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3、懐かしい顔と景色と

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インターネットって怖い、と思う。ずっとそう思ってきたから私は極力SNSに手を出さなかった。
本名をどこかで何かでネットにあげてしまったら、色々紐づいて私の素性がバレてしまう。そんなこと、いまどき気にしている人はいないのかな、と思ったりもしたけれど、今回のはるおはまんまとそれで見つけ出してしまった。
昔の知り合いを、ふと思い出して名前で検索してみる。何年か前にも、おそらくはるおの名前で検索したことはあると思う。その時は何にも繋がらなかった。
だけど今回、どこかの広報誌の参加者一覧の画像の中に、はるおの名前があった。ご丁寧に会社名までも。もちろん同姓同名の場合もあるけれど、会社名を検索すると、バーの名前、そこからお店のSNSに飛び、現在のはるおの写真や会社登録としての住所まで載っていた。
そのまま調べてしまう私もどうかと思うが、見慣れた住所に思わずグーグルマップを開く。
15年前、私がしょっちゅう通っていた道路。車をとめていたパーキング。2人でよく行った近くのコンビニ。隣に4階建てのマンションがあって、そうだねここがはるおの家だ。外観はかわっているけれど、私の記憶とその住所の番地がしっかり一致した。

はるおは誰がみてもカッコイイと言うであろうとても整った顔をしていた。
色が白くてまつ毛が長くて、黙っているとミステリアスな雰囲気があり、私はその時読んでいた小説に出てくる人にとても似ていると思って、はるおという名前を勝手につけた。
「はるおって呼んでいい?」「どこをどう文字ってオレの名前がはるおになるわけ?」「小説に出てくる人に似てる」「それはどんな男なの」出合ったその日の会話だったから気を悪くしたら嫌だなと思いながらも私は正直に言ってみた。「記憶喪失になって人妻と不倫するんだけど、ペットショップで働く優しい青年だよ」そう言うと「なにそれ。いいよ、オレ犬好きだし」とはるおは笑った。
話してみると子供のように無邪気に笑う。はるおのその笑顔は本当にかわいかった。

あの頃もはるおはバーで働いていた。働いているのは男のみ、そして客は女のみのお店だったけどホストのような派手さやおしゃべりや指名制度はない。お酒を楽しみたい人が来る店で、オレはお酒の勉強がしたいから働いている、と言った。
一度だけ私もお店に行ったけれど、確かにはるおは黙々とお酒を作って提供していた。他の人も同様、静かなお店だった。それでもはるおは目立つし、目当てに来ている女の人は多いだろう。はるおがそれを自覚していないのか、とぼけたふりをしているのか、それはわからない。
私たちは別に付き合っている訳ではなかった。
その頃の私はリストカットが止まらなかったり睡眠薬を飲んで救急車で運ばれたりタオルをドアノブにかけてみたり精神科に通ったり忙しかったから、誰かを好きと思う余裕がなかったのだと思う。
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