カラダの恋人

フジキフジコ

文字の大きさ
上 下
29 / 91
カラダの恋人【第三部】

4.紺野君と佐倉君

しおりを挟む
懐かしい日本に着いてすぐ、オレが直行したのは佐倉君と紺野君の新居だった。
なにしろオレには間宮君の消息を知る手がかりは佐倉君のところにしかない。
日本についたのが明け方で、他人の家を訪ねるのはちょっとまだ早過ぎるかな、と思ったけど、どうしてかオレは焦っていた。

聞いていた住所を頼りにして辿りついた、新築らしい2階建てのアパートは、パステルグリーンを基調にした壁や、角部屋の出窓の感じから、いかにも新婚夫婦が好んで住みそうな印象のアパートで、こんなところに男二人で住んでいると思うと薄ら寒い気がするけど、佐倉君には言わないでおこう。

とにかくオレは階段を駆け上がって、二人の部屋のインターフォンを押した。
しばらくして、いかにも寝起きの紺野君がパジャマ代わりに着ているらしいTシャツと短パン姿でドアを開けて、オレを見ると露骨に迷惑そうな顔をした。

「なんだよ、んな朝っぱらから」
「ごめん。あのさあ、間宮君の連絡先教えて欲しいんだけど、わかる?」
「はあ?突然何言ってんの、おまえ…」
紺野君は寝起きの頭を一生懸命フル回転して、何かを思い出そうとしている。

「間宮か…ドイツに行く前にアパートは引き払ったつってたからなあ…あ、正月に実家の住所で年賀状が来てたような気がする」
「ホント?!お願い、それ探して」
「えっ、今かよ」
「今すぐ!」

オレは紺野君を押しのけるようにして強引に部屋の中にあがりこんだ。
「河合っ、おまえ勝手に人んちにあがるなよお…」
「いいじゃない、別に」
紺野君が嫌がるんで、部屋でも散らかっているのかと思ったら、玄関あがってすぐの床張りのダイニングリビングは意外なくらい綺麗に片付いていた。

「へえ、綺麗なモンだねえ」
「トモがマメだからなあ」
ダイニングリビングには流し台と冷蔵庫と、ベランダに面した窓際の方にはコタツテーブルとテレビと本棚があった。
多分ここは二人の共有スペースなんだろう。
で、右側に襖と、開閉式のドアが並んでいる。
襖の方が和室でドアが洋間かな。
そこを1部屋ずつ個人スペースに使っているんだなあ、とオレは一人で納得した。
結構、悪くない間取りだと思う。

「ってことは、紺野君がこっちで寝てるんだ?」
なんとなく和室は佐倉君、洋間が紺野君というイメージだったんで、オレはドアの方を指差して聞いた。
とくに意味はなかったけど。
「あ?いや、寝てるのはこっち」
紺野君はカラーボックスの引き出しをあけて、間宮君から届いたという年賀状を探しながらついでのように返事をしてくれた。

「へえ、意外…オレはてっきり、佐倉君が和室だと…」
と言った瞬間に、襖が開いて、眠い目をこすりながら佐倉君が現れた。
なんだ、やっぱり和室は佐倉君なんじゃない。
佐倉君はオレがいることにビックリしたのか、きょとんとしてその場に静止している。

そのときの佐倉君は、普段の、オレがよく知っている佐倉君とは微妙に雰囲気が違っていた。
上半身裸で、短パン姿という無防備な格好のせいか、寝癖のついた髪形のせいか、年よりずっと若くて、なんというか、可愛い。
そう、可愛いという表現がぴったりな感じ。
思わず、オレもじーと佐倉君を見つめてしまっていた。

「トモ!何か着てこいよ!」
固まってるオレと佐倉君の視線の間を遮るように紺野君が間に入って、佐倉君をまるでオレの目から隠すように部屋の中に連れていってしまった。
ご丁寧に襖までピシャと閉めて。
なんか変なの、とオレは鼻白んだ。
たとえるなら、初夜明けの、新婚夫婦の部屋に入り込んでしまった間抜けな客みたいな…そんなことあるわけないんだけど、そんな感じ。

それからしばらくして、わざわざTシャツとジーンズに着替えた佐倉君と、こっちはさっきと同じ格好の紺野君が揃って出てきて、やたら親切に二人で年賀状を探してくれた。
コーヒーまで出てきたのには驚いた。
年賀状も無事見つかって、とりあえず、間宮君の実家の住所はわかった。

それにしても。
「世田谷区成城?すごいとこ、住んでんな」
オレたちは3人で顔を見合わせて唸った。
住所をメモして、用事の済んだオレは、朝飯食ってけよとすすめる紺野君にお礼を言って断り、とっとと退散することにした。
急いでいたし、なんとなくここには長居しちゃイケナイ気がする。

二人はにこやかに笑いながら玄関まで見送ってくれた。
ここまで親切にされるとホント気味が悪い。
狭い玄関に並んで立つ紺野君が、何気に佐倉君の肩に腕を回すと、佐倉君は笑顔のまま、その腕を邪険に振り払った。
やっぱ、なんかへん。
ここに来てから違和感ばかり感じるけど、そんなことはどうでもよかった。
とにかくオレは、手にした住所を訪ねることにした。



***



成城の間宮邸は想像していたよりずっと豪邸だった。
侵入者を拒むような高い塀にちょっとビビるけど、この門を潜らなければ間宮君に会えないんだからしょうがない。
思い切ってモニター付きのインターフォンを押した。
そのあとでふと冷静になった頭で考える。
どうしてオレはこんなに間宮君に会わないといけないんだろう。

出て来たのはお手伝いさんで、ドイツで間宮君に世話になったことを説明すると案外すんなり中に入れてくれた。
頭上のすごいシャンデリアに怯えながら革張りの冷たいソファに畏まって座り、間宮君が来るのを待っていると、現れたのは間宮君ではなく、美人のお姉さんだった。

「秋一の姉の有紗です。あいにく両親が演奏旅行で海外に出ておりまして留守ですの。弟になにか御用だそうですが、どのような?」
「別に用ってほどのもんじゃないんですけど、間宮君にはドイツで世話になりまして、ぜひお礼を言いたくて」
「それはわざわざどうもありがとうございます。でも残念ながらここにはおりませんの」
「と言うと、どちらに?」
お姉様は上品に首を傾けて「さあ」と頼りない返事をくれた。

「甘やかして育てたものですから好き勝手しておりまして、わたくしにはわかりませんわ。弟には放浪癖があるものですから」
「ほ、放浪癖?」
「ドイツに居たということも初めて聞きましたわ。今いったいどこにいるものやら、困ったものですわ」
口調とは裏腹にちっとも困った様子ではない、間宮君に面差しの似たお姉様は美しく微笑した。
「はあ…そうですか」

ここに来れば会えるとばかり思っていたのに肩透かしを食らったような気分でオレは項垂れた。
つまり、間宮君の消息の手がかりはここでプッツリと切れてしまったのだ。


しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

キスだけ、できない

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:23

先生、おねがい。

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:187

エリート先輩はうかつな後輩に執着する

BL / 連載中 24h.ポイント:3,629pt お気に入り:1,694

ネームレスセックス

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:28

春に落ちる恋

BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:658

出逢えた幸せ

BL / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:463

そして全てが奪われた

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:205

処理中です...