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ヒミツの恋人【第一部】
18.脅迫
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訪ねて来たのは私服姿の滝沢だった。
「滝沢か。どうかしたか?先生ちょっと今、取り込み中なんだけど…」
「先生にお話があります。見てもらいたいものも」
うちの玄関はダイニング丸見えだから、ダイニングテーブルに紺野と松浦がいるのは見えるはずなのに、滝沢は二人のことを気にもとめない。
「お邪魔させてもらってもいいですか?」
「いい、けど…」
失礼します、と礼儀正しく挨拶をして、滝沢は靴を脱いで上がってきた。
「紺野さん、こんにちは」
「今日はなんの用だ」
大人気ない紺野が、不機嫌な声で聞く。
「これを、佐倉先生と紺野さんに見てもらいたいと思いまして」
そう言いながら滝沢がにこやかに茶封筒から出したのは、オレと紺野が抱きあっている写真だった。
「なっ、なんだ、これ?!」
しかもその構図は記憶に新しい、ついさっきの出来事、ヤリ部屋で紺野に抱きついたときのものだった。
つまり、オレときたら上半身裸で、思い切り紺野に抱きついている。
「おまえ、なんで?!どうやってこれ、手に入れたんだよ?!」
「『BOB』の二人と、ちょっとした知り合いなんです。まあ、いいじゃないですか、そんなことは。それよりも、交渉しましょう、先生。先日、お願いした件、覚えてますか」
「なんだっけ」
とぼけたわけではなく、写真に動揺するあまり、滝沢の言いたいことがわからなかった。
滝沢は綺麗な顔を、ほんの少し不愉快そうに歪めて、「高井のことです」と言った。
「高井?ああ、内申を交換って、アレ?おまえ、まだそんなこと考えてたのか。高井は進学はしねえって言ってたぞ」
「そんなの本心じゃないです。先生にそんなこと言っても仕方ないので、とにかく、先生は高井に指定校推薦出来るってことを、言ってください」
「だから、そんなこと出来ねえって。おまえねえ、不正で進学するってどういうことかわかってるのか?その後の人生でずっとそのことの負い目を背負ってくことになるんだぞ」
いい加減頭に来て、オレは少々キツイ言葉で言った。
けれど滝沢は全然めげない。
「いいんですか?先生が僕の言う通りにしてくれないのなら、この写真を教育委員会に送ります。先生も、紺野さんも、教師やめないといけなくなりますよ」
最近の子供はへんに知恵がついていて、まったく、可愛くない。
しかも痛いところを的確についてくる。
とほほ、だ。
「よく撮れてはいるんだけどな」
紺野が写真を片手に持ちながら、言った。
「これってデジカメで撮ったろ。ダメだなあ。デジカメで撮った写真って言うのは法廷では証拠として使えないんだぜ」
そうなのか、知らなかった。
オレがほっとしていると、負けてない滝沢が紺野に向かって言った。
「別に裁判所に訴えると言ってるわけではありません。頭の堅い教育委員会の偉い人たちに見せるだけですよ。その写真見て、その二人が教師として相応しいかどうか、判断してもらうというだけのことです」
「偉い人に呼びつけられたら、言ってやるよ。よく見てください、コレ、合成ですよって。首から上、変えてるんですって。オジサンたちに本物と合成の区別がつくかなあ」
若干、紺野の方が優勢になったようだ。
滝沢の表情から微笑が消えて、無表情になる。
美少年のそういう顔はなかなか見ごたえがある。
「紺野さんって」
滝沢が、紺野を見ながら言った。
唇だけが、笑っている。
「そういう嘘、つけないでしょう。佐倉先生のこと、問い詰められて恋人じゃない、関係ないって、言えますか」
睨み合う、滝沢と紺野。
容貌だけは文句のつけようがない二人が対峙する様は怖いくらい絵になっていて、漲る緊張感に、部屋の温度が1、2度下がったような気がする。
オレと松浦はすっかり場外の人だ。
「滝沢」
紺野が冷ややかにオレの生徒を呼び捨てで呼ぶ。
結構、怒っているようだ。
「やっぱり、おまえ、洞察力は鋭いなあ。確かにオレは正直者だから、自分や他人に嘘をつくのは嫌いだ。とくに、好きなものを嫌いだなんて言うのは反吐が出るほど耐え難い。オレはトモを好きなこと、誰に対しても後ろめたいなんて思ってねえし、間違ったことだとも1ミリも思ってないしな」
オレは呆れた。
なにも生徒に向かってそんなことを宣言する必要はないと思う。
だけど。
ほんの少し、胸がすくような快感を感じた。
誰に対しても後ろめたいなんて思ってない。
間違ったことだとも、思ってない。
紺野のその言葉に、数日間わだかまっていたことから解放されたような気がして。
オレは自分自身の気持ちを探しながら、本当は、紺野の気持ちを探っていたのかもしれない。
紺野の言葉に、滝沢は勝ち誇ったような得意そうな表情をした。
でも滝沢、喜ぶのは早いと思うぞ。
負けず嫌いの紺野はたとえ口喧嘩だって勝算のない喧嘩は吹っかけない。
「だけどなあ、物事には優先順位ってモンがあるんだよ。わかる?大切なもの、傷つけたくないものを守るためなら、大抵のことは出来る。どんな卑怯なことでも、ポリシーに反することでも、だ。嘘をつくくらい、なんでもねーよ。残念だったな、バーカ」
教師にあるまじきレベルの低い暴言を吐いて、紺野は手に持っていた写真を破いた。
「どーせなら、部屋に飾れるようなもっといい写真持って来いよ」
アホ抜けせ!誰が飾るか、んなモン!
