カラダの恋人

フジキフジコ

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カラダの恋人【第一部】

10.クリスマスイブの約束

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12月も半分過ぎると、なんだか本当に道を歩いている人の歩く速度がいつもより早いような気がする。
店で使う料理用の赤ワインが切れてしまい、買出しに出たオレはコートの中の身体を震わせて道を歩く人につられたように早足で歩いていた。

ふと、道路を挟んだ向かいの歩道を歩く紺野が目に入って足を止めた。
紺野の実家はここから結構距離がある。
こんなところで何をしてるんだろうと思った。

よく見ると紺野は女連れで、二人は楽しそうに何か話ながら店のショウウインドウを覗いては立ち止まっている。
その様子は、まさに彼女にプレゼントをねだられて買い物するラブラブカップルって感じで、この季節にはおあつらえ向きのコマーシャルフィルムみたいな光景だった。
BGMに達郎が流れてないのが不思議なくらいだ。

紺野が連れている女はストレートの長い黒髪でミニスカートに黒いブーツを履いた、どこにでもいそうな平凡な女だった。
彼女のことを褒め称えていた紺野を思い出す。
…そうか?それほどか?
そう思って、オレはそんなふうに思った自分に驚いた。
なんで。
そんなふうに感じるオレは、どこかおかしくないか?
だって似合いじゃないか。
少なくとも腕を組んで街を歩いても少しも不自然じゃない。

オレは身体のどこかに針を刺されたような、小さな、でも確かな痛みを覚えて、紺野が見えるその場所を急いで離れた。



***



レストランでのオレの仕事はフロアの給仕で、普段のオレからは想像つかないスマートな動作で接客をこなしてたりする。
そういうのわりと好きな仕事なんだけど、普段は使わない気を遣うんで、かなり疲れる。
そのうえ仕事が終わるのが夜遅く、オレは部屋に帰るなりベッドに横になってぼうとしていた。

時計の針が12時近いと言うのに、部屋をノックする馬鹿がいる。
さすがに隣近所に気をつかっているのか、コンコンと控えめな音が何度かしたあと、声がした。

「トモ、起きてる?」
安いアパートの木のドアの向こうから喋る声はいくら小さくてもしっかり中まで聞こえていて、無視するのはさすがに気がひけた。

「空いてるから勝手に入れよ」
立ち上がるのも億劫だったんで、オレは言った。
「ごめんな、こんなに遅くに。終電逃しちゃって、今夜泊めて」
紺野は寒い寒いと言いながらあがってきて、コタツの中に足を入れた。
電車がなくなるまで、どこでなにをしていたかは聞く気になれなかった。

「なに、もう寝るとこ?」
「……ん」
ぶっきらぼうに言うと、紺野はオレの機嫌を伺うような目でじっと見てくる。
なんかあった?
そんな目で。
ときどきオレたちは口で言わなくてもこんなふうに目で会話したりする。
思えば紺野とはそれだけ付き合いが長いってことだ。

でも今日はそれがうざったくて、オレは壁の方を向いて紺野に背中を向けた。
自分でさえわからない胸のなかのモヤモヤを、紺野に詮索されたくなかった。

「……紺野、来いよ」
じっと壁を見ながら背中だけで紺野の存在を感じていて、急にそんな気になった。
「え?」
「こっち、来いって」
「なに」
なんだよ、と言って、ベッドに乗ってオレの顔を覗きこんでくる紺野を、下から見つめてオレは、紺野のシャツの襟を両手で掴んだ。

「…トモ?」
掴んだ襟を引き寄せると、紺野の両眼が驚いて見開かれる。
おまえが動揺するなんて、滅多に見られねーよな。
少しだけ楽しくなってオレは、自分から紺野に軽く触れるだけのキスをした。
「なんだよ、いきなり」
「たまにはいいじゃん、オレから誘ったって。オレがしたいときにも付き合ってくれてもいいだろ。調度やりてえなあって思ってたんだよ。おまえ、いいとこに来てくれたな」

自分でも、なんだか嫌なこと言ってるなってわかった。
わかったけど、止められなかった。

「トモ…」
紺野は真上からオレをじっと見下ろして、困った表情で固まっている。
そりゃあ、困るよな、そんなこと言われても。
おまえは今ホンモノの恋愛中で、オレのカラダは必要じゃない。
おまえが今抱きたいのは、オレじゃない。

「冗談だよ、うっそ。本当はバイトで疲れていて役に立たないのよ、オレの」
オレはクスクス笑って言った。
紺野の首に回していた腕を解いて、紺野の肩を押す。
「紺野、自分で布団敷いて寝ろよ。オレももう寝るから」
「ああ、うん」
なんだか気まずくて話が出来なくて、部屋に紺野が布団を敷く音だけが響く。

電気を消してしばらくしてから紺野が、言い出しにくそうに言った。
「トモさあ、イブって予定あるの?」
今日はどうしてこうどいつもこいつもイブのことを聞くんだろ。
オレにとってはそんな日が特別だったことなんかないのに。

「…バイトだよ」
「終わってからは?」
「間宮と約束した」
咄嗟に嘘をついた。
なんでそんな嘘をついたのか、自分でもわからなかった。
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