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17帰還
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林道の木々が横を通り過ぎていく。
はるか前、「虫捕りに行こう」とレオポルドは子どもらしくルイを連れ出して、木登りまでさせて、結局なにも捕まえられなかった。きまり悪く、その日は無難に球戯をして帰ったのだった。
宮を去るときも一緒にルイと林道を歩いた。後ろを向くと必ずルイが手を振ってくれているから、何度も振り返った。彼の姿が遠のいて、綺麗な髪の色がぼやけ始めてから、レオポルドは泣きながら別れを惜しんだ。
「ルイは元気かな」
「健やかでいらっしゃいます。最近は子どもたちに野外で授業をしていることもありまして」
「授業か……。湖の前で開講しているのだろう?」
「よくご存じで。そうです。湖畔に貴族の令息令嬢を集めて、それはそれは楽しそうで」
この6年でレオポルドがルイに送った手紙は300枚を超えている。それ以上先は彼は数えていない。対してルイからの手紙はせいぜい50枚程度。返信を含めてもレオポルドの半分にも満たない。
そのなかで野外授業をしている旨は伝わっていた。集まってくる生徒たちの名前や、特徴を嬉しそうにルイはレオポルドに知らせてくるのだ。内容を読むたびに、他の子どもと触れ合いすぎではないかとモヤモヤが募った。
「む……」
自制しているつもりが感情が重たくつり上がってくる。大人げなく嫉妬心が抑えられない。
早く本人に会いたい。
ルイのことを好き勝手できるのは自分だけ。昔は毎日のように一緒にいたから、そう考えるのが当たり前だった。実はレオポルドは今でもそのような状態に戻りたいと望んでいる。
レオポルドが王宮で一番はじめに再会を果たしたのは、兄のロイドであった。背は完全にレオポルドが追い抜かし、見た目の猛々しさも彼に軍配が上がりそうな様子である。見違えた弟にロイドは感動の声をあげ、熱く抱擁を交わした。
「お前がこれほどになるとはな」
「兄上、帰ってきたよ」
「はははっ!!声もすっかり違うな、これだと大きすぎて別人みたいだ」
弟の変化を喜ぶロイドの方だって、さらに大人らしさに磨きがかかっている。知的な印象は放ち、職務では誰よりも秀でている。世の女性ならば目をつけないわけがない。
内勤ばかりで心労が溜まるのだと、会ってそうそうに兄の方は愚痴を放つ。かなり業務において酷使されていることが伺えた。今は内務省の補佐を務めていたなとレオポルドは記憶していた。
「マルクス兄上はまだ外交先にいるのか?」
「いや、先月にはもう帰ってきていたな。あちらの国の姫君とよろしい関係になって、今年中に婚姻を取り決めるのだそうだ」
レオポルドは兄の言葉に驚いた。自分は聞かされていない、衝撃の事実というやつだった。
「公表はまだ先になるがな。まぁ婚礼はするのだと本人が言っていたよ」
「な、なるほどな……。兄上もやることはやっているのか」
三王子の長男マルクスは、ルイと同い年だ。成人そこそこで外務省に召し出され、真面目さを武器にして世界各国を飛び回っていた。
女の噂など聞いたことのない兄だった。そのため25歳になってようやく妻を娶るのかと、レオポルドはめでたく思った。
「お前の方はどうなんだ。なぁ銀髪のお妃さまとは」
「どうって、なんのことだよ」
「皆まで言わせるな……。どこまで奥方と仲良くなったんだって訊いてるんだ」
夫婦生活のことかとレオポルドは思い至り、ぱったり答えに窮した。
月に一回は帰るといいながら、王宮には一度も帰れなかった。学校内で武術も勉学も極めるために、人一倍の努力をしなくてはならなかったから。毎日、鍛錬と勉強漬けで自分を追い込んでいたのだ。
ルイにはそのことはあらかじめ伝えてある。「まだ自分は未熟すぎる」からと、当分は帰れないと連絡していた。だがそれが学校卒業まで間延びするとはルイも思っていなかっただろう。
「もしかして、お前まだ奥方と一線も超えていないのか?」
「おい兄上。やめてくれ、そういう話は」
これまで会っていないのに触れ合う関係もあったものではない。ましてや肉体関係なんてなおさらだ。兄マルクスのような女性と愛し合った経験などもない。今語れることがあるとしたら、かつて自分はひ弱で幼く、ルイにおんぶに抱っこの状態であったことだけだ。
「馬鹿だなお前。早く行ってやれ、なにやってんだか」
「面目ない」
「ふっ、謝るのは俺にじゃないだろうが。不器用な弟め」
やれやれと笑みを作りながらロイドは弟を急かした。さっさと行けと彼の背を押して促していく。
「気張っていけよ。でないと俺が奪っちまうぞ」
