愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏

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第十話「運命の出会いは錬金術」

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「着替えたか。よく似合っているぞ、リリアーヌ」
「ありがとうございます、スターク様」

 エスティさんに着付けてもらう形で、昨日とまた違った装いのドレスと、いつもの頭巾を身に纏ったわたしは、部屋の外で待っていてくれたスターク様のところに訪れていた。
 スターク様は「暗闇の森」から帰ったままの装いで、身の丈ほどある「クラウ・ソラス」こそ持っていなかったけれど、腰には護身用の小剣を帯びている。
 お着替えをしていただく時間を奪ってしまったのだと考えると、罪悪感が湧いてきて、いたたまれない気持ちになってしまう。

 だけど、でも、どうしてかスターク様が部屋の外でわたしを待っていてくれたのだという事実に、胸を高鳴らせている自分がいるのも確かだった。

「はじめに訊いておくが……君は貴族としてどれほどの教養を身につけている?」
「は、はい。お作法や所作、字の読み書きや基本的なお勉強は、教えていただきました」

 スターク様の問いに答えながら、ほんのりと辿る記憶の残り香を懐かしむ。
 お勉強の時間だけは、ヴィーンゴールドの家にいて唯一楽しかった時間だったかもしれない。それが例え、嫁入りの道具を最低限使い物にするため、ただそれだけの理由だったとしても。
 マリアンヌはお勉強なんて嫌いだといつも先生に文句を言っていたけれど、わたしにとって知らないことを学ぶのは、貴族としての所作を身につけるのは、全く苦にならなかったし、先生も褒めてはくれなかったけど、一つ一つ知識が自分のものになっていく感覚は、心地よかった。

「そうか。武術は……いや、伯爵家の令嬢が学ぶべきことではなかったな。すまない。魔術の心得はあるか、リリアーヌ?」

 一応、貴族の令嬢たちの間でも護身のために武術を教わるお方がいるのは小耳に挟んでいたけど、基本的にはスターク様が仰った通り、縁遠いものだ。
 一方で魔術はというと、高位の貴族──それこそ、伯爵家のように、あるいはその道で今まで血統を繋いできた家は、嗜みとして、あるいは社交界で生きていくための道具として、それを学ぶことは珍しくない。
 特に、数多くの「聖女」を輩出してきたヴィーンゴールド家にとって、なくてはならないものだったけれど、魔術を教わるのはいつもマリアンヌばかりで、わたしが覚えているのは本当に基礎の基礎、魔力の使い方と、盗み見た魔導書から独学で身につけた、明かりを灯す魔術ぐらいだった。

「……申し訳ありません。魔力の使い方と、本当に初歩の初歩の、明かりを灯す魔術くらいしか学んでおりません」
「ふむ……ならばちょうどいいかもしれんな」
「ちょうどいい、ですか……?」

 恥知らずとして罵られるかと覚悟していたら、スターク様の口から飛び出してきたのは、予想もしていない言葉。
 ちょうどいい、とはなにを指すのだろう。
 首を傾げてもそれ以上はなにも言わず、スターク様は屋敷のどこかへとわたしを先導する。

 そうして、歩くことしばらく。
 わたしが案内されたのは、巨大な両開きの扉に閉ざされた、城塞の一角だった。

「……スターク様。恐れながら、ここは……?」
「書庫だ」

 どうやらこの大きな扉の向こうにあるのは、書物を収めた部屋らしい。
 ただただ、スケールの違いに圧倒される。
 ヴィーンゴールド家にも書斎はあったけれど、それとは比べ物にならないほど大きな扉の向こうには、いったい何冊の本が収められているのか、まるで見当もつかなかった。

「ピースレイヤーの家は元々魔術師の出でな。見ての通り、俺はほとんど剣を振るうことしかしてこなかったが……何代前の先祖がそうしていたのかは見当もつかんが、とにかく本の類に目がない家だったらしい」

 そうして作られたのが、この巨大な書庫だとスターク様はどこか呆れたように笑って呟く。

「驚きました……こんなにたくさんの本を集めていらしたのですね、ピースレイヤー家の御先祖様は」
「ああ……俺にとっては無用の長物、と言うと先祖への礼を欠くな。だが、あまり有効に使ったこともない部屋だ。リリアーヌ、君は基本的なことしか教わってこなかったのだろう? ならばここで、なにかを嗜みとして学ぶのも悪くはあるまい」

 書庫の扉に鍵を差しながら、スターク様がふっ、と小さく笑う。
 なにかの嗜みなんて、そんな、とんでもなくもったいないことのように思えたのも確かだったけれど、ここにはたくさん……きっとわたしが生涯を費やしても全部は読み切れないかもしれないほどの本があると考えると、心がとくん、と高鳴るのを感じる。
 ごくり、と、思わず生唾を呑み込んでしまうくらいには。

「ふっ……やはり見立て通りの女性だったな、君は」
「も、申し訳ありません……はしたない真似を」
「いや、いい。もしもなにか役に立ちたいと思うのであったなら、ここで君が学びたいことを学び、そしてその教養を我がピースレイヤー家のために役立ててくれ」
「……はいっ!」

 掌に魔術で明かりを灯しながら、わたしはスターク様に促されるまま、書庫の中へと踏み入っていく。
 何代も前の御先祖様が収集して、利用していた場所だったけれど、不思議と全然埃っぽくなくて、室内は清潔に保たれていた。
 きっと、お掃除も、本の保管も大変だったに違いない。

 左手の明かりを頼りに右手で本の背表紙をなぞって、そこに刻まれた題名を頭の中で読み上げる。
 初級魔術大全、魔力を高める五つの習慣、魔術から魔法に至るまで──どれもこれも魅力的な本ばかりで、なにから読もうか、とてもじゃないけど決められないくらい迷ってしまったけれど。
 背表紙をなぞっていた指が、一冊の本を前にぴたり、と止まる。金箔と共に刻まれた文字を、誦じてみれば。

「新訳錬金術大全……著、クラリーチェ・エル・グランマテリア……?」

 それは多分、運命だったのだと思う。
 吸い寄せられるように手に取って開いた本に記されていたのは、噂には聞いていた──極めれば、全ての物質の素となる元素を抽出し、魔力で自在に作り変えることのできる魔術、錬金術。
 そして、初級者から上級者まで対応できるように、著者が事細かく描いたレシピだった。

 はらり、とめくった初級者用のページにそれが載っていたのも、きっと運命に違いない。

「安息の軟膏……」

 傷薬。それは中和剤と薬草、そして術者の魔力さえあれば簡単に作れるとされているものだった。
 これなら、わたしにもできるかもしれない。
 ふと、スターク様の負ったかすり傷が脳裏をよぎる。

 わたしにできることなんて、スターク様から受けた大恩に報いることなんて、できないのかもしれないけれど。
 ほんの一歩、わたしが踏み出そうとしているのは、初歩の初歩かもしれないけれど。
 胸に淡く芽生えた期待と、「新訳錬金術大全」を抱いて、書庫の奥へと駆け出していく。この本があるということは、ここにはきっと「それ」があるということに違いないから。
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