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【番外編】
帰り道
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「とうとうあいつら帰ってこなかったな」
河合の店からの帰り道、すっかり日も暮れて一番星の光る夜空を見上げながらオレは言った。
「初デートが墓参りか」
その紺野の言葉にちょっとだけ感傷的になる。
河合の親しかった隣の家のお姉さんが亡くなったことを、オレは河合の親父さんから聞いて知っていた。
その人が、いつだったか河合がオレに話したことのある「本命の彼女」なんだってことに気づいてしまって、河合にどう接すればいいか悩んでいるうちにあいつは一人でドイツだかハンガリーだかに行ってしまった。
けど、外国で間宮に会って、ああして立ち直って来たなんて人生って結構巧妙に出来てるんだなあ、なんて感心するね。
でも、河合のためにそれで良かったと思う。
好きな人が死んでしまって、もう二度と誰も好きになれないなんていうのは河合らしくないし、そんなのは悲しいと思うから。
なんて現実にはオレが考えているほど単純なことじゃないんだろうけど。
「トモ、なあオレたちもデートしていこうぜ。遠回りして帰ろう」
珍しくシリアスに浸っているオレの顔を嬉しそうなアホヅラで覗き込んで来る紺野にため息で返事をしてやる。
女の子に「カッコいい」と言われる紺野のこんなダラしない表情を一度でいいから見せてやりたい。
「どうしてこう、オレの回りにいるやつ、どいつもこいつも色惚けしちゃってんだろうなあ」
どいつもこいつも、っていうのは加藤と四ノ宮のことだ。
さっきも突然喧嘩おっぱじめたり、そうかと思えばイチャついたり、なんなんだあの二人は。
いつのまにデキたんだろ、気色悪い。
「トモってほんと、ムードねえよな。もっとオレたちも恋人同士らしくさあ、たまにはラブラブモードで行こうぜ。ほら、手とか繋ごう!なっ」
「ばーか、人に見られるだろ」
紺野が強引に手を握ってこないようにオレは急いでジャンバーのポケットに両手をしまった。
紺野は一瞬意外そうな顔でオレを見たあと、思わぬ褒美を貰ってはしゃいでいる犬のように表情を崩してニヤニヤ笑いはじめた。
「なんだよ…なんなんだっ!」
「だって今さあ、『恋人同士』を否定しなかったじゃん。いつもだったら『恋人同士じゃない』って言うのにさあ」
指摘されてオレはカッーと顔を赤くした。
そういえば、そうだ。
うっかり言い忘れた。
けど、頭の中でさえ、思わなかった。
嘘だろ、オレ。
いつのまにか、完全に紺野のペースにハマってる?
「ねえねえ、トモ」
まだ赤くなってる顔を見せたくなくて早足で前を歩くオレの後ろから、紺野がわざとオレの耳元で、声を低くして言う。
「昔、二葉亭四迷がさ、I LOVE YOUをなんて和訳したか、知ってる?」
「し、知るわけねえだろ」
クスッと笑いながら、紺野はオレの肩に腕を回した。
そして秘密を告白するように、声のトーンを落として言う。
「死んでも構わない」
心臓が早鐘のように鳴った。
紺野は、知らない。
どんなにおまえの言葉に、オレが心を乱すか、おまえは知らない。
だからそんなことをからかうように言えるんだ。
「ねえ、そんな恋愛ってしたいと思わない?」
真剣なようなふざけているような問いかけに、オレは紺野の目を見ながら考えた。
おまえは、どんな答えが欲しいんだろうって。
そして、オレはどんな答えを用意出来るんだろう。
「思わねえよ、そういうのは重すぎるんじゃねえの」
今は、そういうことにしておこう。
好きになったら自分のすべてを相手にあげて、相手のすべてを欲しがって、紺野の好きそうなそんな恋愛は長く続くわけがない。
寂しそうな顔をする前に、長く続けようとするオレの努力をわかれよ。
不貞腐れて「そうかよ」と言ったあとで紺野は、突然いいことを思いついたというように、強引にオレの右手をジャンバーから引っ張り出して手を繋いだ。
「なにすんだっ」
「遠回りはキャンセルだ。早く、帰ろう」
「なんでっ?!」
紺野はオレの手を引っ張って急ぎ足で歩きながら顔だけ振り返り、ニヤッと笑って言った。
「ベッドの中で言わせてやるよ」
「なにを?!」
決まってる、と言ったあとで紺野が自信たっぷりに言った言葉は聞こえないことにしてやった。
「『もう死んでもいい』」
おまえ、いつからそんなテクニシャンになったんだ?
