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黒い彗星のように
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しおりを挟むブラックミールス。黒のライオン五人で結成された、革新を求め続けるロックバンド。結成から二十年以上が経過していながらも常に第一線を走り続けられる要因は、彼、アーサー・レオ・アレンにあると言っていい。何せ実際にメンバーを世界中からかき集めたのも彼、候補生のシステムを提案したのも彼、作曲に関しての情報収集も彼自身が現地に赴くことによって常に正確に為されてきた。俺自身も彼がいなければ音楽を深く知ることはなかっただろう。この大学や仲間たちに出会えてなかったのも間違いない。彼は今日まで世界中の音楽人に多大なる影響を与え続けている。
そのアーサーが今、俺たちの前に立っている。
俺たちが驚く中、ニーナは彼の存在がさも当然かのように言う。
「彼、今日ちょっとおかしいの。遅刻してくるわ指導のキレも悪いわで、今までと別人って感じ。概ね、あなたたちのライブ動画が原因っぽいんだけど……それほどの魅力があなたたちにあるのかしら?」
ニーナに何を言われたとしても感じる衝撃は薄い。だって、世界を揺るがすあのアーサーが目の前にいる。確かに世界一の音大生とも言える彼女ならばプロアーティストと精通していてもおかしくはないけれど、それにしたってヤバい。手のひらの鱗の間からは汗が滲み出てきている。頑なに顔を出すことを拒んでいたピンクすらも、今や翼の間から彼を覗き見ている。
「いやあ、参った参った」
アーサーはそう言ってお茶らけながら自身のたてがみを掻いた。その声は俺たちがメディアを通して聞いていたものとまったく同じ。もはや疑う余地はない。
「すっげー! ちゃんと本物だよな? マジすっげー!」
スチューはノートパソコンを放り出し、フリックの甲羅の上で彼に向かってスマホのシャッターを鳴らしまくっていた。
「ちょっと! それ、ネットに上げないでよ?」
ニーナはスチューを指さし、厳しく言う。そんなことは気にも留めないようすで、スチューは満足げに撮った写真のフォルダをまとめ始める。
アーサーはその凛々しくも温かみのある目をケグに向けて言う。
「君は、確かケグくん?」
ひゅうっ、という息の詰まる音がケグから聞こえる。「は、はい」
彼の声の震えは、たった一言の返事でも容易に伝わってくる。
そんな彼の翼を手に取り、アーサーは強引に握手を交わした。
「嬉しいよ、一度会いたいと思ってたんだ。必要なら推薦書はまたすぐに再発行してあげられるけど、どうする?」
「えっと、俺は別に、今のままでもよくて」
気さくなアーサーに対し、ケグはどもりながら言う。ニーナは気丈に言い放つ。
「おわかり? あなた達とはもはやステージが違うわけ。他人の推薦書なんて私にとってはどうでもいい。それじゃあ、私はバロック祭の準備で忙しいから」
ニーナが家の方に歩き出すと同時に、アーサーの手もケグから離れていった。ケグの体は麻痺してしまったかのように動かない。
家の扉を潜る直前、ニーナは立ち止まる。そうして神妙な面持ちで、ピンクの方に少しだけ振り返りながら言う。
「それとね、ピンク。あんたならいつでもこっちに戻って来ていい。ブライダーになるなんて、そう難しいことじゃない。……こんな下らない奴らとつるむくらいなら、もっと自分の人生考えなさいよ」
そのとき、ピンクの耳はぴくりと動いた。
「……下らない?」
彼女はとうとう自分の意志で俺の背中から姿を現す。堂々とした足取りで、開き直ったようにふんぞり返って。
「お言葉ですけど、ニーナ様。あなたがミューボウルに来た理由の方がよっぽど下らなくありませんこと?」
「は、はあ? 何言ってんの?」
ニーナは全身で振り返った。唐突な強気に意表を突かれたのか、彼女は動揺しているように見える。
ピンクは白の門を潜り抜け、ドライブウェイまでずけずけと入っていく。先ほどまでの怯えていた彼女の姿はどこにも見当たらない。彼女はニーナを煽るように言う。
「プロになるのが怖かったんだもんね? 世界にはあなたより凄いピアニストなんていくらでもいる。小っちゃいプライドのせいで大事な四年間を棒に振るうなんて、本当お馬鹿さん!」
「ち、違うってば! 私がこの大学に入ったのは……」
言葉に詰まったニーナを待たず、ピンクは畳みかける。
「それに、アーティストとしてもリュウの方がもっと凄い。家の無いところから、たった一人でこの大学まで来たんだよ? 環境に恵まれただけのお嬢様とは大違いよね」
急に褒められて、嬉しくなると同時に何とも言えない気持ちになった。俺が学費を貯められたのは、ドラゴンにしかできないようなバイトが街に充実していたからという理由もある。そういう意味では俺も種族に恵まれたと言えるけれど。
ニーナは鼻を鳴らす。
「ふん。どれだけ吠えても、私が世界一なことに変わりはないから。ブライダーにすらなれないんじゃ話にならない」
「そんなの、興味がないだけよ。自分で言ってたよね? ブライダーになるなんてそんなに難しいことじゃないって。私たちが本気で練習すれば、成績上位百人なんてよゆーよゆー」
「ならやってみなさいよ。次のバロック祭、あなた達もライブステージに立てばいいじゃない。余裕って言うぐらいなら、トリである私を負かすことだってできるはずよね?」
「いいよ、やってやろうじゃん」
ピンクはそう言い、ニーナをびしっと指し示す。
「宣言する。一ヶ月後のバロック祭で、私たちは五人全員、あんたを負かしてブライダーになる!」
――意気揚々と言い放った彼女の目に迷いはない。この場にいる誰もが予想外だった。しかし確かに教授や講師、学長の目があるバロック祭で最高のライブができれば、彼女の言ったことも不可能ではない。
驚くばかりの他のみんなの顔とは裏腹に、俺の心は高揚していた。
「いいね、やろう!」
ピンクのたくましい背中を見ながら、俺は言う。スチューは真っ先に反応する。
「おい、冗談だろ? バロック祭への練習なんて、今まで一度もしてこなかったじゃんか!」
「考えてみてよ。インサイドはブライダーの中にいるかもって話だっただろ? 俺たち自身がブライダーになれば、事件解決にも一歩近付くかもしれない」
「それは、そうかもしれないけど……」
まだ整理がついていないスチューに対し、ピンクはノリノリで言う。
「あんたならそう言ってくれると思ってた」
俺は彼女に微笑みを返す。
ニーナは怒涛の展開に何も言えなくなっている。そのとき会話に割り込んできたのは、意外にもアーサーだった。俺たちを傍観するだけだったそのトッププロは、膨大な企みがあるかのように言う。
「なら、俺も協力しようか?」
まさかの言葉だった。あのアーサーが、俺たちのライブに協力を?
