上 下
184 / 320

第184話 暮らしを邪魔するもの

しおりを挟む
雑貨屋に行って物を売り捌いて来たアン、セレナ、ロッシェ。
アンの巧みな交渉術に、ロッシェは驚いていた。
見かけは完全に少女なのに、それにそぐわぬ達者な口振り。
押しては引き、引いては押す。
そのタイミングが絶妙だった。
なるほど、師匠が言いたかったのはこれか。
ロッシェは納得はするが。
それでも、『騎士でありたい』と言うプライドを捨て去り切れなかった。



3人がクライス達と合流した時。
ラヴィはまだ男達と話し込んでいた。
『何かあったんですか?』と、セレナがクライスに尋ねる。
『良い教材にされている様だよ』と、クライスはテノの方を見やる。
男達の輪をジッと見つめるテノ。
ああ言った手前、何としても成果を持って帰らないと。
ラヴィは張り切っていた。
そしてにこやかに手を振りながら、ラヴィは輪から離脱。
輪は自然と解散。
たたたと駆け寄って来るラヴィ。
さて、どんな話が聞けるやら。
クライスは楽しみだった。



「何で、いつの間にか居なくなってんのよ。」

開口一番、ラヴィがクライスに文句を言う。

「押し出されたんだよ。それにお前さんだけの方が、話が弾むだろう?」

そうクライスに返されると、ぐうの音も出ない。
実際。
クライスの姿が見えなくなってからの方が、話は盛り上がった。
半分以上は、ナンパ同然の内容だったが。
それでもしかめっ面をしていた原因を、ちゃっかりとゲットしていた。
アン達も、雑貨屋の主人から良く似た話を小耳に挟んでいた。
興味が有る。
皆、ラヴィの方へズイッと顔を近付ける。
男達から聞いた話は、こんな内容だった。



最初にそいつが現れたのは、1カ月程前。
株を栽培していた畑で、その土地の持ち主が収穫しようとやって来た時。
大きな黒い影が、株にむしゃぶりついていた。
咄嗟に大声を出し、それに驚いた影はさっさと逃げて行った。
それからと言うもの。
毎日の様に他の畑へ現れては、野菜を食い荒らして行く。
堪りかねた農家達は、自警団を結成。
畑を交代で見回る事にした。
本当は町長を通して兵隊を派遣して貰いたいが、どうもそんな余裕がクメト家に無いらしい。
どうしようか考える毎日。
男達は、対策を練っている自警団の一員だったのだ。
そこで浮かび上がった、影の姿は。
クマ程大きくは無く、ネズミ程小さくも無い。
ヘビ程長くは無く、ミミズ程短くも無い。
何かに似ている気がするが、ピタリと該当する物が思い付かない。
そこで仮に《ジャマー》と呼んでいた。
単に邪魔だから。
安直過ぎる命名法だが。
『名前はどうでも良い、これ以上被害を押さえたいだけ』と言う思いは、ひしひしと伝わる。
だから引き受けた。
影の正体を探り、撃退する事を。
以上、終わり。



話が終わると、早速あちこちから突っ込みが飛ぶ。

「おい!勝手に引き受けてんじゃねえよ!」
「私もロッシェに同意見です。軽々しく返事をしないで下さい。」
「また足止め?兄様の到着が遅れるじゃないの。」

集中砲火を浴びるラヴィ。
つい調子に乗った結果。
いつもなら、クライスがブレーキとなるのに。
輪から外された結果、この有様。
なので、責任の一端を感じるクライス。
ラヴィに尋ねる。

「出現場所に法則はありそうなのか?」

「うーん、どうだか。」

「現れる時間は?」

「まちまちみたいだけど……。」

「駄目だ……。」

うな垂れるクライス。
情報が足りない。
肝心な部分の。
『そう言えば』と、思い出した様にラヴィが言う。



「《対策本部》ってのが在るらしくって、そこで聞けるんじゃないかなあ?」



「それを早く言ってくれよ!」

思わずクライスまで突っ込んでしまう。
てへ。
エミルの真似をして誤魔化すラヴィ。
『うち、そんなんじゃ無いよー』と、いつの間にかクライスの後ろにエミルが。
退屈だったので、畑の在る場所を飛び回っていたらしい。
メイと言えば、広場で日向ぼっこ。
ジッとして動かず。
子供が珍しそうに近付いては、頭や顎を撫で撫で。
ごろごろ。
ネコの様な鳴き声で、相手をしてあげる。
そうしながらも、行き交う人の顔を常に観察していた。
エミルとメイ、それぞれの報告。
まずはエミルから。

「畑、広かったよー。いろんな野菜が植えてあって、それであちこち穴が開いてたんだ。」

「穴?」

聞き返すクライス。
コクンと頷いて、エミルが言う。

「うん。上から見ても分かったから、かなり大きいんじゃないかなあ。うちがすっぽり入る位?」

「幾つ見えた?その穴。」

「んーとね、畑1つの中に1箇所だけかな。それがいち、にい、さん、しい、ええと……はち!」

「ありがとう。」

そう言ってクライスは、エミルの頭を撫でてやる。
嬉しくて宙返りするエミル。
そのままフワフワと、クライスの右側に待機。
次はメイ。

「怪しい奴は見かけなかったわ。ただ……。」

「ただ?」

「明らかに人間の物じゃない魔力を感じるわね。僅かに。」

「町の中か?外か?」

「あそこ。」

メイが指差したのは。
さっき男達が宿屋だと示した建物。
その右隣に立つ、小さな小屋。
宿屋の倉庫だろうか?
そこを良く見ると。
『ジャマー対策本部』と書かれた看板が、入り口の右側に掛かっていた。
これは都合が良い。
宿屋で今夜泊まる部屋を確保したら、早速聞きに行ってみるか。
そう考えるクライス。
それを皆に伝える。
満場一致で可決した。
ラヴィが余計な事をした為に、手間の掛かる事態に。
それが意外な方向に転がるとは、この時誰も思っていなかった。
しおりを挟む

処理中です...