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カラダの恋人【第一部】
2.ミステリアスな男
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「隣、座ってもいいかな」
机に突っ伏して居眠りしていたら突然頭の上で声をかけられて、はっとした。
慌てて上体を起こしついでに口の端のヨダレを袖で拭って、声の主を見上げる。
スラッとした痩身の、軽いウエーブのかかった黒髪が印象的な男が、遅刻してきたとは思えない落ち着き払った優雅な微笑を浮かべて立っていた。
腕時計を見ると授業がはじまって三十分も立っている。
どうせ今日は紺野は来ないなと思い、どうぞ、と返事をした。
昨夜、紺野にしつこく絡まれたせいですっかり寝坊してしまい、今朝、寝惚けた紺野に思いきり腹の上に足を乗せられて目が覚めたときはとっくに九時を過ぎていた。
単位の危ないオレは急いで飛び出して来たけど、紺野はまだ寝てるのかサボリを決めこんだらしい。
起こしてやらなかったのはオレのささやかな復讐だ、ザマーミロ。
それにしても眠い。瞼が重い。
必死で持ち上げていた頭が地球の重力に負けてどんどん下がり、机とくっついた頃には夢の入り口に立っていた。
そして数十分後、オレは無人の教室で目覚めた。
「やべえ、今何時だよ」
「そろそろお昼だよ」
「え?」
独り言を言ったつもりが返事が返ってぎょっとした。
てっきり誰もいないと思ったら、隣に人がいて、それは遅刻して入ってきてオレの隣に座った男だった。
なんで、居るんだろう。
まさか、席を立つときも許可が必要だとでも思っているのだろうか。
内心焦りまくっているオレに向かって、そいつはにっこり微笑して、
「もし予定がなければ、昼食を一緒にどうかな」
と言った。
***
「おまえさあ、今日の昼、誰と一緒にいたんだよ」
昨夜、散々やりまくって紺野クンの切なくて熱い気持ちとやらも当分大人しくなることだろうと思っていたのに、紺野はその夜またオレの部屋に来た。
「へ、今日の昼?」
突然言われて何のことかわからなかったけど、すぐオレの脳裏に今日一緒に昼飯を食べた不思議な男の顔が浮かんで、紺野があいつのことを聞いてるんだと分かった。
「ああ、あいつ。あいつ間宮って言うんだけど、オレたちと同じ教育原理の講義、聴講してんだって。結構前から通ってるって言ってたけどおまえ知ってた?オレは全然知らなかった」
決して目立たないタイプではないけど、オレはマジで間宮を知らなかった。
一緒に昼飯を食べながらオレが正直にそういうと、間宮は全然気を悪くした様子もなく、僕は佐倉君のこと知ってたよ、と言った。
「なんでわざわざうちの大学の講義なんか聴講してるのかわかんねえよな」
「間宮って、間宮秋一?」
「なんだよ、おまえやっぱ知ってた?」
「っていうか、名前だけ。でもなんでおまえ、今まで知らなかったような奴と一緒にメシなんか食ってんだよ」
露骨に不機嫌な声で紺野は言った。
「さあ、よくわかんないんだよな。成り行きってやつ?オレ、授業中寝ちゃってさ、起きたら教室にあいつがいて、一緒に食べようって誘われたから…」
答えているうちになんかバカらしくなってきた。
なんでこんなことでオレが紺野に詰問されなきゃなんねえんだ。
紺野はオレの答えに納得がいかないって言いたげなしかめっ面で、むっつり黙り込む。
なんかすげえ、ムカつく態度。
紺野の不機嫌がオレにまで伝染しそうになったとき、
「あいつ…ホモなんじゃねえの?」
唐突に紺野は言った。
はああああ?
