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第226話 ロッシェ、行商人以外の職業を所望する

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コーレイから北へ移動し、ウォベリに入ると。
まず最初に〔ヒーケル〕の町へ至る。
そこから北東へ進むと〔ミースェ〕の町へ着き、東にヅオウへ続く街道が延びている。
ヒーケルから北西には、ノイエル家の屋敷が在る中心地〔エリント〕へ通じ。
更にそこから北西へ進む事によって、〔エッジス〕の村へ到達。
目の前にテューアがそびえ立つ光景は、圧巻に違いない。
地理的にはミースェがヅオウへ直結するルートなので、そこに兵を大目に配置している。
ミースェとエリントを直接結んでいないのは、簡単に攻め込まれない為。
遷都以前は、2つを繋ぐ道も有ったらしいのだが。
ナラム家が好き勝手に動き始めてからは、ノイエル家が警戒して消してしまった。
代わりにミースェの規模を拡大して、そこを経由する様にした。
だからウォベリ内で一番栄えているのは、皮肉にも軍事拠点であるミースェと言う事になる。



ロッシェは、騎士を目指して旅立った時。
初めはミースェを訪れた。
兵がたくさん居たので、騎士に成り易いと考えたのだ。
しかし、その考えは甘かった。
ヅオウからのスパイだと思われたのだ。
それなりの身なりをして訪れたにも関わらず。
信じて貰えず、仕方無いので一旦ヅオウ内へ引き返し。
そこから南へ向き、シキロを回避しながらセッタンを通過。
ゴホワムをそのまま経由して、シルバへと入った。
流石にそこまで来ると、ロッシェの事を気にする者は居なくなる。
ロッシェも敢えて、ヅオウ出身だと名乗るのを止めた。
スパイ扱いされて、兵志願を突っ返されては困るからだ。
シルバへと辿り着く道中で雇われ兵を繰り返し、戦闘経験を或る程度積んだ後。
傭兵紛いと成り、戦乱の地を求め旅へと出発。
姉の手掛かりを求めて。
その内に、国境を偶然越えライの町へ辿り着く。
後は、皆の知る通り。
ロッシェの複雑な胸中には、その時の想い出も絡んでいた。



ヒーケルまでの道中。
行商人の格好も、そろそろ飽きた。
ロッシェからそう提案されて、クライスは考え込む。
確かに、これから先へ進むには。
商人だと怪しまれるかも知れない。
今までの旅で実績が有る通り、スパイ活動をするには持って来いの職業。
ギスギスした町中を歩くには、いささか窮屈となるだろう。
だとすれば、どうするか。
ここまで来たのだ、堂々とする方が良い。
騎士と錬金術師。
これ等なら、事実上の戦時下であるウォベリ内には当たり前に存在する。
逆にすんなり通れる可能性が高い。
そこまで考えを巡らせたクライスは、そうロッシェに伝える。
内容を歓迎するロッシェ。
ようやく大手を振って、胸を張って歩ける。
使者としての旅でも一応騎士だったが、あれは敵国側としてだったので視線が痛かった。
今回は、ヘルメシアの騎士として。
熱い視線を浴びながら、民とすれ違う事になる。
どう見られるか、やはり冷たい視線なのか気にはなるが。
それでも良い。
自分の存在を強く、人々へ発信出来れば。
姉が自分を見つけ易くなる。
淡い期待であったが。
ロッシェは、一縷いちるの望みを掛ける事にした。
そこで、問題が1つ。
衣装をどうやって手に入れるか。
それは、ヒーケルでの情勢を見極めた上で判断しよう。
2人で話し合った結果、そう言う事になった。



ヒーケルの町へ入るには。
その入り口に立つ兵士のチェックを受けなければならない。
身分の高い者が、近く訪れるかも知れない。
そうノイエル家から連絡を受けていた、ヒーケルの町長は。
門番の格を上げ、それなりの地位に居る騎士へチェックを頼んだ。
彼等はノイエル家へ自由に出入りし。
たまに当主がガティへ向かう用事の有る時、護衛として付き添う存在。
当主からの信頼は厚く。
また国内の貴族及び騎士に対する格式に、かなり通じていた。
でなければ、エッジスへ通せる者かどうか判別出来ない。
エッジスは重要拠点であり、高地位の者も視察に来たりする。
最近は国内情勢の変化により、めっきり減ったが。
だから、立派な鎧を纏う騎士が両側に立つ入り口付近は。
緊張感が漂っていた。
その空気を察したクライスとロッシェは、少し手前で足を止める。
俺達の為に、申し訳無い。
すぐ通過するので、許して欲しい。
そう思い直した後、騎士達の元へ赴く。
『ご苦労様です』と会釈しながら、にこやかな顔で通ろうとするクライス。
そして後に続こうとするロッシェ。
しかし案の定、騎士達に止められる。

「貴様等、何用か!」

やはり、行商人でこれ以上進むのは無理の様だ。
素通りしようとしたのは、その確認の為。
はなから、すり抜けられるとは思っていない。
なので、次にクライスが発する言葉は。

