできた小石から、腕の中の女を守るために蹲った。
その瞬間に子供の頃に戻った。
抱きかかえた蓮を庇い、投石を浴びた。
頭に、背中に、足に、投げつけられた石が当たった。
身体も心も痛かったけれど、石を投げる人間を憎んではいけない、と思った。
人は弱い。
だから人は、自分と違う人間が怖い。
自分たちは嫌われ、排除されているのではない。
彼らはみな、自分とは違う能力を持つものを、認められないほどに、弱いだけなのだ。
石を投げる者を憎んではいけない。
自分は憎んでいない。
許せる。
人を、許せる。
許す。許す。許す。許す。許す。
自分が血を流すことはなんでもないことだ。
腕の中に囲った蓮に、当たらなければいいのだから。
商業施設とホテル、オフィスフロアを兼ね揃えた複合ビルには、平日の午後でも観光や買い物目当ての一般客が多い。
ビルの5階とは思えない緑の多い空間に、ベンチに腰かけた人々は一様に寛いだ様子だ。
涼は、ビルの建ち並ぶ狭い空を見上げ、心を彷徨わせていた。
「お待たせしました」
隣に、男が腰掛けた。
「あなたの方から呼び出していただけるなんて、光栄ですね」
眼鏡の奥の涼やかな瞳に親愛の情を浮かべて男は言う。
会社務めをしているわけでもないのに、相変わらず、身体の線にぴったり合わせたような仕立ての良いスーツにネクタイ姿と、身形を整えている。
風にのって、仄かにフレグランスの香りが漂う。
完璧な出来だ。
だが涼は男の容姿にも、格好にも関心はなかった。
「蓮に会いたい。会わせて欲しい」
そう、要件だけを、口にした。
「それは、防衛軍をやめて、私たち組織に加わってくれると考えていいんですか」
涼は返事を躊躇った。
「…蓮と、話してからだ」
決めるのは、連と会って話してからだと言う。
「いいでしょう。どちらにしろ、あなたには戻る場所はなくなった。そうではないですか」
それまで足の間で結んだ自分の両手を見つめていた涼が、はじめて男を、北城を見た。
「スパイでも送っているのか」
「それくらいは常識でしょう」
涼はそのことには、驚かない。静かに、北城を見つめた。
「あなたを解任するなんて、防衛軍は愚かですね。あなたが今までどれだけ貢献してきたのか、わかっていない。あなたの価値も、見誤っている。地球を守るなんて口先だけで、本当は目先の、自分たちの利益しか求めていない。愚かな人類と同じなんですよ」
「価値を認めて欲しくて防衛軍にいるわけじゃない」
「また、正義ですか。あなたはもっと、考える必要がある。支配を拒む権利を持つものは、秩序を守れるものだけです。今の人類に、それが出来ますか。出来ない。誰もが我欲ばかり貫こうとする。そして、弱い者が、犠牲になる」
涼は討論しようとはせず、ただ口許に笑みを浮かべた。
「よくしゃべるな」
言われて、北城は不意を突かれたような顔をした。
そして、熱く語り過ぎたことを恥じたように俯く。
「あなたが、しゃべらな過ぎるんですよ」
その時、急に公園の一角がざわついた。
涼と北城は顔を見合せて、騒ぎの起きている方に向かった。
野次馬をかき分けて前に出ると、若い女がフェンスを乗り越えて、立っていた。
どうやら、飛び降りようとしているようだ。
「誰か警察に通報したのかしら」
「したんじゃないか、誰かが」
野次馬の中からヒソヒソと囁き合うような声がした。
中には携帯を取り出して、カメラで撮影する者もいた。
飛び降り自殺を目の前にして、ひどく乾いた反応だった。
涼はビルの真下を透視した。
下にはまだ事態の情報が伝わっていないようで、平然と通行人が歩いている。
今、女が飛び下りれば、女だけではなく、下を歩いている人間が巻き添えになる。
「どうします?」
涼の隣で、北城が聞いた。
「彼女の意識に働きかけて、動きを封じる。それしかない」
「しかし、彼女の精神の波動はかなり乱れていますよ。他者の干渉を受け付けるでしょうか」
北城の言うとおりだった。
さっきからすでに涼は彼女の意識をコントロールするべく集中していたが、とりとめのない思考と、強い強迫観念に支配された女の意識に、触れることが出来なかった。
女は唇を動かして、しきりになにか呟いていた。
「憎い…憎い…憎い…?」
女の意識の表層を涼が読み取ったそのとき、女はフェンスから手を離し、自身の身体を宙に放った。
「まずい!」
涼は咄嗟に女の後を追った。
右手一本をかけただけで高いフェンスをひらりと飛び越え、フェンスの向こうに着地すると、すぐさま、ビルから飛び降りた。
冷やかに見ていた見物人も、さすがに2度悲鳴を上げた。
涼は、空中で女の身体を抱き込んで回転し、体操選手が鉄棒から飛び降りるように、20M下の地面に立ったまま、着地した。
ありえない光景を目の当たりにした通行人は息を止めた。
自分が今、目にしたものの正体を、経験を元に頭の中で忙しく考える。
普通の人間が、ビルの5階から飛び降り、両脚で立ったまま着地することはありえるか?
誰もが、「ない」と答えを出す。
では、今、目の前にいる、自分たちとは違う能力を見せつけた人間は「普通」ではないということになる。
そうだ、出来るわけがない。
こんなことが可能なのは、超人か化け物だ。
バケモノだ。
「キャ、キャアーーーーー!」
いち早く答えを出した者が、奇異な目で涼を見て、叫んだ。
「この人、なに?!人間じゃないわ!」
その声に呼応するように、涼を、人々が囲んだ。
オマエハ、ナニモノダ。ニンゲンジャナイ、バケモノダ。
涼は立ち竦んだ。
冷静な判断力があれば、目撃者の記憶を改ざんする意識操作をして、速やかに立ち去るべきだ。
なぜか涼にはそれが出来なかった。
飛んできた小石から、腕の中の女を守るために蹲った。
その瞬間に子供の頃に戻った。
抱きかかえた蓮を庇い、投石を浴びた。
頭に、背中に、足に、投げつけられた石が当たった。
身体も心も痛かったけれど、石を投げる人間を憎んではいけない、と思った。
人は弱い。
だから人は、自分と違う人間が怖い。
自分たちは嫌われ、排除されているのではない。
彼らはみな、自分とは違う能力を持つものを、認められないほどに、弱いだけなのだ。
石を投げる者を憎んではいけない。
自分は憎んでいない。
許せる。
人を、許せる。
許す。許す。許す。許す。許す。
自分が血を流すことはなんでもないことだ。
腕の中に囲った蓮に、当たらなければいいのだから。
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