顎が外れるくらい大口開けて呆れているオレの前で紺野は、そうだよそうに違いないって、おまえホモに狙われてんだよ、隙があんじゃねーの、ガードが甘いんだってトモはあ、とかなんとか言いたい放題言ってくれてる。
なんで同じ大学の同じ講義受けてる奴と一緒に昼飯食っただけで、これだけ悪し様に言われなきゃならねえんだ。
紺野は昔から人の好き嫌いが激しくて、自分の気に入らない人間とオレが付き合うのを嫌がった。
けど紺野の場合、特定の人間をキライだとする根拠はいつも曖昧で、理由を聞いても「なんとなくムシがすかない」としか言わない。
なんでおまえが「なんとなくムシが好かない」人間と、オレが話もしちゃいけないんだって、昔はそれでよく紺野と喧嘩した。
だから、紺野とこの手の話で口論なんかしたって筋道通った話なんか出来ないってわかってる。
オレは、紺野を部屋から追い出した。
「…トモ、ごめん。言い過ぎた」
ドアの前で、聞こえないくらい小さな声で紺野が言ったけど、オレは聞こえないことにした。
なぜか、むしょうに腹が立った。
机に突っ伏して居眠りしていたら突然頭の上で声をかけられて、はっとした。
慌てて上体を起こしついでに口の端のヨダレを袖で拭って、声の主を見上げる。
スラッとした痩身の、軽いウエーブのかかった黒髪が印象的な男が、遅刻してきたとは思えない落ち着き払った優雅な微笑を浮かべて立っていた。
腕時計を見ると授業がはじまって三十分も立っている。
どうせ今日は紺野は来ないなと思い、どうぞ、と返事をした。
昨夜、紺野にしつこく絡まれたせいですっかり寝坊してしまい、今朝、寝惚けた紺野に思いきり腹の上に足を乗せられて目が覚めたときはとっくに九時を過ぎていた。
単位の危ないオレは急いで飛び出して来たけど、紺野はまだ寝てるのかサボリを決めこんだらしい。
起こしてやらなかったのはオレのささやかな復讐だ、ザマーミロ。
それにしても眠い。瞼が重い。
必死で持ち上げていた頭が地球の重力に負けてどんどん下がり、机とくっついた頃には夢の入り口に立っていた。
そして数十分後、オレは無人の教室で目覚めた。
「やべえ、今何時だよ」
「そろそろお昼だよ」
「え?」
独り言を言ったつもりが返事が返ってぎょっとした。
てっきり誰もいないと思ったら、隣に人がいて、それは遅刻して入ってきてオレの隣に座った男だった。
なんで、居るんだろう。
まさか、席を立つときも許可が必要だとでも思っているのだろうか。
内心焦りまくっているオレに向かって、そいつはにっこり微笑して、
「もし予定がなければ、昼食を一緒にどうかな」
と言った。
***
「おまえさあ、今日の昼、誰と一緒にいたんだよ」
昨夜、散々やりまくって紺野クンの切なくて熱い気持ちとやらも当分大人しくなることだろうと思っていたのに、紺野はその夜またオレの部屋に来た。
「へ、今日の昼?」
突然言われて何のことかわからなかったけど、すぐオレの脳裏に今日一緒に昼飯を食べた不思議な男の顔が浮かんで、紺野があいつのことを聞いてるんだと分かった。
「ああ、あいつ。あいつ間宮って言うんだけど、オレたちと同じ教育原理の講義、聴講してんだって。結構前から通ってるって言ってたけどおまえ知ってた?オレは全然知らなかった」
決して目立たないタイプではないけど、オレはマジで間宮を知らなかった。
一緒に昼飯を食べながらオレが正直にそういうと、間宮は全然気を悪くした様子もなく、僕は佐倉君のこと知ってたよ、と言った。
「なんでわざわざうちの大学の講義なんか聴講してるのかわかんねえよな」
「間宮って、間宮秋一?」
「なんだよ、おまえやっぱ知ってた?」
「っていうか、名前だけ。でもなんでおまえ、今まで知らなかったような奴と一緒にメシなんか食ってんだよ」
露骨に不機嫌な声で紺野は言った。
「さあ、よくわかんないんだよな。成り行きってやつ?オレ、授業中寝ちゃってさ、起きたら教室にあいつがいて、一緒に食べようって誘われたから…」
答えているうちになんかバカらしくなってきた。
なんでこんなことでオレが紺野に詰問されなきゃなんねえんだ。
紺野はオレの答えに納得がいかないって言いたげなしかめっ面で、むっつり黙り込む。
なんかすげえ、ムカつく態度。
紺野の不機嫌がオレにまで伝染しそうになったとき、
「あいつ…ホモなんじゃねえの?」
唐突に紺野は言った。
はああああ?
顎が外れるくらい大口開けて呆れているオレの前で紺野は、そうだよそうに違いないって、おまえホモに狙われてんだよ、隙があんじゃねーの、ガードが甘いんだってトモはあ、とかなんとか言いたい放題言ってくれてる。
なんで同じ大学の同じ講義受けてる奴と一緒に昼飯食っただけで、これだけ悪し様に言われなきゃならねえんだ。
紺野は昔から人の好き嫌いが激しくて、自分の気に入らない人間とオレが付き合うのを嫌がった。
けど紺野の場合、特定の人間をキライだとする根拠はいつも曖昧で、理由を聞いても「なんとなくムシがすかない」としか言わない。
なんでおまえが「なんとなくムシが好かない」人間と、オレが話もしちゃいけないんだって、昔はそれでよく紺野と喧嘩した。
だから、紺野とこの手の話で口論なんかしたって筋道通った話なんか出来ないってわかってる。
オレは、紺野を部屋から追い出した。
「…トモ、ごめん。言い過ぎた」
ドアの前で、聞こえないくらい小さな声で紺野が言ったけど、オレは聞こえないことにした。
なぜか、むしょうに腹が立った。
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