「エッジスへ向かう様、皇帝陛下より承った者です。」

「陛下だと!一概には信じられんな。」

「ごもっとも。そうおっしゃられるだろうと思い、書状を預かっております。」

そう言って懐から封を取り出し、騎士の1人へ差し出すクライス。
『用意の必要は無いのでは……』とテノに言われたが、念の為ウタレドで急遽書いて貰った。
錬金術師としての力を示せば、騎士も納得して通してくれるだろう。
と言うのが、テノの考え。
だがそれでは、エッジスへ到着する前に。
クライス達の動きが敵へバレてしまう。
出来るだけ引き伸ばしたい。
テューアの前まで来た事を、強烈なインパクトを以て敵へ伝える為に。
『そう言う事なら』と、テノも納得。
スラスラとしたためてくれた。
中に入っている紙をジロジロと眺める騎士。
中身が気になるのか、もう1人も横から覗き込む。
読み終わった後、封を受け取った騎士は言う。

「どうやら手紙は本物の様だな。通って良し。」

「ありがとうございます。」

返された封を丁寧に仕舞い込み、ヒーケルの中へと入って行くクライス。
続くロッシェの手を見て、引き留める騎士。

「何だ?その不釣り合いな指輪は?」

指に輝く物がちらついて、不審がったらしい。
右腕をむんずと掴まれて、指を突き出す様に迫る騎士。
対応に困るロッシェは、クライスの方を見るが。
黙って頷くだけ。
ここは流れに逆らうな。
その方が上手く行く。
目でそう訴えている。
仕方無く、騎士の前で右手をダランと下げるロッシェ。
その人差し指には、あの預かった指輪が。
懐に入れておいては、落とした時気付かないかも知れない。
そう思ったので、指にめていたのだ。
指輪に付いて、尋ねる騎士。

「何処で手に入れた?」

「預かりました。ニーデュ様から。」

「コーレイのご当主からだと?本物か?そうであっても、一体何故……?」

そう問い掛ける騎士。
ロッシェは、クライスの方を再び見やる。
『やれやれ』と言った顔をし、騎士の方へスウーッっと近付くと。
胸に下げたブローチを見せる。

「これで、納得頂けますか?」

ブローチを見て、ギョッとする騎士。
表情が険しくなるのを見て、もう1人も駆け寄る。
そしてブローチを見ると、同様な顔付きになる。
思わず呟く騎士達。

「あの話は本当だったのか……!」

ウタレドでのテノの演説。
その噂は当然、ここにも伝わっていた。
皇帝の元へ付いた、幻の錬金術師。
彼は確か、宗主家の出であった筈。
噂が事実ならば、目の前に居るこの男は……。
途端にかしこまり、『ご無礼を致しました!』と言いそうになる所を。
クライスが慌てて口を塞ぐ。
それで察するとは、やはり優秀な騎士。
ここで発覚しては不味い、そう言う事情なのだろう。
理解すると、町の中へ『誰か!』と人を呼ぶ。
その声に反応し、駆け付ける兵士。
『陛下が遣わされた使いの方だ、丁重に扱う様』と騎士から念を押され、兵士は恐縮する。
『宜しくお願いします』と、やんわりクライスから声を掛けられ。
少しは緊張が解けた様だ。
『さあどうそ』と歩き出す兵士を先頭に、町へ入るクライス達だった。



ヒーケルへ入った直後。
『この町の町長と面会したいのですが』と、兵士へ声を掛けるクライス。
有力者の下でなら、騎士などの格好も揃えられるかも知れない。
あくまでも、その申し出が通るとは思っていないが。
通ったらラッキー程度。
兵士からは意外にも、『それはお喜びになるでしょう』と言う答えが返って来た。
『こちらです』と、町の西方へ案内されるクライス達。
そこには。
屋敷とは言い難いが、一般の住宅とは違うおもむきの家が建っていた。
何処かで見た事のある、レンガ造りの煙突がニョキッと突き出た屋根。
瓦の様な物が敷き詰められた屋根は、太い木々の組み合わせで補強された石造りの壁によって支えられている。
ロッシェは、見た事が有ると感じる程度。
しかしクライスは、或る者に共通する特徴の家だと考える。
自分がそうだったから。
そう。
町長は錬金術師だったのだ。
その証拠に。
案内を終えた兵士が立ち去った後、クライス達は玄関前へと進み出るが。
ドアをノックしようとする前に、自動で開く。
訪れた者が誰かを把握しているかの様に。
ロッシェは不気味がるが、クライスは涼しい顔で家の中へ入る。
『どうしてそう、落ち着いて居られるんだよー』と、ぶつくさ文句を言いながら。
それでも後に続くロッシェ。
こいつがすんなり入ると言う事は、安全である証。
それは分かっちゃいるが、体が拒絶反応を起こす。
ロッシェの振る舞いの方が、人間らしいのだが。
何はともあれ、町長との面会と相成った。
そこでは。
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