カラダの恋人

フジキフジコ

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【番外編】好きにならずにいられない

2.憧れの紺野先生

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1学年担当教諭の飲み会にはA~F組の担任、副担任と、教科を担当してくださっている数人の先生が参加し、全員で20人くらいになった。

畳の個室で、紺野先生の隣に座った僕は、宴会がはじまって早々に、A組の副担任の及川おいかわ先生に間に割り込まれて、その大きなお尻に席からはじき出されてしまった。
紺野先生を狙っているのは、どうやら生徒だけではないらしい。
仕方なく僕は、及川先生に奪われた席の隣の隣の、空いていた端の席に移動した。

紺野先生は両脇を女の先生方に囲まれて、お酒を注がれたり、質問攻めにあっている。
けど、少しも嫌そうな顔はしないで、気軽に質問に答え、時々気の効いた冗談を言って年上の女の先生たちを笑わせていた。

「紺野先生って女性の扱いが上手いわよね。どう言えば女が喜ぶが、よく知ってる」
僕の隣に座っている野村のむら先生が僕も思っていたことを言った。
野村先生は音楽担当の、僕より2年先輩の若い女の先生だ。
美人だけど、姐御肌でさっぱりした性格で、なぜかこの僕でも緊張しないで話せる人だ。

「本当にそうですね。紺野先生は、生徒にも人気がありますし」
「そりゃあ、ルックスがあれだけ良ければ若い女の子にはモテるわよ」
「でも、紺野先生は外見だけでなく、性格もいいと思います。少しも気取らないし、面白いことも言ったりして」
「まあね、珍しいわよね。時々、少年みたいな子供っぽい表情見せるし、可愛いとこもあって」
「そう、そうなんですっ!僕もそれ、時々、思ってました!」
僕なんかが紺野先生のことを「カッコイイ」と思うならともかく、「可愛い」なんて思ってるとは、あんまり失礼で言うべきじゃないと思っていたけれど、つい野村先生が自分と同じように思っていることが嬉しくて言ってしまった。
「山田先生ったら、おかしいわ。まるで紺野先生のファンみたい」
野村先生に笑われてしまった。
「ファン」と言うのは正しいかもしれない。
僕は多分、アイドルに憧れるような気持ちで紺野先生に憧れているのだ。

「二人で何の話で盛り上がってるんですか。オレも、入れてください」
夢中になって野村先生と紺野先生のことを話していたら、当の紺野先生が僕の横にいた。
「ごめん山田先生、横、座っていいですか?」
「は、は、は、はい。ど、どーじょ」
僕は野村先生の方に思い切り寄って、右側に紺野先生が座れるスペースを必死で作った。
「ちょっと、山田先生!痛いっ」
野村先生に怒られたけど、紺野先生が野村先生に向かって「ゴメン」という風に片手で拝むポーズをすると、野村先生は横にずれてくれた。


「ふー、やっと逃げることが出来ました」
爽やかに笑って、「さあ、山田先生、飲みましょう」とグラスにビールを注いでくれる。
「及川先生の胸、すげえデカいんですよ。目のやり場がなくて、困りました」
確かに及川先生はグラマーだ。
お尻も胸もものすごく、ボリュームがある。
とくに今日は普段学校では見たことのないような、胸元の開いたセーターを着ていた。

「男って悲しい生き物ですね。女性のそういう部分的なとこが、気になっちゃうんだから」
紺野先生はそういうことを言っても少しもイヤらしくない。
むしろ、正直で、ますます好感が持てる。

「こ、こ、紺野先生は、お、大人の女性からも、も、モテるんですね」
「ん…どうなんですかね~。からかわれてるだけだと思いますよ」
そんなはずはないって思う。
でも紺野先生は、わかっていて、かわしているのかなとも思う。
相手の気持ちが重くならないように、誰にでも同じような態度で、接しているように見える。

「こ、紺野先生には、彼女は、いるんですか」
酒の席での会話と言うと、こんなことしか思いつかない。
失礼じゃないかなとビクビクしながら、僕は聞いてしまった。
「彼女じゃないけど、恋人はいます」
紺野先生はあっさりそう言った。
それにしても「彼女」と「恋人」って違う意味だったのかな。
ずっと、同じだと思っていた。

「あ、当たり前ですよね。紺野先生なら、断る女性、いませんよね」
「そんなことないですよ。オレ、3年以上、片想いだったんです」
「えええっ?!」
突然僕が大声を出したので、他の席の先生方にジロジロ見られてしまった。
紺野先生は人差し指を口の前に当てて「しー」と言う。

「信じられませんっ。紺野先生が、片想い、だなんて。に、似合いません」
「あははは、そうですか?オレ、案外、臆病者なんですよ。長い間、告白することすら出来なかったんです」
「告白していれば絶対オーケーだったと思いますっ!!」
「いや~、どうかなあ、全然、脈がなさそうだったけど。オレは、告白して距離が出来るくらいなら、しないで側にいたいって、ズルイこと思っていたんですよ」

でも、恋人になれたということは、紺野先生のその片想いは成就したんだろう。
紺野先生にそれほど思われる相手の人はどんな人なんだろう。
きっと、美しくて聡明で思いやりのある、素晴らしい女性に違いない。

「ど、どういうきっかけで、告白したんですか」
紺野先生は、その頃を思い出しているのか目を細めて懐かしそうな顔で言った。
「嫉妬、ですかね。あいつを、誰にも渡したくなかった」
一瞬だけ真剣な目をしたあと、「なーんてね。山田先生、乗せるのうまいなあ。山田先生こそ、恋人、いるんですか」と笑う。
でも僕は紺野先生の質問には答えることが出来なかった。
心臓が、破裂しそうなほどドキドキしてしまったから。

誰にも渡したくない。

紺野先生に、そんなふうに思われている人に、嫉妬と憧れの入り混じったような不思議な感情が沸いた。

誰かを、誰にも、渡したくない。
僕はそんなふうに人を好きになったことなんてないし、僕のことをそんなふうに思ってくれる人も、いなかった。
そしてこれからも現われるはずがない。
紺野先生と先生の恋人の話は、まるで映画やドラマの中のロマンチックなストーリーみたいだ。

「素敵な人なんでしょうね」
ため息と一緒にそう聞くと、紺野先生は照れながら「はい、オレにとっては」と、言った。

紺野先生と二人で話せたのは少しだけだった。
紺野先生は、またすぐに女の先生方に囲まれ、なぜか僕も一緒に、次々にお酒を注がれて、飲まされた。
小柄な身体のわりにお酒は強い方だけど、興奮していたせいか、珍しく酔ってしまった。
店を出て、紺野先生の肩に担がれて、タクシーに乗ったことまでは覚えているけど、そこから先の記憶はなかった。


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