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第67話 アリュース、捕らわれる

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「メインダリーを奪還とは、流石。」

クライスからの知らせに、小人族大叔父様のジューは感心と安堵。
儂等も遂に動く時が……。
さて、出かけるとしようかのう。
ジューは、自ら駆け回る事にした。



まず向かったのは、セントリアの首都テュオでこもっている領主【マナック卿】の屋敷兼城。
ジューは、お供の小人3人とマナック卿に面会。
クライスから届いた金の燕を見せる。
マナック卿は幻の錬金術師の存在を半信半疑で聞かされていたが、実際に動く証拠を見せられ事実である事を確信。
実はマナック卿の一族は錬金術師と行動を共にしていた事があり、その時の功績によりセントリアを任される事となったのだ。
故に宗主家とは、縁のある家柄だった。
その宗主家から生まれた奇跡の子を手助け出来るのは、この上無い喜びだった。
あらゆる角度から金の燕を眺めては、その美しさにため息を漏らすマナック卿。
すぐに、ジューが兼ねてから計画していた作戦を実行に移した。



「大変です!敵兵の大群が!」

アリュースの元へ、浮かれまくっていた部下が慌てて飛び込んできた。
アリュースは冷静に言う。

「案ずるな。予定通りだ。」

ジューからの連絡で、裏でうごめいていた連中のしっぽを掴んだと知った。
後は、〔抵抗したが止む無く捕らえられた〕と言う演技をしなければならない。
ヘルメシア帝国の中に居るであろう黒幕への真実発覚を、何としても遅らせなければ。
駆け込んで来た部下に、アリュースが命ずる。

「今すぐ、皆を招集せよ。」

『ははーっ!』とかしこまり、慌てて出て行った。
一連の言動を傍で見ていたホビイとビット、それにエミル。
『流石金ぴか』と小人達は思う。
『やったね!』と当然の様に考えるエミル。
漸く事態が進展する。
少しホッとするアリュース。
もうひと踏ん張り。



部下が全員集まった。
信頼出来る腹心達、ざっと14名。
急に真剣な顔で、アリュースは部下達に問うた。

「これから俺は敵国の捕虜になる。お前達の覚悟を聞きたい。」

「それは、『戦って果てろ』と申されておるのですか!」
「我々は皆、あなたに忠誠を誓う者!」
「何処までもお供致します!」

血気盛んな部下達。
元々戦う為に付いて来たのだ。
相手が何人居ようとも、主君に忠誠を尽くすつもりだった。
しかし、次のアリュースの言葉に困惑する。

「いや、戦わずに降伏する。元々我等は、わざと生かされていたのだ。」

戦力が違い過ぎるとはいえ、《わざと生かされて》の文言は納得が行かなかった。
不満の様な、やる方無い部下達のモヤモヤを晴らすべく。
アリュースは、声のトーンを落として言う。

「信頼するお前達だから告白する。他言無用、分かるな?」

そして、これまでの事情を語り出す。
前から、兄である皇帝と共に命を狙われていた事。
兄の策略によりこの地へ遣わされた事。
この遠征は、国内の裏切者を炙り出す目的もあった事。
漸くその末端を掴んだ事。
そして何より、これは一種の政治亡命である事。
部下達は。
アリュースの淡々とした語り口を、ゴクリと唾を呑んで聞いていた。
そして何故少数で、皇帝の弟自ら敵地に乗り込むなんて無茶な所業が行われたかを。
納得するには、十分な動機だった。
いきり立つ部下達。
騎士道に反する、無礼千万な行為。
とても、じっとはしていられなかった。
それを諫める様に、アリュースは続ける。

「皆を騙した、試した様で申し訳無い。この中にも、向こうに通ずる者が居るやもしれん。その可能性がぬぐい切れなかったのだ。」

深々と頭を下げるアリュース。
逆にひれ伏す部下達。
主君に入らぬ心配を掛けさせてしまった、我等こそ非がある。
何でも甘んじて受ける覚悟。
アリュースは言った。

「その覚悟、しかと受け取った。これからも付いて来てくれるか?」

「愚問です!」
「何処までもお供しましょう!」

「ありがとう。ありがとう……。」

涙をこぼすアリュース。
やはり心細かったのだ。
敵地のど真ん中でじっと耐える事は、心に応える。
それが報われて嬉しかった。

『良かったね。』

耳元でそう囁くエミルに、ウインクで返すアリュースだった。



アリュースが駐屯していた村【スント】は、急に慌ただしくなっていた。
いきなりテュオからの軍が到着したのだ、当然だろう。
しかし『もてなしていろ』と命じたのは、他ならぬマナック卿。
極秘の命とは言え、軍を遣わした事を事前に知らせても良いのではないか?
そう思う村人も確かに居た。
大部分は、高度な政治的駆け引きだと感じていたが。
村人Aとしては、指示された通りに動くだけ。
何も詮索しない方が、気が楽だ。
皆、村中を駆け回っていた。
そこへ。

「アリュース様!敵軍の将が到着しました!」

「分かった。通してくれ。」

アリュースがそう言うと。
何人かの兵士に付き添われて、立派な甲冑を付けた騎士が参上した。

「私はセントリア所属の騎士【ミエール・エフ・ゴーム】と申します。お見知り置きを。」

「俺がこの軍の司令官、アリュースいや《ヘルメシア帝国皇帝シルベスタ3世の実弟、アリューセント・G・シルベスタ》である。」

名乗りを上げるアリュース。
そこに。

「漸くこの時が来ましたな。」

そう言って、騎士ゴームの陰からジューがひょこっと現れた。
途端にアリュースの顔が緩む。

「おお!この度は多大なお力添え、感謝致します。」

アリュースの中では、セントリア領主よりも小人族大叔父様の方がずっと格上なのだ。
だからジューには敬語だった。
ゴームとその付き添いは、その関係がややこしかった。
気を取り直して、ゴームが話を進める。

「これより、ヘルメシア軍全員を捕虜としてテュオへ連行いたす。宜しいな?」

それを聞いてジューが黙って頷くと、アリュースは悔しそうな素振りで返答した。

「致し方無い。軍の規模が違い過ぎる。ここは従おう。」

『これで如何いかが?』と、アリュースはジューに目で合図。
『合格です』と目で返す。

「変なの……。」

と言いかけるホビイの口を、慌てて塞ぐビット。
小声で『察しろ!』と怒る。
『しまった』と言う顔をする、ホビイだった。



〔連行〕と言う建前上、腕を縄で軽くくくるセントリア軍。
『痛くないですか?』『心遣い感謝する』といった会話が、ぼそぼそ交わされる。
実質、セントリア軍にとっては客人なのだ。
何かあればマナック卿に大目玉を食らう。
馬車に乗せられる敵軍。
スントの人々に、心ばかりのお礼を置いて行くセントリア軍。
村人は、皆笑顔で見送った。



馬車で揺られる道中。
小人族達が集落に帰る中1人残ったエミルに、アリュースは言う。

「君は良いのかい?帰らなくて。」

胸を張ってエミルは言った。

「《迎えに行く》って言ったからね。だから待つだけさ。約束は守るから、今回の様に。」

「随分信頼してるんだね、彼の事を。」

「勿論さ!親友だもの。」

「親友、ね……。」

妖精にそこまで言わせる男。
是非とも会ってみたいものだ。
しかしエミルの発言が本当なら、近く直々に……。
そう考えると、少し未来が楽しみになるアリュースだった。
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