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第203話 地下空間、何事も無く

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意識の途切れたロイスが、再び目覚めた時。
身体が動かなくなっていた。
仰向けの状態で、簀巻すまきにされた様な感じ。
地下空間の天井が見える。
綺麗だと感傷に浸っている暇も無く。
状況を確認するロイス。
幸い、首は自由に動く。
周りを見渡して、愕然とする。
そこには、同じく身動きが取れない状態の錬金術師。
ロイスの左隣に並べられている。
『ふざけるな!開放しろ!』とわめき散らしている事から、意識が有ると確認。
そしてその向こうに見える、地下空間の壁は。
一切の手も加えられていない。
無傷。
何かがぶつかった衝撃で、広範囲にわたって崩れた筈。
ん?
……あっ!
そこでようやく気付く。
自分の考えがズレている事に。
気を失う前、確かにゲイブー側に到着して。
この手で縄梯子を掴んだ筈。
なのに今見ると、全く動いていない。
胡坐あぐらを掻いて、錬金術師を守る体制でいた場所から。
自分の剣も、地面に突き刺さったまま。
引き抜かれた形跡が無い。
幻だったとでも言うのか?
どれが?
何処から?
何時いつから?
疑問形の言葉がグルグルと、ロイスの頭を駆け巡る。
それを全て知っているであろう人物が、ロイスに近付いて来る。
その右隣に立つと、そいつは言った。



「思ったよりも広いな、ここ。」



「き、貴様は!」

倒した筈の男。
クライス。
何とも無かったかの様にピンピンしている。
その後からトコトコやって来る、メイ。
ぐるりと地下空間を周って来たのか、大きくため息を付いて言う。

「何にも無かったわ。すっごく詰まんない。」

「妖精が逃げ出した後、色々調べたんだろうよ。目ぼしい物は、みんな持ってかれたんじゃないか?」

「それにしたってさあ……。」

生活の跡が全く無い。
伽藍堂がらんどう
何かは有るだろうと、ワクワクしてやって来たのに。
トラップすら皆無。
メイは妖精の住処を、アトラクション施設か何かと勘違いしているのだろうか。
楽しかったのは、通路を通っている間だけ。
こいつの作り出した変な物で、ここまで瞬間的にすっ飛んで来てしまった。
旅の醍醐味もがれた。
メイのがっかり感が半端無い。
おまけに、巡り合った敵もあっさりと捕まえた。
ウタレドの町で発動中だった術も、静かに幕を閉じ。
もうやる事が無い。
とっとと地上に帰るのみ。
付いて来た甲斐が無い。
こいつって強過ぎるのよ。
あたしって、要る?
メイは、そう言う目付きでクライスを見る。
クライスはメイを抱え上げて、同じ高さに目線を合わせる。
メイに、言い聞かせる様に告げる。

「お前がフレンツの魔力を吸い取ってくれたから、こんなにあっさり達成出来たんだ。自慢出来るレベルだぞ?」

メイを見るクライスの目は、純真無垢。
『そ、そう?』と照れ臭そうに、メイが目線を外す。
『当たり前だろ』と、再びクライスが目線を合わせて言う。
『な、なら良いけど?』と、満更でも無い顔に変わるメイ。
静かに地面に降ろされると、くるんと丸くなって休みの姿勢。
それとは対照的に、『離せ!このっ!』とうめき続ける錬金術師。
思わずロイスが『黙ってろ!』と怒鳴ると、体をビクッとさせてシーンとなる。
起き上がる事も出来ない為、寝転がったままでクライスに問うロイス。

「説明して貰おうか。」

「何を?」

すっとぼけるクライス。
ロイスは睨んだまま言う。

「全てだ。」

「全てって言われてもなあ。手の内を明かす奴が居ると思うか?」

「このままでは、死んでも死に切れん。」

「死ぬつもりなのか、お前。」

逆にギロッと睨み返されるロイス。
少し気持ちが後ろ向きになるが、疑問を持ったままいるのは性分では無い。
ロイスが話す。

「それ位の心持ちだと言う事。これでも錬金術師の端くれ。真実を追求したいだけだ。」

「なるほど。冗談では無いが、死ぬ覚悟は有ると。」

「そうだ。どうせ殺すのだろう?この私を。」

「決め付けは良く無いなあ。」

「敵は捕らえたら、出来るだけ情報を引き出した後に消す。当然だろう?」

「それはお前等の組織の価値観さ。そもそもお前をどうするのか決めるのは、俺じゃ無い。」

「責任者が別に居ると言うのか?それともウタレドではりつけにして、民に決めさせようと……。」

「そうじゃない。助かった人々の顔を見た後の、《お前自身》だよ。」

クライスは、まだ残っているであろうロイスの良心に問うていたのだ。
心を入れ替えるつもりは有るのか、推し量っていた。
クライスの言葉に、ロイスの身体が。
何故か震えていた。
恐怖?
違う。
後悔?
それも違う。
この、懐かしく有り複雑でも有る感情は……。
その時、ツツーッと。
頬を伝う涙で、理解する。
悲しみと哀れみ。
それは自分自身に対して。
非情になり切れなかった、甘さから。
全てを捨てた筈なのに残っていた、よろこびから。
自分を俯瞰ふかんから観察して、滑稽に見えた。
その証拠。
今が一番、自分を客観的に見られると言う皮肉。
そこから来ている感情だと気付いてしまった。
溢れる涙が止まらない。
その間、クライスはロイスから少し距離を取っていた。
無様な顔を見られたくないと言う、ロイスのプライドに配慮して。
しばらくの間、地下空間には嗚咽おえつのみが響き渡っていた。



ロイスの気持ちが落ち着いた頃。
クライスがメイに合図する。
メイが毛を逆立てる。
次にクライスは、地面の一部を消し去る。
何をしたのか、ロイスには分からなかった。
少しすると。
『ギューン!』と言う音と共に、金のトロッコが宙を飛ぶのを見た。
金色にキラキラ輝くそれは、空中でパラシュートの形となり。
乗せているものの飛翔に、ブレーキを掛ける。
空中をフワフワと落下して。
ゆっくりと着地。
そしてパラシュートは役目を終えると、目の前からパッと消える。
中から姿を現したのは、腹の上に小さな亀を乗せた少年だった。
それがすぐに、元の姿に戻ったソーティだと気付くロイス。
不可逆な術だと聞いていたので。
反転の法の解除に成功した事実を目の当たりにして、背筋が凍る。
やはり、私の敵う相手では無かった……。
漸く心の底から完敗を認める、ロイスだった。



「出迎え、ご苦労ご苦労。」

そう言いながら、ソーティの腹からよっこらせと下りるペコ。
体長10センチ弱のその体には、ジェットコースターの様に感じただろう。
地面に着いたのは良いが、足がガクガク震えていた。
ペタンと甲羅の腹を地面に付けると。
一言、『怖かったー』。
一旦甲羅の中に手足を引っ込めるが。
慣れない動作にすぐ止める。
亀っぽい事をしたかっただけ。
それよりも、クライスが今にも話し出しそうだ。
何を語るか、興味がある。
聞く体制を取るペコ。
それは横たわる2人も同じ。
何しろ、気付いた時にはこんな風にされていたのだ。
良い加減、勿体ぶらずに話せ。
そんな目線をクライスに送る。
金のトロッコを見られては、隠しても仕方が無い。
そう思ったのだろう。
何をしたのか?
クライスは、淡々と話し始めた。
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