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第1章 おしかけパートナー

第1話 不可解な出来事

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 必死に階段をかけ降り、リビングのドアノブに手をかけようとした瞬間。

明香さやか、どうしたの? そんなに焦って」
「物凄い足音だったぞ。部屋に黒い悪魔でも出たのか?」

 ドアが勝手に開き、その向こうに心配そうに明香を見る両親の姿がある。

「どう、して……」

 あんなに激しく揺れたのだから、心配されるのは当然だとは思う。だが二人が気にかけているのは、明らかにそのことではない。混乱しながらも、父の懸念が現実にならないように明香は願った。

「じ、しん、が」
「自信? この間の模試の結果の?」

 帰宅して何時間も経過し、夕食も入浴も済ませた後で、こんなに焦って降りて来た娘を見て、即座に模試の結果だと考える母親は少しばかりズレていると言える。
 だが今に始まったことではないので、明香はやや呆れつつ肩の力を抜く。

「たとえ結果が悪くても、まだ高一の五月。今から頑張れば巻き返せるって」
「そうよね、やっと受験が終わって高校生活にも慣れてきた頃なんだから、のんびりして良いのよ」

 両親揃って緊張感のかけらもない発言に力が抜けそうになりながら、二人の背後を確認する。

(棚は無傷、それどころか中のカップやグラスも動いていない)

 背の高いフルートグラスでさえ定位置に収まって、全く普段通りだ。おまけにソファーの前のローテーブルには紅茶が注がれたティーカップセットが二組、湯気を立てて置かれてある。傍にあるティーポットもおかしな所はない。

 少なくとも、この部屋であんなに大きな揺れはなかったのだろう。

(一階より二階の方が揺れは激しいって言うけど、少しでも揺れを感じたなら、この二人が黙っている訳ない。特にお母さんは、家中の点検をするだろうし)

 十代の頃に経験した大震災のおかげか、防災グッズの点検を定期的にしており、その上で家具や壁などのチェックも怠らない。たとえ些細な揺れであっても、少しでも感知したなら、呑気に娘の成績について話していない筈だ。

(これで私だけ揺れを感じたって言ったら、絶対にめんどくさいことになる、よね)

 体調不良を疑われ、精密検査を受けさせられてもおかしくない。
 小さい頃から、軽く頭をぶつけただけで脳外科に担ぎ込まれ、食欲がないと言えば胃腸科、足が痛いと言えば整形外科、少し塞ぎ込んでいれば心療内科に……と、何度病院にお世話になったか。
 本人が大丈夫だと言っても、気付いた時には手遅れになっていることもあるから、と言われてしまう。父方の叔母が若くして亡くなっているので、強く反発も出来なかったのは仕方ない。

(とりあえず、チャットとニュースをチェックしたら地震があったかどうか分かるよね)

 触らぬ神に祟りなし。娘の心配をしながらも母の頭を撫でている父や、その父にもたれ掛かりながらも娘の様子を見ている母を適当に躱して部屋に戻った。
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