女の子は、女の子に恋をしない

あおい

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浮気なんて、ありえない

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 このままでは、私は動揺でおかしくなってしまう。そう思った。
 咲先輩への答えは、一旦保留にしておいた。最低だとは自分でもわかっている。一応は望と恋人関係にあるわけで、先輩にオーケーの返事をしては二股になってしまう。
 でも、だって、仕方ないじゃん!
 今まで恋愛なんてしたことなかったんだから!
 対応の仕方なんてわかんないよ!
 現代文の授業中、私は高校に入って初めて、一時間ずっと机に突っ伏したままでいた。
 運良く先生には怒られなかった。若い女の人で、割と放任主義っぽい。
 数学のおじいちゃん先生のときに寝ていたら、確実に吊るし上げられていた。
 腕枕に包まれた暗闇の中で、しばらく考える。
 どこか逃げ出せる場所はないか。
 誰も傷付かない方法はないか。
 誰か、相談できる人はいないか。
 今まで悩みがあるときは、いつも望に相談していた。しかしことがことなだけに、今回ばかりは頼れない。
 お母さんに打ち明けてみる? いやいや。キッチンに出たゴキブリすら殺さないくらい優しい母とはいえ、女の子同士の恋愛事情なんて、まだ相談する勇気は出ない。
 誰かいないか。このままでは本当に山奥へと逃げ出してしまう。
 何でも気軽に相談できるような、偉大なオーラのある誰か。
 私のことを何も知らず、ズバズバと切ってくれるような。
 そんな誰か。


「……あ」
 その瞬間、私はその授業の中で唯一、机から顔を上げた。
 そしてその結論に辿り着き、思った。
 我ながら馬鹿げている。
 しかしきっと、これ以上の適任はいない。彼女がどう思うかはわからないが、限界だ。
 もうどうなってもいいという覚悟で、私は昼休み、望になんとか言い訳し一人になって、その場所へと向かった。




「なるほど、実に興味深いな。同時期に二人から告白とは。しかも女性から!」
 彼女は初対面なのにも関わらず、私の悩みを真剣に聞いてくれた。
 私たちがいるのは、第三音楽室。掃除が行き届いて壁すらもキラキラと光って見える、温かな日の射すその場所。黒井小夜くろいさよ先輩は吹奏楽部部長で、楽器や備品の点検をするために、いつもそこでお昼ご飯を食べている。なので今、私たちは二人きり。その美しさを体現するかのような花のような匂いは、直に私へと伝わってくる。
「しかし、君はその親友と既に交際しているのだろう? 彼女が傷付いてしまうと想像が付くのなら、そこまで悩むことでもないような気がするが」
 彼女は大きなピアノに寄り掛かるその所作で、その黒い長髪をふわりと揺らす。彼女と望には共通点が多い。髪型は同じだし、望自身も小学生の頃は一年間だけブラスバンド部に所属していた。どちらも華奢で、女の子らしいふんわりとした雰囲気があって。違うところといえば、小夜先輩は誰からも高潔な人物と思われている。彼女が入部してから、この高校の吹部は二年連続金賞、去年に至っては一金だ。まだ十七歳なのに、どんな人間をも受け入れてくれるようなその先輩力が伺える。
 だからこそ、私は彼女に相談した。私のことを知らなくて、きっと私よりもはるかに多い修羅場を潜ってきている。同じ学校に通っているという意味では、多少身近だし。
 私は彼女の質問に返す。
「それは、そうなんですけど。私、咲先輩っていう人のことも好きなんです。恋愛的な意味じゃないですよ? だから傷付けたくない。今までだって、告白も何もされたことなかったし、どうすればいいかわからなくて……」
 こうして言い訳がぽろぽろと出てくるのも、やはり彼女が初対面だからかもしれない。
 しかし、だからこそ二人の間に放たれる独特の気まずさは、簡単に拭えるものではない。
 彼女はずっとなにかを考え込んでいる。私はしびれを切らして言う。
「く、くろいさんは、彼氏さんとかいらっしゃるんですか?」
「彼氏? ああ、うん。そんなことよりも、まずは君の恋愛事情を解決しようじゃないか」
 何だかはぐらかされたような気もするけど、私はその言葉を聞いて嬉しくなる。
「ほ、本当ですか?」
「心配するな、既に案は思い付いている。何も君が苦労する必要はないのだよ」
「というと?」
「いわば、君はお姫様だ。どっしりと構えていればいい。今すぐ全員の連絡先を寄越しなさい。私が動けるのも、テスト期間中の今だけだからな。早急に解決してしまおう」
 そう言われ、私はスマホをスカートのポッケから出して、小夜先輩のそれと通信する。そうして、違和感を覚える。問題を抱えているのは私なのに、私自身が何もしないなんて。
「あの、本当に大丈夫でしょうか……?」
「後輩たちの問題なぞ、いくつも解決してきた。すべて私に任せなさい!」
 彼女は胸を張り、クールな声でそう言ってくれる。初対面の私にここまで良くしてくれるなんて、なんて良い人なのか。
 ピアノの上には、まだ手の付けられていない、彼女のお弁当箱がある。
 もう昼休みの終わりは近いけれど、大丈夫だろうか。
「あの、先輩、お弁当……」
「ん? おお、そうだな。一緒に食べよう!」
「え? もう休み終わっちゃいますけど」
「少しくらい遅れたって大丈夫さ! ほら、早く!」
 彼女は半ば無理やり机と椅子を用意して、私を対面に座らせる。私は既に昼食は終わらせてしまっているけれど、何だか小夜先輩は楽しそうだ。こんな私で良ければ、こうしてたまに一緒に食事するのも楽しいかもしれない。
 そう思った。




 けれど、まさか。
 全員いっぺんに呼び出すなんて。
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