後ろから届けられる言葉は聞こえないふりをした。レオポルドは冗談半分で受け止めたかったが、それを許せる余裕がまったくなかったからだ。
はるか前、「虫捕りに行こう」とレオポルドは子どもらしくルイを連れ出して、木登りまでさせて、結局なにも捕まえられなかった。きまり悪く、その日は無難に球戯をして帰ったのだった。
宮を去るときも一緒にルイと林道を歩いた。後ろを向くと必ずルイが手を振ってくれているから、何度も振り返った。彼の姿が遠のいて、綺麗な髪の色がぼやけ始めてから、レオポルドは泣きながら別れを惜しんだ。
「ルイは元気かな」
「健やかでいらっしゃいます。最近は子どもたちに野外で授業をしていることもありまして」
「授業か……。湖の前で開講しているのだろう?」
「よくご存じで。そうです。湖畔に貴族の令息令嬢を集めて、それはそれは楽しそうで」
この6年でレオポルドがルイに送った手紙は300枚を超えている。それ以上先は彼は数えていない。対してルイからの手紙はせいぜい50枚程度。返信を含めてもレオポルドの半分にも満たない。
そのなかで野外授業をしている旨は伝わっていた。集まってくる生徒たちの名前や、特徴を嬉しそうにルイはレオポルドに知らせてくるのだ。内容を読むたびに、他の子どもと触れ合いすぎではないかとモヤモヤが募った。
「む……」
自制しているつもりが感情が重たくつり上がってくる。大人げなく嫉妬心が抑えられない。
早く本人に会いたい。
ルイのことを好き勝手できるのは自分だけ。昔は毎日のように一緒にいたから、そう考えるのが当たり前だった。実はレオポルドは今でもそのような状態に戻りたいと望んでいる。
レオポルドが王宮で一番はじめに再会を果たしたのは、兄のロイドであった。背は完全にレオポルドが追い抜かし、見た目の猛々しさも彼に軍配が上がりそうな様子である。見違えた弟にロイドは感動の声をあげ、熱く抱擁を交わした。
「お前がこれほどになるとはな」
「兄上、帰ってきたよ」
「はははっ!!声もすっかり違うな、これだと大きすぎて別人みたいだ」
弟の変化を喜ぶロイドの方だって、さらに大人らしさに磨きがかかっている。知的な印象は放ち、職務では誰よりも秀でている。世の女性ならば目をつけないわけがない。
内勤ばかりで心労が溜まるのだと、会ってそうそうに兄の方は愚痴を放つ。かなり業務において酷使されていることが伺えた。今は内務省の補佐を務めていたなとレオポルドは記憶していた。
「マルクス兄上はまだ外交先にいるのか?」
「いや、先月にはもう帰ってきていたな。あちらの国の姫君とよろしい関係になって、今年中に婚姻を取り決めるのだそうだ」
レオポルドは兄の言葉に驚いた。自分は聞かされていない、衝撃の事実というやつだった。
「公表はまだ先になるがな。まぁ婚礼はするのだと本人が言っていたよ」
「な、なるほどな……。兄上もやることはやっているのか」
三王子の長男マルクスは、ルイと同い年だ。成人そこそこで外務省に召し出され、真面目さを武器にして世界各国を飛び回っていた。
女の噂など聞いたことのない兄だった。そのため25歳になってようやく妻を娶るのかと、レオポルドはめでたく思った。
「お前の方はどうなんだ。なぁ銀髪のお妃さまとは」
「どうって、なんのことだよ」
「皆まで言わせるな……。どこまで奥方と仲良くなったんだって訊いてるんだ」
夫婦生活のことかとレオポルドは思い至り、ぱったり答えに窮した。
月に一回は帰るといいながら、王宮には一度も帰れなかった。学校内で武術も勉学も極めるために、人一倍の努力をしなくてはならなかったから。毎日、鍛錬と勉強漬けで自分を追い込んでいたのだ。
ルイにはそのことはあらかじめ伝えてある。「まだ自分は未熟すぎる」からと、当分は帰れないと連絡していた。だがそれが学校卒業まで間延びするとはルイも思っていなかっただろう。
「もしかして、お前まだ奥方と一線も超えていないのか?」
「おい兄上。やめてくれ、そういう話は」
これまで会っていないのに触れ合う関係もあったものではない。ましてや肉体関係なんてなおさらだ。兄マルクスのような女性と愛し合った経験などもない。今語れることがあるとしたら、かつて自分はひ弱で幼く、ルイにおんぶに抱っこの状態であったことだけだ。
「馬鹿だなお前。早く行ってやれ、なにやってんだか」
「面目ない」
「ふっ、謝るのは俺にじゃないだろうが。不器用な弟め」
やれやれと笑みを作りながらロイドは弟を急かした。さっさと行けと彼の背を押して促していく。
「気張っていけよ。でないと俺が奪っちまうぞ」
後ろから届けられる言葉は聞こえないふりをした。レオポルドは冗談半分で受け止めたかったが、それを許せる余裕がまったくなかったからだ。
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