上 下
126 / 320

第126話 師弟愛が救うもの

しおりを挟む
クライスの発言に、勘繰りながらも進んで行く一行。
町に到着すると。

「何だ、ここは……!」

トクシーが思わず声を上げる。
ゴーストタウン。
その言葉がぴったり。
昼間にも関わらず、ウロウロする亡者達。
ごしらえだが、しっかりした建物。
知らない者が訪れたら、騙されるだろう。
〔呪われた町〕と言った風に。

「可哀想に。」

アンが呟く。
クライスはメイに頼む。
『しょうが無いわね』とメイは、この辺り一帯の魔力を吸い取り始める。
すると亡者の行進はピタリと止まった。
崩れ落ちるその体。
その中から、小さな丸い球が現れた。
直径1センチ程の、ビー玉の様なガラス体。
アンはそれを全て破壊した。
これでもう、蘇る事は無いだろう。

「何だったの、これ?」

ラヴィが説明を求める。
『推測だが』と前置きして、クライスが話し出す。

「ここは墓地だ。この辺一帯の町の共同墓地。」

「えーーーっ!」

そんな風には見えない。
ラヴィが驚くのも当然。
墓らしき物は何一つ無い。
町中まちなかは綺麗なものだ。

「死者さえも利用するとは……!」

相手の卑劣さにいかるトクシー。
その様子を荷車から見ていたソウヤは、こう漏らす。

「俺も下手をしたら、あちら側だった訳だ……。」

「嫌なら大人しくしている事だな。俺達が事を成すまで。」

デュレイが釘を刺す。
『分かってるよ』とソウヤはボヤく。

「さて。これからどうするか、だが……。」

クライスが切り出す。
本来なら、来た道を戻る事になる。
しかし、ナイジンの町には入れてくれないだろう。
わざわざ幕を張り、街道とは別の出口に誘導したのだから。
あれは町から一行を隠したのでは無い。
一行から街道を隠したのだ。
上手い手を考えたものだ。
クライスは素直に感心する。
とすると、別の道を見つける他無い。

「共同墓地なら、別の町から道が来ているのでは?」

セレナがそう言うと、クライスは頷く。
ナイジンから街道沿いに進んだ所にある町、〔ステイム〕。
普通ならそこへ、とっくに着いている筈。
墓地に寄らされたと言う事は、遠回りさせられたと言う事。
さっさと正規ルートに復帰しなくては。
トクシーは少し焦っていた。
これまで余りにも時間を掛け過ぎた。
皇帝に早く謁見し、事態を報告したい。
切迫した状況で、頭の回転が鈍くなっていたのかも知れない。
考え無しに、別の出口を探しに走るトクシー。

「おい!待ってよ!先生!」

すぐにロッシェも追い駆ける。
敢えて止めないクライス。
少し痛い目を見た方が、目が覚めるだろう。
『焦っても何も生まれない』と。
静かに目を閉じると、一気に魔力を開放。
辺りの建物は全て消え去った。
後はアンに任せるクライス。
『少し休む』と言って、座り込んだ。
結構体力を消耗したのだろう。
傍にはラヴィが付いた。
アンが賢者の石に力を込めると、石で出来た六角形の塔が出来上がった。
2.5メートル程の高さのそれは、言わば慰霊碑代わり。
鉄製の花瓶も脇に添えた。
セレナがそれを良く見ると。
1つの石で出来ているのでは無く。
石垣の様に、小さな石を金属で接着して積み上げているだけだった。

「せめてもの……。」

そう言って、アンは祈りを捧げる。
それでセレナは理解した。
破壊された墓石を集めて作ったのだと。
アンの隣で、セレナも祈りを捧げた。



「クライスの奴だな!」

町の建物が急に消えたので、ロッシェの見通しは良くなった。
トクシーはすぐ前を走っている。
どうやら闇雲では無い様だ。

「こちらの筈!」

走るトクシー。
そして、墓地の出口を見つける。
一応、確認しないと。
焦る余り、不用意に近付いてしまった。
ロッシェが気付いて叫ぶ。

「先生!下がって!」

しかし、トクシーの足は急には止まらなかった。
出した足を地面に踏ん張らせる。



ギュギュギューーーーッ!



境目ギリギリで止まるトクシー。
その目の前には。
下から〈ザアーーッ!〉と槍の列が、柵の様に飛び出す。
ロッシェの声掛けが少しでも遅ければ、ざっくりと貫かれていた。
ハアハアと言いながら。
トクシーの肩をガシッと掴み、ロッシェが怒鳴る。

「落ち着いてくれよ!そんなの先生らしく無い!」

かなりの剣幕。
ああ、心底身内として心配してくれているのだな。
トクシーは反省した。
確かに、先走り過ぎていた。
弟子の目の前で、何と言う体たらく。
トクシーはロッシェに謝る。

「済まなかった……。」

安心したのか、ロッシェの顔が緩む。

「他のみんなだって、早く行きたいのはやまやまさ。あのクライスだって……。」

そう、責任を一番感じているのは。
他ならぬクライス。
何故なのかは分からないが、ふと悲しそうな顔をするのをロッシェは見ている。
それはとても辛そうで、こちらの胸も苦しくなる程。
どれだけの業を背負っているのか、想像出来ない。
だからこそ、自分達がしっかりサポートしなくちゃ。
そう思う様になっていた。

「さあ、戻ろうよ。きっと待ってるからさ。」

「ああ。」

ロッシェに促され、トクシーは歩き出す。
その足に、もう焦りの色は無かった。



「戻って来たよー。」

エミルが知らせる。
安堵の表情のラヴィ。
クライスは、こうなる事を分かっていた。
トクシーを止められるのは、ロッシェしか居ないと。
デュレイよりも適任だと。
そこに師弟愛を見ていた。
クライスに弟子入り志願して来る者は、後を絶たない。
それはアンも同じ。
取らないと分かっているのに、接見したと言う事実が欲しい為にわざとアタックしてくる輩が多い。
そう言う人間を見飽きているので、ロッシェとトクシーが羨ましかったのだ。
せめて彼等だけは、そのままでいて欲しい。
クライスのささやかな願いだった。

「俺は、もう大丈夫。」

そう言って立ち上がるクライス。
ロッシェから、出口の場所と仕掛けを聞く。
早速出口へ向かう一行。
アンが仕掛けをあっさり破ったのは、言うまでも無い。



改めてPを確認する。
墓地は小さく記されている。
そこからステイムに伸びる小道も。
間違い無さそうだ。
再び、帝都へ向かって進み出す一行だった。
しおりを挟む

処理中です...