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日常なんて、送りたくない
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橋田大和。一ツ木望。
出席番号は、たったひとつ違い。
「橋田さんっ」
小学一年生のとき。後ろの席に座る彼女から、不安げに話し掛けられた。
それが、私たちの始まり。親友になる前の、最初の会話。
幼かったこともあって、私たちはすぐに仲良くなった。保育園や幼稚園から一緒に上がってきた友だちがお互いに一人もいなくて、不安を埋めるような形だったのだと思う。
それからしばらくして。
図工の時間に向かい合って作品を作っているとき、不意に彼女は言った。
「なんかー、授業つまんないかも」
作業を放り出し、ボロボロの木の机の上に伸びる彼女。作品はお互いにほとんど作り終えていた。
私は、物を作ることも好きだったし。彼女といるだけでも楽しかったから。
「そう?」
「そうだよ! 保育園のときのが楽しかった。宿題も毎日だしさ。やんなっちゃう。なんか、楽しいこと起こらないかなあ」
確かに私も宿題は嫌だったし、彼女のつまらなそうな顔を見るのも嫌だった。
今思うと、その笑顔が見たかったのかもしれない。
望が笑っていると、私の楽しさは数倍になったから。
「じゃあ、抜け出しちゃう? 学校」
そう言った。
彼女はしばらくきょとんとした後、その目をきらきらと輝かせた。
「それ、最高かも!」
あれは確か、夏の暑い日。図工の時間が終わって、私たちはすぐに学校を抜け出した。
外の世界で何をしたか。それはもう、ぼんやりとしか思い出せない。
夜遅くになって帰った後、私たちは大人たちに散々怒られて。
私は、涙でぐしゃぐしゃになって。
きっと、望にも嫌われた。私が友情を壊してしまったと、思っていたのに。
「また絶対あそぼ、やまと!」
別れ際、望はそう言って、私に手を振った。涙なんて一つも見せない、明るい笑顔で。
そのとき思った。ああ、多分この子とは、この先何度も無茶を起こすのだろうと。
その度にまた仲良くなって、私は彼女を好きになるのだろうと。
「……うん」
私はいつの間にか、泣いていることも忘れて手を振っていた。
確かそのとき、遠くの方で花火が鳴っていた。
あれはいったい、何のお祭りだったのだろう。どこの花火だったのだろう。
その謎は、あれから九年経った今も解けていない。
◆◆◆
日曜日、午前八時。そこに遅刻してくる者は誰もいない。
みんなわかっている。明日は定期テスト一日目の、とても大事な日。
そうだとわかっていても。
この光景には、圧倒されるほかなかった。
「いらっしゃいませ、ご友人方。今日はゆっくりしていってください」
スーツを着た細身の初老男性に、開口一番そう言われた。目の前には、まるで昨日行ったテーマパークのアトラクションの一つのような景色が広がっている。
まるでお城のようなそのお屋敷。日本にこんな建物が存在したの? とでも言いたくなるような、レッドカーペットを基調とした高級感溢れるその内装。ロビーの壁にはいくつも絵が飾ってあって、どれも高そうに見える。
「す、すごすぎる……」
思わず言葉が零れた。ここに辿り着くまでの長いドライブウェイですらめまいがしそうだったのに、何人ものメイドと執事に迎えられるこの感情をいったいどう表現したらいいのか。
まさしくこのお屋敷の住人である、湯桃咲先輩。彼女は全身を桃色の部屋着で包んでいる。その素材も滑らかで高級そうだ。彼女は執事の中の、一番地位が高そうなその初老男性に言う。
「立花さん、お昼になったらまた呼んでくれますか? みなさんと一緒にランチをとりたいので」
「かしこまりました」
「いつもありがとうございます」
執事の深いお辞儀に対し、咲先輩も笑顔と会釈を返す。
隣でずっとそわそわと落ち着かない小夜先輩は、その動作に驚きを示す。
「し、執事さんにも優しいとは。これが育ちの違いというやつか?」
「本当、パパとママのおかげ。私なんてちょっと勉強ができるだけで、まだなにも成してないもん」
ロビーの階段を上り勉強部屋へと案内されながら、私たちは彼女の謙虚さを思い知らされる。このお屋敷、どうやら上や地下にまだ何階層もフロアがあるらしい。これだけの家に住んでいるのだから少しくらい威張ったっていいはずなのに、私は今日の今日まで何も知らなかった。彼女にはさらに隠された凄さがあったのだと。
「でも、絵もめちゃくちゃ上手いですよね?」
私は咲先輩に言う。長い廊下を渡る間、額縁に飾られた絵はいくつも私たちの横を通り過ぎていく。
「それも、運が良かっただけ。欲しい画材とか、ママがぜんぶ買ってくれたし」
「悔しい……今すぐ私にナマポしてほしい」
ずっと唇を噛み締めていた望は、不意につぶやいた。
「私が稼げるようになったら、べつにいいよー」
突然の卑しさにも動揺せず、咲先輩は優しく言う。
私は慌てて望に言う。
「ダメだよ、望。私たちも自分で頑張らないと」
「それは、わかってるけど……」
望は気まずそうにする。まあ、ちょっとだけ気持ちはわかる。私自身、今後これ以上のお金持ちには会えない気がする。咲先輩がうちの高校を選んでくれたのは、かなり運が良かったのかもしれない。
案内された勉強部屋は図書館のように思えて、なんだか心地良かった。壁はほとんどすべてが本棚になっていて、参考書や図鑑などがたくさん詰められていて……図書館といっても、その見た目は普通のそれに比べたらはるかに高級だけれど。
「それじゃあ、張り切って行こう! 午前中にとにかく詰めちゃうよ!」
アンティークな木の机をみんなで囲むと、咲先輩は言った。その部屋着の袖をまくり、気合を入れる。
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