ニーナはその発言へ、一番に難色を示す。
「ちょっとアーサー! 私のコーチはどうなるのよ!?」
「大丈夫、ちょっと協力するだけだって。バロック祭のメインステージって、確か大きいプロジェクターがあったはずだろ? そこで演奏終わりに動画を流すんだ。黒カラス率いるこのバンドをどうか宜しくお願いします、ってね!」
ケグはあたふたし始めた。彼からすれば俺たちの仲間になったのも完全に想定外だったわけで、ましてや勝手にライブを行うことにされている状態だ。しかしアーサーがケグ自身に好意を示しているとなれば、断れないのも無理はない。
「ほんっとありえない……ただでさえ今日の練習は最悪なのに……これ以上質が落ちるようなら、コーチ代減額してやる!」
ニーナは強くそう言うが、アーサーは強面な顔をずっとにこにこさせて、ほとんど効いていないようすだ。
俺は彼に言う。
「本当に良いんですか? 僕ら、五人になって時間も経ってないんですけど……」
「誰が推薦書を送ったと思ってる? ケグくんの実力は俺だってよく知ってるんだから。だよな? ケグくん」
「いや、その、俺は……」
煮え切らないケグを尻目に、アーサーは有無を言わさず言う。
「動画の件はまたニーナと話しておく。それじゃあ、サプライズ楽しみにしててくれ!」
ニーナより先に家の中へ戻っていってしまった彼を、彼女は恨めしそうな顔で見送る。ピンクはそれに追い打ちをかけるように言った。
「ごきげんよう、お嬢様」
その言い方は、仲間の俺ですら感じるほど憎たらしい。
ニーナは歯を食いしばりながら言う。
「今に見てろ! 最強は私だから!」
彼女は家の中に入り、音が鳴るほど勢い良くその扉を閉める。嵐のような出来事の連続が終わると、その場は静けさに包まれた。フリックだけは唯一表情が変わっていないものの、顕著な変化があるのはやはりケグのそれだ。その心情を探るべく、俺は彼に問いかける。
「ケグ? こんなことになっちゃったけどさ、俺たちならきっと良い演奏できると思うんだよね。……そう思わない?」
ケグは複雑な表情をしていて、何を考えているのかわからない。拒絶されるのが怖かったが、彼は言った。
「アーサーが、俺の名前を呼んだ……」
迷いの中に隠れた歓喜。俺は確かにそれを感じ取る。
「そうだよ! 彼は君に推薦書を送った張本人なんだから! 君に日の目を浴びてほしいって、絶対思ってるはずだよ!」
付け入る隙、と言うには彼に無礼かもしれないけれど、彼を仲間にできるチャンスはもうこれっきりかもしれない。俺は必死に言葉を投げかける。
「確かにそうかもな……いや、でも俺は……バロック祭のステージでメインシンガーなんて、そんな目立つこと……」
迷いを見せる彼に、スチューは言う。
「目立つのがそんなに嫌なのか? やましいことでもあるのかよ? もしかして、のど斬りの噂と何か関係が……」
「あーうるさいうるさい! わかったよ、やるよ!」
スチューの言葉を無理矢理遮るようにケグは言った。俺の両耳は無意識にぴんと上がる。
「ほんと!?」
「勘違いするなよ。お前らのためじゃなく、アーサーの厚意に報いるために歌うんだからな」
「それでも良いよ。君が歌ってくれるのなら!」
彼がそう言ってくれるのをずっと待ち望んでいた。俺は嬉しくてついぴょんぴょん跳ねてしまったけれど、スチューだけは未だ納得のいっていない表情だ。のど斬りの噂や推薦書の件を懸念しているのかもしれない。しかしきっと大丈夫だ。彼の歌声を一度聞けば、そんな悩みなんてすぐに吹き飛ぶ。
「だからのど斬りって呼ぶのは、もうやめてくれよな。できる限りのことはしてやる」
「そんなことお安い御用! 決まりだね!」
俺は指を打ち鳴らす。ようやくだ。俺たちのバンドが再始動する。俺は胸のペンダントを握りしめる。このメンバーなら、きっと何だってできる。このペンダントはいつだってそういう気にさせてくれる。
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