「滝沢か。どうかしたか?先生ちょっと今、取り込み中なんだけど…」
「先生にお話があります。見てもらいたいものも」
うちの玄関はダイニング丸見えだから、ダイニングテーブルに紺野と松浦がいるのは見えるはずなのに、滝沢は二人のことを気にもとめない。
「お邪魔させてもらってもいいですか?」
「いい、けど…」
失礼します、と礼儀正しく挨拶をして、滝沢は靴を脱いで上がってきた。
「紺野さん、こんにちは」
「今日はなんの用だ」
大人気ない紺野が、不機嫌な声で聞く。
「これを、佐倉先生と紺野さんに見てもらいたいと思いまして」
そう言いながら滝沢がにこやかに茶封筒から出したのは、オレと紺野が抱きあっている写真だった。
「なっ、なんだ、これ?!」
しかもその構図は記憶に新しい、ついさっきの出来事、ヤリ部屋で紺野に抱きついたときのものだった。
つまり、オレときたら上半身裸で、思い切り紺野に抱きついている。
「おまえ、なんで?!どうやってこれ、手に入れたんだよ?!」
「『BOB』の二人と、ちょっとした知り合いなんです。まあ、いいじゃないですか、そんなことは。それよりも、交渉しましょう、先生。先日、お願いした件、覚えてますか」
「なんだっけ」
とぼけたわけではなく、写真に動揺するあまり、滝沢の言いたいことがわからなかった。
滝沢は綺麗な顔を、ほんの少し不愉快そうに歪めて、「高井のことです」と言った。
「高井?ああ、内申を交換って、アレ?おまえ、まだそんなこと考えてたのか。高井は進学はしねえって言ってたぞ」
「そんなの本心じゃないです。先生にそんなこと言っても仕方ないので、とにかく、先生は高井に指定校推薦出来るってことを、言ってください」
「だから、そんなこと出来ねえって。おまえねえ、不正で進学するってどういうことかわかってるのか?その後の人生でずっとそのことの負い目を背負ってくことになるんだぞ」
いい加減頭に来て、オレは少々キツイ言葉で言った。
けれど滝沢は全然めげない。
「いいんですか?先生が僕の言う通りにしてくれないのなら、この写真を教育委員会に送ります。先生も、紺野さんも、教師やめないといけなくなりますよ」
最近の子供はへんに知恵がついていて、まったく、可愛くない。
しかも痛いところを的確についてくる。
とほほ、だ。
「よく撮れてはいるんだけどな」
紺野が写真を片手に持ちながら、言った。
「これってデジカメで撮ったろ。ダメだなあ。デジカメで撮った写真って言うのは法廷では証拠として使えないんだぜ」
そうなのか、知らなかった。
オレがほっとしていると、負けてない滝沢が紺野に向かって言った。
「別に裁判所に訴えると言ってるわけではありません。頭の堅い教育委員会の偉い人たちに見せるだけですよ。その写真見て、その二人が教師として相応しいかどうか、判断してもらうというだけのことです」
「偉い人に呼びつけられたら、言ってやるよ。よく見てください、コレ、合成ですよって。首から上、変えてるんですって。オジサンたちに本物と合成の区別がつくかなあ」
若干、紺野の方が優勢になったようだ。
滝沢の表情から微笑が消えて、無表情になる。
美少年のそういう顔はなかなか見ごたえがある。
「紺野さんって」
滝沢が、紺野を見ながら言った。
唇だけが、笑っている。
「そういう嘘、つけないでしょう。佐倉先生のこと、問い詰められて恋人じゃない、関係ないって、言えますか」
睨み合う、滝沢と紺野。
容貌だけは文句のつけようがない二人が対峙する様は怖いくらい絵になっていて、漲る緊張感に、部屋の温度が1、2度下がったような気がする。
オレと松浦はすっかり場外の人だ。
「滝沢」
紺野が冷ややかにオレの生徒を呼び捨てで呼ぶ。
結構、怒っているようだ。
「やっぱり、おまえ、洞察力は鋭いなあ。確かにオレは正直者だから、自分や他人に嘘をつくのは嫌いだ。とくに、好きなものを嫌いだなんて言うのは反吐が出るほど耐え難い。オレはトモを好きなこと、誰に対しても後ろめたいなんて思ってねえし、間違ったことだとも1ミリも思ってないしな」
オレは呆れた。
なにも生徒に向かってそんなことを宣言する必要はないと思う。
だけど。
ほんの少し、胸がすくような快感を感じた。
誰に対しても後ろめたいなんて思ってない。
間違ったことだとも、思ってない。
紺野のその言葉に、数日間わだかまっていたことから解放されたような気がして。
オレは自分自身の気持ちを探しながら、本当は、紺野の気持ちを探っていたのかもしれない。
紺野の言葉に、滝沢は勝ち誇ったような得意そうな表情をした。
でも滝沢、喜ぶのは早いと思うぞ。
負けず嫌いの紺野はたとえ口喧嘩だって勝算のない喧嘩は吹っかけない。
「だけどなあ、物事には優先順位ってモンがあるんだよ。わかる?大切なもの、傷つけたくないものを守るためなら、大抵のことは出来る。どんな卑怯なことでも、ポリシーに反することでも、だ。嘘をつくくらい、なんでもねーよ。残念だったな、バーカ」
教師にあるまじきレベルの低い暴言を吐いて、紺野は手に持っていた写真を破いた。
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