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第38話 交渉 at モッタ、そしてあの約束を

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首都モッテジンが歓喜に沸いてから2日。
町は大急ぎで改修されていた。
ただ前と同じにしても面白く無い。
この機会に、もっと快適に暮らせる様。
住民が話し合って、町並みを見直す事にした。
古い町なので、路地が入り組んでいる。
それを生かしつつ、住民しか知らない通路をあちこち作る事となった。
これで、外敵が来ても冷静に対処出来る。



改修には参加しなかった一行。
他所よそ者が介入しても、碌な事が無い。
クライスはそれを知っていたので、聞かれた時にアドバイスするだけ。
つまらなそうなラヴィ。
一国の王に成りたいのだから、町の設計を手掛けてみたかったのだ。
『お前さんは、国全体の青写真を描くべきだ』と、クライスにもっともな事を言われ。
ぐうの音も出なかったが。
クライスの忠告に感謝するセレナ。
セレナが仕えたいのは、もっと大きなスケールで考えられる主君。
これで更に、ラヴィが成長してくれるだろう。
そう考えていた。



町の主君を迎える準備は整いつつあった。
丁度良いタイミングで、ズベート卿とお付き3人が到着。
2つのままの入り口で出迎える騎士団。
エプドモは、団長の地位にすっかり戻っていた。

「出迎えご苦労。して、このゲートだが……。」

不思議に思うズベート卿。
恥ずかし気にエプドモが説明する。

「この度の失態をしかと心に刻み込み、二度と繰り返すまいとする〔誓いのモニュメント〕にしとうございます。」

「そうか。経緯は大体把握しておる。」

ズベート卿はエプドモの前で膝間付く。

「お主には、要らぬ心配を掛けてしまったな。済まない。」

はっきりした物の言い様に、エプドモは変化を感じる。
それと同時に、ズベート卿の真意が伝わった気がした。
やはり、この領地の事を大事に思って下さっていたのだ。
それが分からぬとは、まだまだだな。
反省しきりだった。



町の中心から市街地の方に、少しずれた所。
そこにズベート卿の元の屋敷があった。
屋敷はいじっていない。
帰って来る可能性を消したく無くて、エプドモが封鎖だけしていたのだ。
中は埃だらけで、掃除が必要。
寝返った敵の最初の仕事は、領主の住処の清掃。
『こんな作業だけで本当に良いのか』と思ったが、クライスの命なので素直に従った。
真剣さが伝わる。
中は建築したての様に、ピカピカになった。
ズベート卿の荷物が到着すると、調度品を運び込む。
設置はヘイルゥが指揮する。
きびきびした動きで、あっと言う間に作業終了。
ズベート卿の計らいで、近くの空き家に住まう事となった元敵。
『まずは、手紙を書いてはどうか』との、領主の提案で。
それぞれが家の方へ散って行く。
その後ろ姿を見て、ズベート卿は満足した。
『領内がこれで落ち着いてくれれば』と願っていた。



引っ越しが一段落した頃。
屋敷に、エプドモとフチルベが会談の為訪れた。
一行が同席のもと、両者は正式に領主に謝罪。
領主もとがめなかった。
結束が一層高まるのを感じるジンジェ。
エプドモはその後、シリングと談笑し始める。
騎士としてどうあるべきか、見つめ直そうと話していた。
シウェに置いて来たブラウニー達を気にして。
フチルベは、ズベート卿に挨拶しそのまま戻る事となった。
去り際に、クライスが金銀のリンゴを渡す。

「1つは消してしまったので、今はこれ1つのみです。誓いの証として受け取って下さい。」

誓いとは、お互い民の為に尽くす事。
それがこの国の輝かしい将来に繋がる。
2人は分かっていた。
その思いを共有する目印。
クライスはそう考え、これを託した。
フチルベは大事に仕舞い込み、ラヴィ達に別れの挨拶をして去って行く。
ラヴィは、フチルベの晴れ晴れとした顔を誇らしく思った。
この様な民が増えれば、自分の野望にもっと近付く。
志を見直す切っ掛けをくれた事に、ラヴィは感謝した。