END
河合の店からの帰り道、すっかり日も暮れて一番星の光る夜空を見上げながらオレは言った。
「初デートが墓参りか」
その紺野の言葉にちょっとだけ感傷的になる。
河合の親しかった隣の家のお姉さんが亡くなったことを、オレは河合の親父さんから聞いて知っていた。
その人が、いつだったか河合がオレに話したことのある「本命の彼女」なんだってことに気づいてしまって、河合にどう接すればいいか悩んでいるうちにあいつは一人でドイツだかハンガリーだかに行ってしまった。
けど、外国で間宮に会って、ああして立ち直って来たなんて人生って結構巧妙に出来てるんだなあ、なんて感心するね。
でも、河合のためにそれで良かったと思う。
好きな人が死んでしまって、もう二度と誰も好きになれないなんていうのは河合らしくないし、そんなのは悲しいと思うから。
なんて現実にはオレが考えているほど単純なことじゃないんだろうけど。
「トモ、なあオレたちもデートしていこうぜ。遠回りして帰ろう」
珍しくシリアスに浸っているオレの顔を嬉しそうなアホヅラで覗き込んで来る紺野にため息で返事をしてやる。
女の子に「カッコいい」と言われる紺野のこんなダラしない表情を一度でいいから見せてやりたい。
「どうしてこう、オレの回りにいるやつ、どいつもこいつも色惚けしちゃってんだろうなあ」
どいつもこいつも、っていうのは加藤と四ノ宮のことだ。
さっきも突然喧嘩おっぱじめたり、そうかと思えばイチャついたり、なんなんだあの二人は。
いつのまにデキたんだろ、気色悪い。
「トモってほんと、ムードねえよな。もっとオレたちも恋人同士らしくさあ、たまにはラブラブモードで行こうぜ。ほら、手とか繋ごう!なっ」
「ばーか、人に見られるだろ」
紺野が強引に手を握ってこないようにオレは急いでジャンバーのポケットに両手をしまった。
紺野は一瞬意外そうな顔でオレを見たあと、思わぬ褒美を貰ってはしゃいでいる犬のように表情を崩してニヤニヤ笑いはじめた。
「なんだよ…なんなんだっ!」
「だって今さあ、『恋人同士』を否定しなかったじゃん。いつもだったら『恋人同士じゃない』って言うのにさあ」
指摘されてオレはカッーと顔を赤くした。
そういえば、そうだ。
うっかり言い忘れた。
けど、頭の中でさえ、思わなかった。
嘘だろ、オレ。
いつのまにか、完全に紺野のペースにハマってる?
「ねえねえ、トモ」
まだ赤くなってる顔を見せたくなくて早足で前を歩くオレの後ろから、紺野がわざとオレの耳元で、声を低くして言う。
「昔、二葉亭四迷がさ、I LOVE YOUをなんて和訳したか、知ってる?」
「し、知るわけねえだろ」
クスッと笑いながら、紺野はオレの肩に腕を回した。
そして秘密を告白するように、声のトーンを落として言う。
「死んでも構わない」
心臓が早鐘のように鳴った。
紺野は、知らない。
どんなにおまえの言葉に、オレが心を乱すか、おまえは知らない。
だからそんなことをからかうように言えるんだ。
「ねえ、そんな恋愛ってしたいと思わない?」
真剣なようなふざけているような問いかけに、オレは紺野の目を見ながら考えた。
おまえは、どんな答えが欲しいんだろうって。
そして、オレはどんな答えを用意出来るんだろう。
「思わねえよ、そういうのは重すぎるんじゃねえの」
今は、そういうことにしておこう。
好きになったら自分のすべてを相手にあげて、相手のすべてを欲しがって、紺野の好きそうなそんな恋愛は長く続くわけがない。
寂しそうな顔をする前に、長く続けようとするオレの努力をわかれよ。
不貞腐れて「そうかよ」と言ったあとで紺野は、突然いいことを思いついたというように、強引にオレの右手をジャンバーから引っ張り出して手を繋いだ。
「なにすんだっ」
「遠回りはキャンセルだ。早く、帰ろう」
「なんでっ?!」
紺野はオレの手を引っ張って急ぎ足で歩きながら顔だけ振り返り、ニヤッと笑って言った。
「ベッドの中で言わせてやるよ」
「なにを?!」
決まってる、と言ったあとで紺野が自信たっぷりに言った言葉は聞こえないことにしてやった。
「『もう死んでもいい』」
おまえ、いつからそんなテクニシャンになったんだ?
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