結局、リンゴの販売権は誰かの独占では無く。
領主の元、シウェとモッテジンの商人が組合を共同で設立し。
組合に所属する者へ販売許可を出す、と言う仕組みとなった。
今までなあなあにして来た物へ対し、きちんとルールを定め。
他国の付け入る隙を与えない為の措置だった。
そう言う当たり前の制度さえ。
ズベート卿がはっきりしないせいで、存在しなかった。
『やっと肩の荷が軽くなる』と、ヘイルゥは喜ぶ。
この際、他の販売物にも適用しよう。
久々の内政の仕事に、ヘイルゥは張り切っている。
生き生きとする姿に、どれだけ負担を掛けていたか痛感するズベート卿。
それは、領主としての成長の証でもあった。



ジンジェは、『錬金術をもっと役立てたい』とアンに弟子入り志願していた。
困った顔をするアン。
弟子なんて取って無い上に、今は旅の途中。
何よりも、自分より兄の方が優れていると考えているので。
丁重にお断り。
その代わり、宗主としての紹介状を用意した。
これがあれば、『国内の高名な錬金術師に仕え、学ぶ事が出来る』という物。
『機会があれば使って下さい』と、ジンジェに渡すと。
大層感激し、『何時かあなたの様な、立派な錬金術師になります』と頭を下げた。
親子位の年の差があるにも関わらず。
アンは恥ずかしかった。
顔を赤らめ他所の方を向くアンを、可愛く思うラヴィ。
やっぱり女の子なんだ。
私と同じ。
それが嬉しかった。



更に1日が経った。
一通り事を終え、いよいよラヴィとズベート卿の会談が始まった。
まあ、これまでの経緯からすると協力を得るのは容易だったが。
しかし、ズベート卿は条件を出した。
1つだけ。
これからも、民の事を第一に考える事。
それが人の上に立つ者の責務。
今回嫌という程実感させられたので、念の為。
ラヴィは快諾。
元々その為に旅をしているのだから。



交渉が纏まった所で、クライスが申し出る。

「ズベート卿、俺からも1つお願いが有ります。」

「遠慮せず、話して欲しい。約束を守ってくれたのだから。」

そう言って、書斎の机の上に置かれた金のリンゴを見る。
平和を保障する。
果たされたのだから、こちらも出来る限り叶えよう。
そのつもりでいた。

「では。」

クライスは話し始める。

「この領地を憂う者が現状を教えてくれたお陰で、俺達が動けたのです。」

「なるほど。その者に礼をしたいと?」

「はい。俺は約束しました。《問題が解決したら、名付け親になる》と。その方が暮らす村には、未だ名が無いのです。」

「何と!名が無いとは!」

それは即ち、ズベート卿が把握していない領民が居るという事。
何と言う迂闊。

「是非、付けてやって欲しい。」

ズベート卿は忘れないだろう。
事態が好転する切っ掛けとなった村の名を。

「では……。」

クライスは紙にペンを走らせる。
書き上げたその名に、その場に居た一同は納得した。



ノルミンと長老は。
子供達に引っ張られ、金の塔まで連れて来られた。
そこには1つ増えた金のリンゴと共に、クライスが名付けた村の名前が刻まれていた。

【アップリング】。

クライスが名付けたその名に、込められた意味。
《リンゴが繋ぐ環》。
由来も側面に書かれていた。
字が読めず、長老に読み方を教えてくれる様ねだる子供達。
しかし、嬉しさの余り泣き出してしまう長老。
約束は果たされた。
ようやく安らぎが……。
安堵する表情の長老を見て、心が躍るノルミン。
金の塔を撫でながら決意した。
錬金術師になろう。
あの兄ちゃんの様な。
その後長老に読み方を聞くノルミンは、純真な1人の子供に返っていた。
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